なにかを諦めたような目をしている。
なにかを諦めたような目をしている。
そんな大福さんが、口を開いた。
「輝一のこともそうじゃが……蜜森。よく無事でいてくれた」
……心配が、安心に変わったせいだった。
「……ご心配を、おかけしました」
正座して、一礼する。
「そうじゃお前、刺されたんじゃろ!? 腹の具合は!?」
「……腹は空いています」
「違うっ!」
吠えるどら焼きさんは、スルー。
その隣に座っていたみたらし団子さんが、スッと菓子鉢を差しだしてくれた。
今日は……饅頭。太陽のような焼き印が押されている。
福寿屋の日の出饅頭だ。まちがいなく美味い。
さっそく、一つを口に入れる。
……やはり、いい味だ。
あんこが、僕の着物の袖を引っ張ってねだってきた。
ちぎったかけらを与えて、大人しくさせる。
「おんしを刺した下手人についてじゃが……未だ尻尾がつかめないままでのう。
なにか気づいたことはないか?」
「……! そうだ! お前、顔を見たと言ったな!?」
輝一さんの言葉で、場が一気に緊張に包まれる。
全員が、僕を注視していた。
二つ目の饅頭を手にとる。
「……尻尾がつかめないのは、当然かと」
「なに?」
「イチゴさんは、甘味通りを歩いていても不思議ではないお方ですから」
五人が、似たような仕草――眉を寄せて、若干首を傾げていた。
「……いちごさん?」
「おい! お前はなんの話をしとるんじゃ!? ちゃんとわかりやすいように言え!」
困惑している人たちを見ていると、輝一さんだけがなにかに気づいたように、目を見開いた。
「まさか、それは……!」
つぶやいた輝一さんを、他の四人が不思議そうに見る。
僕は、うなずいた。
「下手人は、市田ケイゴさんです」
瞬間、他の四人も目を見開き、言葉を失っていた。
湯飲みを持ちあげて、お茶を飲む。
……すこし濃すぎるな。
「それは誠か」
「……めったに見られない貴重な果物を仕入れたからぜひ見せたい、と言われて。
路地裏の荷車のところに誘いこまれて、刺されました」
身を乗りだしていた大福さんが、不可解と言わんばかりに片眉を上げた。
「なぜ市田殿が風を……」
「頼まれた模様です」
「頼まれた?」
困惑して見つめてくる輝一さんに、お茶を一口飲んだあと、うなずく。
「……僕に生きていられては困るお方がいる、とおっしゃっていました」
「おいおい……! つまり、お前の命をだれかが狙っていたのか!?」
「そうなりますね」
「なにが、そうなりますね、じゃ! もっと焦ろ!」
「……焦ったところでなにも変わりませんが」
どら焼きさんが、怒って立ちあがる。
彼を見ながら、新しい饅頭をとって、口に放りこむ。
……つぶ餡がいい味を出している。僕は、こし餡も好きだが。
それぞれにいいところがある。どちらが好きか、なんて聞くのはナンセンスだ。
「ならば、黒幕は他にいるということか」
羊羹さんが言った。
咀嚼して飲みこんでから、
「……そうですね。それがだれかまでは突きとめられませんでしたが」
「それは、市田殿を締めあげればわかることかと」
みたらし団子さんが、目をぎらつかせながら言った。
なんて頼もしい。
「で、ですが、団殿。市田殿は紅の郷の住人です」
「いえ。餡月郷で罪を犯したのであれば、こちらの規則で罰することは可能なはずです」
「だがそれには、証拠がいるだろう。あの者が蜜森を刺したという、確たる証拠が」
大福さん以外の四人が、同時にこちらをむいた。
「……皆さんでは手がかりをつかめなかった。それでおわかりになるのでは」
「……証拠はないに等しい、か……」
「あー! なんてことじゃ! わかっているのに手出しできないなんて!
……局長! さっきから黙ってないで、なにかおっしゃったらどうです!?」
頭をかきむしったどら焼きさんが、腕を組んでむっつりと黙ったままの大福さんを呼んだ。
大福さんは、じっとこちらを見て、大きく息を吐いた。
「……一つ、たしかめさせてくれ。蜜森」
「はい」
「まさかとは思うが、おんし……そうなるとわかってて、わざと市田の誘いに乗ったのか?」
「……は!?」
途端に、全員の視線が集まる。
追加の饅頭を欲しがっていた様子のあんこが、ぎょっとして僕の背中側にまわって隠れた。
「……い、いやいやいや! 局長! いくらなんでもそんなアホなことは――」
「そんなようなことになるだろうと、予想はしていました。確信はありませんでしたが」
大福さんが目を細め、組んでいた腕を下した。
他四人は、絶句していた。
「……なぜじゃ。なぜ逃げんかった」
「先程言いました。確信がなかったからです」
「だとしても!……可能性が高かったのなら、逃げるべきだったじゃろうが」
「……そうですね。数日、動けないし証言もできない状態になってしまったのは非効率で――」
「ふざけるな」
大福さんとの会話に、輝一さんが割りこんできた。
顔をうつむけ正座した膝の上に置いた拳を強く握り、震えている。
「なにが非効率だ。なぜそのように他人事なのだ」
「……他人事ではありませんが」
「他人事ではないか!……っ私たちが、どれだけ心配したと思っている……っ! いい加減にしろ!」
輝一さんが立ちあがり、興奮して荒い呼吸を繰りかえしている。
……ああ。これは。
「今回ばかりは、承服できない! 出ていけ!」
輝一さんが叫ぶ。
――この場が、静まりかえる。
「……承知しました」
輝一さんの他、四人にむけて土下座のように頭を下げる。
そして、静かに会議室を出た。
屯所を出て、家へとむかう。
……ここぞというときに、クビか。
大福さんには、うすうす気づかれていた。うまくごまかすのはほぼ不可能だった。
とはいえ、だ。
その場にいる人たちの気持ちを加味して、言葉選びをすべきだった。
次、生かせるようにしよう。
そこで、襟の中に隠れていたあんこが顔を出し、キョロキョロと辺りをうかがっていた。
なぜもう帰るのか、と気にしているのか。
……帰るんじゃない。去るんだ。
まずは、新しく住む場所と仕事を早々に確保。
練り切り様との謁見の件は……そのあとで考えても遅くはない。
……非効率。
だけど、どうしようもない。
◇◇◇
家に帰ると、使わせてもらっていた部屋を整頓した。
持っていくものは、ほとんどない。
この世界にきたときは、着の身着のままだったから。
……着物、未だに借り物だったな。
自分で買って返すほど時間に余裕はないから、こればかりは目をつぶってもらうしかない。
それと、世話になった人たちへの別れのあいさつは……できる人にだけで勘弁してもらおう。
支度が済んで、見落としがないかともう一度部屋を見回す。
……わずか、二か月弱生活していただけ。特になにも感じない。
「あら? お早いですね。もう会議は終わったので?」
部屋を出て玄関の土間に座ったとき、ざらめさんが帰ってきた。
手には、野菜がどっさりのったかごがある。
「……そういうわけではありません」
「え?……なにか、あったのですか?」
ざらめさんが、野菜のかごを土間に置いて、横に座ってじっと見つめてくる。
その、大量の野菜が気になって、つい目がそちらにむく。
「……これは?」
「患者さんのご家族からいただいたものです。
今日はこれを使って、精のつく料理を作りますので。どうか元気を出してください」
「……そうですか」
笑顔を浮かべるざらめさんを見つめ、そして、視線を外す。
「残念ですが、それをいただくことはできません」
「……え?」
「出ていくことになりましたので」
言った瞬間、ざらめさんが目をまん丸に見開き、固まった。
そして、もう一度、「え?」と言った。
「ど、どういうことですか?」
「そのままです。身元引受人の輝一さんに、出ていけと言われたので」
「そんな……! どうしてそんなことを!?」
「僕に落ち度があります。どうかお気になさらず」
「気にします! なにがあったかは存じませんが……っ蜜森さんは、まだ病みあがりではありませんか! そんな方を追いだすなんて!
……っ輝一はどこですか!? 今すぐ問いつめて――」
興奮する彼女の顔の前に、銭が入った袋を突きだした。
これまで稼いだ銭の、半分が入っている。
「お世話になりました。これぐらいしかできませんが、どうか受けとってください」
「なにをおっしゃるのですか……! おやめください。
輝一は、ただ冷静になれていないだけです。そうに決まっています。
もっとよく、ちゃんと話し合ってください。それからでも遅くは――」
「時間が惜しいのです。クビになり追いだされたのなら、次を見つける必要があるので」
ざらめさんが、つらそうに顔をしかめ、首を横に振った。
「……っでしたら。これはそのままお持ちください」
「そういうわけにはまいりません」
「これはあなたが稼いだ銭です。
お世話をした分は、きっちりいただいてあります。受けとれません」
「……ですが」
「住む場所も、仕事も。新しいところを見つけるのなら、先立つものがなければ話になりません」
「その分は、きちんと確保してあります」
「甘くみてはいけません。いくらあっても足りないくらいですよ」
差しだす僕と、押しかえすざらめさんの押し問答のような状況。
ざらめさんには、かけらも受けとる気はない様子。
……似た者姉弟。
仕方ないか。
「……落ちついたら、お礼にうかがいます」
「そうしてください」
渡すつもりだったそれを、懐にしまった。
ざらめさんは、悲しげに眉を垂らし、視線を外した。
一拍置いてから、また口を開く。
「本当に……もう、どうにもならないのですか?
もう一度、ちゃんと、落ちついて話してから決めるわけにはいかないのですか?」
すがるような彼女の目。
それを見つめ、うなずいて否定した。
「……今まで、ありがとうございました。お助けいただいたこの命、大事にします。どうかお元気で」
「……っはい。蜜森さんも。お体にはくれぐれも気をつけてください」
座ったまま、互いに一礼。
立ちあがって、玄関から出る手前で止まる。
追いかけてきたざらめさんに、また頭を下げた。
肩の上のあんこが、ざらめさんにむかって一本の触手を上げ、振っていた。
そして、外へ。
……引きとめようとしてか、すこしのばされた手は見なかったふりをした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
これにて四章は終わりです。
クビになってしまったものの、主人公はもちろんこれで終わりにはしません。
次章では早々に重大な事実が判明し、キーパーソンも登場します。ぜひお楽しみください。
応援してくださると泣いて喜ぶので、そちらもぜひ!




