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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 共存

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イチゴさんからの反応はなかった。

 イチゴさんからの反応はなかった。


 うなだれた状態。

 体がぐらぐらと動いていて、今にも倒れこんでしまいそうだった。


 顔をのぞきこむと――

 自嘲するように、笑っていた。


「……ラウニーさんは、こう言っていました。

 あの方は何度も失敗する奴は許さない。次失敗すれば問答無用で、と。

 それを聞いて……気づいてしまったのです。

 家族を解放してもらえる保証は、どこにもないと。それについては、一言も言っていないと」


 イチゴさんは、そこで一旦切った。


「……このままだったら、まちがいなく僕は口封じのために殺される。

 へたをすれば……家族ごと。

 どうすればいいのかと、考えた結果です」


 再び顔を上げたイチゴさんは、涙の膜が張った目で僕たちを見回して、姿勢を正した。


「本当に、申し訳ございませんでした。

 許していただけるとは思っておりません。

 償いになることがあれば……できることがあれば、なんでもいたします。

 命で償えとおっしゃるのなら、当然の報いだと思います。

 ただ……どうか。どうか僕の家族だけは、お助けください……!」


 土下座をしながら、肩を震わせるイチゴさん。


 この場が、シン、としずまりかえる。


 ……大家族の大黒柱。

 責任感があって、その立場を負うにふさわしい人物だと感じた。


 他の人たちも、そう感じているのか……イチゴさんを責めようとする人は、いなかった。


 臭いを気にしていたあんこでさえも、心配しているかのように、顔をのぞかせていた。


「……わかりました」


 言った瞬間、全員の視線が僕に集まる。


「その代わり、いろいろ協力していただきます。

 よろしいですね?」

「……! はい! もちろんです! 家族の安全を保証していただけるのなら!

 ……保証、していただけるのですよね!?」


 イチゴさんの叫ぶような言葉に、うなずいた。

 ほっとしたような表情になった彼から、他の困惑した様子の五人へと視線を移す。


「……末端ですが、敵側にいた方です。

 こちらの手札として使わない手はありません」

「甘くないか? いくら脅されていたとはいえ、お前を殺そうとした者だぞ」


 ずいっと前に出てきた輝一さんが、言った。


「……イチゴさんは、すでに罰を受けているようなものです」

「……? どういうことだ?」

「大切な家族が、いつ殺されてもおかしくない。

 自分ではどうすることもできない。

 そんな状況……あなたは、耐えられますか?」


 輝一さんが、目を見開いてぐっと押し黙った。

 他の人も、同じように険しい顔をしていた。


「……無理です」


 ぼそっと言ったのは……みたらし団子さん。

 彼女は、胸の前に置いた手で拳を作り、強く握りしめた。

 そして、イチゴさんの前にしゃがみこむ。


「私にも、似たような経験があります。

 あなたが心から反省して、悔いていると言うのなら……ご助力いたします」

「……っはい。ありがとう、ございます」


 イチゴさんは、涙を流しながらうなずいた。


 ……珍しい。

 あまり自分を表に出さないみたらし団子さんが。


 彼女は立ちあがり、大福さんを見た。


「勝手なことを申しました。ご容赦ください」

「……かまわん。まぁ、一番の被害者は蜜森じゃからな。

 おんしがいいと言うのなら、異論はない。

 じゃが……勘違いするでないぞ、市田。おんしを信じるわけではない。

 次にすこしでも怪しい行動をとった場合、容赦はせんぞ」

「もちろんです。覚悟は、すでにしております」


 イチゴさんが、大福さんを見てから頭を下げる。


 大福さんは、うなずいた。


「異論は?」


 彼の問いに、全員が首を横に振った。


「一言、言わせてくだされ……

 市田! お前、なぜもっと早くに助けを求めてこなかったんじゃ!」

「そうだ! 風を刺す前に、なぜこうしなかったのだ!」

「も、申し訳ございません!」


 どら焼きさんに、輝一さんが便乗して、怒鳴った。

 前者にいたっては、同時にイチゴさんの頭をはたいていた。


「……気は済みましたか?」

「あん!? なんでそんなに冷静でいられるんじゃ!

 お前は寝かされた生地か!?」

「僕は人間です」

「普通に返すな! もののたとえに決まっとるじゃろがい!」


 詰めよってくるどら焼きさんを、羊羹さんが引きはなしてくれた。


「土井ほどではないが……俺も心から納得したわけではない。

 吐かせるのなら、うちの隊の者に任せる手もあるぞ」


 それを聞いて、どら焼きさんがぶるりと体を震わせた。


 ……たしかに、羊羹さんの隊の人たちなら、拷問も得意そうだけど。


「承知していますが、今は使い時ではありません」


 羊羹さんは、小さくため息をつきながらもうなずいた。


「……では、イチゴさんのご家族の保護を最優先に……したいところ、ですが」


 ですが、の言葉に、全員が反応。

 また、視線が僕に集まった。


「それと同時に、例の噂を流した張本人を取り押さえる必要があります。

 イチゴさん、なにか情報は」

「……いえ、すみません。そのお方とはお会いしたことがなくて」


 イチゴさんが、困ったように眉を寄せる。


「……些細なことでも大丈夫です。

 たとえば、名前とか」

「名前、ですか……名前は……あっ! そうだ!」


 顔をうつむけて考えていたイチゴさんが、突然ばっと上をむいた。


「思いだしました!

 ラウニーさんが、『ガンタロウ』と呼んでいたのを聞いたことがあります!」

「……ガンタロウ?」


 ファーストネームか。

 ……わかりづらい。


「……心当たりは?」


 五人が、一様に顔をうつむけて考えこんだ。

 その中の一人が、「考えているふり」をしているのに気づいた。


「……大福さん」

「……ああ」


 諦めたように、大きくため息をついていた。


「その名で思いうかぶのは……落合(おちあい)雁太郎(がんたろう)様だけじゃ」

「落合様、とは……まさか!」


 輝一さんの驚きの言葉に、大福さんがうなずいた。


「……落雁さんですか。どんな方ですか」

「だから、菓子名で呼ぶのはよせと言っているだろう! 不敬だぞ!」


 輝一さんが吠える。


 ……不敬。

 それほどの、身分の人。


 大福さんをじっと見ていると……また、ため息。


「……肥田様の、下役じゃ」

「つまり……役人、ですね?」


 大福さんが、唇を噛んでうなずいた。


 重い空気が立ちこめる。


 領主の練り切り様にも近しい役人が……裏切り者。

 前代未聞。


 でも、嘆願書の偽物疑惑を、肥田様もとい求肥さんの耳にいち早く入れるには、もってこいの立場だ。


 確信はまだないが、可能性は十分ある。


「……尻尾をつかみましょう。

 転ばせるのは……生地をのばすのは、そのあとでじっくりすればいいかと」

「っ!?」


 その場にいた全員が、ぎょっとしてすこし身を引いていた。


 予想以上の反応……「生地をのばす」がまずかったのか?

 追及する、のつもりで使ったのだが。


「……そうじゃな。ただ、ほどほどにな」

「相手も相手だ! 無実だった場合のことも考えるのだぞ!?

 取り返しのつかないことにならないようにな!?」

「…………」


 ……想定外が多い。

 難しいな。この国のスラングは。

 落ちついたら、一度ちゃんと教えてもらうとして。


「……次。イチゴさんのご家族の保護について、話を戻します」

「ああ。策はあるのか?」

「その前に……どこかに捕らわれているわけではないのですね?」


 イチゴさんを見て、聞いた。


「はい。人質にされているなどと、夢にも思っていないはずです」

「つまり、いつもどおりの生活を送れている状態だと」

「そうです」


 ……当然か。


 人質として捕えれば――大家族が忽然と姿を消せば、大騒ぎになってしまう。

 厳重な監視体制の中に置かれている、と考えてまちがいない。


 ……監視、か。

 じゃあ、イチゴさん自身は?


「……確認ですが、イチゴさん。あなたはどうやってここに来たのですか?」

「蜜森さんを刺した後、メローリアへ逃げるために使った抜け道を通ってきました」

「そんな道が……?」


 輝一さんが、悔しそうに顔をゆがませる。

 同じく、大福さんも。


 ……甘味通りの管轄は、主に大福さん。

 一部だけ、輝一さんの管轄にも含まれていたはず。


 イチゴさんが、気まずそうに目をそらした。


紅翠域(こうすいいき)を経由して行ける道なので。

 気づかれても問題にはならないはず、とラウニーさんは言っていました」

「その道を、監視の目をくぐりぬけて通ってきたのですか?」


 すこし早口で聞くと、イチゴさんはきょとんと目を丸くした。


「監視? いいえ。僕には監視はついていません」

「なぜ言いきれるのですか?」

「定期的に連絡するようにと指示されていたからです。

 指定した時間に姿を現さなければ、裏切ったとみなして家族の命はない、と言われていて」


 ……やはり、そういうことか。


 考えていると、襟の後ろでもぞもぞと動いているあんこが気になってきた。

 つまんで肩の上に戻してやると、不満そうに口をさらにすぼめていた。


「指定された時間とは、いつじゃ」

「朝昼晩と、一日に三回あります。

 正午の連絡を済ませてから参りましたので……次は、日の入りを過ぎた頃です。

 それまでには戻らないと……」


 不安そうなイチゴさんの答えを聞いて、質問した大福さんがこちらをむいた。


「……あなたはひとまず、一度メローリアに戻ってください」

「一度?」

「次の定期連絡で、相手にこう伝えてください。

 指示どおり、嘆願書の強奪作戦に着手する。

 待ち伏せのために、これから餡月郷(あんげつきょう)にむかうと。

 ……連絡が済んだら、宣言どおりここに戻ってきてください」

「……わ、わかりました」


 イチゴさんが、真剣な表情を浮かべてうなずいた。


「ご家族についてですが……そちらは、監視されている可能性が高いです」

「はい。そのはずです」

「どんな状況かを調べる必要があります」


 イチゴさんから、輝一さんへ視線を移す。


「紅翠域には、自警団があるんでしたね?」

「ああ。あちらの領内で治安に関するなにかがあれば、まず彼らを通さなければならない」

「規模は?」

「そうだな……市田殿。あなたのほうがお詳しいのでは?」


 正座したイチゴさんが、キリッと真剣な目をしてうなずいた。


「そこまで大きくはありません。

 火事のときなどにも出動しますが、本格的な戦闘には不慣れです」

「……では、もし紅翠域でなにか事件が起こり、危険な状況になったら?」

「メローリアのアントルメ騎士団に、救援を求めることになっています」

「アントルメ……はぁ!? なんじゃと!?」


 どら焼きさんが、一歩後ずさりして驚いていた。

 彼ほどではないけれど、他の人もしずかに驚いている様子だった。


「どういうことだ?

 お前たちは元々、メローリアと深いつながりがあったということか?」


 羊羹さんが、威嚇するような低い声で聞いた。


「い、いえ。ルール上問題ないはず、です。

 騎士団は、有事の際には住民の保護を目的として、小隊を派遣する。

 その代わりに、僕らは必要物資の供給をメローリアに優先的に行う。

 そういう取り決めなんです」


 僕以外の全員が、おどおどしながら答えたイチゴさんをにらんだ。


 ……合理的だな。

 交換条件としては、よくある話だ。


『温情で見逃してやった、って歴史があるから。

 あいつらは俺たちには頭が上がらないんだよ』


 あのアイスクリームさんの認識は、半分正解で半分誤解だった。


 ……有事の際には小隊を派遣、か。

 ちょうどいい。


「じゃあ、それを利用しましょう」

「なに?……利用?」


 動揺してこちらを見てくる人を一人ずつ見回してから、ゆっくりとうなずいた。

読んでいただき、ありがとうございました!

主人公が何を企んでいるのかは、次回のお楽しみで。

次回は、明後日7日(月)の20時頃の更新を予定しています。

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