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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 進展

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そんなヘマはしない。

 そんなヘマはしない。


 今の状況で落馬などしたら、一巻の終わりとも言える。

 衣装を整える余裕も、ケガを手当てする余裕も、ない。


 ……今のところ、なにも問題はない。

 饅頭さんの指導の下、慣れない服での乗馬の練習を散々させてもらったのだから。


「風。今のうちに報告しておく」

「……なんですか」


 こちらが乗馬に集中しているのを知ってか知らずか、輝一さんが馬を横づけして話しかけてきた。


 ……この先は、少々荒い道で要注意地帯なんだが。


「市田殿の件だが、うまくいったそうだ」

「……うまく、いった」

「寝返りに気づかれたのか、市田殿の家族を襲撃しようとしていた輩がいたらしい。

 それを、メローリアのアントルメ騎士団の一団が見つけて大捕り物になったと聞いた」

「……そうですか」

「結果的に被害者は出なかったらしいが……なぜ騎士団が都合よくそこにいたのかという疑問は残る」

「……それは、僕の……協力者……の、方のおかげ……です」

「なに? そうだったのか」

「ちなみに、それ……情報源は、どこ、ですか」

「恵みの地の紅殿だ。

 今朝、配達にきたときに養田殿が話を聞いたらしい」


 紅……さつまいもさんか。

 ならば、信憑性はある。


「いったいだれなのだ? その協力者というのは」

「今は……言え、ません」

「……そうか。

 お前のことだ、なにか考えがあるのは察している。

 ただ、頼むから無茶だけはしてくれるなよ」

「…………」

「おい? 大丈夫か?」


 大丈夫だ。なんとか。


 まもなく、要注意地帯の荒い道を乗りこえて、軽く一息。

 馬を走らせつつ、先程の輝一さんの報告を、改めて頭の中で整理する。


 ……話の中には、イチゴさんに指示を出していたブラウニーさんは出てこなかった。

 彼が捕まったのだとしたら、あとは黒幕を叩くだけになるけれど。


 もし、そうじゃなかったのなら。


『我々もこれ以上後手に回るつもりはない』


 ……あのショートケーキ団長の言葉には、まちがいなく本気の気配がした。

 あとのことは、彼に任せるのがベスト。

 こちらはこちらで、やるべきことに集中すればいい。


『そなたが御前に謁見する。

 それをされたら都合が悪いということだ』


 求肥さんの言葉が、脳裏をよぎる。


 ……最後まで、気を抜くつもりはない。


 ◇◇◇


 無事に、御殿に到着。

 きちんと地面に降りられた。


 ……乗りこなせている、と言うにはまだ経験が足りない。

 けれど、慣れない服装でここまで乗ってこられたのは、いい判断材料と言える。


「私はここで待機している。

 くれぐれも……くれぐれも、気をつけろ」

「はい。ありがとうございます」


 心底心配そうな輝一さんに見送られて、御殿の中へと入っていった。


 うろおぼえながらも、前回大福さんのあとについてむかった謁見の間を目指して、進んでいく。


 廊下を歩いている最中、前方から人が歩いてきたら、一旦立ちどまって一礼。

 だけど、意外にも相手のほうが深々と頭を下げてきた。


 ……なぜだ? 正装をしてきたからか?


 疑問をそのままにして歩いていくと、やがて見覚えのある扉が見えてきた。

 扉の前には、前回と同じように門番が二人座っている。


 謁見の間に、到着。


「蜜森風、参りました」


 あいさつすると、門番は無言で、すんなり扉を開けてくれた。


 入室。

 定位置まで移動して、座る。


 さっと部屋の中を見回すと――求肥さんがいた。

 他にも、数人の役人とおぼしき人たち。


 すると、布がすれる音。

 だれかが歩いてくる。

 一同で、平伏。


 前の高い位置にある畳の上に、だれかが座った。


「面を上げよ」


 ……あの声だ。


 ゆっくりと、顔を上げる。

 御簾のむこうに――練り切り様が、しずかに座っていた。


「御簾を上げよ」


 横に控えていた人が、命令どおり御簾を上げた。


 そのお顔が、はっきり見える。

 ……雰囲気は、以前と変わらない。

 品の良さを感じられる。


「また会えて嬉しいぞ。軍師」

「は。このたびは、応じていただき心より感謝申し上げます」

「よい。肥田から話があったときは、是非にでも、と返したのだ。

 先日の双甘大試(そうかんたいし)で……いたく感動したものでな」


 穏やかにほほえむ練り切り様の、胸元あたりを意識して目線を固定する。


「……また、直接ご覧いただけたのですね」

「ああ。最後まで手に汗握る展開だった……」


 そこで、練り切り様の声のトーンがすこしだけ落ちた。


「皆一様に、傷を負ったのだろう? 具合はどうなのだ」

「問題ありません。

 すでに全員、通常どおり動けるまでに回復しております」

「……そうか。それはなによりだ」


 練り切り様は、ほっとしたようにまたほほえみを浮かべ、うなずいた。


「いろいろ不手際があったために、今日までのびてしまった。

 すまなかったな」

「滅相もございません。

 不手際があったとすれば、こちらのほうです。

 が……こうして、無事にお会いできました。

 なにも問題はございません」

「……ああ。そのとおりだな」


 頭を下げながら、考える。


 おっしゃっていた「不手際」とは、落雁さんの件に違いない。

 けれど、こちらから見れば、それだけではない。


 僕の暗殺未遂事件。

 クビにされたと勘違いによる逃亡事件。

 イチゴさん脅迫事件。

 それに加えて、落雁さんの件が上乗せされるわけだから。


 身から出た錆。

 違うな。錆が出るような悪事はしていない。

 この世界風で言うなら、「身から出た焦げ」といったところか。


 ……閑話休題。


「改めて、褒めてつかわす。

 此度の勝利によって、前人未踏の三戦連勝を成し遂げた。

 無益な戦いの終焉に、大きく近づいたと言える。

 実に見事であった」


 練り切り様が、はっきりと、張りのある声で言った。


 ……無益な、戦い。


 一瞬思考が止まり、返事に遅れた。

 待機していた求肥さんが、さりげなくした咳払いの音を聞いて、意識を戻した。


「……は。ありがたきお言葉。

 これ以上になき誉れにございます」


 遅れて、お礼の返事をする。

 ……が、求肥さんはこちらをにらんでいた。


「うむ……用向きを聞こう。

 我になにか申したいことがあるのだろう?」

「はっ」


 未だににらんでいる求肥さんのほうへ、視線を移す。


 求肥さんは、そばに置いていた文箱を手にして、練り切り様の前に移動。

 それを差しだした。

 すぐに、元の位置に戻っていく。


「民の意見をまとめたものです」

「民の意見……何のだ?」

「他の領民との婚姻を禁止している規則について。

 改正すべきかどうかについてのものです」


 練り切り様は、その文箱を開けないまま、持ちあげた。


「……よく、これだけのものを集めたな」


「私の力ではありません。

 局長の大丸様を始めとする、隊士全員の力によるものです」


 練り切り様は文箱を置いてうなずき、求肥さんのほうへ顔をむけた。


「この書は、本物か?」


 問われた求肥さんが、平伏する。


「紛うことなき、民の声でございます。

 私の名にかけて、断言いたします」

「……そうか」


 求肥さんの答えを聞いて、練り切り様は嬉しそうに笑っていた。

 そして、再びこちらに目をむける。


「軍師に問おう。

 なぜ、婚姻規則を改正すべきと考える?」

「……申し上げます」


 練り切り様の胸元から目線を上げて、目を見つめた。


「それは、争いを止める大きな一歩になるからです」


 瞬間。

 かすかに、空気が変わったように感じた。


 すこし間を置いてから、また口を開いた。


「この規則を作った狙いについて、私の考えを申し上げます。

 情報漏洩の防止。

 領主様に対する忠誠心の維持。

 敵の工作防止。

 餡月郷(あんげつきょう)の伝統や文化の維持。

 それから、後継者争いの防止。

 すべて、領地を守るためには重要なものだと理解しております」

「……ふむ。それで?」


 練り切り様が、満足そうに深くゆっくりとうなずいた。


「ですが、作られた時代と今とでは、状況が違います」

「……具体的には?」

「第一に、情報漏洩の防止。

 これは、すでに破綻していると言わざるをえません。

 メローリア側では、制度として餡月郷からの移住者に情報提供をさせています。

 また、内通者が出た件もあります。

 婚姻を禁止したところで、防げていないのは明らか。

 逆に、婚姻を認めても管理は可能です」


 思わず、といった様子で、周りに待機していた役人たちがざわついた。


「第二に、忠誠心の維持。

 愛する者と引きはなされておいて、忠誠心を維持できるでしょうか。

 逃亡や駆け落ちを招くおそれがあります。

 それで、結果として戦力を失ったり、発展の妨げになりかねません」


 言いながら、さつまいもさんの父親が言っていたことを思いだす。


『それで家業を潰さなきゃいけなくなって、落ちぶれちまった奴を見たことがあるんだよ』


 ……現実に、すでに起こってしまっているのだ。


「……第三に、敵の工作防止。

 これは、先程お伝えしたとおり、すでに内通者がいたことが発覚しています。

 つまり、防止策としては不十分と言えます」


 すると、ざわつきがさらに大きくなった。

 見かねた求肥さんが、カン、となにかを打ち鳴らしたことで、ようやくおさまった。


「第四に、伝統と文化の維持。

 伝統も文化も、守っていくべきものだと思います。

 ですが、交流を断てば文化は発展せず、衰退していく一方です。

 ……最後に、後継者争いの防止。

 これについては、別で規定を設ければいいと考えます。

 婚姻を禁止することだけが方法ではありません」

「……なるほど」


 練り切り様が、しずかに言った。

 感心してくれているのか、それとも冷静に受けとめているだけか。


 一方で、役人たちは圧倒されているかのようにたじろぐだけで、声を発せずにいる様子だった。


 ……よさそうだな。


「この規則が存続すれば、未来に生きる民の間にどれほどの悲劇が起こるか、計り知れません。

 どうか一度、ご検討いただけますようお願い申し上げます」


 まとめの言葉を言って、平伏した。

 そのままの体勢で、練り切り様からの反応を待つ。


「悲劇、か」


 しずまりかえった謁見の間の中で、練り切り様がぽつりと呟いた。


「軍師。そなたには……経験があるのか」

「……私ではありません。見聞きした話でございます」

「それは、どのような?」

「餡月郷のとあるお方と、恵環域(けいかんいき)のお方。

 互いに愛しあっているのに、規則があるために結ばれないままでいます」


 これは、羊羹さんとさつまいもさん。


「餡月郷のあるお方が、メローリアのお方と恋に落ちた件も存じております。

 そのお方は、配偶者と死に別れ、子をメローリアに残し、故郷に帰って……

 けじめをつけるため、自ら命を絶ったと聞きました」

「……なんと」


 そう呟き、練り切り様は悲嘆に暮れていた。


 この話は、言わずもがな八つ橋さん。

 視界の端で、求肥さんがぴくりと体を一瞬震わせたのが見えた。


 ……誓いをさっそく破ったのか、と問われれば否定はしきれない。

 だけど、規則が存在する果てに起きた「悲劇」として、語らないわけにはいかなかった。


「この規則を変えれば、悲劇は起こらないと言えるか」

「いいえ」


 目を細めた練り切り様を、じっと見つめる。


「規則を変えただけでは、今の状況が大きく変わることはありません。

 その先にあるものを、しっかりと見据えておく必要があります」

「その先にあるもの……その方には、いったいなにが見えておるのだ?」


 問われて、練り切り様の目をまっすぐに見つめた。

 長い沈黙。


 そして――頭を下げた。


「恐れながら、申し上げます」


 一呼吸、置いて。

 ようやく、それを口にした。


「餡月郷とメローリアが、共同でこの国を統治する未来にございます」


 練り切り様を含め、その場にいた全員が――息をのんだ。

読んでいただいた皆様に感謝いたします!

次回は、明後日15日(火)の20時頃更新予定です。

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