僕が不敬罪に問われて、すべてが終わる。
僕が不敬罪に問われて、すべてが終わる。
だとしてもおかしくない話だ。
だが。
気軽に、ちょっとした思いつきを口にしたわけではない。
そんな軽い話ではない。
……練り切り様なら、理解していただける可能性大。
求肥さんを含む役人たちの鋭い視線を受けながら、待った。
「それが実現すれば、争いは止まるか。
悲劇は、起らぬのか。
もとより……メローリアとは、わかりあえるのか?」
「その保証は、現時点ではどこにもありません」
一旦切って、息を大きく吐いた。
「……協議が決裂する可能性も、なんらかの犠牲が出る可能性も大いにあります。
慎重にならざるをえません。
ですが、すこしずつでも動かなければ、なにも変わりません」
練り切り様の目をじっと見て、一度平伏。
「恐れながら、御前にお尋ねいたします」
顔を上げて、再び練り切り様を見つめる。
「領主として、守るべきとお考えなのは……規則ですか。
それとも、民ですか」
「……! 貴様! 御前にむかって――」
役人の一人が、たまらず叱責しながら、片足を上げて立ちあがりかける。
それを、練り切り様が扇子を叩きつけて、制止した。
「言うまでもない。民だ。
我を敬い、国を支えている……一人一人が尊い存在なのだ」
堂々としていて、一点の曇りもない。
それは、心からの言葉だと感じた。
穏やかな笑みを浮かべている練り切り様と、見つめあう。
「軍師。その方の想い……しかと聞き届けた。
婚姻規則の改正ならびに、メローリアと共同で国を統治する案。
前向きに検討すると、『約束』しよう」
その言葉が脳内を駆けめぐり――理解するまでに、すこし時間を要した。
約束。
たしかに、そうおっしゃった。
その言葉には、とてつもない重みがある。
それを、本人も理解しているはず。
……受け入れて、もらえた。
「この民の声は、じっくり読ませてもらう。
その上で、早急に協議の場を設ける。
……それでかまわぬか?」
「……は。ありがたきお言葉にございます。
重ねて、よろしくお願い申し上げます」
大事そうに文箱に触れた練り切り様にむけて、平伏。
しばらくそのまま、キープした。
「最後に一つ、我からも尋ねたい。
軍師。これは、民の願いか? それとも……その方自身の願いか?」
練り切り様が、若干目元をゆるめた、からかうような目つきで僕を見た。
……すこし、考えてから顔を上げて。
「両方にございます」
「……素直でよろしい」
ほほえんだ練り切り様がうなずいた後、再び見つめあった。
……まちがいない手ごたえ。
プレゼン成功、だな。
あとは上の方々次第だが……すくなくとも、規則改正のほうは、可能性は大いにある。
練り切り様が去るのを見送った後、天井を見つめ、大きく息を吐いた。
◇◇◇
謁見の間から出て、また一息ついた。
さっそく戻って、まず輝一さん。
そして、大福さんその他に結果報告をしなければ。
そう思い、歩きだした――が。
目の前に、求肥さんが立ちふさがった。
「来い」
問答無用とばかりに、威圧感を込めた一言。
……八つ橋さんの件を、練り切り様に話したことだな。
覚悟はしている。
ただ、最悪の判断を下される可能性は、高くないと思う。
素直についていく。
御殿の裏手、人気のない場所で求肥さんがようやく止まり、こちらを振りかえった。
「共同統治の件は、何者かに入れ知恵されたのか」
表情は厳しく、罪人を尋問しているかのようだった。
けれど、聞かれた内容は想定とは違った。
「……少し違います」
「少し?」
「メローリアに拉致されて、数日間すごした時期があります。
そのときに、秘密裏にそういう話が出ていたと聞かされました」
「だれから聞かされた」
「情報管理担当部隊の長、シュリオ・クレマン氏です」
「……その方は、それを信じたのか」
「完全に、ではありません。
のちに糖明神殿の抹茶――松原茶之助様におうかがいして、確認しました」
「…………」
求肥さんは黙りこみ、じっと鋭い目でこちらを見つめた。
にらむ、というより、探る、といったほうがよさそうな雰囲気。
「……肥田様も、ご存じだったのですね?」
そう尋ねても、しばらく沈黙していた。
やがて、息を大きく吐いたと思ったら、顔をそむけた。
「……まだ、私が甘誠組の局長をしていた頃にだ」
「当時のアントルメ騎士団団長、スコルティウス様からですか?」
「そうだ」
求肥さんはその場から数歩歩いて、遠くを見つめた。
……当時のことでも思いだしているのか。
それにしても。
スコーンさんが、敵である求肥さんにも共同統治の提案をしていたとは。
二人の関係性は、わからない。
仮に、互いに認めあうようなライバル関係にあったとしても、だ。
求肥さんの性格上、そんな話をしようものなら怒り狂って終わりな気がするのだが。
……スコーンさんの狙いは、なんだったんだ?
「ところで……例の件。
名を出さなかったからといって、誓いを破ったことにはならないとでも思っているのではあるまいな」
こちらを振りむいた求肥さんが、またにらんできた。
……ああ。そっちもか。
当然だ。
「思っておりません。
ただ、あの件はどうしても御前のお耳に入れておくべきと思ったゆえの言動です。
いかなる処分もお受けいたします」
背筋をのばした状態で、頭を下げる。
「あの件は、その方が言う物の怪の類の力によって知った、と言うのだな?」
「そのとおりです。
きんつ――金田様からうかがったのは、本当に生前の話だけです」
頭を下げたまま、答えた。
「……もうよい。その方が只者ではないことは、よく理解しておる」
呆れたような物言い。
頭を上げると、求肥さんの表情はすこしだけ和らいでいた。
……お咎めなし、だな。
想定どおり。
「寛大なご判断に、感謝いたします」
「今回は特例と思え。
なにがあっても……次はない。そう心得よ」
「はっ」
今度は最敬礼して、返事。
顔を上げると、求肥さんは自身の懐に手を入れて、なにかを取りだしたところだった。
……書状、か?
「あとで届けさせるつもりだったが、もののついでだ。その方に託す」
差しだされたそれを、受けとった。
宛先は、大福さん。
……落雁さんの取り調べの件か。
「先に拝見しても、よろしいですか」
「好きにしろ。
ただ……今の私が携われるのは、ここまでだ」
そう言い残し、求肥さんは去っていった。
その背中に、一礼。
すこししてから顔を上げ、彼の姿がないことを確認。
受けとった書状をしばらく見つめ、広げた。
「…………」
内容は、予想どおり落雁さんの取り調べについての結果報告だった。
……なるほど。
――今の私が携われるのはここまでだ。
先程の、求肥さんの投げやり気味な発言にも、納得できる。
書状を元どおりたたみなおして、懐へ。
その場をあとにして、走って輝一さんが待つ場所までむかった。
「風! 終わったのか?」
途端に、なにやらそわそわした様子の輝一さんに声をかけられる。
落ちつかない理由は……僕とは別にありそうだな。
「なにかありましたか」
「それはこちらの言うことだ!
どうだったのだ!? 不敬な発言などしなかっただろうな!?
……いや、それも気になるが……!」
「……が?」
「たった今、とんでもない報告が入ったのだ。
メローリアの――」
「領主のガレオ王が、襲撃でもされましたか」
先を読んで尋ねると、輝一さんは目を見開いて固まった。
「な、なぜ知っている?
まさか、御殿でその話があったのか?」
「いいえ」
「じゃあなぜ!?」
詰めよってくる輝一さんをスルーして、待機させていた馬に乗る。
「急ぎましょう。
肥田様から、大福さん宛ての書状を預かっています。
そこに……お知りになりたいことが書いてあるかと」
「なに!?」
手綱を強く握りしめ、足で馬の腹を蹴った。
◇◇◇
屯所まで、馬を走らせた。
行きに引き続き、帰りでも無事に。落馬せずに。
……手ごたえありだ。
この感覚を体に覚えさせれば、完璧。
馬を返して、一旦家へ。
普段着に着替えて、待っていてくれたざらめさんから、あんこを引きとる。
遅れて戻ってきた輝一さんと共に、屯所にとんぼ返りした。
「……! 蜜森。戻ったのか」
会議室にむかう途中で、羊羹さんと遭遇。
「他の皆さんは」
「会議所にいる。団は局長に命じられて情報収集中だ」
「すぐ呼び戻せますか」
「……なに?」
「重要なお話があります」
懐から、求肥さんから預かった書状を見せる。
羊羹さんは、それを見てすぐ察してくれた様子。
うなずいてから早足で離れ、部下になにか指示していた。
会議室の前まで移動し、襖を遠慮なくパン、と勢いよく開ける。
そこにいた大福さんとどら焼きさんが、目を丸くしてこちらを見てきた。
「蜜森? 早かったな?」
「どうじゃった。白妙様と、きちんと話はできたのか」
「その件はあとで」
大福さんの前に座り、預かっていた書状を差しだした。
いつもの穏やかさを消して引きしめた表情になった大福さんが、受けとって広げる。
「……これは」
「今、羊羹さんに頼んでみたらし団子さんを呼び戻していただいているところです。
詳しくは全員そろってからで」
大福さんが、神妙な顔をしてうなずいた。
……だれが読んでも、そうなるはずだ。
なにも知らされていないどら焼きさんと、僕の横にいる輝一さんは、不思議そうに顔を見合わせていた。
羊羹さんとみたらし団子さんが戻ってくるまで、菓子鉢にあった栗饅頭で腹ごなし。
あんこにも、餡子がたっぷりついたところを与えて、ご機嫌とりをした。
……なぜか、どら焼きさんが呆れたような目で見てきたけど。
「戻りました」
ご機嫌な様子で調子のはずれたダンスをしていたあんこ。
その後ろの襖が開いて、みたらし団子さんと羊羹さんがやってきた。
それぞれが、定位置に座る。
「肥田様からの書状を受けとった」
「それは、今回の件に関わることですか?」
みたらし団子さんが聞くと、大福さんがため息をついた。
「そうとも……言えるな」
大福さんがこちらに視線をむけたので、うなずいた。
「局長! もったいぶらずに教えてくだされ!
なにが書かれているので!?」
「……落合様の取り調べの結果じゃ。
だれに命じられたか、なぜ裏切ったのか……
すべて白状させた、とある」
その一言で――場の空気が、一気に張りつめたような感覚がした。
僕以外の四人が、固唾をのんで次の大福さんの言葉を待った。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
これで70話達成です!
また、5章はこれで終わり、次章からいよいよ黒幕を追及する件になっていきます。
どうぞお楽しみに。
次回の更新は、明後日17日(木)の20時頃を予定しています。




