勝負は終わっていなかった。
勝負は終わっていなかった。
クッキーさんは、急所に攻撃を食らったはず。
目を見開き、ぐっと歯を食いしばって……それでも、膝すらつかない。
よろめきながら後ろに数歩下がった彼に、輝一さんが木刀を突きつける。
「勝負はつきました」
「……お前……っ言っただろうがよ……」
――声色が、変わった。
「なめんなって」
「っ!?」
途端に、クッキーさんが反撃に出た。
完全に立場が逆転。
今度は、輝一さんが猛攻を受ける側になった。
「はぁっ!? あいつは不死身か!? なぜ倒れんのじゃ!?」
「輝一……! 焦るんじゃない!」
大福さんが、そう言いながら険しい表情で立ちあがる。
……先程の輝一さんの一撃。
みぞおちに当たった――かに見えたけど、位置がずれた可能性が高い。
加えて、力も。
ふわっと軽いカステラモチーフの輝一さんでは、あと一歩足りなかった。
……だとしても、あんなに激しく反撃できているのは異常だが。
猛攻を受けている輝一さんは、なんとか攻撃のチャンスを得ようとしている。
輝一さんが、体をひねって突き攻撃。
クッキーさんは、それを転がるようにしてかわした。
輝一さんの左サイドに移動。
すぐに、下から上に払うように攻撃。
前のめりになっていた輝一さんに、当たった。
――頭。
輝一さんが、よろめきながらも木刀を中段に構えた。
「勝負は、ついただろ」
「いいえ……! まだです!」
「無理すんな。ちゃんと俺が見えてるのか?」
「……っ」
輝一さんは、微妙に体を震わせながらも構えをとかない。
彼の表情は、こちらからは見えない。
けれど、クッキーさんの今のセリフからは、かなりまずい状態なのだとわかる。
「……大福さん」
「ああ」
湯飲みを置き、前をむいたまま大福さんを呼ぶ。
返事をした彼は、まだ試合中の戦場に足を踏みいれた。
足早に、輝一さんたちのところへむかっていく。
歩いている途中から、主審のイチゴさんのほうをむいて手を上げた。
「輝一」
「局長……!? お下がりください! 私はまだ――」
「ええんじゃ、もう……ようやった」
大福さんが、輝一さんの背後から片腕を回して、抱きしめるような格好をした。
体を震わせた輝一さんの腕が下がり、木刀が落ちる。
大福さんが、再びイチゴさんとアイコンタクトをした。
「……これにて、第四試合決着! 勝者、クリス・ディアマンテ様!」
会場中が、一気に沸きあがった。
当然だ。
これで、二勝二敗。
次の最終戦で、勝負が決まるのだ。
……ここまで、来てしまったか。
「輝一ぃ……!」
嘆くどら焼きさんの横を通りすぎ、控え場所から出ようとする。
「蜜森、どこへ行く?」
「……救護係を呼んできます」
どら焼きさんはケガ人。
羊羹さんは、勝ったとはいえ試合を終えた後。
僕が行くしかない。
振りかえったどら焼きさんと羊羹さんが、なぜか意外そうに目を丸くしていた。
気にせず、じたばたしていたあんこを残して、走りだした。
救護所へむかう途中、すでに担架を運びながらこちらにくるスタッフの姿を見かけた。
「頭をケガしている可能性が高いです。なるべく動かさないようにお願いします」
「承知しました!」
「ちょ、根岸さん! ちゃんと前見て!」
担架を持った二人のうち前側の人が、柱にぶつかりそうになっていた。
根岸さん……根菜類か?
他の、ちゃんとした人はいないのか。
そうして、担架に乗せられた輝一さんは、運ばれていった。
「局長が、止めに入ったのは……お前の指示か」
「…………」
運ばれる寸前、頭から血を流した状態で恨みがましい目つきで言われた。
が、僕はなにも答えなかった。
……観客席にいるはずのざらめさんが、すぐに駆けつけてくるだろう。
あとは、任せるべき。
控え場所に戻って、置いていかれたことに腹を立てていたあんこをなだめつつ、洋菓子側を見る。
……ここまで接戦になるとは。
初動は不利でも、はねのけられると自負していた。
だから、彼らはこちらの条件をのんだ。
……もう、証明されたようなものだ。
横をむくと、そこにいたはずの大福さんの姿がなかった。
すこし考えてから、そっと席を立った。
……予想どおり。
大福さんは、厠の隣、こちらに背をむけて立って、空を見上げていた。
どんよりとした曇り空。
おまけに、西から風が吹いている。
まだ弱い風なので、雨をもたらすようなものじゃない。
「荒れそうじゃな」
大福さんが、空を見上げたまま言った。
彼の隣に立って、同じように空を見上げる。
「……雨が降っても、決行する場合もあるとうかがいました」
「ああ。あまりにひどく降らんかぎりはな」
……そうはいっても、雨が降れば足場が悪くなる。
となると、スピードに難のある大福さんは、圧倒的に不利になる。
考えていると、あんこが風で遊んでいるのが視界に入った。
西をむいて、風が吹くと触手を二本上げて、煽られながら「きゅー」と、甲高い声を出している。
……そうか。
「利用しましょう」
そう言った直後、大福さんが目を丸くして、こちらを見た。
……確率は、五分といったところか。
でも、勝つ確率は――十だ。
「風が吹いても吹かなくても……勝てます」
じっと目を見て、言った。
大福さんは、しばらくきょとんとしていたが、まもなく表情を引きしめ、うなずいた。
◇◇◇
「最終、第五試合! 各々方、予熱はできておられますか!?」
イチゴさんが、ひときわ大きな声で呼びかけた。
沸きたつ観客。
ただ、戦場に立っている二人――大福さんとショートケーキ団長は、静かに見つめあっていた。
そして、うなずき合う。
「では……! 始めっ!」
イチゴさんが素早く離れる。
「うおおおお!」
大福さんが、いきなり突っこんでいった。
からの、攻撃。
ショートケーキ団長は、余裕でかわした。
その流れで反撃。
振るった木刀が、大福さんの腕に当たる。
「ああ! 局長っ!」
「騒ぐな、土井っ」
どら焼きさんは、いつもどおりいちいち反応していて、うるさい。
羊羹さんはいつもどおりしずか――かと思いきや、若干そわそわしている。
珍しい。
けれど、それも当然だった。
何度も攻撃する大福さんだが、ちっとも当たらない。
逆に、ショートケーキ団長からの攻撃は、ほとんど当たっている。
どれもまともに受けてはいないので、致命的ではない。
だけど、大福さんの動きは目に見えて鈍くなってきていた。
「いつもの威勢はどうした。やる気がないのか?」
「ふざけたことを申すな。まだまだ……っこれからじゃあ!」
挑発され、なおも当たらない攻撃を繰りかえす大福さん。
「どうしたんじゃ、局長……! このままじゃまずいぞ!」
「いや。なにかを狙っておられるのかもしれない」
「なにかって!?」
羊羹さんの言葉で、二人が同時にこちらをむく。
「…………」
じたばたと一人で騒がしくしていたあんこの頭を押さえつけ、その口にすあまの欠片を放りこんだ。
そのままなにも答えずに、じっと戦場を見た。
……もうすこし。もうすこしだ。
大福さんとショートケーキ団長が、木刀でぶつかり合う。
大福さんが前に押して、離れる。
「まだそんな力があるか……それも、ここまでだ!」
そこから、畳みかけるようなショートケーキ団長の猛攻が始まった。
大福さんは、防御姿勢をとってなんとか凌いでいる状態。
それも、長くはもたないのは明白。
「局長ぉぉ……! なんとか……なんとかせんと! なぁ、蜜森っ!」
どら焼きさんが立ちあがり、涙目で両肩をつかんできた。
その目を、ちらりと一瞥。
「……なんとか、なりますよ」
「はぁ!? この状況でなにを――」
「大福さんを信じてください」
切り捨てるように言って、黙らせる。
ぐっと息をのんだどら焼きさんは、わなわなと震えながらも椅子に座りなおした。
そのとき。
激しくぶつかるような音。
大福さんが膝をつきかけ、木刀で体を支えていた。
ショートケーキ団長の強烈な一撃が入ったか。
「……終わりだ。往生せよ!」
ショートケーキ団長が、とどめの一撃のため、木刀を高く振りあげる。
あんこの、「きゃー」という奇妙な声が聞こえた。
――一瞬、音が消えたような感覚。
そして。
「……っ!」
突風が、吹いた。
砂が巻きあげられ、視界が遮られたせいでショートケーキ団長の手が止まる。
……それを、待っていた。
大福さんの鋭い目が、ショートケーキ団長を捉える。
攻撃。
ショートケーキ団長も、遅れて木刀を振るう。
直後、彼に大福さんの渾身の一撃が直撃した。
よろめいて、数歩下がる。
大福さんは、相手の木刀がめり込んだのにけろっとしていた。
そして――ショートケーキ団長が、膝をついた。
観客席から、悲鳴が上がる。
それとほぼ同時に、ぽつぽつと雨が降りだした。
大福さんが、立ちあがれない状態のショートケーキ団長に、木刀を突きつける。
「今の一瞬を……待っていたんじゃよ」
「……っ我を、誘導していたと申すか……!?
ばかな。そなたやあの者が……っ天候などの不確実なものに、頼るなど……!」
「頼ったわけではない。風が吹かねば、正面突破の道も用意しておった」
大福さんが一旦言葉を切り、口角を上げてニヤッと笑う。
「あやつほど、抜け目がない者を儂は知らん。おんしも……そうじゃろうて」
「……っ」
ガクガクと体を震わせながら、ショートケーキ団長が木刀を持ちあげようとする。
しかし、その腕にはもはや力は入らなかった。
つかんだ木刀が、地面に落ちる。
雨に濡れながらそれを見つめ――目を閉じていた。
「…………」
ショートケーキ団長が最後になにか言ったように見えたけど、雨音のせいで聞こえなかった。
「……! こ、これにて、第五試合、決着! 勝者は甘誠組、大丸福之進様!
これをもちまして……! 本日の双甘大試、またの名をグラサージュ・マッチは、三勝二敗で――甘誠組の勝利となりましたっ!」
イチゴさんの号令。
雨の音以外はしない、静寂が下りた。
――直後。
大きな歓声が、沸きおこる。
「うおおおお! 局長ぉぉ!」
どら焼きさんと羊羹さんも、立ちあがる。
……耳をふさいでおいてよかった。
あんこも、地響きのようなそれにたまらず、僕の背中に回っていつもの襟の中に隠れた。
なにか違和感がしたので見てみると、あんこが隠れながらも触手を一本だけ上げて、旗を振っていた。
……称賛のつもりか。
耳に指を差しこんで騒音を回避しつつ、戦場を見る。
クッキーさん他洋菓子側のメンバーが何人も駆けよって、ショートケーキ団長を助けおこしていた。
大福さんは、それを見送ってから踵を返した。
ここにある手ぬぐいの在庫を確認。
……なんとか足りるか。
救護係の人も、すでに到着しているので問題なし。
「蜜森」
諸々を確認していると、羊羹さんに呼ばれた。
顔を上げると、彼に加えてどら焼きさんも、こちらを見ている。
……二人とも、なんて言ったらいいのかわからない様子。
そのまま、なにも言わなかった。
僕はただ、ゆっくりとうなずいた。




