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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第六章 暗部

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僕に拒否権はない。

 僕に拒否権はない。

 ガレオ王があんこを欲しがれば、差しあげる以外に道はない。


 ――が。


「礼を言う。おかげで、だいぶ心が落ちついた。

 やはりこれは……神の使いかもしれんな」


 ガレオ王は、満足そうに不敵な笑みを浮かべながら、手の上に乗せたあんこを差しだしてきた。

 途端に、いつもの僕の肩の上に戻り、首すじに貼りつくあんこ。


 ……命拾いしたな。


「それで? なにか妙案は思いついたか?

 フェブルの所業を暴くのであれば、協力は惜しまんぞ」


 ガレオ王が、椅子の背もたれに寄りかかって軽く胸を張り、言った。


 ……その言葉を待っていた。


「そんな……恐れ多いことにございます。陛下にご協力をいただくなど」

「遠慮は無用だ。

 そもそも、あれを調子に乗らせたのは余の失策でもある。責任を感じておるのだ。

 臣下たちだけを動かせるわけにはいかぬ」


 ……僕は臣下ではないけどな。


「ありがたきお言葉にございます。では……申し上げます」


 一旦言葉を切って、一礼。


「……まずはやはり、確証を得ないことには始まりません」

「そのとおりだな。濡れ衣の可能性も、まったくないわけではない。

 ……それで?」

「確認のためおうかがいいたします。

 フェブル様は、陛下に『一番近い』お方でおまちがいないでしょうか」

「まちがいない。他の側近どももそれは認めておる」

「……では、容易いかと思います」

「なに?」


 ガレオ王が、目を細めて不思議そうに僕を見てきた。

 王の後ろにいるショートケーキ団長も、同じような顔をしていた。


「ならば、かえって痕跡が多く残っている可能性が高いです。

 政務に関する書類。

 メローリアや餡月郷(あんげつきょう)の役人と接触していた記録。

 それと……なかなか表には出てこないお方ならば、使者をつかわせていた記録もあるはず。

 このあたりに絞って調査すべきかと」

「……たしかに」


 ガレオ王は、遠くを見ながらうなずいていた。

 ……感心している様子。


 僕は、続けてショートケーキ団長へと視線をむけた。


「ショルテンハイム公に、おうかがいしてもよろしいでしょうか」


 名指しされたショートケーキ団長が、ガレオ王を見る。

 ガレオ王が顔を横へくいっと動かすと、僕にむかって「なんだ」と言った。


「陛下を襲った不届き者は、自害したとのことですが。

 捜査は行われたのでしょうか?」

「当然だ。すでに済んでいる」

「フェブル様とのつながりを証明できれば、有力な証拠になるかと思います」

「……そのようなものは一切見つけられなかった。

 事を起こす前に、身の回りのものはほとんど処分していたようだ」

「怪しまれないよう、細工していたはずです。

 たとえば……報酬については特に」

「……報酬?」


 そこで、一度ガレオ王のほうをむいた。


 王は、興味深そうにこちらの話に聞き入っている様子。

 「続きを話せ」といわんばかりにあごを動かしたので、軽く一礼して続けた。


「仮にブ――ラウニー氏がフェブル様に傾倒していたとしても、その気持ちをつなぎとめておく必要があります。

 手っ取り早いのが、報酬を与えることです」

「……先程も申したであろう。不審な痕跡は見当たらなかった」

「金銭に限らず、なんらかの物資の可能性もあります。

 その場合、当たり障りのない名義を使って偽装しているはずです」


 そう言うと、それまで半信半疑だった様子のショートケーキ団長は、一瞬はっと目を見開いて、すぐに表情を引きしめた。


「……承知した。今一度、精査を行う」

「よろしくお願いいたします」


 ショートケーキ団長にむけて、一礼。


「……もう一つ。

 スコルティウス様の死についての再捜査も、必要があるかと考えます」

「当然だな。だが……あれから30年もの月日が流れてしまっている。

 こちらについては、痕跡を捜すのは容易ではないぞ」

「おっしゃるとおりにございます。

 ……ショルテンハイム公。スコルティウス様の遺品は、すべて処分されたのですか?」

「いや。未だそのままにしてある」

「……そのまま?」

「父が書き置きを残していたのだ。

 執務室にあるものは、できるかぎり動かさずにそのままの状態で保管しておいてほしいと」


 スコーンさんが、そんな書き置きを。

 ……気づいて、いたのか?

 自分は、殺されるかもしれないと。


 だとしたら、利用しない手はない。


「その遺品を、調べていただけますか」

「……必要があるのは理解した。具体的には?」

「僕の考えでは……スコルティウス様は、毒殺された可能性が高いのではないかと」

「そうだな。それが一番怪しいだろう。

 歴代領主の中にも、それによって失脚した者も大勢いる」


 僕がショートケーキ団長の顔色をうかがいながら言う一方で、ガレオ王はけろっとした態度でそう言った。


「……フェブル様が直接毒を盛ったとは考えにくいかと。

 当時のスコルティウス様の行動記録が見つかれば、いつ、だれが毒を盛ったのか、手がかりになると思います」


 言葉を切り、ショートケーキ団長をじっと見つめる。


「……無理に、とは申しません」

「かまわぬ。こうなっては、遠慮など無用だ。徹底的に調べてみせる」

「よく申した、ヴィクトリウス。頼んだぞ」


 ガレオ王に激励され、ショートケーキ団長は姿勢を正して最敬礼をした。


 ……そうだ。この人は、気持ちの問題で進むのをためらうような人ではない。


 調査の見通しが立って、すこし安心して息を吐く。

 まぁ、むしろこれからなんだが。


 すると、ショートケーキ団長がキリッとした目をこちらにむけてきた。


「すこし時間が必要だ。わかったことがあれば、すぐ知らせる」

「よろしくお願いいたします。

 お手間をとらせてしまい、申し訳ありません」

「案ずるな。これは……我にも大いに関わることだ」


 ……やる気に満ちあふれている。


 敬意を表し、深く頭を下げた。


 さて。

 報告を待つ間、フェーブさんをどう追及するかを考えておく必要がある。


 そして、ガレオ王。


「……恐れながら、陛下にも頼みたきことがございます」

「そうか? それはよかった。

 ヴィクトリウスだけに任せるのは気が引けるからな。なんなりと申せ」

「ありがたきお言葉、心より感謝いたします。

 陛下には……フェブル様に目を光らせておいていただきたいのです」


 頭を下げ気味にしながら上目遣いで言うと、ある程度は予測していたのか、ガレオ王は小さくうなずいていた。


「ふむ。ヴィクトリウスの邪魔をさせないように、だな?」

「おっしゃるとおりでございます。

 フェブル様も、相当警戒されていると思います」

「いいだろう……なにも気にせず、存分にやるがよい」

「頼もしきお言葉。感謝申し上げます」


 ガレオ王に言われ、ショートケーキ団長が胸元に手を当てて、一礼する。

 彼が頭を上げたタイミングで、視線をむけた。


「……フェブル様本人は大丈夫でも、その手の者があなたや騎士団の動向を見張っている可能性があります」

「承知している。その点はすでに手を考えて、シュリオに指示を出している」


 情報管理担当のシュークリームさんに?

 ……さすが、早いな。


「頼んだぞ。ヴィクトリウス」

「はっ」


 ショートケーキ団長が声を張りあげて返事をし、ビシッと敬礼した。


 これでもう、問題はない。

 あとは、うまく証拠を見つけられるかどうか。


「……陛下。深くお詫び申し上げます。

 せっかく私に会いたいとおっしゃっていただいたのに、その場でこのような話になってしまって」

「なにを言う。その方が謝ることではない。すべては、我らの不手際によるものだ」


 ガレオ王は若干不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、残っていた紅茶を一気に飲んだ。

 カップを置くと、なにかに気づいたようにはっとした顔になり、こちらにむけて身をすこし乗りだしてきた。


「これで終わり、などと思うでないぞ。事が済んだら、また会ってくれるな?」


 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて。


 ……ずいぶん気に入られたな。

 扱いが難しいとはいえ、その力が利用できるのなら、心強いことこの上ない。


 椅子から下りて、ガレオ王に体の正面をむくかたちでその場にひざまずいた。


「その日を、心待ちにしております」

「うむ。余もだ」


 頭を下げ、しばらくたってから上げると――ガレオ王のニヤニヤした顔があった。

 その視線がむけられているのは、僕ではなくあんこだった。


 びくっと震えたあんこは、いつもの襟の中に隠れていた。


「ふふ……本当に面白い。

 よいか、軍師。次に会いにくるときは、必ずその赤いものも連れてくるように」

「……承知いたしました」


 気に入られたのは、僕ではなくあんこだったらしい。


 襟の中に隠れたあんこが、ここから絶対出ないとばかりに、ぴったりと貼りつくような感触がした。


 ◇◇◇


 ガレオ王の屋敷から出ると、そこには行きと同じ馬車が待機していた。

 違っていたのは、


「シュリオは別命により、送迎ができなくなった。代わりにアイザックに担当させる」


 馬車の運転手が、シュークリームさんからアイスクリームさんに変わっていた件。


 彼は、上司のショートケーキ団長がいる手前、平静を装っている。

 ……が、よく見れば、「なんで俺が」とでも言いたそうな空気を漂わせていた。


 実際、ショートケーキ団長の姿が見えなくなってから、盛大にため息をついていた。


「よろしくお願いいたします。アイザック殿」

「……さっさと乗って」


 輝一さんのあいさつをほぼ無視して、アイスクリームさんはだるそうに御者台に上がった。


 遠慮なく、客席へ。


「……風」

「はい」

「何なのだ、お前は」

「……急に、なんですか」


 膝の上に置いた拳を強く握った輝一さんが、顔をうつむけてぷるぷる震えていた。

 こちらが聞きかえすと、怒りと困惑が混じったような顔をむけてきた。


「なんですか、じゃない! 相手はメローリアの領主だぞ!

 証拠がない状態で黒幕の正体を明かすなど、普通なら叱責されるだけでは済まなかったぞ!

 わかっているのか!?」

「……そのリスクは、理解した上で打ちあけました」

「余計に問題ではないか!」

「誓って、あの場で話すつもりはありませんでした。でも、利があると感じたので」

「……っだとしてもだ! あのような『お願い』をするなど……!

 お前もだぞ、あんこ!

 ガレオ王にお気に召していただけたからよかったものの……!

 甘いものにつられて飛びだしていくなど、いったいなにを考えているのだ!」


 輝一さんの怒りは、あんこにまで飛び火した。

 やっと安心できる、と僕の肩の上でくつろいでいたあんこだが、驚いてまた襟の中に隠れていた。


 ……これは、餡月郷に帰るまで続くな。

 いや。帰ったら帰ったで、大福さんたちへの報告の場でまたひと悶着あるはず。

 僕としては、あったことを淡々と報告するだけだけど。


 輝一さんのお説教をBGM代わりにして窓の外を見た――そのとき。


「っ!?」


 馬車が揺れて、突然停止した。

読んでいただき、ありがとうございました。

完結のめどが立ったので、本日より毎日投稿に戻します。

明日から完結まで、ご満足いただけるよう全力で走りきります!

よろしくお願いいたします。

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