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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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なにかを諦めたような目をしている。

 なにかを諦めたような目をしている。

 そんな大福さんが、口を開いた。


「輝一のこともそうじゃが……蜜森。よく無事でいてくれた」


 ……心配が、安心に変わったせいだった。


「……ご心配を、おかけしました」


 正座して、一礼する。


「そうじゃお前、刺されたんじゃろ!? 腹の具合は!?」

「……腹は空いています」

「違うっ!」


 吠えるどら焼きさんは、スルー。

 その隣に座っていたみたらし団子さんが、スッと菓子鉢を差しだしてくれた。


 今日は……饅頭。太陽のような焼き印が押されている。

 福寿屋(ふくじゅや)の日の出饅頭だ。まちがいなく美味い。


 さっそく、一つを口に入れる。

 ……やはり、いい味だ。


 あんこが、僕の着物の袖を引っ張ってねだってきた。

 ちぎったかけらを与えて、大人しくさせる。


「おんしを刺した下手人についてじゃが……未だ尻尾がつかめないままでのう。

 なにか気づいたことはないか?」

「……! そうだ! お前、顔を見たと言ったな!?」


 輝一さんの言葉で、場が一気に緊張に包まれる。

 全員が、僕を注視していた。


 二つ目の饅頭を手にとる。


「……尻尾がつかめないのは、当然かと」

「なに?」

「イチゴさんは、甘味通りを歩いていても不思議ではないお方ですから」


 五人が、似たような仕草――眉を寄せて、若干首を傾げていた。


「……いちごさん?」

「おい! お前はなんの話をしとるんじゃ!? ちゃんとわかりやすいように言え!」


 困惑している人たちを見ていると、輝一さんだけがなにかに気づいたように、目を見開いた。


「まさか、それは……!」


 つぶやいた輝一さんを、他の四人が不思議そうに見る。


 僕は、うなずいた。


「下手人は、市田ケイゴさんです」


 瞬間、他の四人も目を見開き、言葉を失っていた。


 湯飲みを持ちあげて、お茶を飲む。

 ……すこし濃すぎるな。


「それは誠か」

「……めったに見られない貴重な果物を仕入れたからぜひ見せたい、と言われて。

 路地裏の荷車のところに誘いこまれて、刺されました」


 身を乗りだしていた大福さんが、不可解と言わんばかりに片眉を上げた。


「なぜ市田殿が風を……」

「頼まれた模様です」

「頼まれた?」


 困惑して見つめてくる輝一さんに、お茶を一口飲んだあと、うなずく。


「……僕に生きていられては困るお方がいる、とおっしゃっていました」

「おいおい……! つまり、お前の命をだれかが狙っていたのか!?」

「そうなりますね」

「なにが、そうなりますね、じゃ! もっと焦ろ!」

「……焦ったところでなにも変わりませんが」


 どら焼きさんが、怒って立ちあがる。


 彼を見ながら、新しい饅頭をとって、口に放りこむ。


 ……つぶ餡がいい味を出している。僕は、こし餡も好きだが。

 それぞれにいいところがある。どちらが好きか、なんて聞くのはナンセンスだ。


「ならば、黒幕は他にいるということか」


 羊羹さんが言った。


 咀嚼して飲みこんでから、


「……そうですね。それがだれかまでは突きとめられませんでしたが」

「それは、市田殿を締めあげればわかることかと」


 みたらし団子さんが、目をぎらつかせながら言った。

 なんて頼もしい。


「で、ですが、団殿。市田殿は(べに)(さと)の住人です」

「いえ。餡月郷(あんげつきょう)で罪を犯したのであれば、こちらの規則で罰することは可能なはずです」

「だがそれには、証拠がいるだろう。あの者が蜜森を刺したという、確たる証拠が」


 大福さん以外の四人が、同時にこちらをむいた。


「……皆さんでは手がかりをつかめなかった。それでおわかりになるのでは」

「……証拠はないに等しい、か……」

「あー! なんてことじゃ! わかっているのに手出しできないなんて!

 ……局長! さっきから黙ってないで、なにかおっしゃったらどうです!?」


 頭をかきむしったどら焼きさんが、腕を組んでむっつりと黙ったままの大福さんを呼んだ。


 大福さんは、じっとこちらを見て、大きく息を吐いた。


「……一つ、たしかめさせてくれ。蜜森」

「はい」

「まさかとは思うが、おんし……そうなるとわかってて、わざと市田の誘いに乗ったのか?」

「……は!?」


 途端に、全員の視線が集まる。


 追加の饅頭を欲しがっていた様子のあんこが、ぎょっとして僕の背中側にまわって隠れた。


「……い、いやいやいや! 局長! いくらなんでもそんなアホなことは――」

「そんなようなことになるだろうと、予想はしていました。確信はありませんでしたが」


 大福さんが目を細め、組んでいた腕を下した。


 他四人は、絶句していた。


「……なぜじゃ。なぜ逃げんかった」

「先程言いました。確信がなかったからです」

「だとしても!……可能性が高かったのなら、逃げるべきだったじゃろうが」

「……そうですね。数日、動けないし証言もできない状態になってしまったのは非効率で――」

「ふざけるな」


 大福さんとの会話に、輝一さんが割りこんできた。

 顔をうつむけ正座した膝の上に置いた拳を強く握り、震えている。


「なにが非効率だ。なぜそのように他人事なのだ」

「……他人事ではありませんが」

「他人事ではないか!……っ私たちが、どれだけ心配したと思っている……っ! いい加減にしろ!」


 輝一さんが立ちあがり、興奮して荒い呼吸を繰りかえしている。


 ……ああ。これは。


「今回ばかりは、承服できない! 出ていけ!」


 輝一さんが叫ぶ。


 ――この場が、静まりかえる。


「……承知しました」


 輝一さんの他、四人にむけて土下座のように頭を下げる。

 そして、静かに会議室を出た。


 屯所を出て、家へとむかう。


 ……ここぞというときに、クビか。


 大福さんには、うすうす気づかれていた。うまくごまかすのはほぼ不可能だった。


 とはいえ、だ。

 その場にいる人たちの気持ちを加味して、言葉選びをすべきだった。

 次、生かせるようにしよう。


 そこで、襟の中に隠れていたあんこが顔を出し、キョロキョロと辺りをうかがっていた。

 なぜもう帰るのか、と気にしているのか。


 ……帰るんじゃない。去るんだ。


 まずは、新しく住む場所と仕事を早々に確保。

 練り切り様との謁見の件は……そのあとで考えても遅くはない。


 ……非効率。

 だけど、どうしようもない。


 ◇◇◇


 家に帰ると、使わせてもらっていた部屋を整頓した。


 持っていくものは、ほとんどない。

 この世界にきたときは、着の身着のままだったから。


 ……着物、未だに借り物だったな。

 自分で買って返すほど時間に余裕はないから、こればかりは目をつぶってもらうしかない。


 それと、世話になった人たちへの別れのあいさつは……できる人にだけで勘弁してもらおう。


 支度が済んで、見落としがないかともう一度部屋を見回す。


 ……わずか、二か月弱生活していただけ。特になにも感じない。


「あら? お早いですね。もう会議は終わったので?」


 部屋を出て玄関の土間に座ったとき、ざらめさんが帰ってきた。

 手には、野菜がどっさりのったかごがある。


「……そういうわけではありません」

「え?……なにか、あったのですか?」


 ざらめさんが、野菜のかごを土間に置いて、横に座ってじっと見つめてくる。


 その、大量の野菜が気になって、つい目がそちらにむく。


「……これは?」

「患者さんのご家族からいただいたものです。

 今日はこれを使って、精のつく料理を作りますので。どうか元気を出してください」

「……そうですか」


 笑顔を浮かべるざらめさんを見つめ、そして、視線を外す。


「残念ですが、それをいただくことはできません」

「……え?」

「出ていくことになりましたので」


 言った瞬間、ざらめさんが目をまん丸に見開き、固まった。

 そして、もう一度、「え?」と言った。


「ど、どういうことですか?」

「そのままです。身元引受人の輝一さんに、出ていけと言われたので」

「そんな……! どうしてそんなことを!?」

「僕に落ち度があります。どうかお気になさらず」

「気にします! なにがあったかは存じませんが……っ蜜森さんは、まだ病みあがりではありませんか! そんな方を追いだすなんて!

 ……っ輝一はどこですか!? 今すぐ問いつめて――」


 興奮する彼女の顔の前に、銭が入った袋を突きだした。

 これまで稼いだ銭の、半分が入っている。


「お世話になりました。これぐらいしかできませんが、どうか受けとってください」

「なにをおっしゃるのですか……! おやめください。

 輝一は、ただ冷静になれていないだけです。そうに決まっています。

 もっとよく、ちゃんと話し合ってください。それからでも遅くは――」

「時間が惜しいのです。クビになり追いだされたのなら、次を見つける必要があるので」


 ざらめさんが、つらそうに顔をしかめ、首を横に振った。


「……っでしたら。これはそのままお持ちください」

「そういうわけにはまいりません」

「これはあなたが稼いだ銭です。

 お世話をした分は、きっちりいただいてあります。受けとれません」

「……ですが」

「住む場所も、仕事も。新しいところを見つけるのなら、先立つものがなければ話になりません」

「その分は、きちんと確保してあります」

「甘くみてはいけません。いくらあっても足りないくらいですよ」


 差しだす僕と、押しかえすざらめさんの押し問答のような状況。

 ざらめさんには、かけらも受けとる気はない様子。


 ……似た者姉弟。

 仕方ないか。


「……落ちついたら、お礼にうかがいます」

「そうしてください」


 渡すつもりだったそれを、懐にしまった。


 ざらめさんは、悲しげに眉を垂らし、視線を外した。

 一拍置いてから、また口を開く。


「本当に……もう、どうにもならないのですか?

 もう一度、ちゃんと、落ちついて話してから決めるわけにはいかないのですか?」


 すがるような彼女の目。

 それを見つめ、うなずいて否定した。


「……今まで、ありがとうございました。お助けいただいたこの命、大事にします。どうかお元気で」

「……っはい。蜜森さんも。お体にはくれぐれも気をつけてください」


 座ったまま、互いに一礼。


 立ちあがって、玄関から出る手前で止まる。

 追いかけてきたざらめさんに、また頭を下げた。


 肩の上のあんこが、ざらめさんにむかって一本の触手を上げ、振っていた。


 そして、外へ。


 ……引きとめようとしてか、すこしのばされた手は見なかったふりをした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

これにて四章は終わりです。

クビになってしまったものの、主人公はもちろんこれで終わりにはしません。

次章では早々に重大な事実が判明し、キーパーソンも登場します。ぜひお楽しみください。

応援してくださると泣いて喜ぶので、そちらもぜひ!

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