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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第五章 共存

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むこうから近づいてきた。

 むこうから近づいてきた。


 遠のいてしまったはずの真実。

 それの一端を握る人物が、今、目の前にいる。


 ……想定外。いい意味で。


「なに笑ってんだよ……人が感傷に浸ってるときに」

「……失礼いたしました」


 印象を悪くされては、話を素直に聞けない可能性大。

 きんつばさんに背をむけて、自然に吊りあがる口元を指でおさえて表情を戻した。


 再び彼とむき合って、懐に入れていた手ぬぐいを差しだす。


「ありがとよ……もうずっと、わからねぇままだと思ってた」

「……今のは、僕個人の見解です。あなたのお父上の意図とは違う可能性があります」

「合ってるよ。まちがいねぇ。そう……思ったっていいだろ」


 手ぬぐいを受けとったきんつばさんの顔には、穏やかな笑みがあった。


 彼が、顔を拭って鼻をかんだタイミングで、話しかける。


「あなたは、八つ橋さんと親しくされていたんですか?」

「なんだ、八つ橋さんって」

「橋本八重さんの、僕独自の識別名です」

「よくわかんねぇけど……まぁいい。お前になら話してやってもいいぞ。

 知りてぇのか? 八重のこと」


 首を傾げたきんつばさんをまっすぐ見ながら、うなずいた。


 きんつばさんは、ほほえみながらどこか遠くを見るような目をした。


「あいつにはな……俺も、一度たりとも勝てたことがなくってな。剣もそうだし、一番得意な弓でもだ。相手が女ってぇのが余計に悔しくてよ」

「……同じ隊の所属だったんですか」

「ああ。八重は、うちの一番隊で唯一の女でな。

 俺らの頃は、どこの隊に所属するかを決めてたのはそいつの強さだったんだよ。だから、あいつが入隊したときはみんなばかにしててなぁ。

 女に一番隊隊士が務まるわけがねぇ、ってよ」


 ……単純に、一番隊が筆頭の精鋭部隊だったってことだな。


「実力を知ったら、全員呆気にとられてたけどな。まぁ、俺はすぐに追い越すって思ったけど」

「……でも結局、追い越せなかったと」

「うるせぇ」


 きんつばさんが、手を横払いしてきた。

 頭を後ろに下げてよけると、その手はあんこに当たった。


 感触が悪かったのか、きんつばさんは顔をしかめていた。


「……八つ橋さんは、先代局長の部下だったらしい、とおうかがいしました」

「あ?……ああ。はは。実はな、それにはちょっとしたカラクリがあるんだよ。

 局長の部下を名乗れるのは、一番隊の奴だけって決まりだったんだ」


 きんつばさんが、寝転がってあおむけになった。


「あいつは、俺のこと椿って名前で呼んでいやがったんだ。それがまた気に食わなくってよ。

 やめろって言った俺に、あいつ、なんつったと思う?」

「……私に勝てたら好きな呼び方に変えてやる、とか」

「……なんでわかるんだよ」


 きんつばさんが、苦々しげに吐きすてるように言った。

 そして、大きなため息。


 いや。今の話の流れでは、それしか考えられないが。


「結局、最後の最後まで敵わなかった……ってわけよ」

「……八つ橋さんは、すでにお亡くなりになっているんですよね」

「……ああ」


 瞬間、きんつばさんの声色が変わった。

 閉じた瞼が、若干震えているように見える。


「八重の小隊が、敵さんをほぼ壊滅状態にした件で……単身、交渉に行ったんだ」

「単身で?」

「ああ。本人たっての希望でな」


 無謀にも程がある。捕まりにいくようなものだ。

 求肥さんは、なぜそれを許可したんだ?


「……その後は?」

「…………」


 きんつばさんは、口をつぐんでしまった。

 しばらくじっと見つめていた……が、彼は黙ったままだった。


 ……すこし、整理するか。


 八つ橋さんは、降伏を促す交渉のため、メローリアに単身赴いた。

 そして、当時の騎士団団長スコーンさんと出会った。


 そこから先は、わからない。

 けれど、結果的には二人は結ばれて、息子が生まれている。


 ……いったい、なにがあったのか。


 交渉に赴いておきながら、どうしてその一番の相手であり、敵だったスコーンさんと結ばれたのか。

 そもそも、交渉は本当に行われたのか。

 だとしたら、話し合いの内容はどんなものだったのか。


 ――そのとき、ある人のセリフが蘇る。



『我らがメローリアと、あなた方の餡月郷(あんげつきょう)

 この二つで……共同統治する件についての話し合いです』



「……!」


 それを言いだしたのは、スコーンさん。

 交渉のテーブルで、八つ橋さんが聞かされていたとしてもおかしくはない。


 彼女は、困惑したのか、それともありえないと憤慨したのか。

 どちらにせよ、結果的には二人が心を通わせるきっかけになった。

 いや、二人が心を通わせたからこそ、その思想が形となったのか。


 ……わからない。

 まだどこか飛躍しすぎているようにも感じるが、可能性としてはなくもない。


 そしてその後、八つ橋さんは餡月郷に帰郷したわけだが……その理由は?


 再び、シュークリームさんのセリフを思いだす。


 ――共同統治を発案したスコーンさんが、急病で倒れた、と。


 そうだ。

 スコーンさんが、亡くなってしまったから。

 メローリアで暮らす上での、後ろ盾を失ったからか。



(よいですか、ヴィクトリウス。父上と母は……いつでもあなたのここにいます)



 ショートケーキ団長を視たときに聞こえた、八つ橋さんの言葉。

 あのセリフは、あの後自分の身になにが起こるか、理解していた人のもののように思える。


 実際、最大ともいえるタブーを犯した彼女は、上司――求肥さんの手で、粛清された。



(八重……! なぜだ八重ぇ……!)



 ……あのとき、求肥さんが抱えていたもの。

 あれは、斬首された八つ橋さんの――


 ……再び、きんつばさんに目をむける。


 この人は、それを知っているのか。

 久しぶりにあの力を使ってみるべきなのか、逡巡する。


「はぁ……なーんで思いだしちまったのかねぇ。お前が八重と似たようなことを言うからだよ……」


 きんつばさんが、こちらに顔をむけて鋭い目をむけてくる。


「お前、本当は何者だ? 粕谷の預かりってのは嘘なんだろ?

 いったいどっから来やがった?」

「……嘘ではありません」


 そのまま、「日ノ本の東京です」と続けようとして、止めた。


 ……この人と、会えた。

 こんな好機を、利用しない手はない。


「僕は、元甘誠組(かんせいぐみ)の軍師です」

「……は? 軍師?」


 きんつばさんが、素早く起きあがって眉を寄せた。


「理不尽な規則を改正することと……将来的には、餡月郷とメローリアの争いを止めて、共同統治を実現することが目的です」


 彼の目を見て、はっきり言った。


 きんつばさんは、呆れているのか驚いているのか、口を半開きにしたまま固まった。


 そんな彼に、体ごと正面をむいて、正座をした。


「ぜひ、あなたの力をお貸しください」

「……は、はぁあ!? おま、な……なに言ってんだ? んなこと無理に決まってんだろ!

 いや、それ以上に! 俺にどうしろってんだよ!?」

「口利きをお願いします」

「く、口利きぃ?」

「僕が甘誠組に戻れるように、輝一さん――副長殿や局長殿に、口利きをしていただきたいのです」


 お願いします、と最後に言って、一礼する。

 顔を上げると、きんつばさんは呆気にとられて言葉を失っていた。


 しばらくして、


「ば、ばか言え! 言っただろうが。俺は今となっては浮浪者だ。甘誠組とはなんの関わりもねぇ」

「今は関係ありません。あなたは求肥さ――肥田様の代に前線で活躍していた有力者。

 そんなあなたの言葉は、だれも、決して無視はできないはずです」

「有力者って……」


 きんつばさんは、照れて耳をかきながらぼそっとつぶやき、目を泳がせていた。


 お世辞ではない。事実だ。

 けれど、効果はあった様子。


「お願いできますか?」

「……いや。いやいやいや! 無理だっての。そう言ってもらえるのは嬉しいぞ。

 けどな、さっきも言っただろ。

 俺はもう引退した身だし、そもそも平隊員だったんだぞ。名すら知らねぇ奴も多いはずだ。

 そんな俺がなに言ったって、煙たがられて終わりだよ」

「…………」

「諦めろ。もしどうしても戻りたいってんなら、誠心誠意、頭を下げてお願いするしかねぇよ」


 話は終わり、とでもいわんばかりに、きんつばさんは再び寝転んで、背中をむけてしまった。


 ……やはり、必要だな。使ってみよう。


 きんつばさんをじっと見て、意識を集中。

 できるか。



(椿……すまぬ。お前との、約束は……っ果たせそうに、ない……)

(……っ! おやめください、局長! どうか! どうか……っ!)



 刃を腹に突きさした、弱々しい八つ橋さんの声。

 若いきんつばさんの、懇願する声。

 その前には、刀をかまえた――求肥さんの姿。


「……!」


 視えた。


 あんこが吐いた墨は、幸いにも着物にはかからなかった。

 いや、どうでもいい。


 ……そういうこと、か。


 八つ橋さんは、粛清「された」わけじゃない。

 自らけじめをつけたのだ。


 求肥さんは、その介錯を請けおった。

 そして、切り落とした部下の首を抱えて、慟哭するあのシーン。


 ……つながった。

 断片的にしか見えていなかった人の過去に、ようやくつながりが見えた。


 ……けれど、なぜだろう。

 なぜ、規則を破った人が、未だに伝説として語り継がれているのか。

 求肥さんの性格上、二度と同じことをする者が出ないようにと、教訓として周知していてもおかしくはないはず。


 ……求肥さんと八つ橋さんは、ただの上司と部下ではなかったのか?

 可能性としては、師弟。あるいは、きんつばさんと同じくライバル。それとも、親族か。


 ……違う。求肥さんは、身内だからといって甘くするような人じゃない。

 けれど、それでも隠した。

 求肥さんにとって、八つ橋さんが特別な存在だったのはまちがいない。


 改めて、きんつばさんの背中を見る。


「……切腹、されたんですね。八つ橋さんは」


 きんつばさんは、すぐに目を大きく見開かせた驚きの顔をむけてきた。


 効果はばつぐんだった。


 彼は起きあがり、湧いてきた怒りのせいか、歯を噛みしめた。


「お前……っお前! 憶測でも言っていいことと悪いことがあるだろうが!」

「憶測ではありません。今のあなたの反応で、事実だと確定しました」

「……っ、ふざけんな! なんのつもりだよ! 俺を脅そうってのか!?」

「いいえ。僕はただの浮浪者。どこへなりとも行ける身です。

 どこでなにをしても……『なにを言っても』かまわない身の上ですから」

「……!」


 息をのむきんつばさんから体のむきを変えて、空を見上げる。


 あの大雨が、嘘のようだった。

 すこし前から小降りになっていて、もうまもなくやみそうだ。


 ……ちょうどいい。


「お力を貸していただけないのなら、仕方ありません。他の方法を考えます。

 では……お邪魔しました」


 床に下りて一人遊びをしていたあんこを、肩の上に乗せて立ちあがり、一歩踏みだす。


「ふざけんな、待てこのばか野郎!」


 怒鳴られたので、振りかえる。


 きんつばさんが、荒い息をしながら僕をにらみつけていた。

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