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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 進展

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振りかえった先にいた者を見た瞬間。

 振りかえった先にいた者を見た瞬間。

 落合は、唖然として口をあんぐりと開けて固まった。


「嘆願書は、すでに私の手元にある。

 この者を呼びつけて――事前に預かっておいたのだ」


 肥田の言葉は、落合の耳に届いていたかどうか。


 落合が見る先にいたのは――

 蜜森だった。


 ◇◇◇


「顔によく表情が出るのですね。

 それでお役人と……内通者が務まるのですか?」


 わざと嫌味を言ってみせたが、落雁さんの反応はなかった。


 ここに僕がいるわけがない。

 そう思っているのが、手にとるようにわかる。


「……この者から話があったとき、確信した。

 やはりそなたは、裏切り者だったと」

「っや、やはり?」


 落雁さんを見つめる求肥さんから、憤怒一色にまみれたオーラが立ちのぼっているように見えた。

 落雁さんが声を出せたのが、不思議なほどの威圧感だ。


「そなたが不審な行動をしていると聞いたのは、一度や二度ではない」

「……っ」


 落雁さんが、後ずさりしながら目を泳がせる。


 ……あのとき。

 条件つきで、練り切り様に謁見の件の話を通すと約束してくれたときの、求肥さんの言葉。



『気はあまり進まんが……期待はしている。

 なにより、御前がお喜びになるはずだからな。

 ただでさえ今は……』



 ただでさえ今は。

 そこが、ずっと引っかかっていた。


 求肥さんは、すくなくともその時点では、「落雁さんが不審な行動をしている」のを知っていた。

 だから、こうしてすんなり協力してくれたのだ。


 ――あなたの下役、落合雁太郎氏がメローリアの内通者である可能性が浮上しました。


 普通なら、そんな報告は問答無用で一蹴されるはずだった。


 ……なんとか話を聞いてもらうために、会話パターンをいろいろ考えていたのに。

 おかげで、その労力が無駄になったわけだ。

 いい意味での想定外だったから、かまわないけれど。


 ため息をつきながら、僕と求肥さんに挟まれている状態の落雁さんを見る。


 体を震わせながら、彼の手が懐に入る。

 取りだしたのは、小刀。


「侮るでない」


 刀を抜こうとした落雁さんの手が、ぴたりと止まる。


 求肥さんは、腰にさしていた刀に手をかけていた。


 役人が、帯刀?

 ……こうなることを、予測していたか。


「甘誠組(かんせいぐみ)先代局長たる私を、何と心得る。

 無様にこの場で自害などさせるものか。

 私がその首をはねてくれる」

「……っ」


 落雁さんは、小刀を見つめたまま震えていて、動けない。


 ……もう一押し。


 そう思った直後、求肥さんが、だん、と足を強く踏みならした。


 瞬間、落雁さんの肩が大きくはねる。


「御前にお仕えする身でありながら、このような不始末……」


 しずかな声。

 すこし間を置いたのち――


「断じて許さぬ!」


 かっと目を見開いた求肥さん。

 その怒声が、部屋中に響きわたった。


 落雁さんの腕が下がり、持っていた小刀が落ちた。

 そして、その場にへたりこむ。


「お……お、お、お許し、ください……っど、どうか、お許し、を……っ」


 落雁さんが、平伏しながら小さな声で呟いた。


 ……なるほど。

 間を置いて、最後に一気に力を込めて言う。

 効果的な威圧の仕方だ。

 もろに受けた落雁さんは、ひとたまりもない。


 その後、求肥さんが呼びつけた他の役人たちによって、落雁さんは連行されていった。

 最後まで、壊れた人形のように「お許しを」とくりかえしていた。


 ……なぜそんなに怯える?

 求肥さんにばれるリスクを想定していなかったのか?

 だとしたら、見立てが甘すぎる。


 疑問に思いつつ彼らを見送ったのち、苦々しげに顔をしかめている求肥さんに近づいた。


「特例をお認めいただき、感謝申し上げます」

「……事態が事態だ。致し方あるまい」


 言いながら、求肥さんはとても不服そうだった。

 役人ではない僕をここに忍びこませる手引きをしたのが、相当嫌だった様子だ。


「落が――落合様が不審な行動をされていた件は、以前から?」

「……そうだ。なかなか慎重な奴でな。

 私の前では、決してそのような素振りは見せなかった。

 見張りをつけても同様。

 長らく噂の域を越えないままだった」


 椅子に座って横をむいた求肥さんが、こちらを一瞥した。


「まさか、この件でそなたに借りを作ることになるとはな」

「……いいえ。白妙様との謁見の件のお約束を果たしていただけたので。

 むしろ、こちらがやっとそのご恩に報いられました。

 改めて、感謝いたします」


 ゆっくりと丁寧に頭を下げると、鼻で笑ったような音が聞こえた。


 顔を上げて、目線を合わせようとしない求肥さんを見る。


「……落合様の取り調べについてですが」

「それは我々――御前警護隊の仕事だ。

 甘誠組とは関係ない」

「存じております。

 ただ、可能であれば情報の共有をさせていただきたく」


 そこで、求肥さんがやっと体ごとこちらをむいた。

 獲物を見つけた猛獣のような目で、見つめられる。


 しばらくしてから――彼がため息をついた。


「……奴がいかにメローリアと通じていたか。

 どの程度の情報が流れたか……調べがついた時点で文を出す」

「はい。お手間をとらせますが、お願いいたします。

 それと――」

「御前との謁見の件も、改めて連絡する」

「……承知いたしました」


 返事をしつつ、他に伝えるべきことがないかと考える。

 なにしろ、「会いたい」と思ってもそう簡単には会えないお人だから。


 ただし。

 共同統治の提案があった件について知っているかどうかは、この場では尋ねるべきではない。


「そなたが御前に謁見するのを、妨害しようとしていた」


 求肥さんの視線が、また鋭くなった。


「つまり、そうされるのは都合が悪いということだ。

 そう思う者はだれなのか……考えてみよ」


 ……アドバイスを、くれた?

 想定外。


「助言、ありがとうございます」

「……下がれ」


 視線を外した求肥さんに言われ、一礼して部屋を出ようとする。


 ……一つ、思いだした。


「旧糖明神殿(とうみょうしんでん)跡地に隠れ住んでいた、きんつば――金田椿様とお会いしました」


 机のものに目を落としていた求肥さんが、顔を上げてこちらを見た。


「いろいろお話しして、指導役として復帰していただけることになりました」

「……それがなんだ」

「お会いに、ならなくてもよろしいですか?」

「会う? なぜだ」


 尋ねると、求肥さんは眉間にシワを寄せた。


 ……意味がわからない、とでも思っているのか。


 きんつばさんが、なにを見たのか。

 求肥さんがきんつばさんと再会することが、どれほど重いことなのか。

 僕は、知っている。


 その事実を、知らせておく必要がある。


「……あの日以来、では?」


 言った直後、求肥さんの表情に変化はなかった。


 ……だが。


 次第に目が見開かれ、おまけに椅子を後ろに吹っとばす勢いで立ちあがった。


「金田からなにを聞いた」


 怒り。いや、警戒か。

 求肥さんの表情は、先程の落雁さんにむけていたときと同等の鋭さを帯びていた。


 ――「あの日」以来。

 八つ橋さんの切腹に、立ち会ったとき。


「……あなたが二度と口にしてはならないとお命じになったお方の、生前の人となりです」

「それだけなわけがあるまい」

「いいえ。本当に、それだけです」

「…………」

「……言い訳になってしまいますが、決して探っていたわけではありません」


 求肥さんの鋭く細められた目を見つめながら、言った。


 ……嘘は言っていない。

 きんつばさんと会えたのは、本当に偶然だった。

 八つ橋さんの話になったのも、あちらが先にその名を出してきたからだ。


 ……と、言ったところで、余計に疑われるだけ。

 以降はなにも言わず、じっと求肥さんの回答を待った。


「……ここで明らかにするか」


 求肥さんが、倒れた椅子を起こして、座りなおした。

 咳払いを一回。


「蜜森風。そなたは、八重のなにを、どのようにして知った」


 尋問するような口調で問われても、僕はひたすら彼を見つづけた。


 その人の過去を視る力。

 期せずして得たその力で、様々な人を見てきました。


 ……なんて、言えたものではない。

 ただ不信感を募らせるだけだ。

 そもそも、僕自身も完全に理解しているとは言いがたいのだから。


「……言えません」

「答えよと申しておる」

「あまりにも荒唐無稽な事実のため、僕自身も心からは信じておりません。

 なので、お答えできません」

「……そなたは、物の怪の類だとでも言うのか」

「そうですね。

 それに類する力を得てしまった、とでもご理解いただければ」


 そう答えたあとは、求肥さんに探りを入れられているようにじっと見つめられる。


 ――沈黙の時間が、続く。


「……ふん。馬鹿馬鹿しい」


 それを破ったのは、求肥さん本人だった。

 鼻で笑って、首を横に振った。


「なにが荒唐無稽だ。それはそなた自身であろう」

「……望んで得たわけではありません」

「その力とやらを除いても、だ」


 ……よくわからないな。

 僕は妖怪ではない。

 妖怪なら、あんこのほうがずっと近いと思うけど。


「存分に腕を振るえ……そう、伝えておけ」


 求肥さんが、ぎりぎり聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で、言った。


 はっとして、顔を上げる。


 ……意外、だな。


「……はい。たしかにお伝えいたします。

 それと……先程お伝えした件で見聞きしたものは、決して口外しないと誓います」


 求肥さんはこちらを一瞥。あごを前へ、くいっと動かした。

 今度こそ帰れ、と。


 最敬礼をして、部屋を出た。


 廊下を歩きながら、星がまたたいている空を見上げる。


 ――存分に腕を振るえ。


 ……きんつばさんにこれを伝えたら、どんな顔をするか。

 求肥さんも、それをわかっていて言ったに違いない。


 彼は、ただ厳しいだけの人じゃない。

 部下思いな部分も、すくなからずある。

 それを知れたのは……まさしく、棚からぼた餅、とでも言うべきか。


 うろたえるきんつばさんの顔を想像しながら、帰路についた。


 ◇◇◇


 いよいよ、この日がやってきた。

 延期されていた、練り切り様との謁見。

 今日がその当日だ。


 ざらめさんに手伝ってもらいながら、この日のためにしつらえた衣装に着替えた。


 袴に羽織り。色は紺色。

 ざらめさんの夫の煎餅さんが手配してくれた、いわばオーダーメイドの正装だ。

 相談して、正解だった。


 しかし……さすがに、暑い。


「はい。これでいいでしょう」

「ありがとうございます」

「ふふ。よくお似合いですよ」


 優しい笑顔を浮かべて、ざらめさんが言った。


 全身を、できるかぎり見回してみる。

 ……初めてする格好なだけに、なんだか落ちつかない。


 床に下りているあんこも、物珍しそうに見ていた。


「領主様に二度もお会いできるなんて……さすが蜜森さんですね」

「……たまたまです」

「たまたま? 領主様にお会いするのが?」

「そうです」

「まぁ」


 ざらめさんは、袖口を口に当ててくすくすと笑った。


 ……なにが楽しいのかは、よくわからないけれど。


「では、行ってまいります」

「はい。どうかお気をつけて」


 不満げな顔のあんこを手に乗せたざらめさんにむけて、一礼。

 彼女の見送りの言葉にうなずいて、踵を返して玄関にむかった。


 外に出ると、そこには馬を待機させた状態の輝一さん。

 顔を見合わせ、無言でうなずきあった。


 練り切り様――領主様に、会う。

 この世界が変わるか。いや、変えられるか。

 その瀬戸際に、立たされているのだ。

読んでいただき、感謝いたします!

よければ感想、評価などお気軽にどうぞ。

次回は明後日13日(日)の20時頃の更新予定です。

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