妙な温もりを感じた。
妙な温もりを感じた。
激痛が、だんだんと薄れていく。
……なんでだ?
「まだ行ってはいけません」
不鮮明な視界の中、ぼんやりと浮かびあがる人の顔。
……だれだろう。
声も、聞きおぼえがあるはずなのに、わからない。
「必ず助けます。だから……っがんばってください!」
優しい声だった。
……温かくて、心地いい。
その感覚を最後に、また意識が闇に沈んだ。
◇◇◇
次に気づいたとき、僕はなにもないところに立っていた。
白くぼんやりとしていて、まるで霧が立ちこめているかのようだった。
……また、わけのわからないところに来たな。
痛みも、不思議な温かさも感じない。
あれは、本当になんだったんだ?
……そうか。
これはつまり、臨死体験。
そう思った直後、前方に人の姿が見えた。
二人。
並んで寄りそって、こちらを見ている。
あれは――父さんと、母さん。
まちがいない。
こちらを見て、二人そろって穏やかに笑っている。
確信。
やはりこれは、単なる夢ではない。
体の感覚がまるでない。
けれど、悪い気はしない。
……これが、死。
行かなければならないんだな。僕も。
足を動かそうとする……が、なぜか動かない。
そのうち、両親が踵を返して、去っていこうとする。
僕は、動けない。
「……父さん。母さん」
僕は、連れていかないのか。
二人が立ちどまり、こちらを振りかえる。
変わらず、笑顔を浮かべていた。
母さんの口が、なにかを言ったように動く。
……わからない。聞こえない。
そして、二人はまた歩きだした。
まもなく、激しい光が二人を包んで――見えなくなった。
◇◇◇
目を開けると、今度は木目調の天井が見えた。
体は、布団に寝かされた状態。
……急に現実的な風景。
布団から手を出して、顔の前に出してみる。
握って開いて、を二回。
……ちゃんと、感覚がある。
横になったまま、周囲を見回した。
木造の日本家屋。見慣れた部屋。
……いつぞやを思いだす。
たしか、ここに初めてきたときもこんな感覚、光景だった。
『必ず助けます』
あの声が、脳裏に蘇る。
今ならわかる。あの声の主は――ざらめさん。
さらに、気づく。
あの、温かい光が当たるような感覚。
あれは、初めて感じるものじゃない。
ゆっくりと、半身を起こしてみる。
……痛みは、まったくない。
枕元で、なにかが「きゅーきゅー」と言っているので見てみると、あんこがいた。
鳴きながら、こちらにすり寄ってくる。
手の上に乗せて、その頭をつまんだりつついたりした。
「……!」
なにかを落としたような音がして、顔を上げる。
開けっぱなしだった障子のむこうの廊下に、目を見開いて固まったざらめさんがいた。
足元には、水を入れていたらしい桶と、手ぬぐいが転がっている。
「あ……っああ……! よかった……!」
彼女は、目を潤ませながら駆けより、僕の手をとった。
「具合はいかがですか? どこか痛むところは?」
「……ありません」
「そうですか……! よかった……っ本当に」
一筋の涙を流しながら、満面の笑みを浮かべるざらめさん。
若干青白い顔をしていて、疲れているように見える。
……同じ。
この世界にきたばかりのときに、初めて見たざらめさんも青白い顔をしていた。
あのときも今回も、僕は致命傷を受けていた。
どちらも、きれいさっぱり治るには早すぎる。
偶然?
……いいや。違う。
「今、白湯をお持ちしますね。それから、輝一にも伝えないと――」
「ありがとうございます。助けていただいて」
ざらめさんの言葉を遮り、言った。
立ちあがりかけた彼女は、きょとんと目を丸くした。
「僕の命を、二度も救ってくださったのは……あなたの『力』のおかげですよね」
目を、じっと見つめる。
ざらめさんは、落ちついていた。
笑顔が消え、ぼんやりとした目つきになる。
僕はそのまま、しずかに見つめつづけた。
「……妙、なんですよね」
静寂を破り、ざらめさんがぽつりとつぶやくように言った。
顔をうつむけ、自身の手をさすっている。
「私のこの力は……血のつながりのある人にしか、使えないはずだったんです。
実際、輝一には使えたけれど、他の患者さんには……だめでした」
一拍置いて、彼女が顔を上げる。
「あなたを、除いて」
ほっとしたようにも見えるけれど、悲しそうにも見える笑顔。
ざらめさんは、再び僕の布団の脇に座った。
……回復魔法、とでもいうべきなのか。
「気持ち悪いと、思われたでしょう? 私がこんな、鬼術使いだったなんて」
「……鬼術?」
「ええ。餡月郷ではそう呼ばれています。
メローリアでは、『魔道』と称されて忌み嫌われていて……罵倒されるだけでは済みません」
メローリア、では。
彼女もあちらの事情を知っている。
しかも、まるで体験したかのような口ぶり。
なぜ?
……この姉弟は、元々移住してきた身。
(私の故郷は、餡月郷だ! れっきとした餡月郷の住人だ!)
糖明神殿に戸籍を取得しにいったときに聞こえた、過去の声。
あれは――幼い、輝一さんの声。
なぜ、わざわざ「故郷」というワードを強調した?
粕谷輝一。カステラ。
海外から伝来した、「洋菓子」が元になったもの。
「……メローリアの生まれ、なんですか? あなたと輝一さんは」
顔をうつむけたざらめさんが、間を置いたあと――かすかに、うなずいた。
胸の奥で、ストン、となにかが落ちて、はまるような感覚。
……なんだか、久しぶりの感覚だ。
次の瞬間。
ざらめさんの背後から、輝一さんが姿を現した。
……包帯がとれている。
ケガは完治――してはいないが、おおむね動けるようになった、といったところか。
「どういう……こと、ですか」
「輝一……」
輝一さんは、極限まで目を見開き、浅くて速い呼吸をしている。
振りかえったざらめさんは、痛みに耐えるように一度目を閉じ、唇を噛んだ。
……輝一さんは、知らない? なぜ?
成り行きを見守っていると、輝一さんがこちらを見て、ざらめさんの隣に座った。
「風。よく戻ってきてくれた……肝が冷えたぞ」
輝一さんが、疲れきったような顔で言った。
「……ご心配をおかけしました。あれからどれくらいたったのでしょうか」
「三日だ。下手人を捜索しているところだが、未だ有力な情報はない。顔は見なかったか?」
「……見ました」
「……! 本当か? 何者だ? 知っている者か?」
「あとでお話しします。それより、求肥――肥田様から連絡は?」
「肥田様……ああ。つい昨日、文が届いたらしいが――」
「日取りは?」
身を乗りだして、のけ反る輝一さんに詰めよる。
「……今日から数えたら、四日後。御殿に参るように、とのことだ」
身を乗りだした状態で、じっと輝一さんを見つめた。
しばらくして、元の位置に戻り、大きく息を吐く。
……通った。
練り切り様――領主様と、謁見が叶う。
四日後。予想の範囲内。
「……ありがとうございます。こちらからは以上です」
「あ、ああ……いや、待てお前……!」
輝一さんの表情が、次第に険しくなる。
……なんだ? まだなにか確認事項があったか?
「なにか?」
「なにか、じゃない! 散々人の胸の内をひっかきまわしておいて……! それはないだろう!?」
「……僕はもう大丈夫です。どうぞ、話の続きを」
「だからお前は……っ」
輝一さんはそこで切り、「くっ」と悔しそうに言いながら歯を噛みしめ、大きく息を吐いた。
かすかに、クスクスと笑う声が聞こえた。
ざらめさんが、顔をそむけつつ口に手を添えて、笑っていた。
「……ごめんなさい。あまりにも……蜜森さんらしいなと思って。安心しました」
困ったように笑う彼女を見て、僕は首を傾げるしかなかった。
そして、ざらめさんは一旦顔をうつむけたのち、輝一さんを見た。
輝一さんは、若干不安げに眉を垂らしていた。
そして、座ったままざらめさんのほうへと体のむきを変える。
「……今の話は……我々がメローリアの出身というのは、本当なのですか」
「…………」
「姉上! どうかお話しください!
私は……っこのままずっと、自分が何者なのか、わからないままではいたくはありません!」
輝一さんが、姿勢を正し、土下座する。
「どうか、お願いいたします。どんな真実があろうと、この身で受けとめます。
決して姉上を責めはしません」
頭を下げた輝一さんを見たざらめさんは、あきらかに動揺していた。
目を泳がせて、身じろぎしている。
沈黙に耐えられなかったのか、肩の上のあんこが、そわそわしながら様子をうかがっている。
……こればかりは、急かすわけにはいかない話だ。
僕はひたすら、無言で成り行きを見守った。
「……あのときのことは……未だに、夢に見ます」
ざらめさんが、ぽつりと声をもらした。
輝一さんが顔を上げ、はっとした顔になる。
「真実を、話します。あなたにとっては受けとめがたい話でしょうが……よいのですね?」
キリッと表情を引きしめたざらめさんに言われ、同じく真剣な表情の輝一さんが、うなずく。
ざらめさんは、一度目を閉じてゆっくりと息を吐いてから、また輝一さんを見た。
「……始まりは、母上があなたの出産に失敗しかけたときです」
「出産に、失敗?」
「ええ。母子ともに危険な状態に陥っている、と聞いて駆けつけたら……
そこに、血まみれの状態で横たわっている母上と、生まれたばかりの赤ん坊がいました。
どちらも……息はなかったように、見えました」
……想像するのは、容易い。
出産は、命がけの行為だから。
「混乱して、でも、母上にも子にも死んでほしくなくて……必死になって呼びかけたのです。
そうしたら……手の先から、突然光が湧きでてきたのです」
「光……」
「それは、二人を包み……やがて子は、息を吹きかえしたかのように産声を上げました。
それが、あなたがこの世に生を受けた瞬間でした」
「……母上は、どうなったのですか」
ざらめさんが目を閉じ、唇を噛んで首を横に振る。
……それが、彼女が初めて回復魔法を使った瞬間だったわけか。
「そのあとです。見ていた医者が、大声を上げて罵ってきたのです。
『お前は魔道の使い手。悪魔の子か!』と」
「そんな……! なんてことを!」
「致し方ありません」
諦めたようなざらめさんの言葉に、輝一さんも口をつぐんだ。
……なぜだろう。
なぜそこまで、魔法が忌み嫌われているんだ?
過去に、魔法に関する悪い出来事があった。もしくは、宗教上の理由か?
「その後は、必死でした。生まれたばかりのあなたを抱えて、父上に連れられて逃げだしたのです。
どのように逃げたのかは……正直、はっきりとは覚えていません」
「父上、が……」
「……途中で、私たちを逃がすために囮になってくださいました。
以来……行方はわからないままです」
そこで一旦切ったざらめさんが、天井を見上げる。
気持ちを落ちつかせるように、深呼吸を何度かしていた。
……謎が多い過去だ。
餡月郷では、メローリア出身者の移住は固く禁じられている。
なら……二人は、いったいどうやって?




