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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 共存

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「……延期?」

「……延期?」


 寝耳に水だった。


 大福さんが、困ったように眉を寄せてうなずいた。


「町中で、儂らが取りまとめた嘆願書は偽物、などと言いふらす者がいたようじゃ。

 それが、肥田様の耳に入ったらしい」


 腕組みをして、大きなため息をつく大福さん。


 謁見の予定日が、明日に迫っている。

 そんな中での、不穏な噂。


 ……妨害工作。


 なるほど。そうきたか。


「……肥田様は、なんて?」

「疑いがある以上、精査する必要があると。

 一度こちらで預かり、真偽が判明したら改めて謁見の日取りを組みなおす、とのことじゃ」

「…………」


 妙だな。

 そんなことをしても、嘆願書が偽物ではないことは明白だ。

 これは、ただの時間稼ぎにしかならない。


 その間、別のなにかをするつもりなのか?


 考えられるとしたら――イチゴさんの殺害。

 加えて、餡月郷(あんげつきょう)のだれかがそうしたように見せかける、偽装工作。


 イチゴさんの行方は、未だに不明。

 最悪、すでに手を下されている可能性もある。


 ならば、根本を断つしかない。


「……その噂の出どころは?」

「わからん。菓聞屋(かもんや)の主人から聞いた、という者が何人かいたもんで、本人に聞いてみたんじゃが……相変わらずでのう」

「相変わらず?」

「のらりくらりとしらばっくれよった。だれから聞いたかなど覚えとらん、とな」


 大福さんが、「あいつは好かん」と、珍しく憤慨していた。


 ……過去になにか因縁でもあった様子。

 まぁ、それはどうでもいい。


 菓聞屋とは……瓦版も出している版元だったはず。


「……僕が聞いてみても同じでしょうか」

「そうしてくれるか? おんし相手なら、機嫌よくペラペラ話すやもしれん。

 クセの強い輩じゃから、温度管理を怠らんようにな」


 ……ようするに、十分警戒するように、と。


 うなずいて、大福さんと別れた。

 一路、菓聞屋のある荒物通りへ。


 歩いている最中、あんこがしきりに後ろを気にしていた。

 ついてきている警護役の人が気になる様子だ。


 今日は――月見団子さん。


「……その後、いかがですか」


 一旦立ちどまり、しずかについてきている彼女を振りかえって聞いた。


 きょとん、と目を丸くした月見団子さんは、すぐにはっとしてうなずいた。


「軍師殿のおかげで、今は穏やかに過ごせております」

「……そうですか」


 表情と仕草を確認。

 ほほえんでいる。仕草も特に問題なし。

 ……嘘偽りは、ない様子。


 彼女は、みたらし団子さんの妹たちの誘拐事件で修羅場に巻きこまれた、ある意味被害者。

 おかげで、過干渉過保護の毒親から逃れられなくなってしまった……の、だが。


「……お尋ねしても大丈夫ですか。お母さんのこと」

「はい。母は今、郊外にある伯父が営んでいる旅籠屋(はたごや)で、住み込みで働いております」

「……旅籠屋」

「商人がよく利用するので、客の出入りが激しいそうです。

 人手が増えて助かった、と喜んでいただけました」


 ……なるほど。うまく逃げられたようだ。


 彼女の言い方から察するに、母親は相当こき使われている様子。

 それなら、娘である月見団子さんに会いにいくのは至難の業だ。


「伯父のほうから声をかけてくださったのです。あのときの騒動を、どこからか耳にしたようで。

 『ひと時も目を離さず見張っておくから安心しろ』と、言っていただけました」

「……よかったですね」

「すべて、軍師殿のおかげです」


 明るい声で言った月見団子さんのほうを、また振りむき、首を横に振る。


 ……それは違う。

 僕はただ、罰を決めただけ。

 そして、隊長のみたらし団子さんや同じ隊の隊士たちに、彼女のことを気にかけてやってほしい、と伝えただけだ。


「私は、母と縁を切ることに固執しておりました。

 しかし、仮にそれができたとしても……血のつながりは、事実として残りつづける。それに気づけました」


 立ちどまって、体ごと月見団子さんへと振りかえる。


 彼女は、優しい笑顔を浮かべていた。


「あのとき、母と死ぬまで親子でありつづけるようにとおっしゃってくださったこと……感謝しております。

 おかげで、かえって吹っきれたように感じます」

「……それなら、よかったです」

「こうなると考えた上でのご英断だったのですね。感服いたしました」

「…………」


 月見団子さんが、一礼した。


 だから、それは違う。

 英断なんて大げさなものでもない。


 ……まぁ、いいか。否定する必要は皆無だ。


「ご恩をお返しできるよう、しかとお守りいたします。ご安心ください」

「……よろしくお願いします」


 やる気満々に、目を輝かせている月見団子さんにうなずく。


 踵を返して、目的地へと再び歩きだした。


 それからは何事もなく――達筆な字で、「菓聞屋」と書かれた看板が見える場所までやってきた。


 主人が在籍していればいいのだけど。


 そう考えながら、店へと近づいた――

 そのとき。


 手前の店の陰から、ある人物が僕の前に立ちふさがった。


 びくっと震えたあんこが、たちまち襟の中に隠れる。


 一瞬、思考が停止した。


 ……なぜだ。

 どうしてここに――イチゴさんが?


「おのれ……! また軍師殿を手にかけるつもりか! そうはさせ――」


 僕の前に出て、腰の刀を抜こうとした月見団子さんのその手をつかんで、制止する。


 ……様子がおかしい。


 服が薄汚れている。

 数日風呂に入っていないのか、若干異臭を放っている。

 目も、どこか虚ろだった。


 念のため、周囲をうかがう。

 ……他に、怪しい気配はなかった。


 次こそは、と狙いにきたはずなのに。

 仲間を連れず、こんな真っ昼間にターゲットの前に姿を現すなんて、どう考えてもおかしい。


「……イチゴさん。どうされましたか」


 声をかけると、イチゴさんはわなわなと震えだし、そして――

 その場に、土下座した。


「助けてください! お願いします!」


 彼は、周囲の目をはばからず、そう大声で叫んだ。


 じろじろと好奇の視線をむけてくる外野は、無視。

 刀の柄に手をかけたまま困惑している月見団子さんを見て、僕は無言でうなずいた。

 そして、未だ頭を地面にこすりつけているイチゴさんの目の前にしゃがむ。


 肩に手を置くと、イチゴさんの体がびくりと大きく震えた。


「……ご無事で、なによりです」

「……っ!」


 顔を上げたイチゴさんは、その言葉を聞くなり、大粒の涙を流した。


 ……最悪の事態だけは、回避できた。


 再び土下座をしたイチゴさんを見ながら、僕は一人、ほっと息をついた。


 ◇◇◇


 月見団子さんを通じて、数人の手を借りてイチゴさんを屯所へ連行。

 大福さんたち幹部も、すぐに召集された。


「…………」


 イチゴさんを見下ろしている人たちの、圧がすごい。

 特に、輝一さんとどら焼きさんが露骨だった。

 大福さんと羊羹さんは、しずかに怒りをたぎらせている様子。

 みたらし団子さんは、汚いものを見るような、軽蔑の目をむけていた。


 ……早いところ説明しないと、いつ爆発してもおかしくない。


「イチゴさん。あなたには、真実を包みかくさずお話しいただく義務があります。

 いいですか。権利ではなく、義務です」

「……はい。誓って、嘘は申しません」


 イチゴさんが、まるで裁判官と相手をしているような返事をした。


 すると、あんこが顔をぎゅむ、とゆがめて、襟の後ろに隠れた。

 彼の臭いが気になるらしい。


「ひどい臭いだな。まるでそなたの心を表しているかのようだ」

「うまいことを言うなぁ、輝一。わしも似たようなことを思っていたんじゃ」


 にらみつけている輝一さんとどら焼きさんが、一歩前に出てイチゴさんに近づく。


「……僕が話します。皆さんは、手も口も出さないでください」


 制止すると、二人は不満げではあったが、数歩下がってくれた。


 改めて、イチゴさんを見つめる。


「では……まず、あなたが僕を刺すに至るまでの経緯を」

「……始まりは、ヴィクトリウス様の使いで、とおっしゃって、ある方がうちの店にやってきたときからです」

「ある方、とは?」

「ラウニー・ノワールさんです。騎士団の後援会に所属している方です。

 ヴィクトリウス様から依頼があり、内緒で僕に頼みたいことがあると言われて。

 店の裏で二人きりになったところで……お、脅され、まして」


 イチゴさんの声が、若干震えた。


 ラウニー・ノワール。

 ……ブラウニーだな。わかりやすい。


 イチゴさんとだと……相性84%、補完率は88%。

 当然だ。イチゴとチョコレートケーキだから。

 善良な関係なら、とてもいい間柄になれたはずなのにな。


「……具体的には、なんと言われたのですか?」

「家族の命が惜しいなら……っ協力しろ、と」

「……ご家族を、人質にとられたのですね」


 確認すると、イチゴさんは泣きそうな顔でうなずいた。


「蜜森。ええか?」


 大福さんが、言った。

 それにうなずく。


「市田。つまりおんしは、家族を人質にとられて『仕方なく』蜜森を手にかけた、と言うんじゃな?」

「そうです。そのとおりです」


 イチゴさんは、首をぶんぶん縦に振って肯定。

 だが、五人の目線の強さが緩まないのに気づいたのか、その場で頭を下げた。


「申し訳、ありません……だからといって、やっていいことではありません、よね」

「当たり前じゃ! そんなことをして、家族もろとも罪に問われるかもしれんとは考えなかったのか!?」

「……っ従わなければ、一番下の妹から殺してやると言われてて……! 申し訳ありません!」

「謝って済む話じゃ――」


 なおも責めるどら焼きさんの前に、大福さんが腕を出して制止。


 ……手も口も出さないでくれ、と言ったのに。

 無理な話だとは、折りこみ済みだけど。


「……助けてください、とおっしゃっていましたよね。あの行動も、ブラウニーさんからの指示ですか?」

「ブラウニーではなくラウニーさんです……

 いえ、違います。これは僕の独断で……っもう、どうすることもできないと思って」

「なにがですか」


 そこで、イチゴさんは目を泳がせた。

 唇をぐっと噛みしめ、それから、僕をまっすぐ見つめてきた。


「次は、妨害工作に加担しろと言われました」

「……なんの妨害ですか」

「あなたが、餡月郷の領主様にお会いすること、です」


 ――だれも、声は出さなかった。

 けれど、動揺が広がったのが空気でわかった。


 ……想定の範囲内。


 そして、イチゴさんはブラウニーさんから聞かされた計画の詳細を、教えてくれた。


 嘆願書が偽造されたものだと噂を、役人の耳に入るように流す。

 精査が必要と判断されたそれが、運ばれていく最中に――イチゴさんが強奪する。

 そういう手筈だったらしい。


 ……合理的だ。


 やはり、噂を流したのはあちら側の人間。

 若抹茶さんとは別の、もう一人の内通者だったようだ。


 嘆願書を紛失してしまえば、謁見自体が見送られる可能性が高くなる。


 じゃあ、その後は?


 イチゴさんを生かしておく理由は、ない。

 ……命拾いしたな。お互いに。


 当然、もう一人の内通者がだれなのかも重大な問題だけど……やはり、腑に落ちない。


 しゃがんで、イチゴさんと目線を同じ高さにして、聞いた。


「なぜ、僕に助けを求めてこられたのですか?」

読んでいただいた皆様に感謝いたします!

解決パートはもう少し続きます。

次回は明後日5日(土)の20時頃更新予定です。

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