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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第六章 暗部

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今にも倒れそうだった。

 今にも倒れそうだった。

 隣を歩く輝一さんの顔面には、「緊張」の文字が浮かんでいるように見えた。


「……なぜそんなに緊張されているのですか?」

「なぜとはなんだ! 当たり前だろう……!

 むしろ、お前はどうして平然としていられるのだ!」

「練り――白妙様とももう二回もお会いしているので。

 そもそも、緊張する意味がよくわかりません」

「私はお前のその思考がさっぱりわからないっ」


 輝一さんが、悔しそうに歯を噛みしめてそっぽをむいた。


 ……思えば、学生の頃からそうだった。

 他人が「緊張する」と言ってびくびくしていたのを、不思議に思っていた。

 念入りに準備をしたのなら、なにも恐れることはないのに、と。

 ……今でも、疑問に感じる部分はある。


 ガレオ王とお会いするだけじゃない。

 輝一さんの場合は、「僕の護衛」という大きな任務まで、背負っているせいだと思われる。


「……いつもどおりでかまいません」

「それはわかっているのだが……!」


 輝一さんはそう言いながら、何度目かわからない服装の確認をまたし始めた。

 ポニーテールに結んだ髪の紐をきつく締めなおしてから、ため息。


「……姉上や萬田様に喝を入れていただいたのに、このざまだ。

 自分で自分が情けなくなる……っ」


 輝一さんはうなだれて、唇を噛んだ。


 ……二人から喝を。

 ざらめさんはともかく、あの饅頭さんからも。

 「しっかりせんか!」という、彼の怒声がどこからか聞こえてきたような気がした。


「……それでいいと思います」

「なにがだ。どこがだ」

「それが、あなたらしさですから」


 顔を上げた輝一さんは、ぼんやりした目で僕を見た。

 しばらくして、ふっと笑い声をもらした。


「そうか。風がそう言うなら……なんとかなる気がしてきた」

「……護衛役、よろしくお願いします」

「ああ。任せろ」


 輝一さん、復活。

 キリッとした目に変わって、力強くうなずいていた。

 これで、問題はない。


 そのまますこし歩いて、メローリアとの境界までやってきた。


 餡月郷(あんげつきょう)側の見張りは、一礼してすぐに道を開けてくれた。


 メローリア側の見張りは、怪しげな目線をむけて警戒している様子。

 しかし、輝一さんがガレオ王からの招待状を見せると、目を丸くしてすぐに端にどいてくれた。

 ……二人そろって、先日の協議の場でのクッキーさんのような顔をしていたけど。


 メローリアに入ると、すぐそこに馬車があった。

 そばには、シュークリームさんの姿も。


「ガレオ王がお待ちの屋敷まで、お送りいたします。どうぞ」


 シュークリームさんが、馬車の客席の扉を開けて、中に入るよう促してきた。


 輝一さんが先に入って、中の安全を確認。

 彼が振りかえってうなずいたのを見てから、僕も乗りこんだ。


 ……御者がいない?

 と、不思議に思っていたら、どうやらシュークリームさん自ら運転していってくれるらしい。


 ……異例じゃないか?


 窓を開けて、顔をのぞかせる。


「あなたが連れていってくれるとは、意外ですね」

「ええ。普通でしたら従僕に任せるところですが。

 ……陛下が、『丁重にもてなせ』との仰せなので。

 万が一にも、なにかあっては我々の責任になりますから」

「……あのときとはまた違った感じがして、興味深いですね」

「あのとき?」

「あなたに連れられて、メローリアに初めてきたときです」

「……私は興味ありません。早く中に戻ってください」


 にべもなく言われ、顔を引っこめて窓を閉めた。


「なにをしているんだ。あまり気軽に声をかけるな」

「……なぜですか」

「なにを言われるかわかったものではないだろう!

 ……ん? おい。そこになにを入れているのだ?」


 輝一さんが、もぞもぞと動く僕の胸元を指した。


 ……やはり、無理があったか。


 そこに手を入れて、中身を取りだした。

 それは、いわずもがな――あんこである。


「な……! お前! なにを連れてきているのだ! 姉上に預けていたのではないのか!?」

「そうしたはずなのですが、いつの間にかついてきてしまったようでして」


 先日の練り切り様との謁見の際に、学んでしまったようだ。

 ざらめさんに渡される。すまわち、置いていかれるのだと。


 ……いつ、どうやって僕が気づかないように忍びこんだのかは謎だが。


 威張って胸を張っているかのような格好をしているあんこを見て、輝一さんが頭を抱えていた。


「今さら戻って置いていくわけにはいかないぞ。

 どうするのだ」

「預かってください」

「……私がか!?」

「他にいません」

「……っわかった」


 輝一さんに、あんこを渡す。


 それでも不満げなあんこに、輝一さんが顔をずいっと近づけた。


「いいか? くれぐれも、くれぐれも大人しくしていろ。

 小躍りなんてした日には、すぐに放りだすからな」


 あんこは、嫌そうに輝一さんの手の上で後ずさりしていた。

 言葉が通じたかは、不明。


 ……様子を見て、ガレオ王に会わせてみるのも面白いな。


 そう思ったことに気づかれたのか、輝一さんがキッとにらみつけてきた。


 なんて、茶番劇を行っているうちに。

 窓の外の景色が、一変していた。


 整えられた並木道。

 そこを通りすぎると――どこかの国の、なんとか宮殿のような建物が現れた。

 屋根は濃い青。

 その上に、黄金製でキラキラと輝く飾りの像がところどころにある。

 まもなく見えてきた門も、黄金製。

 地面は、つるっとした大理石かなにかで舗装されていた。


 さすが、ガレオ「王」と呼ばれる――呼ばせるだけはある。

 こここそが国の中枢すなわち王宮、といわんばかりだ。


 門を通りぬけ、建物の手前まで移動していった。


「到着いたしました」


 馬車が停まり、御者台から降りたシュークリームさんが、客席の扉をノックして、言った。


 輝一さんが、あんこを懐に隠してから降りる。

 それに続く。

 建物の前に、ショートケーキ団長と他の団員らしき数人が、待ちかまえているのが見えた。


「よく来た。道中、問題はなかっただろうな?」

「……はい。シュークリームさんのおかげで」


 ショートケーキ団長が満足そうにうなずき、次にシュークリームさんを見た。


「ご苦労であった」

「恐悦至極に存じます」


 シュークリームさんはうやうやしく一礼して、下がっていった。


「ついてまいれ」


 ショートケーキ団長が、踵を返した。

 途端に、脇にいた団員たちが道を作るように左右に分かれ、敬礼。


 彼らの鋭い視線を浴びながら、ショートケーキ団長のあとに続いて宮殿の中に入った。


 中は――いや、中も。

 宮殿の名にふさわしく、きらびやかだった。

 巨大な鏡が立ちならぶ回廊……なんてものはなかったが。

 どうやって吊るしているのか気になるほどの、巨大なシャンデリア。

 あちこちに、黄金の装飾品。


 ここを訪れた者に対して、領主の権威を誇示しているようだ。

 実際、前を歩く輝一さんは、どこかぎこちない歩き方をしていた。


 それをスルーして、彼の前を歩くショートケーキ団長の背中を見つめる。


「……そちら側の立会人は、どのようなメンバーですか?」

「今日の主賓はそなただ。

 他の者のことは気にする必要はない」

「『あの方』がいらっしゃるのかどうかだけ、教えていただくわけには?」


 輝一さんが、眉を寄せた顔で歩きながら振りかえってきた。


「……我も知らぬ。

 警備の関係で知りたいとお尋ねしたが……陛下は、知る必要はないと」


 ショートケーキ団長が、そう答えたところで立ちどまり、振りかえってきた。


「『あの方』の話をするつもりではあるまいな」

「……あわよくばそのつもりでしたが。

 正直、今はまだその段階ではないかと」

「そのとおりだ」


 満足したのか、ショートケーキ団長が再び歩きだした。


 輝一さんは、さらに困惑しながら、僕とショートケーキ団長を交互に見ていた。


 ……フェーブさんの件は、確証はまだどこにもないからな。

 ひとまず、どんな人物かだけわかれば御の字だ。


 ただ……同席者がだれなのか、ショートケーキ団長にも知らされていないとは、どういうわけだ?


 ガレオ王が、なにか妙なサプライズを用意するような、扱いが面倒なタイプのお方だとしたら?

 ……話が想定外な方向に進む可能性は、かなり高くなる。


 とにかく、まずは今回の狙いを確認するところから。


 考えながら歩いて、しばらくしてようやくショートケーキ団長が止まった。

 そこは、ある扉の前。

 当然のように、目にも鮮やかな装飾が施されていた。


「陛下。餡月郷の客人をお連れいたしました」

「待っていたぞ。入れ」


 ショートケーキ団長が、手を後ろに回して声を張りあげる。

 すると、部屋の中からかすかに男性らしき声が聞こえてきた。

 ……意外と高めのテノール。


 扉が開かれ、部屋の中が見えた。

 レッドカーペットがまっすぐに敷かれた先、高い位置に玉座がある。


 ショートケーキ団長に続いて中に入り、その場で胸元に手を当てて一礼。


「近う寄れ」


 テノールの声が言うと、ショートケーキ団長が一瞬こちらに目をむけた後、脇によけた。


 彼に一礼してから、レッドカーペットの上を歩いていく。


 悟られないようにさっと周囲を見回して――違和感。


 予想より、人がかなりすくない。


 近衛騎士らしき銀の鎧を身につけた人たちが、部屋をぐるっと取り囲むように控えているだけだった。


 ……側近が一人もいない、なんてことはありえるのか?


 不思議に思いつつ、ガレオ王の玉座から数段低い場所につくと、その場でひざまずいた。

 一歩遅れて、後ろで輝一さんがひざまずく気配。


「やっと会えたな。甘誠組(かんせいぐみ)の軍師。嬉しく思うぞ」


 玉座を見上げた。


 先のほうがくるっと丸まって整えられた、茶色い口ひげが特徴的。

 年は……50代後半から60代前半といったところか。

 緻密な刺繍が施された衣装を身にまとっていて、あきらかに他の人とは異質なオーラ――威厳を感じる。


 この人が、ガレオ王。ガレット・デ・ロワ様。


 じろじろと値踏みするような視線を感じつつ、頭を下げた。


「……は。このたびは、お呼びいただきまこと光栄にございます。

 感謝申し上げます」

「感謝……それをするのは余のほうだ。

 ヴィクトリウスから話は聞いたぞ。

 余が未だこの世に存在していられるのは、その方のおかげ。危機を未然に防いだ立役者、だとな」

「恐れながら。

 陛下をお守りしたのは、他でもないショルテンハイム公にございます。

 私は、公と情報を共有していたにすぎません」

「その情報が、重要なのだ」


 ガレオ王が、玉座のひじ掛けに左腕をのせ、頬杖をついた。


「戦いであろうとなんであろうと、情報は欠かせぬ。

 その考えがあったからこそ、今回ヴィクトリウスと手を組むべきと思いついたのであろう?」

「……おっしゃるとおりにございます」

「うむ。いやしかし……それにしてもだ。

 敵側の長に協力を持ちかけるとは。なかなか大胆なことを考えたものだ。

 使える者はどんな者でも有効に使う。その理念には、余も同感できる。

 その方と……気が合うやもしれんな?」


 ガレオ王が、口ひげのくるんと丸まった先端をいじりながら、不敵な笑みをむけてきた。


 ……気が合う、か?

 たった、それだけで?


「いえ。それは、基本中の基本かと」


 答えた瞬間――ガレオ王の顔から、表情が消えた。

読んでいただいた皆様に感謝いたします!

次回は、明後日27日(日)20時頃の更新を予定しています。

よければブックマークしてお待ちください。

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