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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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「気づいたら、森の中をさまよっていました」

「気づいたら、森の中をさまよっていました」


 ざらめさんは、緊張しているのか、ごくりと唾を飲みこんだ。


「どこにいるのかもわからず……ひたすら、歩きつづけました。

 いつの間にか靴は脱げていて……くたくたでした。

 それでも、腕の中の輝一のぬくもりのおかげで、生きなければという気になれたのです」

「……っ姉上……!」


 輝一さんが目を細め、拳を強く握りしめた。

 すでに泣きそうだ。


「……さすがに、もう歩けないと足を止めて、木の下に座りこんで休んでいたときでした。

 あるお方が、私たちを見つけてくださったのです」

「……あるお方、とは?」

「きのこ採りにきていたお方でした」


 ざらめさんが、目を潤ませながらほほえんだ。


餡月郷(あんげつきょう)まできてしまったのだと、すぐに気づきました。

 動揺しましたが、そのお方が優しく声をかけてこられて……助けてくださったのです。

 森の外へ案内してくださり、家に入れた上で手当てと食事まで……命の恩人です」


 そう言って、輝一さんのほうへ顔をむけた。


「大丸様のお父上――福富(ふくとみ)様です」

「……!」

「……では、大福さんも?」

「はい。いろいろと世話を焼いてくださいました」


 ざらめさんは、こぼれそうになった涙を指でぬぐっていた。


 ――わけを聞くのはあとでいい。とにかく手当てを。


 そう言って動く、大福さんの姿が目に浮かぶ。


「しばらく、大丸様の家でかくまっていただきました。

 そのうち、だんだんと近所の方々とも触れ合うようになっていったのです。

 赤ん坊だった輝一の世話を手伝っていただいたり、私が皆様の仕事の手伝いをしたりと」

「……戸籍はどうされたのですか」

「それも、福富様のおかげで。

 どうやってかはわかりませんが、領主様に直談判してくださったそうです。

 すでに絶えていた、『粕谷』の名を受け継ぐことをお認めいただけました」


 ……領主に直談判。


 それができるほどの身分の人だった。

 大福さんが甘誠組(かんせいぐみ)の局長に選ばれたのは、それも理由の一つか。


「反対されていた方も多かったのですが、徐々に受け入れていただけた……と、いうわけです」


 ざらめさんがそうまとめたところで、目だけで輝一さんを見る。


 彼は、落ちついていた。

 ……いや。なにも考えていないかのような、ぼーっとした虚ろな目をしていた。


 あのときの、輝一さんの過去の声がまた蘇る。



(私の故郷は、餡月郷だ!)



 あれは、その反対していた人たちから、心ない言葉を浴びせられたときのセリフだったわけか。


「抹茶――松原様がおっしゃっていました。

 戸籍の件でここに三度も来たのは、輝一さんが初めてだと」

「……はい。松原様も、最初は難色を示されておられたのです。

 あのお方の立場から考えれば、無理もありません」

「すべては……局長と、局長のお父上のおかげだったのだ」


 輝一さんが、うつむいたままぽつりと言った。


 ……なるほど。

 一度目は門前払いされたけど、二度目。

 大福さん父子の口添えがあったおかげで、戸籍取得が叶ったと。


「……ういろう先生は、あなたの力のことは?」

「ご存じです。前にお話しした、輝一が落馬して大ケガした件は覚えていらっしゃいますか?」


 僕は、うなずいた。


 ……やはり、そういうことか。


『数日間、目を覚まさなくて……本当に、肝が冷えました』


 そのときの、ざらめさんの言葉。


 輝一さんは、頭部外傷や頸椎損傷、またはその両方を負っていた可能性が高い。

 それを、ざらめさんが治した。


 ……回復魔法の使い手としては、かなり優秀な部類だな。


「力を使っていたのを、先生に見られたのですね」

「はい……ここを追いだされたら、もう行くところがありません。

 だから、必死に頼みこみました。せめて輝一が回復するまでではここにいさせてくださいと。

 けれどそれは……杞憂でした。

 『その力は医者において至高の力だ』と言って、褒めてくださったのです」


 ……あの先生なら、そうする。


 ういろう先生は、ざらめさんをそばに置いて、守っていた。

 他のだれにも、その力の存在を知られないように。

 彼女が蔑まれ、傷つかないように。


 ……医者として、その力に価値を見出したのは事実のはず。

 でも、先生は使わせようとはしなかった。


『だめだぞ。わかっているな?』


 あのときのように、むしろ禁止していた。

 医者としては、合理的でも効率的でもない。

 それでも、ざらめさんを守ることを選んだ。


 ……線が、一本につながったような感覚。

 すっきりした気分で、輝一さんを見た。


 顔をうつむけて、ぷるぷる震えている。


「そう、だったの、ですね……」

「……輝一?」


 輝一さんが弱々しい声を発すると、ざらめさんがその顔をのぞきこんだ。


 瞬間。

 輝一さんは、土下座した。


「申し訳ございませんでした!

 今まで姉上に言ってしまった、数々の暴言! どうかお許しください!」

「……もういいのです。私が、もっと早くに話しておくべきだったのです」

「姉上が謝る必要はありません!

 ……っ私は、こともあろうに姉上とは血がつながっていないのではないかと、思ったこともありました。

 この髪の色のせいで」


 ……髪の色?


「二度も命を助けていただいたにも関わらず……っなんという非礼を。

 私のほうが、弟を名乗る資格はないのかもしれません」

「おやめなさい! そんな悲しいこと、言ってはなりません……っ」


 ざらめさんが、輝一さんに顔を上げさせて、抱きしめた。


 輝一さんは、泣くまいと必死に歯を食いしばっている。


 ……意味不明だ。


「それは非効率です」


 二人が、ほぼ同時に顔を上げる。


「仮に血のつながりがなかったとしても、です。それだけでは、家族をやめる理由にはなりません。

 今までお二人が築いてきた、信頼関係があるからです」


 言った途端、輝一さんはとうとう涙を流した。


「……だれも、得はしません」

「……っその、とおりだ……っ。申し訳ありません。申し訳、ありません。姉上……っ」

「輝一……っ輝一……!」


 二人はまた抱きあって、すすり泣いていた。


 あんこが、触手を一本口元に添えて、じっと見ている。

 頭をつまんで、二人の姿が見えないように移動させた。


 家族。

 僕にはもういない。


 ……問題は、ない。


 ◇◇◇


 落ちついた輝一さんは、その足で中庭に出た。

 水を、頭から何度もかぶっている。


 強引に頭を冷やそうとしているのか、と思いきや――


「……きれいですね」

「そう思うか。私は……嫌いだった。姉上と同じ、黒でありたかった。

 そのほうが、ここでも生きやすかったのに、と」


 輝一さんが、自重気味に笑った。


 彼の髪は――

 染料がとれて、輝く金色に変わっていた。


 これが、輝一さんの地毛。

 メローリアの出身者らしいといえば、そうだけど。


 姉のざらめさんは黒、弟の輝一さんは金。

 ……受け継いだ遺伝子の仕業だな。


「それも、血がつながっていないんじゃないかと疑った理由ですか」

「そうだ」


 輝一さんが、縛らずに垂らした髪を、両手でバサッとかき上げる。


「だが、もう隠しはしない」


 太陽が輝く空を、見上げた。


「餡月郷になじむために、本当の姿を隠してきた。

 しかし……今は、私の内面を見て、認めてくださった方々が大勢いる。もう必要ない」


 そのまま、水を滴らせながら、しばらく空を見上げていた。


 床に下りたあんこが、物珍しそうにちらちらと輝一さんの姿を見ている。

 とりあえず、頭を軽く押しつぶしておいた。


「……すまなかった」


 今度は、こちらを見て言った。

 眉を垂らし、肩も若干下がり気味だった。


「……なにがですか」

「私は……先日の双甘大試(そうかんたいし)で負けたのを、お前のせいにしていた」


 そう言って項垂れた彼を見て、納得した。


 試合後の様子から、察してはいたけれど。


「もっと戦えたはず。なのに、風が止めたせいで……と」

「…………」

「わかっている。

 あのとき止めてもらえなければ、二度と戦場に立てなくなっていたかもしれない。

 しかし……それを、認めたくなかったのだ」


 輝一さんが、悲しげに笑った顔をむけてくる。


「お前の指示ではなく、自分の考えで戦場に立った。

 それが通用しなかったと、引け目も感じていたんだ」

「……そこまでわかってらっしゃるのなら、問題はありません」

「……ああ。もう吹っきれた」


 輝一さんが、空の桶を手にとって、井戸から水をくんだ。

 元いた場所に戻って、その桶の水をまた頭からかぶった。


「ああ、そうだ。私は弱い。人の目ばかりを気にして、人のせいにしてしまう。弱虫だ」

「いいえ」


 すぐに否定すると、水を滴らせた輝一さんが、振りむいた。


「あなたは、弱くもあり、強くもある人です」


 輝一さんは、しばらくぼんやりと僕を見ていた。


 そして――笑った。

 今度は、落ちついた柔らかい笑顔。


 僕が差しだした手ぬぐいを受けとり、顔をごしごしと拭いていた。


「体は、本当にもういいのか?」

「……はい。問題ありません」

「……では、参るか。他の方々も心配されているからな」


 うなずいて、返事。


 輝一さんが着替えを終えると、すぐに家を出て、屯所にむかった。


 ポニーテールにした金髪が、風になびいてさらりと揺れている。


 ……悪くないじゃないか。

 カステラだしな。


 屯所に入ると、すれ違う人はみんな、一様にぎょっとして二度見していた。

 輝一さんは、まったく気にせずずんずん先へ進んでいく。


「遅くなりました!」

「遅いぞ、輝い――ちぃぃ!?」


 すぐに、どら焼きさんが奇声を上げた。

 加えて、座った状態でのけ反るリアクション付き。


 羊羹さんもみたらし団子さんも、呆気にとられて絶句している。


 しかし、大福さんだけは、目を丸くしてすぐに満足そうに笑っていた。


「懐かしいのう。いい色じゃ」


 輝一さんが、一礼して会議室の中に入る。

 そして、その場に正座して頭を下げた。


「これが、本来の私の姿です」

「お、おお? そうだったのか?」


 どら焼きさんが若干うろたえながら聞きかえしたのに対し、輝一さんがうなずく。


「これからは、自分を偽らないと決めました。

 ……しかし、隊士たちは戸惑うでしょうし、反発する者もいるはずです」


 膝の上に置いた拳を、じっと見つめている。


「……そんなことにはならない」


 沈黙の中、ぽつりとつぶやかれたその声の主――羊羹さんに、視線が集まる。


「俺たちはみな、お前がどれだけ努力してきたかを知っている。

 見た目だけで判断する者はどこにもいない。

 万が一にもいたときは……俺が焼きを入れてやる」


 ……羊羹さんが言うと、本業の人にしか見えない。


 しかし、輝一さんは感激した様子で、羊羹さんを見ていた。

 他の人たちも、うんうんと納得してうなずいている。


「まぁ、驚きはしたが……よく見たら、妙に合ってる気がするなぁ」

「たしかに、思ったほど違和感はありませんね」


 どら焼きさんはあごをさすりながら、みたらし団子さんは正座したまま無表情で言った。


 ……正座ができている。

 彼女の足のケガも、問題ないようだ。


「吹っきれたようじゃの」


 ニコニコしながら、大福さんが言った。


「ご面倒を、おかけいたしました」

「かまわん。気にするな」


 輝一さんの肩を、強めに叩いた。

 ぐっと歯を噛みしめた輝一さんは、改めて深々と一礼した。


 一つ、解決か。


 すると、次に大福さんは、目尻を下げて困ったような顔をして、こちらをむいた。


 ……なんだ?

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