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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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勝負は終わっていなかった。

 勝負は終わっていなかった。


 クッキーさんは、急所に攻撃を食らったはず。

 目を見開き、ぐっと歯を食いしばって……それでも、膝すらつかない。


 よろめきながら後ろに数歩下がった彼に、輝一さんが木刀を突きつける。


「勝負はつきました」

「……お前……っ言っただろうがよ……」


 ――声色が、変わった。


「なめんなって」

「っ!?」


 途端に、クッキーさんが反撃に出た。

 完全に立場が逆転。

 今度は、輝一さんが猛攻を受ける側になった。


「はぁっ!? あいつは不死身か!? なぜ倒れんのじゃ!?」

「輝一……! 焦るんじゃない!」


 大福さんが、そう言いながら険しい表情で立ちあがる。


 ……先程の輝一さんの一撃。

 みぞおちに当たった――かに見えたけど、位置がずれた可能性が高い。

 加えて、力も。

 ふわっと軽いカステラモチーフの輝一さんでは、あと一歩足りなかった。


 ……だとしても、あんなに激しく反撃できているのは異常だが。


 猛攻を受けている輝一さんは、なんとか攻撃のチャンスを得ようとしている。


 輝一さんが、体をひねって突き攻撃。

 クッキーさんは、それを転がるようにしてかわした。

 輝一さんの左サイドに移動。

 すぐに、下から上に払うように攻撃。

 前のめりになっていた輝一さんに、当たった。


 ――頭。


 輝一さんが、よろめきながらも木刀を中段に構えた。


「勝負は、ついただろ」

「いいえ……! まだです!」

「無理すんな。ちゃんと俺が見えてるのか?」

「……っ」


 輝一さんは、微妙に体を震わせながらも構えをとかない。


 彼の表情は、こちらからは見えない。

 けれど、クッキーさんの今のセリフからは、かなりまずい状態なのだとわかる。


「……大福さん」

「ああ」


 湯飲みを置き、前をむいたまま大福さんを呼ぶ。


 返事をした彼は、まだ試合中の戦場に足を踏みいれた。

 足早に、輝一さんたちのところへむかっていく。

 歩いている途中から、主審のイチゴさんのほうをむいて手を上げた。


「輝一」

「局長……!? お下がりください! 私はまだ――」

「ええんじゃ、もう……ようやった」


 大福さんが、輝一さんの背後から片腕を回して、抱きしめるような格好をした。

 体を震わせた輝一さんの腕が下がり、木刀が落ちる。


 大福さんが、再びイチゴさんとアイコンタクトをした。


「……これにて、第四試合決着! 勝者、クリス・ディアマンテ様!」


 会場中が、一気に沸きあがった。


 当然だ。

 これで、二勝二敗。

 次の最終戦で、勝負が決まるのだ。


 ……ここまで、来てしまったか。


「輝一ぃ……!」


 嘆くどら焼きさんの横を通りすぎ、控え場所から出ようとする。


「蜜森、どこへ行く?」

「……救護係を呼んできます」


 どら焼きさんはケガ人。

 羊羹さんは、勝ったとはいえ試合を終えた後。

 僕が行くしかない。


 振りかえったどら焼きさんと羊羹さんが、なぜか意外そうに目を丸くしていた。


 気にせず、じたばたしていたあんこを残して、走りだした。

 救護所へむかう途中、すでに担架を運びながらこちらにくるスタッフの姿を見かけた。


「頭をケガしている可能性が高いです。なるべく動かさないようにお願いします」

「承知しました!」

「ちょ、根岸さん! ちゃんと前見て!」


 担架を持った二人のうち前側の人が、柱にぶつかりそうになっていた。


 根岸さん……根菜類か?

 他の、ちゃんとした人はいないのか。


 そうして、担架に乗せられた輝一さんは、運ばれていった。


「局長が、止めに入ったのは……お前の指示か」

「…………」


 運ばれる寸前、頭から血を流した状態で恨みがましい目つきで言われた。

 が、僕はなにも答えなかった。


 ……観客席にいるはずのざらめさんが、すぐに駆けつけてくるだろう。

 あとは、任せるべき。


 控え場所に戻って、置いていかれたことに腹を立てていたあんこをなだめつつ、洋菓子側を見る。


 ……ここまで接戦になるとは。


 初動は不利でも、はねのけられると自負していた。

 だから、彼らはこちらの条件をのんだ。

 ……もう、証明されたようなものだ。


 横をむくと、そこにいたはずの大福さんの姿がなかった。


 すこし考えてから、そっと席を立った。


 ……予想どおり。

 大福さんは、厠の隣、こちらに背をむけて立って、空を見上げていた。


 どんよりとした曇り空。

 おまけに、西から風が吹いている。

 まだ弱い風なので、雨をもたらすようなものじゃない。


「荒れそうじゃな」


 大福さんが、空を見上げたまま言った。


 彼の隣に立って、同じように空を見上げる。


「……雨が降っても、決行する場合もあるとうかがいました」

「ああ。あまりにひどく降らんかぎりはな」


 ……そうはいっても、雨が降れば足場が悪くなる。

 となると、スピードに難のある大福さんは、圧倒的に不利になる。


 考えていると、あんこが風で遊んでいるのが視界に入った。

 西をむいて、風が吹くと触手を二本上げて、煽られながら「きゅー」と、甲高い声を出している。


 ……そうか。


「利用しましょう」


 そう言った直後、大福さんが目を丸くして、こちらを見た。


 ……確率は、五分といったところか。

 でも、勝つ確率は――十だ。


「風が吹いても吹かなくても……勝てます」


 じっと目を見て、言った。


 大福さんは、しばらくきょとんとしていたが、まもなく表情を引きしめ、うなずいた。


 ◇◇◇


「最終、第五試合! 各々方、予熱はできておられますか!?」


 イチゴさんが、ひときわ大きな声で呼びかけた。

 沸きたつ観客。


 ただ、戦場に立っている二人――大福さんとショートケーキ団長は、静かに見つめあっていた。

 そして、うなずき合う。


「では……! 始めっ!」


 イチゴさんが素早く離れる。


「うおおおお!」


 大福さんが、いきなり突っこんでいった。

 からの、攻撃。

 ショートケーキ団長は、余裕でかわした。

 その流れで反撃。

 振るった木刀が、大福さんの腕に当たる。


「ああ! 局長っ!」

「騒ぐな、土井っ」


 どら焼きさんは、いつもどおりいちいち反応していて、うるさい。


 羊羹さんはいつもどおりしずか――かと思いきや、若干そわそわしている。

 珍しい。


 けれど、それも当然だった。


 何度も攻撃する大福さんだが、ちっとも当たらない。

 逆に、ショートケーキ団長からの攻撃は、ほとんど当たっている。


 どれもまともに受けてはいないので、致命的ではない。

 だけど、大福さんの動きは目に見えて鈍くなってきていた。


「いつもの威勢はどうした。やる気がないのか?」

「ふざけたことを申すな。まだまだ……っこれからじゃあ!」


 挑発され、なおも当たらない攻撃を繰りかえす大福さん。


「どうしたんじゃ、局長……! このままじゃまずいぞ!」

「いや。なにかを狙っておられるのかもしれない」

「なにかって!?」


 羊羹さんの言葉で、二人が同時にこちらをむく。


「…………」


 じたばたと一人で騒がしくしていたあんこの頭を押さえつけ、その口にすあまの欠片を放りこんだ。

 そのままなにも答えずに、じっと戦場を見た。


 ……もうすこし。もうすこしだ。


 大福さんとショートケーキ団長が、木刀でぶつかり合う。

 大福さんが前に押して、離れる。


「まだそんな力があるか……それも、ここまでだ!」


 そこから、畳みかけるようなショートケーキ団長の猛攻が始まった。

 大福さんは、防御姿勢をとってなんとか凌いでいる状態。

 それも、長くはもたないのは明白。


「局長ぉぉ……! なんとか……なんとかせんと! なぁ、蜜森っ!」


 どら焼きさんが立ちあがり、涙目で両肩をつかんできた。


 その目を、ちらりと一瞥。


「……なんとか、なりますよ」

「はぁ!? この状況でなにを――」

「大福さんを信じてください」


 切り捨てるように言って、黙らせる。


 ぐっと息をのんだどら焼きさんは、わなわなと震えながらも椅子に座りなおした。


 そのとき。

 激しくぶつかるような音。


 大福さんが膝をつきかけ、木刀で体を支えていた。

 ショートケーキ団長の強烈な一撃が入ったか。


「……終わりだ。往生せよ!」


 ショートケーキ団長が、とどめの一撃のため、木刀を高く振りあげる。


 あんこの、「きゃー」という奇妙な声が聞こえた。


 ――一瞬、音が消えたような感覚。


 そして。


「……っ!」


 突風が、吹いた。

 砂が巻きあげられ、視界が遮られたせいでショートケーキ団長の手が止まる。


 ……それを、待っていた。


 大福さんの鋭い目が、ショートケーキ団長を捉える。

 攻撃。

 ショートケーキ団長も、遅れて木刀を振るう。

 直後、彼に大福さんの渾身の一撃が直撃した。

 よろめいて、数歩下がる。

 大福さんは、相手の木刀がめり込んだのにけろっとしていた。


 そして――ショートケーキ団長が、膝をついた。


 観客席から、悲鳴が上がる。


 それとほぼ同時に、ぽつぽつと雨が降りだした。


 大福さんが、立ちあがれない状態のショートケーキ団長に、木刀を突きつける。


「今の一瞬を……待っていたんじゃよ」

「……っ我を、誘導していたと申すか……!?

 ばかな。そなたやあの者が……っ天候などの不確実なものに、頼るなど……!」

「頼ったわけではない。風が吹かねば、正面突破の道も用意しておった」


 大福さんが一旦言葉を切り、口角を上げてニヤッと笑う。


「あやつほど、抜け目がない者を儂は知らん。おんしも……そうじゃろうて」

「……っ」


 ガクガクと体を震わせながら、ショートケーキ団長が木刀を持ちあげようとする。

 しかし、その腕にはもはや力は入らなかった。

 つかんだ木刀が、地面に落ちる。

 雨に濡れながらそれを見つめ――目を閉じていた。


「…………」


 ショートケーキ団長が最後になにか言ったように見えたけど、雨音のせいで聞こえなかった。


「……! こ、これにて、第五試合、決着! 勝者は甘誠組(かんせいぐみ)、大丸福之進様!

 これをもちまして……! 本日の双甘大試(そうかんたいし)、またの名をグラサージュ・マッチは、三勝二敗で――甘誠組の勝利となりましたっ!」


 イチゴさんの号令。

 雨の音以外はしない、静寂が下りた。


 ――直後。

 大きな歓声が、沸きおこる。


「うおおおお! 局長ぉぉ!」


 どら焼きさんと羊羹さんも、立ちあがる。


 ……耳をふさいでおいてよかった。


 あんこも、地響きのようなそれにたまらず、僕の背中に回っていつもの襟の中に隠れた。


 なにか違和感がしたので見てみると、あんこが隠れながらも触手を一本だけ上げて、旗を振っていた。

 ……称賛のつもりか。


 耳に指を差しこんで騒音を回避しつつ、戦場を見る。

 クッキーさん他洋菓子側のメンバーが何人も駆けよって、ショートケーキ団長を助けおこしていた。

 大福さんは、それを見送ってから踵を返した。


 ここにある手ぬぐいの在庫を確認。

 ……なんとか足りるか。

 救護係の人も、すでに到着しているので問題なし。


「蜜森」


 諸々を確認していると、羊羹さんに呼ばれた。


 顔を上げると、彼に加えてどら焼きさんも、こちらを見ている。

 ……二人とも、なんて言ったらいいのかわからない様子。

 そのまま、なにも言わなかった。


 僕はただ、ゆっくりとうなずいた。

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