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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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予想外にも程がある。

 予想外にも程がある。

 どら焼きさんが、しずかだ。


「……おお! わしが一番槍を入れるっちゅうわけじゃな!?」


 そうでもなかった。


 真っ先に声を上げたのは、やはりどら焼きさん。

 ただ必死に、頭を回転させていただけだったらしい。


 彼のほうをむいて、うなずいた。


「必ず勝って、流れをつかんでください」

「おう! もちろんじゃ!」


 どら焼きさんが腕を組んで、自信満々に力強くうなずく。


 今回は、試合カードとしての相性と勝率を見た。

 どら焼きさんとシュークリームさんなら、相性は90%。


 和菓子・洋菓子それぞれの人気者で、どちらも中身があって完成するタイプ。

 似ているからこそ、相手の持ち味を潰しやすい。


 どら焼きさんの勝率は、55%。


「……次、みたらし団子さん」

「はい」

「連勝して、相手にプレッシャー――圧力をかけてください」

「承知しました」


 彼女は、キリッとした表情で返事していた。


 ……みたらし団子さんとプリンさん。

 相性82%。


 こちらも、見た目と性質が似ている。

 違うのは味の方向性。

 みたらし団子さんが得意な、意表をつく戦い方を生かしやすいカードだ。


 勝率は45%。

 やや不利だけど、誤差レベル。


「次、羊羹さん。あなたで決着するのがベストです」

「べすと?」

「……理想的、です」

「……ああ。しかと心得た」


 みたらし団子さんと同じく、羊羹さんが真剣な表情でうなずいた。


 ……つい、外来語を口にしてしまうな。

 元々がそうだし、メローリアに滞在していた感覚がまだ抜けないようだ。

 早いうちに修正する必要がある。


 ……それは、ともかく。


 羊羹さんとアイスクリームさんの相性は、かなりいい。96%。


 重厚でなかなか動じない羊羹さんと、軽口を叩く短気なアイスクリームさんの対比。

 なにより、お菓子としての性質までも真逆だ。

 理想的な戦いになりやすいと言える。


 羊羹さんの勝率は、65%。

 まず落ちないと思っていい。


「つまり、儂と輝一の出番はないかもしれんということか」

「それで本当にいいのか?」


 輝一さんが、若干不満げに眉を下げて、身を乗りだしてくる。

 ……戦った上でチームの勝利に貢献したい気持ちが、人一倍ある人だから。


「……第三試合で終わるのが理想的なだけです」


 相手が相手だ。

 こちらの考えも、ある程度は読まれていると想定している。


 輝一さんとクッキーさんでは、相性は88%。


 カステラとクッキーの焼き菓子対決。お菓子的には、どちらも地味。

 食感――持ち味の違いをどううまく引きだすかが重要な戦いだ。


 勝率は、48%でほとんど互角。


 続けて、最終戦。

 ここまでいかずに終えるのに越したことはないけれど。


 大福さんとショートケーキ団長。

 相性は、文句なしの100%。


 和菓子・洋菓子双方の代表格。

 素朴さと包みこむ安定感と強さがある大福。

 軽やかさや華やかさに加えてカリスマ性を持っているショートケーキ (スポンジ生地)。

 和菓子と洋菓子の戦いで、これ以上にない組みあわせだ。


 大福さんの勝率は、49%。

 作戦がうまく噛みあえば、数値は大きく変わる。


「……今回からの形式では、その場での判断が重要になる可能性が高いです」

「ほおん。じゃから、いつもみたくこうして戦え、とは言わないんじゃな」


 どら焼きさんの言葉に、うなずく。


 単騎戦は、個々の技量に依存する度合いが大きい。

 机上で戦い方を指示しても、まるで通用しない場合もままある。


 ……でも。


「勝てる順番にしました」


 事前にやれることは、すべてやった。


 ――すこし間を置いて、大福さんが大きく息を吐いた。


「つもり、じゃのうて……そのとおり、じゃな」


 輝一さん以外の、三人を見る。


「安心せい。後ろには、儂も輝一もおる。のびのび戦ってこい」

「……はっ!」


 どら焼きさん、みたらし団子さん、羊羹さんが、声をそろえた。

 輝一さんも、うなずいている。


 話がまとまったそのタイミングで、視線を動かした。


 あんこが、菓子鉢のこんぺいとうを吸いこむように食べていたが、急にもがきだした。

 喉につまらせたらしい。


 頭をぶにぶにと何度か押して、吐きださせる。


 ふう、と息を吐くあんこを見て、思った。


 調子に乗ると、痛い目を見る。

 常に頭に入れておかないとな。


 ◇◇◇


 その日の夜。


 輝一さんは、中庭で素振りをしていた。

 屯所でのあの会議の後、帰ってからずっとだ。


 彼を見ながら、手の上に乗せたあんこをいじりながら、ある考え事をしていた。


「なにを考えている?」


 輝一さんが、ようやく竹刀を下ろし、顔の汗を腕で拭った。

 手ぬぐいを差しだすと、すぐ受けとってくれた。


「ようやくわかったぞ。お前は、ぼーっとしているように見えて実はいろいろ考えているのだろう?」


 ……当然だが。


 柱に寄りかけていた体を起こしてから、うなずく。


「……なぜメローリアは、あの条件をのんでくれたのかと」


 よく考えなくとも、あちら側にとっては不利な条件だとすぐにわかる。

 現場の騎士団の人たちの反対意見が、スルーされた結果なのか。

 それとも、なにか考えがあるのか。


「そうだな……なにがなんでもすべて単騎戦の形式に戻したかったのだろう。

 アントルメ騎士団の方々は、個々の力が優れているからな」

「……そこまでですか」

「ああ。実際、すべて単騎戦だったときの戦績は……」


 そこまで言って、輝一さんは苦々しげに口を閉じ、顔をうつむけて首を横に振った。

 しかし、すぐに顔を上げて引きしめた表情で、素振りを再開。


「……それは、過去の話です」


 輝一さんが、手を止めた。

 目線は前をむいたままだったが、真剣だった表情が、わずかにほぐれたように見えた。


「ああ。そのとおりだ」


 竹刀を再び下ろし、上空の月を見上げる。

 今日は……上弦の月。


「次も必ず……我らが勝てる! なぁ!」


 竹刀を持ちあげて月にむけた輝一さんが、そのままの体勢でこちらをむいた。


 はっきり見えるように、うなずく。

 満足した様子の輝一さんを、また見つめた。


 ……勝てる、か。


 一瞬、胸の奥に砂粒が残ったような感覚。


 しかし、突風が吹いて思考がかき消された。


「……! まずい。風、早く中へ」

「はい?」


 輝一さんが、慌てた様子で中に上がった。


 次の瞬間――大粒の雨が降りだした。

 たちまち、バケツをひっくり返したような大雨に。


 あんこも驚いているのか、僕にしがみつくようにして雨を見ていた。


 ……なんだこれは。


「輝一!……ああ、よかった。間に合ったのですね」


 疑問に思っていたところ、今度はざらめさんが慌てて駆けよってきた。

 中にいた輝一さんと目が合い、ほっと息をついていた。


「はい。今ちょうど強い西風が吹いたので」

「……西風」


 ぽつりと繰りかえすと、輝一さんがこちらをむいてうなずいた。


「この辺りは、夏になると西から強い風が吹く。そうすると、決まってこのように雨が降るのだ」

「それにしても……ひどい降り方ですね」


 ざらめさんが若干不安そうに、しきりに降る雨を見つめる。


 ……なるほど。雨が降る前兆か。


「……双甘大試(そうかんたいし)の日にも、降ったことは?」

「あるぞ。そのときは、審判方の判断で中断するか続行するかが決められる。

 日を改めて行わざるをえなくなったこともあったな」


 輝一さんが、持っていた竹刀を柱に立てかけて、腕を組んで困った様子で雨を見た。


 ……中断、か。

 そうなれば、デメリットのほうが大きい。


 やむ様子のない雨を、三人で見つめつづけた。


 ……手ぬぐいが一枚、泥まみれになって落ちている。

 気づいた輝一さんが慌てて取りにいこうとして、ざらめさんに全力で止められていた。


 ◇◇◇


 双甘大試、当日。

 これで、僕にとっては三回目。


 二回目が終わってから期間が空いたせいか、控え場所の雰囲気が妙に懐かしく感じる。


 違うのは、罪人になった若抹茶さんが選手登録担当から外れて、代わりの人になったくらい。


 八つ橋さんもとい、橋本八重さんの肖像画も、変わりなく飾られていた。

 近づいて、よく見てみる。


 ……ホコリをかぶっていない。

 定期的に掃除されている様子。


 ――あなたは本当に、ショートケーキ団長の母親なのか。


 実母ではない可能性もあるけれど、規則を破ったのはまぎれもない事実。

 ……いったい、なぜなんだ?


「蜜森! なにか気をつけておくべきことはあるか!?」


 声をかけられて振りむくと、隊服姿で鉢巻きをしたどら焼きさんが、腰に手を当ててこちらを見ていた。


 ……なにか気をつけておくべきことはあるか、だって?


 首を傾げた。


「なんじゃ、その顔は! わしの質問に答えんかい!」

「……単騎戦だから、好きにするおつもりなのかと」

「そりゃそうするつもりじゃけども! 相手について聞いてるんじゃっ!」


 どら焼きさんが、戦場――のむこう側、アントルメ騎士団の控え場所を指した。

 手前に、準備が整って落ちついた様子のシュークリームさんがいる。


 ……初戦。

 がっつく必要はないと考えて、まずは守りに入ってくる可能性が高い。

 攻撃がなかなか通らず、業を煮やしたどら焼きさんが見せた隙を逃さず、突いてくるはず。


 加えて、シュークリームさんは若抹茶さんと手紙でやりとりをしていた張本人。

 ――こちらの事情はほとんど把握されている、と考えておくべき。


「……怒ってください」

「……あん?」


 どら焼きさんだけじゃなく、他の四人もきょとんとしていた。


「怒ったと、見えるようにしてください」

「なんじゃ? 怒ったふりをしろ、というわけか?」

「そうしなくとも、土井はすぐに怒りだすぞ」


 羊羹さんが、さらっと言った。


 けれど、どら焼きさんはなんとも思っていない様子で、首を傾げている。


「養田殿の言うとおりじゃ。ふりをするどころではない気がするぞ?」


 さも当然のように言う、どら焼きさん。


 自覚、あったんだな。


「……心に留めおいておくだけでも、違います」

「そうか?」

「はい。僕の言葉を忘れないでください」


 どら焼きさんに一歩近づいて、じっと目を見つめた。


 彼は、「善処する!」と返事していた。

 ……本当に理解したのか、微妙だけど。


 そして、どら焼きさんは顔を両手で叩いたのち、戦場に出た。


 シュークリームさんも、控え場所にいるショートケーキ団長に一礼してから、戦場へ。


 二人が適度に距離をつめ、止まる。


 中央には、主審。今回はイチゴさんだった。


「ただいまより! 双甘大試あるいはグラサージュ・マッチを開催いたします!

 本日より、単騎戦を五試合行う形式となりました!

 観客の皆様、どうぞ戦士に大きな声援を!」


 イチゴさんが声を張ると、会場に大声援が巻きおこった。


 ……洋菓子側も、今回はかなり気合入っているな。

 騒音がひどい。


「土井弥太郎様、シュリオ・クレマン様! ご準備はよろしいですね?」


 その号令とともに、盛りあがった会場がしずかになり、緊張に包まれる。


 ……今日のお茶菓子は、紅白すあまらしい。

 あんこにねだられたので、さっそく手にとった。


 うん……このもちっとした食感とほどよい甘さ。美味い。


「では――第一試合、始めっ!」


 直後。

 駆けだしたどら焼きさんに対し、シュークリームさんは――動かなかった。

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