人気がなく薄暗い場所にやってきた。
人気がなく薄暗い場所にやってきた。
ここは――紅翠域とメローリアの境に位置する場所。
イチゴさんがよく使うという、ある人との密会場所だ。
相手の姿は、すでにあった。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「……よい」
壁を背につけ、反対側にいる人に話しかける。
雲に隠れていた太陽が顔を出したとき――相手の顔が、はっきり見えた。
ヴィクトリウス・ショルテンハイム。
ショートケーキ団長だ。
「イチゴさんとは、密会されることもあったのですね」
「……人に聞かれたくない話もある」
「そうでしたか」
うなずいたのち、しばらく沈黙が続いた。
「……いかがでしたか」
「ケイゴの家族は、常に監視されているわけではない。
監視体制には……穴がある」
ケイゴ。イチゴさんのファーストネーム。
……さすがだ。仕事が早い。
「手を下す役の者についても同様だ。
あの者の心理をうまく誘導して、錯覚させていたのだろう」
「……了解しました」
返事をしながら、僕らに懇願してきたときのイチゴさんの姿を思いうかべる。
イチゴさんは、自分よりも家族を第一に考えている。
だから、「監視されている」という事実だけでも、彼にとってはとんでもない脅威だったはずだ。
――その監視が、どのように行われているか。
調査は、アントルメ騎士団の人が行うほうが、敵に察知される危険はすくない。
そう考えて、イチゴさんから紅翠域の自警団を通じて連絡をとり、この密会にこぎつけたのだ。
「……ご協力いただき、感謝いたします」
「そなたへの借りを返しただけだ」
「それでも、です」
「…………」
ふ、と鼻で笑うような声が、かすかに聞こえた。
……やはり、早くに手を打って正解だった。
協力をとりつける相手は、ショートケーキ団長が最適だと思った。
それは、僕が彼の最大ともいえる秘密――スコーンさんと八つ橋さんの間に生まれた子だという事実を、知っているから。
だが、知っているだけだ。
これまでもそうだったし、これからも。
……ショートケーキ団長は、逃亡した僕を追わせなかった。
「僕を知る」目的が達成できたとはいえ、秘密を暴露されるリスクを考えれば、追わない理由はなかったはずなのに。
――仮説が事実かを確認したかっただけ。
あなた個人に、興味はない。
あのときの僕の言葉を、彼は信じたことになる。
だから、交渉の余地はある、と考えた。
結果的に――それは正解だった。
返答の手紙には、指示役のブラウニーさんについて書かれてあった。
彼は以前、武力をもちいて覇権を握るべきと主張する革新派の組織に所属していたらしい。
その頃に、無関係な住民へ危害を加えた件で、前科がある。
釈放された後も、陰で不審な動きをしている目撃情報があった。
だが、確たる証拠を得るまでには至らなかったそうだ。
……もし今回、彼が動くのなら。
今度こそ排除できる。
イチゴさんの家族も保護できる。
つまり、利害の一致。
こうして、協力をとりつけるのに成功したわけだ。
「ラウニー・ノワールの背後に黒幕がいる、という話は本当なのだな?」
「裏づけはとれていません。その可能性が高いと感じただけなので」
「……具体的に申せ」
言われて、あのときのイチゴさんの証言について話した。
『ラウニーさんは、こう言っていました。
あの方は何度も失敗する奴は許さない。次失敗すれば問答無用で、と』
「……『あの方』、か」
「はい」
「理解した。
そもそもラウニーという男は、人の上に立てる者ではない」
……知り合い、のような言い方。
「会ったことがあるのですか」
「……一度だけだ。
『ガレオ王こそ我が国の王』と、激しく主張していたと聞いたものでな」
その声は、失望を含んでいるように感じた。
……当然か。
ブラウニーさんは、革新派の中の過激派だった。しかも、かなり面倒な方向性の。
ショートケーキ団長の思想と、合うはずがない。
すると、背をつけた壁のむこう側で布がこすれるような音がした。
「ケイゴの家族の保護については、我々に任せてもらう。
我が目をかけた者を害された上、他の者に救われたとあっては……沽券に関わる」
「……よろしくお願いいたします」
イチゴさんをひいきにしているショートケーキ団長なら、そう言ってくれると踏んでいた。
直後、足元になにかが落ちて転がる音。
下をむくと、そこにはなにかのバッジのようなものが落ちていた。
「自警団の者に見せれば、すぐに我に取りつぐようになっている。
黒幕について有力な情報が入った場合は、すぐに知らせよ」
「……これは、そちら側もそうしていただける証、と思ってよろしいのですね?」
「無論だ」
答えを聞いた後で、バッジを拾いあげる。
小ぶりの飾りボタンくらいの大きさで、騎士団の紋章が入っている。
……効率的だ。
連絡手段が簡素化すれば、時間を無駄に消費しないで済む。
「……では、またなにかあれば」
「ああ」
再び布がこすれるような音がして、まもなく足音も聞こえてきた。
……イチゴさんの家族の保護については、解決したようなもの。
次は、黒幕の正体――の、前に。
まずは、内通者をはっきりさせることが重要。
「……先のグラサージュ・マッチ」
不意に、帰ったと思ったショートケーキ団長の声がした。
立ちどまって、壁のほうを振りかえる。
「敵ながら、見事であった。
あれほど悔しい思いをしたのは……覚えがない」
……予想外。
そういうことも、言えるんだな。
興味をそそられつつ、口を開いた。
「こちらこそ。
最後の最後まで、負ける可能性は完全には否定できない試合でした」
「見え透いた嘘を申すな」
……嘘ではないのだが。
ショートケーキ団長の声色は、小馬鹿にするような雰囲気を帯びていた。
機嫌を損ねたわけでは……ないようだ。
そして、再び足音がした。
音の方向を見ていて……ふと、思いつく。
「黒幕は、次になにを――だれを狙ってくるか、おわかりですか」
問いかけた瞬間、足音がぴたりと止まった。
「……無論だ。我々もこれ以上後手に回るつもりはない」
その返事を最後に、足音がどんどん遠ざかっていった。
◇◇◇
求肥さんから指示がきた。
精査の必要が出た嘆願書を、明日早々に役所へ届けることになった。
役を任されたのは、大福さんの直属の部下、安倍川さんを筆頭とした小隊。
「お任せあれ。まちがいなくお届けいたしまする」
びしっと背筋をのばして、自信満々に宣言していた。
僕の肩の上にいるあんこにむけて、バチッとへたくそなウインクも加えて。
なぜか恐れおののいているあんこはともかく……正直、この役はだれでも問題はない。
「蜜森。市田の家族の件は、問題ないんじゃな?」
「……はい」
大福さんが、若干眉を寄せながら聞いてきた。
「ある方に協力を依頼する、と言っていたが……だれなのかは、まだ聞かんほうがええのか?」
「……今はそのときではありません。
皆さんを信じていないわけではない、ということだけお伝えしておきます」
「わかっておる」
苦笑した大福さん。
その背後から、一人の隊士が駆けよってくるのが見えた。
……イチゴさんを連れている。
「市田殿をお連れしました」
「ああ。下がれ」
大福さんに声をかけられた隊士がいなくなり、不安げな様子のイチゴさんが残された。
「言われたとおりの内容で、連絡を済ませてきました」
「……怪しまれませんでしたか」
「はい。抜かぬなよ、と言われただけでした」
イチゴさんは、疲れをにじませながら言った。
……あとは、「イチゴさんが指示どおり動いた」と相手に思わせる必要がある。
「事態が落ちつくまで、隠れていてください。
場所はこちらで用意させていただきます」
「ありがとうございます。それで……その……」
イチゴさんが口ごもり、不安げに手と手をこすりあわせた。
「……ご家族の保護については、手配済みです」
「……! ああ……っありがとう、ございます……!」
一筋の涙を流して頭を下げるイチゴさん。
それを、ほほえみを浮かべた大福さんと共に、じっと見守った。
しばらくして、イチゴさんが涙を腕でぐいっと豪快に拭いて、僕のほうに改めてむきなおった。
「土井さんと、粕谷さんのおっしゃるとおりでした。
あなたに手をかける前に、こうすればよかった。
本当に申し訳ありませんでした……!」
なおも頭を下げようとするイチゴさんの両肩をつかんで、制止。
「むしろ、よかったです。相手があなたで」
そう言いながら、シュークリームさんと通じていた若抹茶さんを思いだす。
『願いが叶いさえすれば、他のなにかがどうなろうと……知ったことではないわ!』
もし、ああいう人だったら。
絶対に、こうはならなかった。
「……助けを求めたときも、おっしゃってくださいましたよね。『ご無事でなによりです』と。
……あなたを殺さずに済んで、本当によかった」
「殺そうとした相手まで気遣うとは、すこし人が良すぎる気がするがのう」
イチゴさんと、大福さんがほほえんでいる。
……すこし違う、けれど。
まぁいい。
その後、イチゴさんは大福さんの厚意で、数日ぶりに風呂に入って身を清めた。
事を起こすまでの潜伏先は、旧糖明神殿跡地を指定。
連絡係は……もちろん、きんつばさん。
つい先日まで、そこで勝手に隠居生活をしていた彼以上の適任者はいない。
「おい……なに勝手なこと言ってやがる。
いつから俺はお前の手下になったんだ? え?」
笑顔を引きつらせて今にも怒鳴ってきそうなきんつばさんだったが――
「いいえ。あなたは指導役なので、むしろ僕のほうが手下です。
なので……『優れた上役』のあなたに、しがない手下の僕からお頼みします。
どうかお願いいたします」
「……しょうがねぇなぁ!」
快く引き受けてもらえた。
……これで、準備は整った。
あとは、タイミングをはかること。
そして……「あの人」からの連絡を待つのみだ。
◇◇◇
その日の夜。
執務室で、仕事の片づけをしていた肥田のもとを訪れる者がいた。
「肥田様。落合にございます」
「……入れ」
座ったまま戸を開けて入ってきたのは、小柄で白髪が多い初老の男――落合雁太郎であった。
肥田は、彼に一瞬目をむけただけで、処分すべき資料のまとめを再開した。
一礼した落合が、早足でしずかに近づいてくる。
「……何用だ」
「一大事にございます。
甘誠組が作成した嘆願書の件で」
「……明朝、届く手筈だろう。それがどうした」
「運搬していた部隊が、何者かに襲撃されたと報告が入りました」
「……なんだと?」
肥田は、手を止めて眉を寄せ、落合を見た。
そんな、にらむような目をむけられても、落合は平然としていた。
「もしやとは思いますが……こちらに到着するのが遅れるやもしれません。
へたをすれば、届かないことも考えられます」
「…………」
肥田は、顔をうつむけてなにかを考えだした。
すこしの沈黙のあと、彼が疲労感をにじませたため息を吐いた。
「事実確認をしてまいります。許可を」
「いや」
まとめた資料を半ば乱雑に置いて、肥田が立ちあがった。
「その必要は、ない」
「……は?」
不機嫌そうに細めた目で見つめられた落合は、狼狽して一歩後ろに下がった。
――このとき、彼はまだ気づけずにいた。
逃げ道は、すでに閉ざされていたことに。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
裏切り者の追い詰め方は、えげつないものになりそうです。
次回は、明後日9日(水)の20時頃です!




