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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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先手必勝、とはだれが言ったのか。

 先手必勝、とはだれが言ったのか。


 どら焼きさんの初撃は、見事に軽く受け止められた。

 弾きかえされ、せっかく詰めた距離がまた広がる。


 そして、二人はかまえて相手の様子をうかがっていた。

 攻撃のタイミングを計っているようだ。


 ……どちらも、隙がない。


「おめでとうございます」

「……あん?」

「ご結婚、されたそうですね?」


 シュークリームさんが、言葉とは真逆の冷めた目で言った。


「おお! なんじゃ、知ってたのか!」


 どら焼きさんが、構えたまま嬉しそうに笑った。


 ……すこしの、間。


「……おいちょっと待て! なんでお前がそれを知ってるんじゃ!?」


 遅い。

 控え場所にいる全員が、しけた煎餅をかじっているような顔をした。


 ……どら焼きさん、今日もキレがいいな。


「あなた方の情報は、いろいろ仕入れてありますよ。

 たとえば……あなたの、とてもではありませんが美人とは言いがたい奥方のこととか」


 瞬間――ぴくっと、どら焼きさんの耳が動いた。


 ……想定どおり。

 どら焼きさんが、次にどう動くかが重要。


 彼は、顔をうつむけてぷるぷると体を震わせていた。


「……許さんぞ、ワレェ!」


 どら焼きさんが、引きつった顔で木刀を振りあげ、攻撃。

 続けて、何度も。


 ……よし。


「土井殿……!」

「冷静さを欠いています。指示を」


 輝一さんが立ちあがり、みたらし団子さんが早口で僕にそう言った。


 他二人も、こちらに視線をむけている。

 ……一人、大福さんだけは、試すような顔つきだったけれど。


「……まだ、問題ありません」

「まだ?」


 それ以上答えずに、そのまま戦況を見守った。


 ……今日のお茶、いい濃さだな。


「やはり甘いですね」


 シュークリームさんは、余裕の表情。

 どら焼きさんの攻撃を、いとも簡単によけている。


 そして、次の瞬間。

 シュークリームさんが、どら焼きさんの木刀をなぎ払う。

 どら焼きさんの胴が、無防備になる。

 そこに、シュークリームさんの突き攻撃。


 あんこが、触手で目を覆った。


 当たる。

 ……いや。


 どら焼きさんは、素早く身を屈ませた。

 そのまま流れるような動きで、シュークリームさんの背後に回る。


「おお」


 大福さんが、感心したような声を上げた。


 背後に回ったどら焼きさんは、すぐに攻撃。

 シュークリームさんは、意表をつかれたようだった。

 ギリギリのところで、その攻撃を受けとめた。


「……ふん。甘いのはお前のほうじゃ。お前の行動……蜜森は読んでいたぞ」

「……っ」


 シュークリームさんが、悔しそうに歯を食いしばる。


 どら焼きさんが、シュークリームさんを見下ろすような体勢になる。


「お前の息のかかった輩は、すでにわしらが捕縛した!

 もうこれ以上、うちをひっかきまわさせんぞ!」

「……これ以上? なにをおっしゃいますか。これからだというのに」

「なに!?」


 シュークリームさんが、木刀を押しかえす。

 立場が逆になった。


「おかげで、たくさんの情報が手に入りましたから」

「はぁ!? お前……っ」


 どら焼きさんが、わずかに力を緩めた、ように見えた。


 そのときを、シュークリームさんは逃さない。

 木刀を弾くように前に強く押しだす。

 直後、下から上へと払うような攻撃。

 どら焼きさんはよけきれず、それを左腕に食らってしまった。

 すぐに飛びのいて、距離をとる。


 だらん、と垂れる、どら焼きさんの腕。

 彼は、無事だった右手だけで木刀をかまえた。


「無理は禁物ですよ。愛する奥方を守れなくなってしまっては、困るでしょう」

「……お前にはおらんのか」

「はい?」

「お前には、そういう者がおらんのじゃな。そういうことを、平気で言えるということは」


 シュークリームさんが、不愉快といわんばかりに眉をひそめる。


「言っておくがなぁ……

 わしは、しょう子さんが第一なだけで! 他にも守るべきものは、山ほど、あるんじゃあっ!」


 どら焼きさんが、木刀を振るう。

 片腕だけの力にも関わらず、シュークリームさんがよろめいた。


 ……火事場の馬鹿力。


 目を覆って見ないようにしていたあんこが、復活。

 甘誠組(かんせいぐみ)の小さな旗を取りだして、応援しはじめた。


「本当に強い者は、なぁ……! 守るもんがあるから、もっと、もっと! 強く、なれるん……じゃっ!」


 どら焼きさんが、払うような動作。

 力負けしたシュークリームさんが、後ろに跳んで距離をとろうとする。


 ――が。


 それより早く、シュークリームさんの腹にどら焼きさんの蹴りが入った。

 バランスを崩したシュークリームさん。

 そこに、どら焼きさんの攻撃。

 シュークリームさんは、よろけるように後退。

 それでもなお、木刀を構えていた。


「無理はしないほうがいいんじゃろ? 守るべきものが守れなくなるぞ」

「おかまいなく……! 私は、まだ十分戦えますから」


 その言葉は、やせ我慢ではない様子。

 大きく息を吐いたのち、背筋をのばしていた。


 ……今のを食らって、この程度か。


 目を細めて、シュークリームさんをじっと凝視。

 すると、頭の中に彼の能力値のパラメーターが浮かんできた。


 ……以前より、防御が上がっている?

 なるほど。皮を硬くしてきたか。


 こちらが感心している一方、どら焼きさんは木刀を下ろした。

 先を地面に刺して杖のようにして、ため息。


「……そうじゃろ。お前にも、守りたいもんはあるんじゃろ。

 じゃから、それを駆け引きの道具にするのは野暮にも程がある」


 どら焼きさんの言葉に、シュークリームさんがはっとしたように目を大きく開く。

 すぐに、不快そうに歯を噛みしめていた。


「……決まりましたね」

「なに? また勝負は終わっていないぞ」


 ぽつりとつぶやいた言葉に、輝一さんがすぐ反応。


 ……いや。もう決まったようなものだ。


 どら焼きさんとシュークリームさんは、互いに片腕で木刀を構えていた。


 二人が、同時に動く。

 木刀がぶつかり合った。


「おらあぁぁ!」

「……!」


 ありったけの力を込めている、どら焼きさん。

 シュークリームさんが受け流そうと、わずかに動いた。


 それが、裏目に出た。


 シュークリームさんの木刀が弾かれ、ふっ飛ぶ。

 瞬時に、彼の首にどら焼きさんが木刀の先を突きつけた。


「…………」


 唇を震わせ、なにかを言おうとするシュークリームさん。

 しかし、その腕がだらりと力なく垂れさがる。


「……っ申し訳、ありません……!」


 膝から崩れおちる。

 寸前に、どら焼きさんがシュークリームさんの体を支えた。


「なにをこの世の終わりみたいな顔しとるんじゃ。

 立て。立って、自力で歩け。謝るならそのあとじゃろ」

「……っ」


 顔をうつむけていたシュークリームさんは、ゆっくりと体を起こし、どら焼きさんの手を振りはらった。

 そして、安全な場所にいたイチゴさんへ目をむける。


「……審判」

「はい!……第一試合! これにて決着!

 勝者は、甘誠組が土井弥太郎様に決しました!」


 中央に走って移動したイチゴさんが、宣言。

 直後、歓声が沸きおこる。


「うおおおお! 隊長! さすがでございますぅぅぅ!」

「おっしゃあ! うちが勝ったぞぉぉぉ!」


 ……うるさい。

 主に、どら焼きさんの隊の人たち。


 戦場を見ると、その場にどら焼きさんがへたりこんでいた。


「……輝一さん」

「ああ」


 声をかけると、輝一さんがすぐに立ちあがり、どら焼きさんのもとに駆けよった。

 背負って運んでいこうとした輝一さんを、どら焼きさんが拒否。

 結局、肩を組んで歩くことになったらしい。


「……みたらし団子さん」

「はい。すぐに救護役を」

「それと、もうお一方」


 すぐに立ちあがって踵を返した彼女の背中に、追加の指示をすべく呼びかける。


「もうお一方?」

「はい」


 振りかえったみたらし団子さんが

困惑して僕を見た。

 しかし、しばらくして気づいたのか、はっとして、また表情を引きしめてうなずいた。


 控え場所を出ていった彼女は、まもなく救護係の人を横抱きにして連れてきた。


 もう一人のほうも……問題ない様子。

 奥の柱の陰に、ちらりと着物の裾。


 そこでやっと、輝一さんに支えられたどら焼きさんが戻ってきた。


「弥太郎、ようやったぞ。大丈夫か?」

「は、はは……この程度、なんでもありませぬ……!」


 どら焼きさんは、輝一さんの手を借りつつ、椅子に座りこんだ。


 ……額に脂汗。

 戦いが終わって、分泌されていたアドレナリンが落ちついてきてしまっている。


「弥太郎っ!」


 たまらず、隠れていたこし餡さんが、どら焼きさんに駆けよった。

 どら焼きさんは、目を丸くして驚いていた。


「しょう子さん!? なぜここにっ?」

「呼ばれたからきたんだよ! 大丈夫かい!? ケガしたんだろう!?」


 救護係の人が手当てを始めているところ、こし餡さんがそれを心配そうに見ている。


 どら焼きさんが、表情を引きしめた。

 そして、無事だった右手をのばして、彼女の頬に触れて、笑った。


「勝ったぞ……しょう子」

「……!」


 はっきりした声で、今度は呼び捨てにした。

 こし餡さんが、息をのむ。


 ……呼び捨ては、初めてか。


「ちゃんと、見ていたじゃろうな?」

「……っああ! ご立派でした! お前さま!」


 こし餡さんが、泣きそうな顔でどら焼きさんに遠慮がちに抱きついた。

 その背中に、どら焼きさんが痛みをこらえつつ、腕を回す。

 顔には、満面の笑み。


 ……救護係の人が、照れて顔をそむけていた。

 なぜか、輝一さんまで。


 夫婦は、しばらくしてから離れて、無言で互いの顔を見つめ、うなずき合った。

 そのあと、こし餡さんは立ちあがって、大福さんをはじめ僕たちに深々と頭を下げ、控え場所から出ていった。


「ええのを見せてもらったのう」

「あ……いや! 失礼つかまつりましたっ!

 ……おい、蜜森! うちのを呼んだのはお前じゃな!?」


 ニヤニヤしながら言う大福さんを見て、顔を真っ赤にしたどら焼きさん。

 気をそらそうとしてか、僕を指さした。


「……呼んだのはみたらし団子さんです」

「指示をしたのは蜜森殿です」


 あっさりとした事実報告を聞いて、どら焼きさんがキッと目を吊りあげる。


 ……別に、他意はなかったのだけれど。


「……ご褒美です」

「なにがご褒美じゃ! わしを子ども扱いするなっ!」

「余計なお世話でしたか」

「……別に! れ……礼を、言って……おくっ」


 赤くした顔で目をそらし、どら焼きさんは言った。

 近寄ってきたあんこの頭をぶにぶに押しながら、かなり小さな声で。


 その後、救護係に改めてしっかり手当てをしてもらっていた。

 ケガをした左腕は、包帯でぐるぐる巻きにされて、三角巾で吊った形にされていた。


 ……直撃したわけじゃないのに、これほどのケガ。

 シュークリームさんは、戦略だけではなく力にも重きをおいていた。

 つまり、今回の中身は、あっさりしたさわやか系ではなく、どっしりした食べごたえのあるクリームだったわけだ。


 このあとの戦いも、想定外な事態になる可能性がある。

 ……いや。それは必然か。


「よし、三葉! わしに続け!」

「はい。もちろんです」


 どら焼きさんに呼ばれ、すでに身支度を終えていたみたらし団子さんが返事。

 「少々お待ちを」と言い、八つ橋さんの肖像画の前に立って、手を合わせていた。


 次の相手はプリンさん。

 ……なぜだか、胸騒ぎがする。

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