今にも倒れそうだった。
今にも倒れそうだった。
隣を歩く輝一さんの顔面には、「緊張」の文字が浮かんでいるように見えた。
「……なぜそんなに緊張されているのですか?」
「なぜとはなんだ! 当たり前だろう……!
むしろ、お前はどうして平然としていられるのだ!」
「練り――白妙様とももう二回もお会いしているので。
そもそも、緊張する意味がよくわかりません」
「私はお前のその思考がさっぱりわからないっ」
輝一さんが、悔しそうに歯を噛みしめてそっぽをむいた。
……思えば、学生の頃からそうだった。
他人が「緊張する」と言ってびくびくしていたのを、不思議に思っていた。
念入りに準備をしたのなら、なにも恐れることはないのに、と。
……今でも、疑問に感じる部分はある。
ガレオ王とお会いするだけじゃない。
輝一さんの場合は、「僕の護衛」という大きな任務まで、背負っているせいだと思われる。
「……いつもどおりでかまいません」
「それはわかっているのだが……!」
輝一さんはそう言いながら、何度目かわからない服装の確認をまたし始めた。
ポニーテールに結んだ髪の紐をきつく締めなおしてから、ため息。
「……姉上や萬田様に喝を入れていただいたのに、このざまだ。
自分で自分が情けなくなる……っ」
輝一さんはうなだれて、唇を噛んだ。
……二人から喝を。
ざらめさんはともかく、あの饅頭さんからも。
「しっかりせんか!」という、彼の怒声がどこからか聞こえてきたような気がした。
「……それでいいと思います」
「なにがだ。どこがだ」
「それが、あなたらしさですから」
顔を上げた輝一さんは、ぼんやりした目で僕を見た。
しばらくして、ふっと笑い声をもらした。
「そうか。風がそう言うなら……なんとかなる気がしてきた」
「……護衛役、よろしくお願いします」
「ああ。任せろ」
輝一さん、復活。
キリッとした目に変わって、力強くうなずいていた。
これで、問題はない。
そのまますこし歩いて、メローリアとの境界までやってきた。
餡月郷側の見張りは、一礼してすぐに道を開けてくれた。
メローリア側の見張りは、怪しげな目線をむけて警戒している様子。
しかし、輝一さんがガレオ王からの招待状を見せると、目を丸くしてすぐに端にどいてくれた。
……二人そろって、先日の協議の場でのクッキーさんのような顔をしていたけど。
メローリアに入ると、すぐそこに馬車があった。
そばには、シュークリームさんの姿も。
「ガレオ王がお待ちの屋敷まで、お送りいたします。どうぞ」
シュークリームさんが、馬車の客席の扉を開けて、中に入るよう促してきた。
輝一さんが先に入って、中の安全を確認。
彼が振りかえってうなずいたのを見てから、僕も乗りこんだ。
……御者がいない?
と、不思議に思っていたら、どうやらシュークリームさん自ら運転していってくれるらしい。
……異例じゃないか?
窓を開けて、顔をのぞかせる。
「あなたが連れていってくれるとは、意外ですね」
「ええ。普通でしたら従僕に任せるところですが。
……陛下が、『丁重にもてなせ』との仰せなので。
万が一にも、なにかあっては我々の責任になりますから」
「……あのときとはまた違った感じがして、興味深いですね」
「あのとき?」
「あなたに連れられて、メローリアに初めてきたときです」
「……私は興味ありません。早く中に戻ってください」
にべもなく言われ、顔を引っこめて窓を閉めた。
「なにをしているんだ。あまり気軽に声をかけるな」
「……なぜですか」
「なにを言われるかわかったものではないだろう!
……ん? おい。そこになにを入れているのだ?」
輝一さんが、もぞもぞと動く僕の胸元を指した。
……やはり、無理があったか。
そこに手を入れて、中身を取りだした。
それは、いわずもがな――あんこである。
「な……! お前! なにを連れてきているのだ! 姉上に預けていたのではないのか!?」
「そうしたはずなのですが、いつの間にかついてきてしまったようでして」
先日の練り切り様との謁見の際に、学んでしまったようだ。
ざらめさんに渡される。すまわち、置いていかれるのだと。
……いつ、どうやって僕が気づかないように忍びこんだのかは謎だが。
威張って胸を張っているかのような格好をしているあんこを見て、輝一さんが頭を抱えていた。
「今さら戻って置いていくわけにはいかないぞ。
どうするのだ」
「預かってください」
「……私がか!?」
「他にいません」
「……っわかった」
輝一さんに、あんこを渡す。
それでも不満げなあんこに、輝一さんが顔をずいっと近づけた。
「いいか? くれぐれも、くれぐれも大人しくしていろ。
小躍りなんてした日には、すぐに放りだすからな」
あんこは、嫌そうに輝一さんの手の上で後ずさりしていた。
言葉が通じたかは、不明。
……様子を見て、ガレオ王に会わせてみるのも面白いな。
そう思ったことに気づかれたのか、輝一さんがキッとにらみつけてきた。
なんて、茶番劇を行っているうちに。
窓の外の景色が、一変していた。
整えられた並木道。
そこを通りすぎると――どこかの国の、なんとか宮殿のような建物が現れた。
屋根は濃い青。
その上に、黄金製でキラキラと輝く飾りの像がところどころにある。
まもなく見えてきた門も、黄金製。
地面は、つるっとした大理石かなにかで舗装されていた。
さすが、ガレオ「王」と呼ばれる――呼ばせるだけはある。
こここそが国の中枢すなわち王宮、といわんばかりだ。
門を通りぬけ、建物の手前まで移動していった。
「到着いたしました」
馬車が停まり、御者台から降りたシュークリームさんが、客席の扉をノックして、言った。
輝一さんが、あんこを懐に隠してから降りる。
それに続く。
建物の前に、ショートケーキ団長と他の団員らしき数人が、待ちかまえているのが見えた。
「よく来た。道中、問題はなかっただろうな?」
「……はい。シュークリームさんのおかげで」
ショートケーキ団長が満足そうにうなずき、次にシュークリームさんを見た。
「ご苦労であった」
「恐悦至極に存じます」
シュークリームさんはうやうやしく一礼して、下がっていった。
「ついてまいれ」
ショートケーキ団長が、踵を返した。
途端に、脇にいた団員たちが道を作るように左右に分かれ、敬礼。
彼らの鋭い視線を浴びながら、ショートケーキ団長のあとに続いて宮殿の中に入った。
中は――いや、中も。
宮殿の名にふさわしく、きらびやかだった。
巨大な鏡が立ちならぶ回廊……なんてものはなかったが。
どうやって吊るしているのか気になるほどの、巨大なシャンデリア。
あちこちに、黄金の装飾品。
ここを訪れた者に対して、領主の権威を誇示しているようだ。
実際、前を歩く輝一さんは、どこかぎこちない歩き方をしていた。
それをスルーして、彼の前を歩くショートケーキ団長の背中を見つめる。
「……そちら側の立会人は、どのようなメンバーですか?」
「今日の主賓はそなただ。
他の者のことは気にする必要はない」
「『あの方』がいらっしゃるのかどうかだけ、教えていただくわけには?」
輝一さんが、眉を寄せた顔で歩きながら振りかえってきた。
「……我も知らぬ。
警備の関係で知りたいとお尋ねしたが……陛下は、知る必要はないと」
ショートケーキ団長が、そう答えたところで立ちどまり、振りかえってきた。
「『あの方』の話をするつもりではあるまいな」
「……あわよくばそのつもりでしたが。
正直、今はまだその段階ではないかと」
「そのとおりだ」
満足したのか、ショートケーキ団長が再び歩きだした。
輝一さんは、さらに困惑しながら、僕とショートケーキ団長を交互に見ていた。
……フェーブさんの件は、確証はまだどこにもないからな。
ひとまず、どんな人物かだけわかれば御の字だ。
ただ……同席者がだれなのか、ショートケーキ団長にも知らされていないとは、どういうわけだ?
ガレオ王が、なにか妙なサプライズを用意するような、扱いが面倒なタイプのお方だとしたら?
……話が想定外な方向に進む可能性は、かなり高くなる。
とにかく、まずは今回の狙いを確認するところから。
考えながら歩いて、しばらくしてようやくショートケーキ団長が止まった。
そこは、ある扉の前。
当然のように、目にも鮮やかな装飾が施されていた。
「陛下。餡月郷の客人をお連れいたしました」
「待っていたぞ。入れ」
ショートケーキ団長が、手を後ろに回して声を張りあげる。
すると、部屋の中からかすかに男性らしき声が聞こえてきた。
……意外と高めのテノール。
扉が開かれ、部屋の中が見えた。
レッドカーペットがまっすぐに敷かれた先、高い位置に玉座がある。
ショートケーキ団長に続いて中に入り、その場で胸元に手を当てて一礼。
「近う寄れ」
テノールの声が言うと、ショートケーキ団長が一瞬こちらに目をむけた後、脇によけた。
彼に一礼してから、レッドカーペットの上を歩いていく。
悟られないようにさっと周囲を見回して――違和感。
予想より、人がかなりすくない。
近衛騎士らしき銀の鎧を身につけた人たちが、部屋をぐるっと取り囲むように控えているだけだった。
……側近が一人もいない、なんてことはありえるのか?
不思議に思いつつ、ガレオ王の玉座から数段低い場所につくと、その場でひざまずいた。
一歩遅れて、後ろで輝一さんがひざまずく気配。
「やっと会えたな。甘誠組の軍師。嬉しく思うぞ」
玉座を見上げた。
先のほうがくるっと丸まって整えられた、茶色い口ひげが特徴的。
年は……50代後半から60代前半といったところか。
緻密な刺繍が施された衣装を身にまとっていて、あきらかに他の人とは異質なオーラ――威厳を感じる。
この人が、ガレオ王。ガレット・デ・ロワ様。
じろじろと値踏みするような視線を感じつつ、頭を下げた。
「……は。このたびは、お呼びいただきまこと光栄にございます。
感謝申し上げます」
「感謝……それをするのは余のほうだ。
ヴィクトリウスから話は聞いたぞ。
余が未だこの世に存在していられるのは、その方のおかげ。危機を未然に防いだ立役者、だとな」
「恐れながら。
陛下をお守りしたのは、他でもないショルテンハイム公にございます。
私は、公と情報を共有していたにすぎません」
「その情報が、重要なのだ」
ガレオ王が、玉座のひじ掛けに左腕をのせ、頬杖をついた。
「戦いであろうとなんであろうと、情報は欠かせぬ。
その考えがあったからこそ、今回ヴィクトリウスと手を組むべきと思いついたのであろう?」
「……おっしゃるとおりにございます」
「うむ。いやしかし……それにしてもだ。
敵側の長に協力を持ちかけるとは。なかなか大胆なことを考えたものだ。
使える者はどんな者でも有効に使う。その理念には、余も同感できる。
その方と……気が合うやもしれんな?」
ガレオ王が、口ひげのくるんと丸まった先端をいじりながら、不敵な笑みをむけてきた。
……気が合う、か?
たった、それだけで?
「いえ。それは、基本中の基本かと」
答えた瞬間――ガレオ王の顔から、表情が消えた。
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