予想外にも程がある。
予想外にも程がある。
どら焼きさんが、しずかだ。
「……おお! わしが一番槍を入れるっちゅうわけじゃな!?」
そうでもなかった。
真っ先に声を上げたのは、やはりどら焼きさん。
ただ必死に、頭を回転させていただけだったらしい。
彼のほうをむいて、うなずいた。
「必ず勝って、流れをつかんでください」
「おう! もちろんじゃ!」
どら焼きさんが腕を組んで、自信満々に力強くうなずく。
今回は、試合カードとしての相性と勝率を見た。
どら焼きさんとシュークリームさんなら、相性は90%。
和菓子・洋菓子それぞれの人気者で、どちらも中身があって完成するタイプ。
似ているからこそ、相手の持ち味を潰しやすい。
どら焼きさんの勝率は、55%。
「……次、みたらし団子さん」
「はい」
「連勝して、相手にプレッシャー――圧力をかけてください」
「承知しました」
彼女は、キリッとした表情で返事していた。
……みたらし団子さんとプリンさん。
相性82%。
こちらも、見た目と性質が似ている。
違うのは味の方向性。
みたらし団子さんが得意な、意表をつく戦い方を生かしやすいカードだ。
勝率は45%。
やや不利だけど、誤差レベル。
「次、羊羹さん。あなたで決着するのがベストです」
「べすと?」
「……理想的、です」
「……ああ。しかと心得た」
みたらし団子さんと同じく、羊羹さんが真剣な表情でうなずいた。
……つい、外来語を口にしてしまうな。
元々がそうだし、メローリアに滞在していた感覚がまだ抜けないようだ。
早いうちに修正する必要がある。
……それは、ともかく。
羊羹さんとアイスクリームさんの相性は、かなりいい。96%。
重厚でなかなか動じない羊羹さんと、軽口を叩く短気なアイスクリームさんの対比。
なにより、お菓子としての性質までも真逆だ。
理想的な戦いになりやすいと言える。
羊羹さんの勝率は、65%。
まず落ちないと思っていい。
「つまり、儂と輝一の出番はないかもしれんということか」
「それで本当にいいのか?」
輝一さんが、若干不満げに眉を下げて、身を乗りだしてくる。
……戦った上でチームの勝利に貢献したい気持ちが、人一倍ある人だから。
「……第三試合で終わるのが理想的なだけです」
相手が相手だ。
こちらの考えも、ある程度は読まれていると想定している。
輝一さんとクッキーさんでは、相性は88%。
カステラとクッキーの焼き菓子対決。お菓子的には、どちらも地味。
食感――持ち味の違いをどううまく引きだすかが重要な戦いだ。
勝率は、48%でほとんど互角。
続けて、最終戦。
ここまでいかずに終えるのに越したことはないけれど。
大福さんとショートケーキ団長。
相性は、文句なしの100%。
和菓子・洋菓子双方の代表格。
素朴さと包みこむ安定感と強さがある大福。
軽やかさや華やかさに加えてカリスマ性を持っているショートケーキ (スポンジ生地)。
和菓子と洋菓子の戦いで、これ以上にない組みあわせだ。
大福さんの勝率は、49%。
作戦がうまく噛みあえば、数値は大きく変わる。
「……今回からの形式では、その場での判断が重要になる可能性が高いです」
「ほおん。じゃから、いつもみたくこうして戦え、とは言わないんじゃな」
どら焼きさんの言葉に、うなずく。
単騎戦は、個々の技量に依存する度合いが大きい。
机上で戦い方を指示しても、まるで通用しない場合もままある。
……でも。
「勝てる順番にしました」
事前にやれることは、すべてやった。
――すこし間を置いて、大福さんが大きく息を吐いた。
「つもり、じゃのうて……そのとおり、じゃな」
輝一さん以外の、三人を見る。
「安心せい。後ろには、儂も輝一もおる。のびのび戦ってこい」
「……はっ!」
どら焼きさん、みたらし団子さん、羊羹さんが、声をそろえた。
輝一さんも、うなずいている。
話がまとまったそのタイミングで、視線を動かした。
あんこが、菓子鉢のこんぺいとうを吸いこむように食べていたが、急にもがきだした。
喉につまらせたらしい。
頭をぶにぶにと何度か押して、吐きださせる。
ふう、と息を吐くあんこを見て、思った。
調子に乗ると、痛い目を見る。
常に頭に入れておかないとな。
◇◇◇
その日の夜。
輝一さんは、中庭で素振りをしていた。
屯所でのあの会議の後、帰ってからずっとだ。
彼を見ながら、手の上に乗せたあんこをいじりながら、ある考え事をしていた。
「なにを考えている?」
輝一さんが、ようやく竹刀を下ろし、顔の汗を腕で拭った。
手ぬぐいを差しだすと、すぐ受けとってくれた。
「ようやくわかったぞ。お前は、ぼーっとしているように見えて実はいろいろ考えているのだろう?」
……当然だが。
柱に寄りかけていた体を起こしてから、うなずく。
「……なぜメローリアは、あの条件をのんでくれたのかと」
よく考えなくとも、あちら側にとっては不利な条件だとすぐにわかる。
現場の騎士団の人たちの反対意見が、スルーされた結果なのか。
それとも、なにか考えがあるのか。
「そうだな……なにがなんでもすべて単騎戦の形式に戻したかったのだろう。
アントルメ騎士団の方々は、個々の力が優れているからな」
「……そこまでですか」
「ああ。実際、すべて単騎戦だったときの戦績は……」
そこまで言って、輝一さんは苦々しげに口を閉じ、顔をうつむけて首を横に振った。
しかし、すぐに顔を上げて引きしめた表情で、素振りを再開。
「……それは、過去の話です」
輝一さんが、手を止めた。
目線は前をむいたままだったが、真剣だった表情が、わずかにほぐれたように見えた。
「ああ。そのとおりだ」
竹刀を再び下ろし、上空の月を見上げる。
今日は……上弦の月。
「次も必ず……我らが勝てる! なぁ!」
竹刀を持ちあげて月にむけた輝一さんが、そのままの体勢でこちらをむいた。
はっきり見えるように、うなずく。
満足した様子の輝一さんを、また見つめた。
……勝てる、か。
一瞬、胸の奥に砂粒が残ったような感覚。
しかし、突風が吹いて思考がかき消された。
「……! まずい。風、早く中へ」
「はい?」
輝一さんが、慌てた様子で中に上がった。
次の瞬間――大粒の雨が降りだした。
たちまち、バケツをひっくり返したような大雨に。
あんこも驚いているのか、僕にしがみつくようにして雨を見ていた。
……なんだこれは。
「輝一!……ああ、よかった。間に合ったのですね」
疑問に思っていたところ、今度はざらめさんが慌てて駆けよってきた。
中にいた輝一さんと目が合い、ほっと息をついていた。
「はい。今ちょうど強い西風が吹いたので」
「……西風」
ぽつりと繰りかえすと、輝一さんがこちらをむいてうなずいた。
「この辺りは、夏になると西から強い風が吹く。そうすると、決まってこのように雨が降るのだ」
「それにしても……ひどい降り方ですね」
ざらめさんが若干不安そうに、しきりに降る雨を見つめる。
……なるほど。雨が降る前兆か。
「……双甘大試の日にも、降ったことは?」
「あるぞ。そのときは、審判方の判断で中断するか続行するかが決められる。
日を改めて行わざるをえなくなったこともあったな」
輝一さんが、持っていた竹刀を柱に立てかけて、腕を組んで困った様子で雨を見た。
……中断、か。
そうなれば、デメリットのほうが大きい。
やむ様子のない雨を、三人で見つめつづけた。
……手ぬぐいが一枚、泥まみれになって落ちている。
気づいた輝一さんが慌てて取りにいこうとして、ざらめさんに全力で止められていた。
◇◇◇
双甘大試、当日。
これで、僕にとっては三回目。
二回目が終わってから期間が空いたせいか、控え場所の雰囲気が妙に懐かしく感じる。
違うのは、罪人になった若抹茶さんが選手登録担当から外れて、代わりの人になったくらい。
八つ橋さんもとい、橋本八重さんの肖像画も、変わりなく飾られていた。
近づいて、よく見てみる。
……ホコリをかぶっていない。
定期的に掃除されている様子。
――あなたは本当に、ショートケーキ団長の母親なのか。
実母ではない可能性もあるけれど、規則を破ったのはまぎれもない事実。
……いったい、なぜなんだ?
「蜜森! なにか気をつけておくべきことはあるか!?」
声をかけられて振りむくと、隊服姿で鉢巻きをしたどら焼きさんが、腰に手を当ててこちらを見ていた。
……なにか気をつけておくべきことはあるか、だって?
首を傾げた。
「なんじゃ、その顔は! わしの質問に答えんかい!」
「……単騎戦だから、好きにするおつもりなのかと」
「そりゃそうするつもりじゃけども! 相手について聞いてるんじゃっ!」
どら焼きさんが、戦場――のむこう側、アントルメ騎士団の控え場所を指した。
手前に、準備が整って落ちついた様子のシュークリームさんがいる。
……初戦。
がっつく必要はないと考えて、まずは守りに入ってくる可能性が高い。
攻撃がなかなか通らず、業を煮やしたどら焼きさんが見せた隙を逃さず、突いてくるはず。
加えて、シュークリームさんは若抹茶さんと手紙でやりとりをしていた張本人。
――こちらの事情はほとんど把握されている、と考えておくべき。
「……怒ってください」
「……あん?」
どら焼きさんだけじゃなく、他の四人もきょとんとしていた。
「怒ったと、見えるようにしてください」
「なんじゃ? 怒ったふりをしろ、というわけか?」
「そうしなくとも、土井はすぐに怒りだすぞ」
羊羹さんが、さらっと言った。
けれど、どら焼きさんはなんとも思っていない様子で、首を傾げている。
「養田殿の言うとおりじゃ。ふりをするどころではない気がするぞ?」
さも当然のように言う、どら焼きさん。
自覚、あったんだな。
「……心に留めおいておくだけでも、違います」
「そうか?」
「はい。僕の言葉を忘れないでください」
どら焼きさんに一歩近づいて、じっと目を見つめた。
彼は、「善処する!」と返事していた。
……本当に理解したのか、微妙だけど。
そして、どら焼きさんは顔を両手で叩いたのち、戦場に出た。
シュークリームさんも、控え場所にいるショートケーキ団長に一礼してから、戦場へ。
二人が適度に距離をつめ、止まる。
中央には、主審。今回はイチゴさんだった。
「ただいまより! 双甘大試あるいはグラサージュ・マッチを開催いたします!
本日より、単騎戦を五試合行う形式となりました!
観客の皆様、どうぞ戦士に大きな声援を!」
イチゴさんが声を張ると、会場に大声援が巻きおこった。
……洋菓子側も、今回はかなり気合入っているな。
騒音がひどい。
「土井弥太郎様、シュリオ・クレマン様! ご準備はよろしいですね?」
その号令とともに、盛りあがった会場がしずかになり、緊張に包まれる。
……今日のお茶菓子は、紅白すあまらしい。
あんこにねだられたので、さっそく手にとった。
うん……このもちっとした食感とほどよい甘さ。美味い。
「では――第一試合、始めっ!」
直後。
駆けだしたどら焼きさんに対し、シュークリームさんは――動かなかった。




