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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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妙な温もりを感じた。

 妙な温もりを感じた。

 激痛が、だんだんと薄れていく。


 ……なんでだ?


「まだ行ってはいけません」


 不鮮明な視界の中、ぼんやりと浮かびあがる人の顔。


 ……だれだろう。

 声も、聞きおぼえがあるはずなのに、わからない。


「必ず助けます。だから……っがんばってください!」


 優しい声だった。


 ……温かくて、心地いい。


 その感覚を最後に、また意識が闇に沈んだ。


 ◇◇◇


 次に気づいたとき、僕はなにもないところに立っていた。

 白くぼんやりとしていて、まるで霧が立ちこめているかのようだった。


 ……また、わけのわからないところに来たな。


 痛みも、不思議な温かさも感じない。

 あれは、本当になんだったんだ?


 ……そうか。

 これはつまり、臨死体験。


 そう思った直後、前方に人の姿が見えた。

 二人。

 並んで寄りそって、こちらを見ている。


 あれは――父さんと、母さん。


 まちがいない。

 こちらを見て、二人そろって穏やかに笑っている。


 確信。

 やはりこれは、単なる夢ではない。

 体の感覚がまるでない。

 けれど、悪い気はしない。


 ……これが、死。


 行かなければならないんだな。僕も。

 足を動かそうとする……が、なぜか動かない。


 そのうち、両親が踵を返して、去っていこうとする。

 僕は、動けない。


「……父さん。母さん」


 僕は、連れていかないのか。


 二人が立ちどまり、こちらを振りかえる。

 変わらず、笑顔を浮かべていた。


 母さんの口が、なにかを言ったように動く。


 ……わからない。聞こえない。


 そして、二人はまた歩きだした。

 まもなく、激しい光が二人を包んで――見えなくなった。


 ◇◇◇


 目を開けると、今度は木目調の天井が見えた。

 体は、布団に寝かされた状態。


 ……急に現実的な風景。


 布団から手を出して、顔の前に出してみる。

 握って開いて、を二回。

 ……ちゃんと、感覚がある。


 横になったまま、周囲を見回した。

 木造の日本家屋。見慣れた部屋。


 ……いつぞやを思いだす。

 たしか、ここに初めてきたときもこんな感覚、光景だった。



『必ず助けます』



 あの声が、脳裏に蘇る。

 今ならわかる。あの声の主は――ざらめさん。


 さらに、気づく。

 あの、温かい光が当たるような感覚。

 あれは、初めて感じるものじゃない。


 ゆっくりと、半身を起こしてみる。

 ……痛みは、まったくない。


 枕元で、なにかが「きゅーきゅー」と言っているので見てみると、あんこがいた。

 鳴きながら、こちらにすり寄ってくる。

 手の上に乗せて、その頭をつまんだりつついたりした。


「……!」


 なにかを落としたような音がして、顔を上げる。


 開けっぱなしだった障子のむこうの廊下に、目を見開いて固まったざらめさんがいた。

 足元には、水を入れていたらしい桶と、手ぬぐいが転がっている。


「あ……っああ……! よかった……!」


 彼女は、目を潤ませながら駆けより、僕の手をとった。


「具合はいかがですか? どこか痛むところは?」

「……ありません」

「そうですか……! よかった……っ本当に」


 一筋の涙を流しながら、満面の笑みを浮かべるざらめさん。

 若干青白い顔をしていて、疲れているように見える。


 ……同じ。

 この世界にきたばかりのときに、初めて見たざらめさんも青白い顔をしていた。


 あのときも今回も、僕は致命傷を受けていた。

 どちらも、きれいさっぱり治るには早すぎる。


 偶然?

 ……いいや。違う。


「今、白湯をお持ちしますね。それから、輝一にも伝えないと――」

「ありがとうございます。助けていただいて」


 ざらめさんの言葉を遮り、言った。


 立ちあがりかけた彼女は、きょとんと目を丸くした。


「僕の命を、二度も救ってくださったのは……あなたの『力』のおかげですよね」


 目を、じっと見つめる。


 ざらめさんは、落ちついていた。

 笑顔が消え、ぼんやりとした目つきになる。


 僕はそのまま、しずかに見つめつづけた。


「……妙、なんですよね」


 静寂を破り、ざらめさんがぽつりとつぶやくように言った。

 顔をうつむけ、自身の手をさすっている。


「私のこの力は……血のつながりのある人にしか、使えないはずだったんです。

 実際、輝一には使えたけれど、他の患者さんには……だめでした」


 一拍置いて、彼女が顔を上げる。


「あなたを、除いて」


 ほっとしたようにも見えるけれど、悲しそうにも見える笑顔。

 ざらめさんは、再び僕の布団の脇に座った。


 ……回復魔法、とでもいうべきなのか。


「気持ち悪いと、思われたでしょう? 私がこんな、鬼術(きじゅつ)使いだったなんて」

「……鬼術?」

「ええ。餡月郷(あんげつきょう)ではそう呼ばれています。

 メローリアでは、『魔道(まどう)』と称されて忌み嫌われていて……罵倒されるだけでは済みません」


 メローリア、では。


 彼女もあちらの事情を知っている。

 しかも、まるで体験したかのような口ぶり。


 なぜ?


 ……この姉弟は、元々移住してきた身。



(私の故郷は、餡月郷だ! れっきとした餡月郷の住人だ!)



 糖明神殿(とうみょうしんでん)に戸籍を取得しにいったときに聞こえた、過去の声。

 あれは――幼い、輝一さんの声。


 なぜ、わざわざ「故郷」というワードを強調した?


 粕谷輝一。カステラ。

 海外から伝来した、「洋菓子」が元になったもの。


「……メローリアの生まれ、なんですか? あなたと輝一さんは」


 顔をうつむけたざらめさんが、間を置いたあと――かすかに、うなずいた。


 胸の奥で、ストン、となにかが落ちて、はまるような感覚。

 ……なんだか、久しぶりの感覚だ。


 次の瞬間。


 ざらめさんの背後から、輝一さんが姿を現した。


 ……包帯がとれている。

 ケガは完治――してはいないが、おおむね動けるようになった、といったところか。


「どういう……こと、ですか」

「輝一……」


 輝一さんは、極限まで目を見開き、浅くて速い呼吸をしている。


 振りかえったざらめさんは、痛みに耐えるように一度目を閉じ、唇を噛んだ。


 ……輝一さんは、知らない? なぜ?


 成り行きを見守っていると、輝一さんがこちらを見て、ざらめさんの隣に座った。


「風。よく戻ってきてくれた……肝が冷えたぞ」


 輝一さんが、疲れきったような顔で言った。


「……ご心配をおかけしました。あれからどれくらいたったのでしょうか」

「三日だ。下手人を捜索しているところだが、未だ有力な情報はない。顔は見なかったか?」

「……見ました」

「……! 本当か? 何者だ? 知っている者か?」

「あとでお話しします。それより、求肥――肥田様から連絡は?」

「肥田様……ああ。つい昨日、文が届いたらしいが――」

「日取りは?」


 身を乗りだして、のけ反る輝一さんに詰めよる。


「……今日から数えたら、四日後。御殿に参るように、とのことだ」


 身を乗りだした状態で、じっと輝一さんを見つめた。

 しばらくして、元の位置に戻り、大きく息を吐く。


 ……通った。

 練り切り様――領主様と、謁見が叶う。


 四日後。予想の範囲内。


「……ありがとうございます。こちらからは以上です」

「あ、ああ……いや、待てお前……!」


 輝一さんの表情が、次第に険しくなる。


 ……なんだ? まだなにか確認事項があったか?


「なにか?」

「なにか、じゃない! 散々人の胸の内をひっかきまわしておいて……! それはないだろう!?」

「……僕はもう大丈夫です。どうぞ、話の続きを」

「だからお前は……っ」


 輝一さんはそこで切り、「くっ」と悔しそうに言いながら歯を噛みしめ、大きく息を吐いた。


 かすかに、クスクスと笑う声が聞こえた。

 ざらめさんが、顔をそむけつつ口に手を添えて、笑っていた。


「……ごめんなさい。あまりにも……蜜森さんらしいなと思って。安心しました」


 困ったように笑う彼女を見て、僕は首を傾げるしかなかった。


 そして、ざらめさんは一旦顔をうつむけたのち、輝一さんを見た。


 輝一さんは、若干不安げに眉を垂らしていた。

 そして、座ったままざらめさんのほうへと体のむきを変える。


「……今の話は……我々がメローリアの出身というのは、本当なのですか」

「…………」

「姉上! どうかお話しください!

 私は……っこのままずっと、自分が何者なのか、わからないままではいたくはありません!」


 輝一さんが、姿勢を正し、土下座する。


「どうか、お願いいたします。どんな真実があろうと、この身で受けとめます。

 決して姉上を責めはしません」


 頭を下げた輝一さんを見たざらめさんは、あきらかに動揺していた。

 目を泳がせて、身じろぎしている。


 沈黙に耐えられなかったのか、肩の上のあんこが、そわそわしながら様子をうかがっている。


 ……こればかりは、急かすわけにはいかない話だ。

 僕はひたすら、無言で成り行きを見守った。


「……あのときのことは……未だに、夢に見ます」


 ざらめさんが、ぽつりと声をもらした。


 輝一さんが顔を上げ、はっとした顔になる。


「真実を、話します。あなたにとっては受けとめがたい話でしょうが……よいのですね?」


 キリッと表情を引きしめたざらめさんに言われ、同じく真剣な表情の輝一さんが、うなずく。


 ざらめさんは、一度目を閉じてゆっくりと息を吐いてから、また輝一さんを見た。


「……始まりは、母上があなたの出産に失敗しかけたときです」

「出産に、失敗?」

「ええ。母子ともに危険な状態に陥っている、と聞いて駆けつけたら……

 そこに、血まみれの状態で横たわっている母上と、生まれたばかりの赤ん坊がいました。

 どちらも……息はなかったように、見えました」


 ……想像するのは、容易い。

 出産は、命がけの行為だから。


「混乱して、でも、母上にも子にも死んでほしくなくて……必死になって呼びかけたのです。

 そうしたら……手の先から、突然光が湧きでてきたのです」

「光……」

「それは、二人を包み……やがて子は、息を吹きかえしたかのように産声を上げました。

 それが、あなたがこの世に生を受けた瞬間でした」

「……母上は、どうなったのですか」


 ざらめさんが目を閉じ、唇を噛んで首を横に振る。


 ……それが、彼女が初めて回復魔法を使った瞬間だったわけか。


「そのあとです。見ていた医者が、大声を上げて罵ってきたのです。

 『お前は魔道の使い手。悪魔の子か!』と」

「そんな……! なんてことを!」

「致し方ありません」


 諦めたようなざらめさんの言葉に、輝一さんも口をつぐんだ。


 ……なぜだろう。

 なぜそこまで、魔法が忌み嫌われているんだ?

 過去に、魔法に関する悪い出来事があった。もしくは、宗教上の理由か?


「その後は、必死でした。生まれたばかりのあなたを抱えて、父上に連れられて逃げだしたのです。

 どのように逃げたのかは……正直、はっきりとは覚えていません」

「父上、が……」

「……途中で、私たちを逃がすために囮になってくださいました。

 以来……行方はわからないままです」


 そこで一旦切ったざらめさんが、天井を見上げる。

 気持ちを落ちつかせるように、深呼吸を何度かしていた。


 ……謎が多い過去だ。


 餡月郷では、メローリア出身者の移住は固く禁じられている。

 なら……二人は、いったいどうやって?

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