別にだましたつもりはない。
別にだましたつもりはない。
「おいコラ……なに言ってやがる。え? だれがだれを弟子にとるって!? 寝言は寝て言えよ!
第一、お前との約束はなしになっただろ!? 終わったら二度と俺に関わるなっつっただろ!?」
「僕は了承していません。よろしくお願いしますと言っただけです」
「……はぁあ!?」
きんつばさんは、口元をひくひくと痙攣しているかのように動かしていた。
そんな彼の肩に、饅頭さんがなだめるように手を置く。
「この者と知り合った時点で、そなたの負けだ」
「な、なにをおっしゃるのですか! そんなわけ――」
「諦めろ」
見捨てるような言い方をされ、きんつばさんは言葉を失い、口をパクパクさせていた。
……饅頭さんがこちら側についてくれたことのほうが、勝ちが決まる要素になっている。
満足してうなずいていると、今度は大福さんが僕の肩を叩いてきた。
「なんじゃ、急に? ぼた餅とは……牡丹のことか?」
「はい。やっていただければわかります」
「なにをじゃ」
「その前に……」
タイミングよく、僕の腹が鳴った。
シン、としずまりかえる、この場。
「……甘味をいただいてきます」
「ふざけんなてめぇっ!」
騒がしいきんつばさんを放置して、甘味通りへと早足でむかった。
……こんな空腹状態では、あきらかに非効率だからしょうがない。
手っ取り早く食べられるものを探そう。
◇◇◇
事にあたる前に、一度ざらめさんのところに顔を出した。
「よくお戻りくださいました。
もう二度とこんなことがないように、輝一にはよく言ってきかせておきますので」
……僕の勘違いだった、と言ったのだが、わかってくれたかどうかは不明だ。
その後、甘味通りで今川焼きと甘酒を購入。
「自慢焼きとお呼びください、軍師様」
……と、以前、どら焼きさんの部下――自慢焼きさんが言っていたな。
まぁ、それはどうでもいい。
やってきたのは、第一道場。
この場にいるのは、僕ときんつばさんと大福さん。
それから、注目の牡丹さんと、付き添いのおはぎさんだ。
輝一さんたちは、持ち場に戻ったらしい。
当然だが、饅頭さんには特にしっかりとお礼を言ってある。
「あとは頼んだぞ」
……去り際の饅頭さんのセリフが、だれにむけられていたのかはわからなかったけど。
「四番隊隊士、大丸牡丹と申します! よろしくお願いいたします!」
ぼた餅さんの元気な声が響いた。
きんつばさんが、嫌そうに顔をしかめて耳をふさぐ。
……ぼた餅さんときんつばさん。
相性93%、補完率82%か。
予想どおり、かなりいいラインだ。
「……ちっ。嫌な予感はしたんだよ。おめーにそっくりじゃねぇか。顔も声も」
「いえいえ。大きな瞳などは、うちのに似たようで」
「どーでもいいわ! こんなとこでのろけんな」
きんつばさんに叩かれても、大福さんは微動だにせず、ニコニコしている。
身長差のせいもある。
二人が立って並ぶと、大福さんのほうが頭一つ分以上は大きいからな。
「で……そっちは? 呼んでねぇけど?」
「はっ! 三番隊隊士、大丸萩之介にございます! 牡丹の双子の兄でございます!」
「耳元で騒ぐな!」
おはぎさんも、大声であいさつしたせいで叩かれていたが、すこし震えた程度。
……やはり、有望株だな。
そこでふと、気づく。
今川焼きを食べながら、大福さんにしずかに近寄った。
「……今さらですが。だれがどこの隊に入るかは、どうやって決めているのですか?」
「ん? ああ。あみだくじじゃ」
「…………」
「冗談じゃ」
苦笑した大福さんを、じいっと見つめる。
……正直、この人なら公平さをうたってやりかねない。
「まずは、入隊試験をやって合否を決める。
その中で、この者はどこの隊、あの者はどこの隊に入れるのがいいか、とおおよその見当をつけておくのじゃ。
あとは、本人の希望もある程度は加味する」
「……肥田様の代では、強さだけで決められていたそうですね」
「ああ。それも手じゃが……人の強さは変わるからのう。
それに、強さだけではかれば、空気が合わない場に身を置かなければならなくなる場合もあるじゃろうて。それでせっかくの才を潰すことになったら、目も当てられん。
まぁ、そういうのさえも乗りこえてこそ本物の強者じゃと、肥田様はお考えだったのかもしれんが」
納得して、うなずいた。
とことん部下に「強さ」を求めた求肥さん。
「育成」に重きを置いた大福さん。
どちらにも、当然メリットとデメリットがある。
そして、どちらも悪くはない。
「おい、唐変木! こいつのどこが俺の弟子にふさわしいって?」
きんつばさんに呼ばれ、思考を戻す。
甘酒を一口。
そして、あんこに今川焼きを与えてから、口を開く。
「……唐変木は、かなりずれがあります。朴念仁のほうが若干ですが近いです」
「自分で言うな! あと、死ぬほどどうでもいいわ!」
訂正後、吠えるきんつばさんからぼた餅さんへと目線を動かす。
「……ぼた餅さんは、馬術に優れています」
「えっ!?……め……滅相もございませんっ」
突然褒められて驚き、謙虚に否定しつつも、彼女は嬉しそうに口角を上げていた。
後ろにいるおはぎさんに、「にやつくなっ」と、頭を叩かれていた。
「たしかに……子どもの頃、すこし教えただけであっという間に乗りこなしておったが。
よく知っておるな?」
「メローリアから餡月郷に逃げかえった際に、お見かけしました」
あのときのぼた餅さんの姿を、思いだす。
疾走状態の僕の馬に横づけ。
その状態を保つ。
前方から目を離し、数十秒こちらを見つづける。
加えて、片手離し。
……あきらかに尋常ではない。
流鏑馬を習う上での土台は、できあがっていると言える。
「……弓の腕は、不明ですが」
険しい顔をしたきんつばさんが、ぼた餅さんを観察するようにじろじろ見た。
「どうなんだ?」
「弓、ですか。訓練の経験はほとんどありません。まったく心得がないわけではありませんが……」
ぼた餅さんが、不安げに眉を垂らして答えた。
きんつばさんは、指であごをなぞりながら、なにかを考えている。
そのうち――手を離し、顔を左へと突きだすように動かした。
道場の裏手、すこし離れたところに弓道場があるのだ。
第一道場に集まったのは、このため。
僕と大福さん、おはぎさんは、隅のほうで並んで正座して待機している。
まもなく、袴に着替えたきんつばさんとぼた餅さんが出てきた。
「手本を見せるから、お前も続け」
「はっ!」
きんつばさんが、ゆっくりと弓を構える。
矢を番えて――放った。
……すごい音だ。
「おお……!」
大福さんが、感嘆の声をもらした。
矢は、見事中心に――いや、ほんのわずかずれたところに刺さっていた。
「……ちっ。さすがに衰えたか。狩りはしょっちゅうしてたんだがなぁ」
きんつばさんが、心底悔しそうにぼやく。
ようするに、ブランクがなければど真ん中に当たっていた、と。
見ていたぼた餅さんが、緊張している様子なのがよくわかる。
「やれ」
「……っは!」
震える手で、ぼた餅さんが矢を番えた。
放つ。
……矢は、あさっての方向へ。
「へたくそ」
「……っ申し訳ございません」
「変な力が入っちまってんだよ。もう一発」
「はっ!」
言われて、同じように射る。
今度はすこし近づきはしたが、的には当たらなかった。
「……むう」
大福さんが、腕組みをしてうなった。
……変な力が入っている、か。
それなら。
肩の上にいたあんこを手にとり、思いきり放り投げた。
「きゃあっ!?」
女性らしい高い悲鳴。
投げたあんこは、ぼた餅さんの首すじに貼りついた。
……肩の上に乗るように狙った。驚かす意図はない。
「な、なんです!?……軍師様!? なにをなさる――ひゃっ! や、やめ……! あは、あはははは!」
あんこが、触手をうねうね動かしてぼた餅さんの首すじをくすぐっている。
ぼた餅さんは、身をくねらせて悶えていた。
……効果てきめんか。ちょうどよかった。
「コラァ! てんめぇ、なにしてやがる!」
「も、もうし、わけ……! あっ」
きんつばさんに怒鳴られ、驚いたあんこが床に飛びおり、こちらに慌てて戻ってきた。
「……どうぞ」
「なにがどうぞだ、この朴念仁が!」
憤慨しながらも、きんつばさんは呼び方を変えてくれた。
……案外、人に気を遣うタイプのようだ。
「蜜森?」
「……見守ってあげてください」
不安げに聞いてきた大福さんのほうではなく、ぼた餅さんを見つづける。
「ちっ……おい! 次外したら承知しねぇからな!」
「は、はい!」
きんつばさんに言われて、ぼた餅さんが呼吸を整える。
三射目。
放たれた矢は――的の、端に。
「……!」
大福さんとおはぎさんが、息をのむ。
きんつばさんも、片眉を上げていた。
「……もう一回だ」
「はっ!」
ぼた餅さんが、また深呼吸をする。
四射目。
……的の中心に近づいた。
続いて、五射目。
今度は、中心のすぐ外に。
……一歩一歩、近づいているような感じだ。
感覚をつかんだか。
「……!」
射った本人は、信じられない様子で矢が刺さった的を見つめ、立ちつくしていた。
それを置いて、きんつばさんが僕らのそばに移動してきた。
「いかがですかな」
大福さんに問われたきんつばさんは、横で立ったまま、腕を組んで口をとがらせていた。
「……悪くねぇ」
「……! では!?」
おはぎさんが、興奮気味に片足を立てて、立ちあがりかける体勢になった。
一方のきんつばさんは――笑っていた。
「しょうもねぇ。なんつーか……楽しくなってきちまった」
そう言って、すぐに大福さんを横目で見る。
「俺は、人にものを教えたことなんざねぇからな。女だからって、容赦しねぇぞ。
やるからには……しっかり、焼きあげてやる」
大福さんとおはぎさんが、ほとんど同じような顔をして、喜んでいた。
「はぁっ! よろしくお願い、申し上げまするっ!」
「だぁから、うるせぇってんだよっ!」
大福さんは、きんつばさんに強めに叩かれても、それでも笑っていた。
振りかえったぼた餅さんが、泣きそうな顔のままこちらに最敬礼。
直後、僕の肩の上に戻ったあんこが、偉そうに腰に手を当てて、背中をそらした。
……お前の手柄じゃない。
「う……っ牡丹。よかったな。よかったなぁ、お前……っ」
大福さんがぼた餅さんのもとに駆けよっていったところで、おはぎさんが感極まって泣きだした。
……なんで泣く?
「軍師様。ああ、軍師様。ありがとうございます」
「……なぜあなたがお礼を?」
「牡丹は、よく悩んでいたのです。
剣の腕もなにもかもが中途半端。私のように男に生まれていればもっと違ったのに、と」
おはぎさんが、袖口で涙と鼻水をぬぐって、僕の手を両手でつかんできた。
「才能を見出していただいて、本当に、ありがとうございました!」
「……それも、役目なので」
そっけなく言ったつもりだが、おはぎさんは感動したのか、また涙をこぼしていた。
……そういう才能は、埋もれさせるわけにはいかない。
これからはむしろ、戦いだけじゃない武芸に秀でた人が、必要になってくるのだから。
【お知らせ】
これまで毎日投稿してきましたが、今後は隔日投稿に変更させていただきます。
できるだけ安定して投稿を続けていくための調整となります。
毎日楽しみにしてくださっていた方には申し訳ありませんが、これからもお付き合いいただけましたら嬉しいです!
次回更新は9月3日(木)の20時頃を予定しています。




