イチゴさんからの反応はなかった。
イチゴさんからの反応はなかった。
うなだれた状態。
体がぐらぐらと動いていて、今にも倒れこんでしまいそうだった。
顔をのぞきこむと――
自嘲するように、笑っていた。
「……ラウニーさんは、こう言っていました。
あの方は何度も失敗する奴は許さない。次失敗すれば問答無用で、と。
それを聞いて……気づいてしまったのです。
家族を解放してもらえる保証は、どこにもないと。それについては、一言も言っていないと」
イチゴさんは、そこで一旦切った。
「……このままだったら、まちがいなく僕は口封じのために殺される。
へたをすれば……家族ごと。
どうすればいいのかと、考えた結果です」
再び顔を上げたイチゴさんは、涙の膜が張った目で僕たちを見回して、姿勢を正した。
「本当に、申し訳ございませんでした。
許していただけるとは思っておりません。
償いになることがあれば……できることがあれば、なんでもいたします。
命で償えとおっしゃるのなら、当然の報いだと思います。
ただ……どうか。どうか僕の家族だけは、お助けください……!」
土下座をしながら、肩を震わせるイチゴさん。
この場が、シン、としずまりかえる。
……大家族の大黒柱。
責任感があって、その立場を負うにふさわしい人物だと感じた。
他の人たちも、そう感じているのか……イチゴさんを責めようとする人は、いなかった。
臭いを気にしていたあんこでさえも、心配しているかのように、顔をのぞかせていた。
「……わかりました」
言った瞬間、全員の視線が僕に集まる。
「その代わり、いろいろ協力していただきます。
よろしいですね?」
「……! はい! もちろんです! 家族の安全を保証していただけるのなら!
……保証、していただけるのですよね!?」
イチゴさんの叫ぶような言葉に、うなずいた。
ほっとしたような表情になった彼から、他の困惑した様子の五人へと視線を移す。
「……末端ですが、敵側にいた方です。
こちらの手札として使わない手はありません」
「甘くないか? いくら脅されていたとはいえ、お前を殺そうとした者だぞ」
ずいっと前に出てきた輝一さんが、言った。
「……イチゴさんは、すでに罰を受けているようなものです」
「……? どういうことだ?」
「大切な家族が、いつ殺されてもおかしくない。
自分ではどうすることもできない。
そんな状況……あなたは、耐えられますか?」
輝一さんが、目を見開いてぐっと押し黙った。
他の人も、同じように険しい顔をしていた。
「……無理です」
ぼそっと言ったのは……みたらし団子さん。
彼女は、胸の前に置いた手で拳を作り、強く握りしめた。
そして、イチゴさんの前にしゃがみこむ。
「私にも、似たような経験があります。
あなたが心から反省して、悔いていると言うのなら……ご助力いたします」
「……っはい。ありがとう、ございます」
イチゴさんは、涙を流しながらうなずいた。
……珍しい。
あまり自分を表に出さないみたらし団子さんが。
彼女は立ちあがり、大福さんを見た。
「勝手なことを申しました。ご容赦ください」
「……かまわん。まぁ、一番の被害者は蜜森じゃからな。
おんしがいいと言うのなら、異論はない。
じゃが……勘違いするでないぞ、市田。おんしを信じるわけではない。
次にすこしでも怪しい行動をとった場合、容赦はせんぞ」
「もちろんです。覚悟は、すでにしております」
イチゴさんが、大福さんを見てから頭を下げる。
大福さんは、うなずいた。
「異論は?」
彼の問いに、全員が首を横に振った。
「一言、言わせてくだされ……
市田! お前、なぜもっと早くに助けを求めてこなかったんじゃ!」
「そうだ! 風を刺す前に、なぜこうしなかったのだ!」
「も、申し訳ございません!」
どら焼きさんに、輝一さんが便乗して、怒鳴った。
前者にいたっては、同時にイチゴさんの頭をはたいていた。
「……気は済みましたか?」
「あん!? なんでそんなに冷静でいられるんじゃ!
お前は寝かされた生地か!?」
「僕は人間です」
「普通に返すな! もののたとえに決まっとるじゃろがい!」
詰めよってくるどら焼きさんを、羊羹さんが引きはなしてくれた。
「土井ほどではないが……俺も心から納得したわけではない。
吐かせるのなら、うちの隊の者に任せる手もあるぞ」
それを聞いて、どら焼きさんがぶるりと体を震わせた。
……たしかに、羊羹さんの隊の人たちなら、拷問も得意そうだけど。
「承知していますが、今は使い時ではありません」
羊羹さんは、小さくため息をつきながらもうなずいた。
「……では、イチゴさんのご家族の保護を最優先に……したいところ、ですが」
ですが、の言葉に、全員が反応。
また、視線が僕に集まった。
「それと同時に、例の噂を流した張本人を取り押さえる必要があります。
イチゴさん、なにか情報は」
「……いえ、すみません。そのお方とはお会いしたことがなくて」
イチゴさんが、困ったように眉を寄せる。
「……些細なことでも大丈夫です。
たとえば、名前とか」
「名前、ですか……名前は……あっ! そうだ!」
顔をうつむけて考えていたイチゴさんが、突然ばっと上をむいた。
「思いだしました!
ラウニーさんが、『ガンタロウ』と呼んでいたのを聞いたことがあります!」
「……ガンタロウ?」
ファーストネームか。
……わかりづらい。
「……心当たりは?」
五人が、一様に顔をうつむけて考えこんだ。
その中の一人が、「考えているふり」をしているのに気づいた。
「……大福さん」
「……ああ」
諦めたように、大きくため息をついていた。
「その名で思いうかぶのは……落合雁太郎様だけじゃ」
「落合様、とは……まさか!」
輝一さんの驚きの言葉に、大福さんがうなずいた。
「……落雁さんですか。どんな方ですか」
「だから、菓子名で呼ぶのはよせと言っているだろう! 不敬だぞ!」
輝一さんが吠える。
……不敬。
それほどの、身分の人。
大福さんをじっと見ていると……また、ため息。
「……肥田様の、下役じゃ」
「つまり……役人、ですね?」
大福さんが、唇を噛んでうなずいた。
重い空気が立ちこめる。
領主の練り切り様にも近しい役人が……裏切り者。
前代未聞。
でも、嘆願書の偽物疑惑を、肥田様もとい求肥さんの耳にいち早く入れるには、もってこいの立場だ。
確信はまだないが、可能性は十分ある。
「……尻尾をつかみましょう。
転ばせるのは……生地をのばすのは、そのあとでじっくりすればいいかと」
「っ!?」
その場にいた全員が、ぎょっとしてすこし身を引いていた。
予想以上の反応……「生地をのばす」がまずかったのか?
追及する、のつもりで使ったのだが。
「……そうじゃな。ただ、ほどほどにな」
「相手も相手だ! 無実だった場合のことも考えるのだぞ!?
取り返しのつかないことにならないようにな!?」
「…………」
……想定外が多い。
難しいな。この国のスラングは。
落ちついたら、一度ちゃんと教えてもらうとして。
「……次。イチゴさんのご家族の保護について、話を戻します」
「ああ。策はあるのか?」
「その前に……どこかに捕らわれているわけではないのですね?」
イチゴさんを見て、聞いた。
「はい。人質にされているなどと、夢にも思っていないはずです」
「つまり、いつもどおりの生活を送れている状態だと」
「そうです」
……当然か。
人質として捕えれば――大家族が忽然と姿を消せば、大騒ぎになってしまう。
厳重な監視体制の中に置かれている、と考えてまちがいない。
……監視、か。
じゃあ、イチゴさん自身は?
「……確認ですが、イチゴさん。あなたはどうやってここに来たのですか?」
「蜜森さんを刺した後、メローリアへ逃げるために使った抜け道を通ってきました」
「そんな道が……?」
輝一さんが、悔しそうに顔をゆがませる。
同じく、大福さんも。
……甘味通りの管轄は、主に大福さん。
一部だけ、輝一さんの管轄にも含まれていたはず。
イチゴさんが、気まずそうに目をそらした。
「紅翠域を経由して行ける道なので。
気づかれても問題にはならないはず、とラウニーさんは言っていました」
「その道を、監視の目をくぐりぬけて通ってきたのですか?」
すこし早口で聞くと、イチゴさんはきょとんと目を丸くした。
「監視? いいえ。僕には監視はついていません」
「なぜ言いきれるのですか?」
「定期的に連絡するようにと指示されていたからです。
指定した時間に姿を現さなければ、裏切ったとみなして家族の命はない、と言われていて」
……やはり、そういうことか。
考えていると、襟の後ろでもぞもぞと動いているあんこが気になってきた。
つまんで肩の上に戻してやると、不満そうに口をさらにすぼめていた。
「指定された時間とは、いつじゃ」
「朝昼晩と、一日に三回あります。
正午の連絡を済ませてから参りましたので……次は、日の入りを過ぎた頃です。
それまでには戻らないと……」
不安そうなイチゴさんの答えを聞いて、質問した大福さんがこちらをむいた。
「……あなたはひとまず、一度メローリアに戻ってください」
「一度?」
「次の定期連絡で、相手にこう伝えてください。
指示どおり、嘆願書の強奪作戦に着手する。
待ち伏せのために、これから餡月郷にむかうと。
……連絡が済んだら、宣言どおりここに戻ってきてください」
「……わ、わかりました」
イチゴさんが、真剣な表情を浮かべてうなずいた。
「ご家族についてですが……そちらは、監視されている可能性が高いです」
「はい。そのはずです」
「どんな状況かを調べる必要があります」
イチゴさんから、輝一さんへ視線を移す。
「紅翠域には、自警団があるんでしたね?」
「ああ。あちらの領内で治安に関するなにかがあれば、まず彼らを通さなければならない」
「規模は?」
「そうだな……市田殿。あなたのほうがお詳しいのでは?」
正座したイチゴさんが、キリッと真剣な目をしてうなずいた。
「そこまで大きくはありません。
火事のときなどにも出動しますが、本格的な戦闘には不慣れです」
「……では、もし紅翠域でなにか事件が起こり、危険な状況になったら?」
「メローリアのアントルメ騎士団に、救援を求めることになっています」
「アントルメ……はぁ!? なんじゃと!?」
どら焼きさんが、一歩後ずさりして驚いていた。
彼ほどではないけれど、他の人もしずかに驚いている様子だった。
「どういうことだ?
お前たちは元々、メローリアと深いつながりがあったということか?」
羊羹さんが、威嚇するような低い声で聞いた。
「い、いえ。ルール上問題ないはず、です。
騎士団は、有事の際には住民の保護を目的として、小隊を派遣する。
その代わりに、僕らは必要物資の供給をメローリアに優先的に行う。
そういう取り決めなんです」
僕以外の全員が、おどおどしながら答えたイチゴさんをにらんだ。
……合理的だな。
交換条件としては、よくある話だ。
『温情で見逃してやった、って歴史があるから。
あいつらは俺たちには頭が上がらないんだよ』
あのアイスクリームさんの認識は、半分正解で半分誤解だった。
……有事の際には小隊を派遣、か。
ちょうどいい。
「じゃあ、それを利用しましょう」
「なに?……利用?」
動揺してこちらを見てくる人を一人ずつ見回してから、ゆっくりとうなずいた。
読んでいただき、ありがとうございました!
主人公が何を企んでいるのかは、次回のお楽しみで。
次回は、明後日7日(月)の20時頃の更新を予定しています。




