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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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目標は達成した、けれど。

 目標は達成した、けれど。

 予想どおり、新たな問題が発生していた。


 その元凶は、家の中庭でいつものように素振りをしていた。

 数日はできるだけ安静に、と言われているにもかかわらず。


「……輝一さん」


 声をかけても、手を止めない。

 頭と左肩に包帯を巻いた状態で、ひたすら竹刀を振るっている。


「回復が遅れます」

「…………」

「今鍛えても、得られるものより失うもののほうが多いです」

「…………」


 ちっとも聞いていない。

 こうも頑固になっているのは、相手が僕だから。

 他の人の手が、絶対的に必要。


 踵を返して、町に出た。


 ……この時間、あの人はあそこにいる。

 甘味通りにある店、団子屋(だんごや)松月(しょうげつ)


「おう。有名人じゃねぇか。こっちこいよ」


 中に入った途端、目が合ったういろう先生が、ニヤニヤしながら片手を上げて振ってきた。


 むかい側の席には、探していたその人――ざらめさんがいる。

 団子を口にしたところらしく、手を口元に添えた格好で振りかえり、会釈してきた。


 彼らのテーブルに近寄ると、すぐにういろう先生が隣の空いた席に座るようにと椅子を引いた。


 長居するつもりはないので、それをスルーしてざらめさんのほうをむく。


「お願いが」

「……輝一のことですか?」


 すこし表情を曇らせたざらめさんの言葉に、うなずく。


 ういろう先生が、引いた椅子を叩いていたので、仕方なくそこに座った。


「また無理して鍛錬をしていましたか?」

「はい」

「……あれほど言ったのに」


 ざらめさんが、首を横に振って嘆く。


 そこで、みたらし団子の皿が運ばれてきて、僕の前に置かれた。


 ……みたらし団子さんのほうは、妹の三色団子さんたちに依頼済。

 分担して看護してくれているらしいから、問題ないけれど。


 肩から下りたあんこが、タレまみれの団子を興味津々に見つめている。


 ……指ではじいて、ダイブさせたらどうなるか。


 不毛な想像を振りはらいつつ、串を持ちあげて団子を一口。


「まぁ、あと一歩のところまで追いつめてからの負けだもんなぁ」

「……それもありますが、一番は『僕に止められた』というところが引っかかっているのかと」

「それがなんだってんだ? そもそも、あそこで止めねぇでどうするつもりだったんだ?

 無理があるだろ、どう考えても」

「……先生の視点からでも、そう見えましたか」

「遠目だったがな。頭からの出血に加えて、焦点が定まっていないように見えた」


 ……遠目でそれだけ診断できたのなら、十分だ。


 輝一さんは、「まだいける」などと本気で思っていたわけではないはず。

 ただの、プライドの問題だ。


「……彼の矜持が、引かせようとしなかったのではないかと」

「はぁ。俺には武士の矜持なんてものはさっぱりわかんねぇな」


 ういろう先生が投げやりに言って、団子を食べた。


 僕は、理解はできる。

 けれど、それを優先するのは、今の輝一さんにとっては最善ではない。


「あれ以来、口をきいていただけないので。くれぐれもよろしくお願いいたします」

「承知しました。こうなったら、問答無用で布団に縛りつけてでも安静にさせます」

「おーおー。おっかねぇなぁ。まぁ、安心しとけ」


 一礼する。

 あんこに残った団子を食べさせてから、席を立った。


「お前もな」

「……はい?」

「あっちこっちに気ぃ回しすぎて、自分の体のこと疎かにしねぇようにな」


 ういろう先生が、空いた串を持ちあげて、振りながら言った。


 ……そんなことをしている覚えは、まったくないのだが。


 「気をつけます」と一言言ってから、また一礼。

 店を出た。


 甘味通りを、あてもなく歩きまわる。


 ――もし次の双甘大試でも勝利をおさめられたら、すぐに御前に話をつけてやる。


 求肥さんがあの約束を守ってくれたなら、今頃領主の練り切り様に話をされているはず。

 その後、あのお方が是と言えば、日程調整に入る。


 ……一週間以内に謁見がかなえば、早いほうだな。

 連絡を待たずに、もう準備に入ったほうがいい。


 そう考え、持ちかえる甘味はなにがいいかと、あちこちを見てまわった。


 ……栄養価の高い甘味なら、輝一さんの回復の助けにもなる。

 消化のよさも考えるべきだから、葛餅や水羊羹あたりがベストか。


「蜜森さん!」


 涼菓が看板商品の涼風庵(りょうふうあん)を目指して歩いていたら、途中で声をかけられた。


 前方から歩いてくるその人――イチゴさんは、手を上げてにこやかな笑顔を浮かべて駆けよってきた。


「お疲れ様です」

「……お疲れ様です。どうされましたか」

「配達です。いやぁ、昨日のグラサージュ――いえ、双甘大試(そうかんたいし)。すごかったですね! お見それしました」


 ……この人は、やはり洋菓子寄りなんだな。


 それにしても、主審なんて大役を果たした翌日に、すぐ本業の仕事。

 仕事中毒者か。


「僕は話を聞いただけですが、連勝記録は二が最高だったとうかがっています。前人未踏ですよ。

 蜜森さんがきてからというもの……餡月郷(あんげつきょう)は大盛り上がりですね」

「……メローリア側は、どんな様子ですか」

「え? いえ……まだ顔を出していないのでなんとも。あはは……」


 イチゴさんが、顔を引きつらせて気まずそうに目を泳がせた。


 ……当然、お通夜モードだとは察する。

 特に、ショートケーキ団長の周辺。


 決着がつくあの戦いで負けた。

 上から叱責されて――進退についての話が出る可能性も、大いにある。

 後釜についた人にひっかきまわされる前に、事を進めるのがベターだな。


「……あ、そうだ。蜜森さん。実は今日、めったに手に入らない珍しい果物が入荷したんですよ」

「……珍しい果物」

「はい。見た目はトゲトゲしていて、臭――いえ、変わったにおいがするんです。

 ドリアンっていう名前なんですが、ご存じですか?」


 ……ドリアン。果物の王様。

 この世界にも存在していたのか。


 たしか、南国のフルーツのはずだけど……どこから仕入れた?


「……名前だけなら」

「ええ? 本当ですか? すごいなぁ。なんでもご存じなんですね。

 せっかくですし、よければお見せしますよ」


 イチゴさんに手招きされて、ついていった。


 ある路地裏に入ってすぐのところに、彼の荷車があった。

 人の往来の邪魔にならないように、との配慮か。


「えっと……あれ? おかしいな。まだ届けてはないはず……」


 イチゴさんは、荷車に乗せられた色とりどりのフルーツをあさって、件のドリアンを探していた。


 ……どこに届けるつもりなんだろう。この通りにある店か?

 ドリアンを使ったお菓子……は、さすがにわからない。


「すみません。ちょっとお待ちくださいね」

「……お忙しいでしょうし、またの機会でも結構ですが」

「いいえ! またの機会なんて、これを逃したらもう一生ありませんよ!

 この興奮をだれかと分かちあいたいんです!」


 イチゴさんは、カッと目を見開いて、熱意のこもった口調で言った。


 言われてみれば、たしかに。

 東京にいたときもお目にかかったことは一度もないから、見てみたい気はある。


 ……けれど、なんだろう。

 この、妙な違和感はなんだ?


 もしや……と思いつつ、イチゴさんに背をむけて、通りのほうに体をむける。


「あ! あったあった! すみません、お待たせしました。これです!」


 声がして、振りかえった。


 イチゴさんが軽くタックルしてきた。

 直後、脇腹に焼けるような痛みが走る。


 見下ろすと――左の脇腹に、短刀が刺さっていた。


 ……ああ。これか。


 イチゴさんが、その短刀を両手で持ったまま、僕を見上げてくる。


「……すみませんね。あなたに生きていられたら、困るお方がいらっしゃるんですよ……!」


 汗まみれの顔。

 捕まえようとして手を上げると、たちまちイチゴさんは手を離し、尻餅をついて転がった。


 ……力が、入らない。

 そばの壁に体を寄りかけて、ずるずるとその場に座りこんだ。


 それを確認したイチゴさんは、焦りながら荷車をつかんで、立ち去っていった。


 ……生きていられたら困るお方がいる、か。


 ならば、死んだことをちゃんと確認してから逃げるべきだ。

 イチゴさんは、どう考えても素人。


「……っ」


 遅れて、体の奥から焼けつくような痛みがやってきた。

 息をするたびに、激痛が走る。

 これは……肋骨まわりの筋肉に引っ張られているせいか。


 ……なるほど。刺されるとはこういう感覚なんだな。


 見ると、肩から飛びおりたあんこが、こちらを見ながらわたわたと焦っているように動きまわっている。


 ……凶器を抜かれなかったのが、幸いした。

 出血は多くないので、すぐ死ぬような傷ではない。

 けれど、このままではどの道危ない。


『あっちこっちに気ぃ回しすぎて、自分の体のこと疎かにしねぇようにな』


 先程の、ういろう先生の言葉が脳裏をよぎる。


 ……まだ、近くにいるはず。


「……行け」


 あんこを指で押しながら、言った。


 僕をじっと見ていたあんこは、くるっとむきを変えて、走っていった。


 激痛に耐えながら、息を吐く。


 ……ういろう先生が捕まらなかったとして。

 甘味通りを管轄にしているのは、大福さんの部隊。

 すぐに見つけてもらえば、あるいは。


 ……視界が、霞んできた。

 輝一さんの顔が目に浮かぶ。

 なぜ。


 通りの喧騒が、やけに遠くに聞こえるような気がしたのを最後に――意識を手放した。


 ◇◇◇


 その頃、輝一の家。

 輝一と大丸が、むかい合って正座していた。


「無理をするなと言われておるじゃろうて。今は体を休めるときじゃ。自重せい」

「……わかって、おります」


 輝一は、親に叱られた子のごとく、歯を噛みしめてうつむいた。

 しばらくして、大きなため息をついた大丸を、ちらりと見る。


「それをおっしゃるのなら、局長も。大ケガをされたとうかがいましたが?」

「大ケガ? だれがそんなことを。儂はこのとおりピンピンしておるぞ」


 両腕を上げて力こぶを作って見せた大丸を、輝一は不満げに目を細めて見つめた。


 輝一は、救護所でケガの手当てを受けていたため、最終戦を見ることは叶わなかった。

 だが、その内容は観戦していた部下からあとで聞いた。

 ヴィクトリウスの猛攻を身に受けておきながら、ピンピンしているわけがない。


「……蜜森とのことじゃが」


 輝一は、打って変わって真剣な表情になった大丸から目をそらした。

 今は、一番聞きたくない名だった。


「おんしを止めたのは、たしかにあやつに言われたからじゃ。

 されど、そうでなくとも儂は止めるつもりじゃった」

「……わかって、おります」


 お前の指示か、と輝一が問うたとき、風はなにも言わなかった。

 なにも言うべきではない、とわかっていたからだろう。

 そして、それはまちがいではなかった。


 ……わかっている。


 しかし、輝一の中では未だに吹っきれないままだった。

 首を振り、気持ちを切りかえようとする。


「御免!」


 部屋の外で、だれかが呼びかける声がした。


「……安倍川か?」

「失礼つかまつりまする。お二人に、急ぎの伝令がございまする」


 大丸が、すぐに自身の部下――一番隊の隊士だと気づき、立ちあがって襖を開けた。

 膝をついて頭を下げた格好の隊士が、若干息を弾ませながらそこにいた。


 ――緊急事態。


 大丸は眉を寄せ、輝一は身を乗りだした。


「なにがあった」

「……っ軍師殿が、何者かに襲撃されました!」


 ――瞬間、輝一は時が止まったような感覚をおぼえた。

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