会議室に集まった面々は、一様に険しい顔をしていた。
会議室に集まった面々は、一様に険しい顔をしていた。
今は、殺人未遂犯のイチゴさんについての報告を聞いているところだ。
「市田殿の行方を追って紅の郷を訪れたが……三日前から家に帰っていないそうだ」
輝一さんが言った。
「……捜索は?」
「餡月郷内については、管轄の区域をそれぞれの隊で捜索しているところだ。
紅の郷の自警団にも聞いたが、仕入れにでも言っているのだろう、と真剣には取り合ってもらえなかった」
「僕への殺人未遂の件は、お話しに?」
「いや。局長がまだふせておいたほうがいいと」
「へたに打ちあけて、騒ぎになっても動きづらくなるだけじゃろうて」
僕は、うなずいた。
「……イチゴさんのご家族には?」
「聞いた。ただ……」
輝一さんが、一旦言葉を切って、大福さんの顔を見た。
「……すぐ下の妹御に、不審な言葉を残していったそうだ」
「不審な言葉?」
「しばらく帰れないから、家のことを頼むと。
まるで、もう二度と帰ってこないのではないかと、不安になるような様子だったという話だ」
……まぁ、そうなるだろうな。
イチゴさんは、あらかじめそのつもりで事に当たった。
つまり、計画的犯行。
『あなたに生きていられたら、困るお方がいらっしゃるんですよ』
……困る、「お方」とは。
身分が上位の人。
けれど、紅翠域の住人には上も下もないはず。
今のところあてはまるとしたら、領主が存在している餡月郷かメローリアのだれか。
イチゴさんの身柄さえ確保できれば、それに近づける。
考えていると、菓子鉢にある色とりどりのあられにむかって、「きゅーきゅー」と鳴き声を上げているあんこを見つける。
つまんで肩の上に戻し、ピンク色のあられを一粒、ひょっとこ口に押しこんでやった。
僕も一粒、緑色のものを口へ。
……豆のような味がする。美味い。
「風。させないからな」
「……なにをですか」
「また己を囮にして、市田殿をおびき寄せようなどと考えているのだろう?」
「はぁっ!?」
輝一さんが、腕組みをして鼻息荒く言った。
それに、どら焼きさんがいち早く反応。
……いや。他の人もだ。
眉をひそめたり、目を見開かせたりしていた。
「……非効率です」
「は?」
「リスク――危険性が高すぎます。次こそはと、確実に仕留めようとしてくるはずですから」
息をのんだ輝一さんをちらりと見てから、あられを片手でつかめるだけつかみとる。
僕の体をよじ登ってねだってくるあんこに、その中の白い粒を与えた。
……不満げだ。甘くなかったらしい。
「とにかく、市田の行方を捜しつづけるしかないわけじゃな」
「その方向でお願いします」
大福さんが、うなずいた。
……そちらも気になるが、白妙様との謁見の日までは、もう三日を切っている。
入念な準備が必要だから、今はそちらに集中しなければならない。
「しばらく、おんしには護衛役をつけるからの」
「……お手間をおかけします」
一礼すると、大福さんが「当然じゃ」と、優しい口調で言った。
他の人も、たくましい笑顔を浮かべてうなずいていた。
……当然、か。
なら、命が脅かされることはもうないと言いきれるな。
――そこでふと、イチゴさんが逃げていく後ろ姿が脳裏をよぎった。
彼の仲間であり、指示役とはだれなのか。
暗殺を成功させるには、綿密な計画を立てる必要がある。
実行に移す前、指示役はイチゴさんと何度も接触しているはず。
当然それを、だれかに目撃されたら終わりだ。
だれか……特に、家族には。
「……イチゴさんについてですが、家族構成はおわかりですか?」
「家族構成? いや……」
「あの家はたしか、ものすごい大家族じゃろ?」
どら焼きさんが、みたらし団子さんを見て聞いた。
それに、みたらし団子さんがうなずく。
「ご両親とその両家の祖父母。それから、兄弟姉妹。市田殿が一番上のようですが」
「……そういえば、はるかから話を聞いたことがある。弟が八人、妹が十五人ほどいると」
「…………」
羊羹さんの補足を聞いて、思わず目を細めた。
はるか、とは――さつまいもさん。
イチゴさんがリーダー的存在のボランティアグループ、蜜の冠に所属している。
そんな彼女の言葉ならば、信憑性は高い。
それにしても……大家族すぎる。
合計で、三十人家族とは。
……まぁ、イチゴは品種が多い果物だからな。
となると、ますます謎だ。
イチゴさんの仕事を、家族が手伝うこともあったはず。
周りに人がいるときが多い彼を、わざわざ選んだ理由はなんだ?
……逆、か?
大家族だからこそ、イチゴさんを選んだのか?
人質にして、従わざるをえない状況を作りやすいから。
「……イチゴさんと親しい方は?」
「蜜の冠の方々はもちろん、それに所属していなくとも親しくされている方は大勢います。
あらかた当たってはみましたが……」
みたらし団子さんが、成果はなし、といわんばかりに背筋をのばしつつ眉を下げた。
……あちこちに配達もしている果物屋だからな。
交友関係もそうだし、仕事上だけの関係を持っている人も多いはず。
そのとき――「イチゴさんと親しい人」として、ある人物が頭に浮かんだ。
ずばり、ショートケーキ団長。
「……大福さん。先日の双甘大試の最後の場面で、ショートケーキ団長はなんとおっしゃっていたのですか?」
「最後?」
「あなたの一撃を食らって、膝をついて負けを認めたときです」
大福さんが、腕組みをして上をむいた。
「……小さな声で、一言『すまぬ』とだけ言ったように聞こえたが」
「…………」
あの人が、だれかに謝る。
ショートケーキ団長の威厳ある姿を思いだして――違和感。
「おいおい? まさか、あの団長が市田をかくまっている、とでも言うのか?」
「土井殿。それはありえないかと」
「ありえるじゃろ。なんなら、双甘大試で負けた腹いせに蜜森を殺れと命じたとも考えられるじゃろ!?」
焦って立ちあがったどら焼きさん。
……だが、他の人たちのリアクションは、薄かった。
「弥太郎。それはありえんぞ」
「あのお方に限って、そんな小者のようなことを指示するとは思えません」
「……! た、たしかに」
苦笑しながらの大福さんの否定の言葉と、みたらし団子さんの辛口評価が清々しい。
どら焼きさんは、納得してその場に座りなおした。
そして、すぐにこちらに険しい顔をむけてくる。
「それなら、蜜森。なんで急にあちらの団長の名を出したんじゃ」
「……なんとなく思いうかんだだけです」
「なんとなく、っておい! わしらを惑わすな!」
どら焼きさんのチョップが、とっさによけた僕の代わりにあんこが食らう。
ぶに、と潰されて不満げだった。
……違和感はある。
でも、ショートケーキ団長が関わっていないのは、確定したようなもの。
今は、それだけわかっていればいい。
指示役と黒幕は、同一人物なのかそれとも別の人物なのか。
そこは、今はいい。
手の上に残ったあられを、一気に口に放りこむ。
ボリボリ、と咀嚼音が響く。
飲みこんでから、一番の懸念事項を頭に思いうかべて五人を見回した。
「……イチゴさんは、口封じされる恐れもあります」
「口封じ……」
みたらし団子さんが復唱した直後、この場の空気が一瞬で張りつめる。
「もし、紅翠域のイチゴさんの遺体が、餡月郷で見つかったとしたらどうなりますか」
「……それは、考えられる中で最悪の事態じゃな」
大福さんが、重く沈んだ声で言った。
この国の規則その他を把握していなくとも、察せる。
すくなくとも、僕が提案したい規則改正と共同統治の件の話し合いは、議論するどころではなくなってしまうはずだ。
……相手がこちらの狙いを知っているなら、まちがいなくそうしてくる。
「一刻を争います」
そう言うと、大福さんが引きしまった表情でうなずいた。
「全力をあげて、市田の身柄を捜索。確保せい」
「はっ!」
大福さんと僕以外の四人が、返事をしてすぐに立ちあがり、慌ただしく会議室を出ていった。
「おんしはとにかく、絶対に一人では外に出るな。じきに護衛役がくるから、待っておれ」
「……はい」
言われて、動かずじっと、窓の外を見つめる。
敵は、強大で得体がしれない。
あらゆる事態を想定した上で、動くべき。
……まぁ、難しい話ではない。
◇◇◇
蜜森たち甘誠組が、躍起になって市田の行方を追っていた頃。
その張本人は、メローリアの人気のない納屋にて、座りこんでぶるぶる震えていた。
不意に扉が開き、びくりとそちらを振りむく。
やってきたのは――こげ茶色の短髪に、ボロの服を着たみすぼらしい人物だった。
はたから見れば、農奴のようにしか見えない。
……つまり、それが狙いだった。
「ラウニーさん……っ」
市田が呼ぶと、彼はすぐに口元に人差し指を立てて、「しっ」と言った。
そして、市田の前に移動し、しゃがみこんだ。
「次の作戦に移行する。よく聞け」
「え……? 次の、作戦? ぼ……っ僕は、言われたとおりに――」
「ミツモリ・フウは生きている。お前はしくじったんだよ」
「……! そんな……!」
絶望した市田の顔から、血の気が引いた。
失敗。
すなわち――人質にされている家族の身が、危ない。
「安心しろ。お前の家族は無事だ……まだ、な」
「……っどうすれば、よろしいのですか」
まだ、という言葉に息をのんだ市田が、尋ねる。
それを見て、ラウニーはニヤリと笑った。
「ミツモリ・フウがあっちの領主と会おうとしている件は言ったな?」
「は、はい」
「今度は、それを中止に追いこむんだ」
「中止にって……具体的には?」
ラウニーがうなずき、市田の耳元に近づいた。
曰く。
蜜森は、領主との謁見の際に、一般人から聞いてまとめた意見書もとい嘆願書を持参する。
もう一人の共犯者が、それは捏造されたものだという疑いを広める。
すると、役所側はそれを事前に精査しなければならなくなる。
市田の役目は、役所へ運ばれていく途中の嘆願書を、盗むこと。
聞いた瞬間、市田は顔をくしゃりとゆがめた。
「それは……っつまり、また僕に餡月郷に行けということですか?」
「当然だ」
「無理ですよ! 僕はもう、あちらではお尋ね者になっているに決まってます! うまくいくわけがありません!」
「そうか。じゃあしょうがないな……お前の大事な家族を殺すか。
ひとまず、一番下の妹あたりにしとくかな」
市田がびくりと震え、首を弱々しく横に振る。
泣きそうな目をした彼を、立ちあがったラウニーは冷たい目で見下ろした。
「お前に選択肢はない。やれ」
「……っわ、わかり……まし、た」
絶望した生気のない目をした市田の返事を聞いて、ラウニーが満足そうに笑い、彼の肩を叩いた。
「いいな? あの方は何度も失敗する奴は許さない。次失敗すれば、問答無用で一族まるごと――」
「それだけは! それだけは、どうか!」
市田が、ラウニーの体にすがりつく。
瞬間、腹を蹴とばされ、ホコリだらけの床に転がされた。
「だったら死ぬ気でやれ。余計なことは考えるな……わかったな?」
「……っはい」
うなずいて返事をした市田。
ラウニーは、うなだれた彼をしばらく見て、踵を返して納屋から出ていった。
市田は、震える自身の体を抱きしめた。
……成功、させるしかない。
そうすれば、自分はともかく家族は解放される。
やっと平穏に暮らせるんだ。
これをやり遂げれば、必ず。
……必ず?
本当、に?
市田は膝にうずめていた顔を上げ、納屋の暗がりを見つめつづけた。
読んでいただきありがとうございました!
次回は明後日5日(土)の20時頃更新予定です。




