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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 共存

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会議室に集まった面々は、一様に険しい顔をしていた。

 会議室に集まった面々は、一様に険しい顔をしていた。

 今は、殺人未遂犯のイチゴさんについての報告を聞いているところだ。


「市田殿の行方を追って(べに)(さと)を訪れたが……三日前から家に帰っていないそうだ」


 輝一さんが言った。


「……捜索は?」

餡月郷(あんげつきょう)内については、管轄の区域をそれぞれの隊で捜索しているところだ。

 紅の郷の自警団にも聞いたが、仕入れにでも言っているのだろう、と真剣には取り合ってもらえなかった」

「僕への殺人未遂の件は、お話しに?」

「いや。局長がまだふせておいたほうがいいと」

「へたに打ちあけて、騒ぎになっても動きづらくなるだけじゃろうて」


 僕は、うなずいた。


「……イチゴさんのご家族には?」

「聞いた。ただ……」


 輝一さんが、一旦言葉を切って、大福さんの顔を見た。


「……すぐ下の妹御に、不審な言葉を残していったそうだ」

「不審な言葉?」

「しばらく帰れないから、家のことを頼むと。

 まるで、もう二度と帰ってこないのではないかと、不安になるような様子だったという話だ」


 ……まぁ、そうなるだろうな。


 イチゴさんは、あらかじめそのつもりで事に当たった。

 つまり、計画的犯行。



『あなたに生きていられたら、困るお方がいらっしゃるんですよ』



 ……困る、「お方」とは。

 身分が上位の人。


 けれど、紅翠域(こうすいいき)の住人には上も下もないはず。

 今のところあてはまるとしたら、領主が存在している餡月郷かメローリアのだれか。


 イチゴさんの身柄さえ確保できれば、それに近づける。


 考えていると、菓子鉢にある色とりどりのあられにむかって、「きゅーきゅー」と鳴き声を上げているあんこを見つける。

 つまんで肩の上に戻し、ピンク色のあられを一粒、ひょっとこ口に押しこんでやった。


 僕も一粒、緑色のものを口へ。

 ……豆のような味がする。美味い。


「風。させないからな」

「……なにをですか」

「また己を囮にして、市田殿をおびき寄せようなどと考えているのだろう?」

「はぁっ!?」


 輝一さんが、腕組みをして鼻息荒く言った。

 それに、どら焼きさんがいち早く反応。


 ……いや。他の人もだ。

 眉をひそめたり、目を見開かせたりしていた。


「……非効率です」

「は?」

「リスク――危険性が高すぎます。次こそはと、確実に仕留めようとしてくるはずですから」


 息をのんだ輝一さんをちらりと見てから、あられを片手でつかめるだけつかみとる。


 僕の体をよじ登ってねだってくるあんこに、その中の白い粒を与えた。

 ……不満げだ。甘くなかったらしい。


「とにかく、市田の行方を捜しつづけるしかないわけじゃな」

「その方向でお願いします」


 大福さんが、うなずいた。


 ……そちらも気になるが、白妙様との謁見の日までは、もう三日を切っている。

 入念な準備が必要だから、今はそちらに集中しなければならない。


「しばらく、おんしには護衛役をつけるからの」

「……お手間をおかけします」


 一礼すると、大福さんが「当然じゃ」と、優しい口調で言った。

 他の人も、たくましい笑顔を浮かべてうなずいていた。


 ……当然、か。

 なら、命が脅かされることはもうないと言いきれるな。


 ――そこでふと、イチゴさんが逃げていく後ろ姿が脳裏をよぎった。


 彼の仲間であり、指示役とはだれなのか。


 暗殺を成功させるには、綿密な計画を立てる必要がある。

 実行に移す前、指示役はイチゴさんと何度も接触しているはず。

 当然それを、だれかに目撃されたら終わりだ。


 だれか……特に、家族には。


「……イチゴさんについてですが、家族構成はおわかりですか?」

「家族構成? いや……」

「あの家はたしか、ものすごい大家族じゃろ?」


 どら焼きさんが、みたらし団子さんを見て聞いた。

 それに、みたらし団子さんがうなずく。


「ご両親とその両家の祖父母。それから、兄弟姉妹。市田殿が一番上のようですが」

「……そういえば、はるかから話を聞いたことがある。弟が八人、妹が十五人ほどいると」

「…………」


 羊羹さんの補足を聞いて、思わず目を細めた。


 はるか、とは――さつまいもさん。

 イチゴさんがリーダー的存在のボランティアグループ、蜜の冠(メリス・オルナ)に所属している。

 そんな彼女の言葉ならば、信憑性は高い。


 それにしても……大家族すぎる。

 合計で、三十人家族とは。


 ……まぁ、イチゴは品種が多い果物だからな。


 となると、ますます謎だ。


 イチゴさんの仕事を、家族が手伝うこともあったはず。

 周りに人がいるときが多い彼を、わざわざ選んだ理由はなんだ?


 ……逆、か?

 大家族だからこそ、イチゴさんを選んだのか?

 人質にして、従わざるをえない状況を作りやすいから。


「……イチゴさんと親しい方は?」

「蜜の冠の方々はもちろん、それに所属していなくとも親しくされている方は大勢います。

 あらかた当たってはみましたが……」


 みたらし団子さんが、成果はなし、といわんばかりに背筋をのばしつつ眉を下げた。


 ……あちこちに配達もしている果物屋だからな。

 交友関係もそうだし、仕事上だけの関係を持っている人も多いはず。


 そのとき――「イチゴさんと親しい人」として、ある人物が頭に浮かんだ。


 ずばり、ショートケーキ団長。


「……大福さん。先日の双甘大試(そうかんたいし)の最後の場面で、ショートケーキ団長はなんとおっしゃっていたのですか?」

「最後?」

「あなたの一撃を食らって、膝をついて負けを認めたときです」


 大福さんが、腕組みをして上をむいた。


「……小さな声で、一言『すまぬ』とだけ言ったように聞こえたが」

「…………」


 あの人が、だれかに謝る。

 ショートケーキ団長の威厳ある姿を思いだして――違和感。


「おいおい? まさか、あの団長が市田をかくまっている、とでも言うのか?」

「土井殿。それはありえないかと」

「ありえるじゃろ。なんなら、双甘大試で負けた腹いせに蜜森を()れと命じたとも考えられるじゃろ!?」


 焦って立ちあがったどら焼きさん。


 ……だが、他の人たちのリアクションは、薄かった。


「弥太郎。それはありえんぞ」

「あのお方に限って、そんな小者のようなことを指示するとは思えません」

「……! た、たしかに」


 苦笑しながらの大福さんの否定の言葉と、みたらし団子さんの辛口評価が清々しい。


 どら焼きさんは、納得してその場に座りなおした。

 そして、すぐにこちらに険しい顔をむけてくる。


「それなら、蜜森。なんで急にあちらの団長の名を出したんじゃ」

「……なんとなく思いうかんだだけです」

「なんとなく、っておい! わしらを惑わすな!」


 どら焼きさんのチョップが、とっさによけた僕の代わりにあんこが食らう。

 ぶに、と潰されて不満げだった。


 ……違和感はある。

 でも、ショートケーキ団長が関わっていないのは、確定したようなもの。

 今は、それだけわかっていればいい。


 指示役と黒幕は、同一人物なのかそれとも別の人物なのか。

 そこは、今はいい。


 手の上に残ったあられを、一気に口に放りこむ。

 ボリボリ、と咀嚼音が響く。


 飲みこんでから、一番の懸念事項を頭に思いうかべて五人を見回した。


「……イチゴさんは、口封じされる恐れもあります」

「口封じ……」


 みたらし団子さんが復唱した直後、この場の空気が一瞬で張りつめる。


「もし、紅翠域のイチゴさんの遺体が、餡月郷(あんげつきょう)で見つかったとしたらどうなりますか」

「……それは、考えられる中で最悪の事態じゃな」


 大福さんが、重く沈んだ声で言った。


 この国の規則その他を把握していなくとも、察せる。

 すくなくとも、僕が提案したい規則改正と共同統治の件の話し合いは、議論するどころではなくなってしまうはずだ。


 ……相手がこちらの狙いを知っているなら、まちがいなくそうしてくる。


「一刻を争います」


 そう言うと、大福さんが引きしまった表情でうなずいた。


「全力をあげて、市田の身柄を捜索。確保せい」

「はっ!」


 大福さんと僕以外の四人が、返事をしてすぐに立ちあがり、慌ただしく会議室を出ていった。


「おんしはとにかく、絶対に一人では外に出るな。じきに護衛役がくるから、待っておれ」

「……はい」


 言われて、動かずじっと、窓の外を見つめる。


 敵は、強大で得体がしれない。

 あらゆる事態を想定した上で、動くべき。


 ……まぁ、難しい話ではない。


 ◇◇◇


 蜜森たち甘誠組(かんせいぐみ)が、躍起になって市田の行方を追っていた頃。

 その張本人は、メローリアの人気のない納屋にて、座りこんでぶるぶる震えていた。


 不意に扉が開き、びくりとそちらを振りむく。


 やってきたのは――こげ茶色の短髪に、ボロの服を着たみすぼらしい人物だった。

 はたから見れば、農奴のようにしか見えない。


 ……つまり、それが狙いだった。


「ラウニーさん……っ」


 市田が呼ぶと、彼はすぐに口元に人差し指を立てて、「しっ」と言った。

 そして、市田の前に移動し、しゃがみこんだ。


「次の作戦に移行する。よく聞け」

「え……? 次の、作戦? ぼ……っ僕は、言われたとおりに――」

「ミツモリ・フウは生きている。お前はしくじったんだよ」

「……! そんな……!」


 絶望した市田の顔から、血の気が引いた。


 失敗。

 すなわち――人質にされている家族の身が、危ない。


「安心しろ。お前の家族は無事だ……まだ、な」

「……っどうすれば、よろしいのですか」


 まだ、という言葉に息をのんだ市田が、尋ねる。


 それを見て、ラウニーはニヤリと笑った。


「ミツモリ・フウがあっちの領主と会おうとしている件は言ったな?」

「は、はい」

「今度は、それを中止に追いこむんだ」

「中止にって……具体的には?」


 ラウニーがうなずき、市田の耳元に近づいた。


 曰く。

 蜜森は、領主との謁見の際に、一般人から聞いてまとめた意見書もとい嘆願書を持参する。

 もう一人の共犯者が、それは捏造されたものだという疑いを広める。

 すると、役所側はそれを事前に精査しなければならなくなる。


 市田の役目は、役所へ運ばれていく途中の嘆願書を、盗むこと。


 聞いた瞬間、市田は顔をくしゃりとゆがめた。


「それは……っつまり、また僕に餡月郷に行けということですか?」

「当然だ」

「無理ですよ! 僕はもう、あちらではお尋ね者になっているに決まってます! うまくいくわけがありません!」

「そうか。じゃあしょうがないな……お前の大事な家族を殺すか。

 ひとまず、一番下の妹あたりにしとくかな」


 市田がびくりと震え、首を弱々しく横に振る。

 泣きそうな目をした彼を、立ちあがったラウニーは冷たい目で見下ろした。


「お前に選択肢はない。やれ」

「……っわ、わかり……まし、た」


 絶望した生気のない目をした市田の返事を聞いて、ラウニーが満足そうに笑い、彼の肩を叩いた。


「いいな? あの方は何度も失敗する奴は許さない。次失敗すれば、問答無用で一族まるごと――」

「それだけは! それだけは、どうか!」


 市田が、ラウニーの体にすがりつく。

 瞬間、腹を蹴とばされ、ホコリだらけの床に転がされた。


「だったら死ぬ気でやれ。余計なことは考えるな……わかったな?」

「……っはい」


 うなずいて返事をした市田。


 ラウニーは、うなだれた彼をしばらく見て、踵を返して納屋から出ていった。


 市田は、震える自身の体を抱きしめた。


 ……成功、させるしかない。

 そうすれば、自分はともかく家族は解放される。

 やっと平穏に暮らせるんだ。

 これをやり遂げれば、必ず。


 ……必ず?

 本当、に?


 市田は膝にうずめていた顔を上げ、納屋の暗がりを見つめつづけた。

読んでいただきありがとうございました!

次回は明後日5日(土)の20時頃更新予定です。

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