目標は達成した、けれど。
目標は達成した、けれど。
予想どおり、新たな問題が発生していた。
その元凶は、家の中庭でいつものように素振りをしていた。
数日はできるだけ安静に、と言われているにもかかわらず。
「……輝一さん」
声をかけても、手を止めない。
頭と左肩に包帯を巻いた状態で、ひたすら竹刀を振るっている。
「回復が遅れます」
「…………」
「今鍛えても、得られるものより失うもののほうが多いです」
「…………」
ちっとも聞いていない。
こうも頑固になっているのは、相手が僕だから。
他の人の手が、絶対的に必要。
踵を返して、町に出た。
……この時間、あの人はあそこにいる。
甘味通りにある店、団子屋松月。
「おう。有名人じゃねぇか。こっちこいよ」
中に入った途端、目が合ったういろう先生が、ニヤニヤしながら片手を上げて振ってきた。
むかい側の席には、探していたその人――ざらめさんがいる。
団子を口にしたところらしく、手を口元に添えた格好で振りかえり、会釈してきた。
彼らのテーブルに近寄ると、すぐにういろう先生が隣の空いた席に座るようにと椅子を引いた。
長居するつもりはないので、それをスルーしてざらめさんのほうをむく。
「お願いが」
「……輝一のことですか?」
すこし表情を曇らせたざらめさんの言葉に、うなずく。
ういろう先生が、引いた椅子を叩いていたので、仕方なくそこに座った。
「また無理して鍛錬をしていましたか?」
「はい」
「……あれほど言ったのに」
ざらめさんが、首を横に振って嘆く。
そこで、みたらし団子の皿が運ばれてきて、僕の前に置かれた。
……みたらし団子さんのほうは、妹の三色団子さんたちに依頼済。
分担して看護してくれているらしいから、問題ないけれど。
肩から下りたあんこが、タレまみれの団子を興味津々に見つめている。
……指ではじいて、ダイブさせたらどうなるか。
不毛な想像を振りはらいつつ、串を持ちあげて団子を一口。
「まぁ、あと一歩のところまで追いつめてからの負けだもんなぁ」
「……それもありますが、一番は『僕に止められた』というところが引っかかっているのかと」
「それがなんだってんだ? そもそも、あそこで止めねぇでどうするつもりだったんだ?
無理があるだろ、どう考えても」
「……先生の視点からでも、そう見えましたか」
「遠目だったがな。頭からの出血に加えて、焦点が定まっていないように見えた」
……遠目でそれだけ診断できたのなら、十分だ。
輝一さんは、「まだいける」などと本気で思っていたわけではないはず。
ただの、プライドの問題だ。
「……彼の矜持が、引かせようとしなかったのではないかと」
「はぁ。俺には武士の矜持なんてものはさっぱりわかんねぇな」
ういろう先生が投げやりに言って、団子を食べた。
僕は、理解はできる。
けれど、それを優先するのは、今の輝一さんにとっては最善ではない。
「あれ以来、口をきいていただけないので。くれぐれもよろしくお願いいたします」
「承知しました。こうなったら、問答無用で布団に縛りつけてでも安静にさせます」
「おーおー。おっかねぇなぁ。まぁ、安心しとけ」
一礼する。
あんこに残った団子を食べさせてから、席を立った。
「お前もな」
「……はい?」
「あっちこっちに気ぃ回しすぎて、自分の体のこと疎かにしねぇようにな」
ういろう先生が、空いた串を持ちあげて、振りながら言った。
……そんなことをしている覚えは、まったくないのだが。
「気をつけます」と一言言ってから、また一礼。
店を出た。
甘味通りを、あてもなく歩きまわる。
――もし次の双甘大試でも勝利をおさめられたら、すぐに御前に話をつけてやる。
求肥さんがあの約束を守ってくれたなら、今頃領主の練り切り様に話をされているはず。
その後、あのお方が是と言えば、日程調整に入る。
……一週間以内に謁見がかなえば、早いほうだな。
連絡を待たずに、もう準備に入ったほうがいい。
そう考え、持ちかえる甘味はなにがいいかと、あちこちを見てまわった。
……栄養価の高い甘味なら、輝一さんの回復の助けにもなる。
消化のよさも考えるべきだから、葛餅や水羊羹あたりがベストか。
「蜜森さん!」
涼菓が看板商品の涼風庵を目指して歩いていたら、途中で声をかけられた。
前方から歩いてくるその人――イチゴさんは、手を上げてにこやかな笑顔を浮かべて駆けよってきた。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様です。どうされましたか」
「配達です。いやぁ、昨日のグラサージュ――いえ、双甘大試。すごかったですね! お見それしました」
……この人は、やはり洋菓子寄りなんだな。
それにしても、主審なんて大役を果たした翌日に、すぐ本業の仕事。
仕事中毒者か。
「僕は話を聞いただけですが、連勝記録は二が最高だったとうかがっています。前人未踏ですよ。
蜜森さんがきてからというもの……餡月郷は大盛り上がりですね」
「……メローリア側は、どんな様子ですか」
「え? いえ……まだ顔を出していないのでなんとも。あはは……」
イチゴさんが、顔を引きつらせて気まずそうに目を泳がせた。
……当然、お通夜モードだとは察する。
特に、ショートケーキ団長の周辺。
決着がつくあの戦いで負けた。
上から叱責されて――進退についての話が出る可能性も、大いにある。
後釜についた人にひっかきまわされる前に、事を進めるのがベターだな。
「……あ、そうだ。蜜森さん。実は今日、めったに手に入らない珍しい果物が入荷したんですよ」
「……珍しい果物」
「はい。見た目はトゲトゲしていて、臭――いえ、変わったにおいがするんです。
ドリアンっていう名前なんですが、ご存じですか?」
……ドリアン。果物の王様。
この世界にも存在していたのか。
たしか、南国のフルーツのはずだけど……どこから仕入れた?
「……名前だけなら」
「ええ? 本当ですか? すごいなぁ。なんでもご存じなんですね。
せっかくですし、よければお見せしますよ」
イチゴさんに手招きされて、ついていった。
ある路地裏に入ってすぐのところに、彼の荷車があった。
人の往来の邪魔にならないように、との配慮か。
「えっと……あれ? おかしいな。まだ届けてはないはず……」
イチゴさんは、荷車に乗せられた色とりどりのフルーツをあさって、件のドリアンを探していた。
……どこに届けるつもりなんだろう。この通りにある店か?
ドリアンを使ったお菓子……は、さすがにわからない。
「すみません。ちょっとお待ちくださいね」
「……お忙しいでしょうし、またの機会でも結構ですが」
「いいえ! またの機会なんて、これを逃したらもう一生ありませんよ!
この興奮をだれかと分かちあいたいんです!」
イチゴさんは、カッと目を見開いて、熱意のこもった口調で言った。
言われてみれば、たしかに。
東京にいたときもお目にかかったことは一度もないから、見てみたい気はある。
……けれど、なんだろう。
この、妙な違和感はなんだ?
もしや……と思いつつ、イチゴさんに背をむけて、通りのほうに体をむける。
「あ! あったあった! すみません、お待たせしました。これです!」
声がして、振りかえった。
イチゴさんが軽くタックルしてきた。
直後、脇腹に焼けるような痛みが走る。
見下ろすと――左の脇腹に、短刀が刺さっていた。
……ああ。これか。
イチゴさんが、その短刀を両手で持ったまま、僕を見上げてくる。
「……すみませんね。あなたに生きていられたら、困るお方がいらっしゃるんですよ……!」
汗まみれの顔。
捕まえようとして手を上げると、たちまちイチゴさんは手を離し、尻餅をついて転がった。
……力が、入らない。
そばの壁に体を寄りかけて、ずるずるとその場に座りこんだ。
それを確認したイチゴさんは、焦りながら荷車をつかんで、立ち去っていった。
……生きていられたら困るお方がいる、か。
ならば、死んだことをちゃんと確認してから逃げるべきだ。
イチゴさんは、どう考えても素人。
「……っ」
遅れて、体の奥から焼けつくような痛みがやってきた。
息をするたびに、激痛が走る。
これは……肋骨まわりの筋肉に引っ張られているせいか。
……なるほど。刺されるとはこういう感覚なんだな。
見ると、肩から飛びおりたあんこが、こちらを見ながらわたわたと焦っているように動きまわっている。
……凶器を抜かれなかったのが、幸いした。
出血は多くないので、すぐ死ぬような傷ではない。
けれど、このままではどの道危ない。
『あっちこっちに気ぃ回しすぎて、自分の体のこと疎かにしねぇようにな』
先程の、ういろう先生の言葉が脳裏をよぎる。
……まだ、近くにいるはず。
「……行け」
あんこを指で押しながら、言った。
僕をじっと見ていたあんこは、くるっとむきを変えて、走っていった。
激痛に耐えながら、息を吐く。
……ういろう先生が捕まらなかったとして。
甘味通りを管轄にしているのは、大福さんの部隊。
すぐに見つけてもらえば、あるいは。
……視界が、霞んできた。
輝一さんの顔が目に浮かぶ。
なぜ。
通りの喧騒が、やけに遠くに聞こえるような気がしたのを最後に――意識を手放した。
◇◇◇
その頃、輝一の家。
輝一と大丸が、むかい合って正座していた。
「無理をするなと言われておるじゃろうて。今は体を休めるときじゃ。自重せい」
「……わかって、おります」
輝一は、親に叱られた子のごとく、歯を噛みしめてうつむいた。
しばらくして、大きなため息をついた大丸を、ちらりと見る。
「それをおっしゃるのなら、局長も。大ケガをされたとうかがいましたが?」
「大ケガ? だれがそんなことを。儂はこのとおりピンピンしておるぞ」
両腕を上げて力こぶを作って見せた大丸を、輝一は不満げに目を細めて見つめた。
輝一は、救護所でケガの手当てを受けていたため、最終戦を見ることは叶わなかった。
だが、その内容は観戦していた部下からあとで聞いた。
ヴィクトリウスの猛攻を身に受けておきながら、ピンピンしているわけがない。
「……蜜森とのことじゃが」
輝一は、打って変わって真剣な表情になった大丸から目をそらした。
今は、一番聞きたくない名だった。
「おんしを止めたのは、たしかにあやつに言われたからじゃ。
されど、そうでなくとも儂は止めるつもりじゃった」
「……わかって、おります」
お前の指示か、と輝一が問うたとき、風はなにも言わなかった。
なにも言うべきではない、とわかっていたからだろう。
そして、それはまちがいではなかった。
……わかっている。
しかし、輝一の中では未だに吹っきれないままだった。
首を振り、気持ちを切りかえようとする。
「御免!」
部屋の外で、だれかが呼びかける声がした。
「……安倍川か?」
「失礼つかまつりまする。お二人に、急ぎの伝令がございまする」
大丸が、すぐに自身の部下――一番隊の隊士だと気づき、立ちあがって襖を開けた。
膝をついて頭を下げた格好の隊士が、若干息を弾ませながらそこにいた。
――緊急事態。
大丸は眉を寄せ、輝一は身を乗りだした。
「なにがあった」
「……っ軍師殿が、何者かに襲撃されました!」
――瞬間、輝一は時が止まったような感覚をおぼえた。




