「アイザック殿!?」
「アイザック殿!?」
「うるさい黙ってて。あと、絶対外に出るなよ」
輝一さんの呼びかけに、アイスクリームさんはにべもなくそう返した。
御者台から、降りるような音。
……ああ。なるほど。
「刺客ですね」
「……!」
僕と同時に外を見て、事態を知った輝一さんが息をのむ。
剣や斧などの刃物を構えた数人が、馬車を取り囲んでいた。
多勢に無勢――なんてことは、ない。
アイスクリームさんだけでも、難なく蹴散らせるはず。
……だけど。
「輝一さん。加勢を」
「いや、お前のそばを離れるわけにはいかない。アイザック殿なら大丈夫だろう」
「相手は素人です。目的は、この馬車を奪うことだと思います」
「……何?」
「そうすれば、あとで安全に僕を殺せるので」
外にいる刺客たちを確認した輝一さんが、はっとした表情をした。
気づいたようだ。
刺客たちの構え方が、かなり雑な点に。
たしかに、大勢で一斉に攻撃すれば、隙も生まれやすい。
……一理あるけど、浅はかだな。
「この場で、一人残らず叩きのめしてください」
「……承知した」
輝一さんが神妙な顔をしてうなずき、客席の扉のノブに手をかけて、開けて外に出た。
「ちょっと――」
「風を守るためです」
抗議しようとしたアイスクリームさんが、輝一さんの言葉で黙る。
こちらからでは、声しか聞こえない。
ただ……アイスクリームさんが不満そうな顔をしているのは、想像できる。
刺客の数は、10人。
問題ない。
アイスクリームさんと輝一さん (カステラ)は……
相性86%、補完率92%だから。
「甘誠組軍師ミツモリ・フウの命! ここでもらい受ける!」
だれかが名乗りを上げた、直後――
なにかが地面に落ちる――いや、倒れる音。
「こんなさぁ……なにもしてなくても暑い日にさぁ……
お客の送迎なんてバカみたいな任務押しつけられてさぁ……
早く帰ってソフィアと一緒に涼みたいって思ってたときに……っなにしてくれてんだよ!」
アイスクリームさんの大きな怒声が、その場に響きわたった。
今の音は、彼が一刀両断した刺客の一人が、地面に倒れた音だ。
……アイスクリームさんが、ブチギレモード。
今日は、空気をあまり含んでいない硬いタイプのアイスだったんだな。
それは、かえって都合がいい。
硬すぎるアイスクリームに、ふわっと軽いカステラは対照的で好相性だ。
馬車の中、不安そうにそわそわしているあんこを手の上に乗せて、つまんだりつついたりしながら待機。
しばらくして……音が止んで、しずかになった。
窓の外を見て、輝一さんとアイスクリームさん以外が立っていないことを確認してから、外に出た。
輝一さんが、刀についた血を払って鞘におさめているところだった。
「……お疲れ様です」
「なにがお疲れ様だよ、ふざけんな……」
地をはうようなアイスクリームさんの声が背後からして、素早く輝一さんの後ろに隠れて安全確保。
辺りを見回すと、刺客たちが血を流して倒れていた。
「だからやだったんだよ。
こういうのはクリスの役じゃん。なんで俺? 意味わかんない。
やだもう帰りたい。っていうか、帰る……!」
その場にしゃがんで、子どものように駄々をこねはじめたアイスクリームさん。
……帰したい気持ちはあるが、まだ確認しなきゃいけないことがある。
「ご面倒をおかけしますが、一つだけ確認させてください」
「なんだよ」
「この人たちに、見覚えはありませんか」
「あるわけないじゃん、そんなの。
……待って。まさかあんた、俺のこと疑ってる? ふざけんなよ。俺が――」
「違います」
詰めよってきたアイスクリームさんを、輝一さんがガード。
それを横目に、もう一度倒れている刺客たちを見回す。
「……僕がガレオ王に謁見して、帰るときに襲ってきた。
その日程を、知っていたとしか思えません」
一旦言葉を切り、輝一さんとアイスクリームさんを見た。
「いつ、どこで、どうやって知ったと思いますか?」
「まさか、フェブ――」
「ふぇぶ?」
輝一さんが言いかけてやめたのを、アイスクリームさんが不審そうに目を細めて見た。
直後に「なんでもありません」と輝一さんが言ったせいで、ますます疑いを深めている様子だ。
「……あーもう。めんどくさいな……」
舌打ちをしてそう言いながら、アイスクリームさんは倒れている刺客の顔を確認していった。
うつ伏せになっている人は、あおむけにして。
そのたびに、あんこが「きゃっ」と声を上げている。
一方のアイスクリームさんは、本当に知らないようで、反応はほとんどない。
……と、思いきや。
「あれ? この人……」
最後の一人を見たとき、そう言った。
頭もヒゲも白くて、背が低くてすこしまるっとした体形。老人といえる年齢の人物だ。
左肩から右わき腹にかかる大きな傷を負っているが、まだかろうじて息はある。
「ご存じの方ですか」
「……思いだした。ノワール家の古参の使用人だ」
「ノワール家……ブラウニーさんの家ですね」
アイスクリームさんがうなずいた。
輝一さんが、目を見開く。
……使用人。
それを雇えるほどの家の生まれだった。
仮にそれなりの名菓――違う。名家なら、ガレオ王の側近との接点があっても不思議じゃない。
僕が考えているうちに、輝一さんがその老人のそばにしゃがみこみ、血で汚れるのもおかまいなしに抱きおこした。
「なぜ風を狙ったのです? 死ぬ前にお答えください」
「……っラウニー坊ちゃまからの、命令だったから、です……」
意外にも、その老人はあっさり白状してくれた。
そして、懐に手を入れて、なにかの紙を取りだした。
輝一さんが受けとって、そのまま僕へ。
開くと――
「……『俺が死んだら、ミツモリ・フウを討て。詳細はあの方からの指示を待て』……だそうです」
「……!」
「あの方って……だれ?」
「……っ私は……っお会い、したことは、ありません……っ」
輝一さんは険しい表情になり、アイスクリームさんは不思議そうに首を傾げた。
……まちがいなく、フェーブさんだ。
だけど、なぜだろう。
「……なぜ、これを持っていたのですか?
読んだらすぐ燃やすようにと言われなかったのですか?」
「……っおっしゃる、とおりで、す……っです、が……っぐ……っ」
「……! しっかりしてください!」
限界が近い様子で、老人が血を吐いた。
輝一さんが、窒息の予防でその体を横にむけ、声をかけている。
……いや、あなたかアイスクリームさんが容赦なく斬ったんだろうに。
「……っ私には……できません、でした。
これ、は……っ坊ちゃ、まの……っ形見の、ようなも、の……っでした、から……!」
「…………」
老人は、一筋の涙を流していた。
……そうだ。
『事を起こす前に、身の回りのものはほとんど処分していたようだ』
ショートケーキ団長が、そう言っていた。
……この人は、古参の使用人。
おそらく、ブラウニーさんが幼い頃から仕えていた人。
預かった手紙を元どおり折りたたんでから、その場にしゃがむ。
そして、それを老人の手に握らせた。
「……あちらの世界で、また会えるといいですね」
「……っ! も……もう、し……っわけ……」
そこまで言って、老人の体はガクッと力を失い――動かなくなった。
抱きおこしていた輝一さんが、その体を地面に横にして、合掌していた。
「……なに? あんた、そういうことするんだ?」
「……そういうこと?」
意外そうにじろじろ見てくるアイスクリームさんの言葉の意図が、わからない。
僕はただ、預かった手紙を返しただけだが。
わけがわからず首を傾げていると、アイスクリームさんは「別にいいけど」とそっぽをむいていた。
合掌していた輝一さんも、立ちあがって、なぜかほほえみながらこちらを見てきた。
……よくわからない人たちだ。
ひとまず、そわそわしていたあんこを軽く握りつぶしておいた。
「……アイスクリームさん。この件、団長に報告していただけますか」
「するに決まってんじゃん……あーあ。まーた帰りが遅くなる……」
アイスクリームさんは、その場にしゃがんでうなだれていた。
……ショートケーキ団長なら、すぐ気づくはず。
この老人は、直接ではないにしろ『あの方』から指示を受けていた。
つまり、辿っていけば、ブラウニーさんとフェーブさんとのつながりが立証できる可能性が高い。
……うまく事が進みすぎている感じがするな。
油断は禁物。改めて肝に銘じておくべき。
「……では、帰りましょう。アイスクリームさん、お願いします」
「勝手に帰ってってくれないかな、あんたら……」
顔を引きつらせたアイスクリームさんは、結局根負けして馬車の御者台に乗ってくれた。
◇◇◇
無事に餡月郷に帰還し、さっそく大福さんに声をかけて報告をした。
「……と、いうわけで。
黒幕が本当にフェーブさんなのか、ショートケーキ団長には諸々の点で捜査をしていただけることになりました。以上です」
「以上です、じゃないっ!」
例によって、どら焼きさんが立ちあがって吠えた。
そして、他の三人も一緒に、輝一さんのほうをむいた。
「……っ申し訳ございません!
私が口出しを許されていたら、こんなことには……!
いえ、それはただの言い訳です。処分はなんなりとお受けいたします!」
なぜか、輝一さんはそう言って土下座していた。
「……まぁ、落ちつけ輝一。おんしはなにも悪くはない」
「そうじゃ。お前が謝る必要はないぞ」
「大事になるとは予想していたので」
「お前はちゃんと役目を果たした。これでよかったんだ」
「……! ありがとうございます」
四人に順番に肩を叩かれ、感激して泣きそうな顔になる輝一さん。
……気持ちの整理がついたようで、なによりだ。
「それにしても……あちらの領主も面食らったじゃろうなぁ。自分に一番近い者が暗躍していた、などと聞かされて。
それに、ヴィクトリウスも」
「……はい。さすがに多少は動揺されていましたが……
お二人とも、むしろ闘志を燃やしていたようでした」
「ほう?」
大福さんが、確認のためか輝一さんのほうをむいた。
「特に団長殿は、双甘大試に挑むときのようなお顔をされていました」
「はっは! そうか。それなら問題はないじゃろうな」
腕を組んだ大福さんが、嬉しそうに笑い声を上げた。
……が、すぐに眉を垂らして、僕を見た。
「また命を狙われたんじゃな。輝一がおったから事なきを得たようじゃが……」
「……はい。ご心配をおかけしました」
「おんしのせいではない。ただ、またしばらくは護衛をつけたほうがよさそうじゃな」
頭を下げて詫びると、大福さんからそんな言葉。
……護衛、か。
「いえ。その心配はあまりないかと」
「なぜそう言える?」
「ブラウニーさんの家のあの使用人までで、指示は終わっている可能性が高いので」
「わからないではないか。
可能性が高いというだけで、まったくないわけではないだろう?」
輝一さんが、キリッとした目をむけて言ってきた。
……たしかにそうだけど。
ここで護衛をつけられたら、面倒だ。
「さてはお前、護衛をつけられたらあちらの団長と会いにくくなる、とでも思っているのか?」
「はい」
「ずいぶん素直じゃな!?」
羊羹さんの指摘に素直にうなずくと、どら焼きさんがきれいにツッコミを入れてきた。
……当然の懸念事項だ。ごまかす必要はないのだが。
「その点については、話を通しておく。当然、口の堅いものを選んでおくから安心せい」
「……お手間をおかけしますが、よろしくお願いします」
「決して、一人になるんじゃないぞ。わかったな?」
輝一さんが、身を乗りだして念を押す。
そんな必要性はないので、ここも素直にうなずいておいた。
……今のところは。




