裁判長と被告人。
裁判長と被告人。
まるで、そんな立場になった気分だった。
どちらがどちらかは、言うまでもない。
「媚びないか……やはり呼んで正解だった」
目線を下げて考えていたとき、頭上からさも愉快そうな声。
不敵な笑みを戻したガレオ王が、僕を見下ろしていた。
「今日は無礼講だ。
うるさい側近どもも席を外させている。
聞きたいことがあるならば、好きなように申せ。
余は……その方と、友になってみたい」
近衛騎士たちが、かすかに身じろぎする。
……今の発言は、全体的に異例ずくめだ。
まず、側近は席を外している、と言った件。
どこかに隠れて、いや、控えているとしたらわからないけど。
本当にそうなら……これは、願ってもないチャンス。
それと、もう一つ。
友になりたい、と言った件。
それは、十中八九こちらの腹の内を探るための言葉。
『陛下のお力をもってすれば、彼の頭の中を丸裸にすることなど造作もないでしょう』
シュークリームさんのセリフが浮かぶ。
……このお方は、これからどう出てくるつもりなのか。
「……ありがたきお言葉。光栄にございます」
「うむ。だが、しかし……このままでは話にならんな」
すると、ガレオ王が手を一回叩いた。
部屋中に、その音が響く。
……と、思ったら、ぞろぞろと大勢の使用人が入ってきた。
「こちらへ」
そのうちの一人、女性が近づいてきて誘導され、輝一さんと共に玉座の前から離れた。
ショートケーキ団長は、こうなる段取りだと知っていたようだ。
すでに自ら、すました顔で隅に移動していた。
カーペットが取りはらわれ、そこに長テーブルが置かれる。
テーブルクロスが敷かれて、シワ一つなく整えられる。
中央に、先に用意されていたらしい花かごが設置された。
すべて、一切無駄のない動き。
設置が終わると、ガレオ王が玉座から下りて、上座のお誕生日席に座った。
整列した使用人たちが、そろって最敬礼。
素早く部屋から出ていった。
……マスゲームでも見せられているような気分だった。
なぜ、最初からこうしておかなかったんだ?
非効率だ。
「非効率、などと口にするんじゃないぞ」
「……思いましたが、しません」
「お前……っ」
ぼそっと話しかけてきた輝一さん。
なにかを置くような小さな音がしたことで、瞬時に姿勢を正した。
「ここへ参れ」
「……は」
ガレオ王が、爪を立ててテーブルを叩いたようだ。
……右隣か。
友になりたい、という言葉は、一応実践するつもりらしい。
言われたとおり、その席の前に移動。
一礼してから、座った。
……顔がよく見える。
先程予想した年齢は、おおむねまちがいはなさそうだ。
ガレオ王の背後に、ショートケーキ団長が移動。
同じく、僕の後ろには輝一さんがついたような気配がした。
「せっかくだ。余の好きな茶をごちそうしよう」
銀色のカートを押しながら、女性の使用人がやってきた。
彼女は、近づいて一旦止まり、深々と一礼。
その後、てきぱきとお茶の支度をした。
用意されたのは、予想どおり紅茶。
金をあしらった高価そうなティーカップに、赤茶色の液体が注がれた。
「他国から取り寄せた茶葉だ。遠慮は無用だぞ」
「……では。いただきます」
軽く会釈して、ティーカップを持ちあげて一口。
……意外と素朴な味だな。
渋みが強め。
ミルクを入れれば、まろやかになってちょうどよくなりそうだ。
つまり、甘さが強い洋菓子によく合うタイプ。
「……とても美味しいです。
メローリアにあるお菓子とも合うのでは」
「そのとおりだ。
余にとっては、これを落ちついて味わうひとときこそ、至福なのだ。
近いうちに飲めなくなるやもしれぬと思うだけで……悲しくなる」
ガレオ王が、ため息をついてティーカップをソーサーに置いた。
……飲めなくなるかもしれない?
「それは、どういう意味でしょうか」
「知っておろう。
ここ最近のグラサージュ・マッチにおいて、その方らは三連続も勝利をおさめた。
前代未聞ではないか。
餡月郷では、国の統治権についての協議を申し入れる方向で、話が進んでいるのだろう?」
ガレオ王は目を細め、ティーカップに残った紅茶を見つめた。
演技だと、素人でもわかるほど大げさに、首を横に振るのも加えて。
ようするに、こちら側が国の統治権について主張してくるのを防ぎたいのだ。
それが、今回会いたいと言いだした件の、最大の目的。
……わざと、だな。
今のは、あえてそれを悟らせるため……だとしか、思えない。
慎重に見えて、時に大胆な手法も使ってくる。
さすが領主。
シュークリームさんの言うとおり、気づかないうちに丸裸にされかねない危うさを感じる。
「……ご安心ください。
そのような話は、私の知るかぎりでは上がっておりませんので」
「まことか?……いや、そんなことはあるまい」
「たしかなことは申し上げられません。
私は、一軍師ですので。役所内部の事情までは把握しきれておりません。
どうかご容赦を」
ガレオ王が、実につまらなそうに小さくため息をついた。
「……で、あろうな」
「ただ、一つだけ」
ガレオ王の言葉に若干かぶってしまった……が。
王は興味をひかれたかのように、眉をピクリと動かしていた。
「私は、餡月郷が国を統治する点においては、半分しか賛成できません」
「……半分? どういう意味だ」
「ある目的のためです。
この件は、先日白妙様に申し入れたばかりです。
お許しくだされば、ぜひ陛下のお耳にも入れておいていただきたいのですが」
「ほう……その方らの領主は、すでに知っていると。
かまわん。申せ」
すんなり許可をもらえたので、一拍置いて。
「餡月郷とメローリアで、国を共同で統治することです」
言った瞬間――ガレオ王は、目を見開いて固まった。
……この件は、ショートケーキ団長の父親のスコーンさんから聞かされているはず。
どうくるか、と思っていたら。
ガレオ王は目を細め、首を傾けて斜め上を見て、大きく息を吐いた。
「……申し訳ございません。不躾な発言をお許しください
「違う。ただ……思いだしただけだ」
ガレオ王はそう言って、どこか郷愁に駆られたような雰囲気で遠くを見つめていた。
……想定外の反応。
王の背後に控えているショートケーキ団長も、困惑している様子で眉を寄せていた。
「かつて……それと同じことを言った者がいたのだ。懐かしい」
「……それはもしや、スコルティウス様では?」
「なに? 知っておったのか」
「メローリアに数日お邪魔していたときに、話をすこしだけ」
「……そうか」
こちらを見て驚いていたガレオ王は、ふう、と息を吐いた。
そして、残っていた紅茶を一口飲んでから、また口を開く。
「スコルティウスは、ここにいるヴィクトリウスの父だ。
領主の座についたばかりの余を、幾度となく助けてくれた。
まさしく忠臣だったのだ……」
懐かしんでいるように、ほほえむガレオ王。
その顔がくるっとこちらをむき、一変して真剣な表情になった。
「どこでその話を聞いた?」
「……先程、申し上げたとおりでございます。
メローリアに滞在していた折に、図書館で歴史をご教授いただきました」
「どの者にだ」
「シューク――シュリオ・クレマン氏です」
「……なるほど。騎士団の参謀からか」
ガレオ王は、納得したようにほほえんで、うなずいた。
……菓子名で呼んでしまう癖は、もはやだれが相手だろうと治せそうにないな。
いや。効率の問題だから、治す必要はない。
「それで? その方は実現できると思っておるのか?」
「……共同統治が、ですか?」
「そうだ」
「もちろんです」
即答すると、なぜかガレオ王は意外そうに目を丸くして、すこしだけ身を引いた。
「……ほう。自信があるのだな。
それとも……国の内情をまだよく把握しておらぬからか?」
「本気で話を進めるとなれば、問題が山積みなのは理解しております。
たとえば……文化の違い。
環境の違い。
感覚の違い。
なにより、長年いがみ合ってきた歴史もあります」
「わかっておるではないか。
ならば、なぜできるなどと豪語する?」
「それらを、解決できる方法があるからです」
「……ほう?」
ガレオ王は、興味ありそうに、だけど信じてはいない様子。
ひげを触りながら、身を乗りだしてきた。
「申してみよ。
それらの大問題をすべて解決できる方法とは、なんだ?」
「知ることです」
「……知る? なにをだ」
「互いをです。それが、大きな一歩になります」
僕が言った後、ガレオ王は呆気にとられたように固まって、しばらくして「ハッ」と声をもらした。
「なにかと思えば。
そんなもの、解決になるとは思えんな。
知った結果、やはり相容れないと感じてしまう可能性もあるのではないか?」
「もちろん、その可能性は高いと思われます。
しかし、大した問題ではありません」
「なぜそう言いきれる」
ガレオ王が、眉を寄せてテーブルを指でコツコツと叩いた。
すこし不機嫌になってしまった様子。
「……国を共同で統治するとは、『協力して国を守り、発展させていく』ということです。
必ずしも一つになる必要はありません」
「一つにならずとも、協力するのは可能と申すか?」
「はい。そのほうが、むしろ都合がいいと考えます」
……なんたって、和菓子と洋菓子が中心の国だからな。
どちらも「お菓子」に分類されるけど、決して「同じもの」ではないから。
ガレオ王は片眉を上げ、あごに触れて考えこんでいた。
一理ある、と感じてくれたのか。
それとも、まだ半信半疑の状態なのか。
「互いを尊重しつつ、時には議論で紛糾しながらも、すこしずつ歩みを進めていく。
それこそ、この国のあるべき姿ではないか……と、私は考えます」
「…………」
ガレオ王は、聞き入っている様子だった。
……ここまで言うつもりはなかったけれど。最後の締めだ。
「陛下。先程、私と友になってみたいとおっしゃていただきましたが……
あれは、社交辞令でしょうか。
だとしても、非常にありがたいお言葉には違いありません。
ですが……私は、本気でそうなりたいと願っております」
言った後、ガレオ王の目をしっかりと見つめた。
眼光が鋭くなった王も、その視線を外さず、無言のままでいる。
長い沈黙が、続いた。
――破ったのは、ガレオ王のほうだった。
ふっと息をもらしたと思ったら、突然部屋中に響くような笑い声を上げた。
「いや……妙だな。
その方の今の言葉……不思議なほど、スコルティウスがかつて余に申していたこととそっくりだ」
「……そうだったのですか」
「ああ。だから、くれぐれも気をつけるがよい。
その方も……命を狙われるやもしれぬからな」
視界の端で、ショートケーキ団長が目を大きく開いたのが見えた。
……その方『も』、だって?
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
次回は明後日29日(火)の20時頃更新予定です。




