「腑に落ちませんな」
「腑に落ちませんな」
餡月郷側の白髪の役人が、会議室全体に響くような通った声で言った。
腹の底に響くような……いい声だ。
その人は、一旦言葉を切って、お茶を一口飲んだ。
……見れば、こちら側は湯飲みで、メローリア側はティーカップ。
緑茶と紅茶だな。これも面白い。
「今の形式に変更されたのは、そちら側が持ちかけてきたのがきっかけだったはず。
それをまた、自分たちが劣勢に立たされたからといって以前の形式に戻そうなどと……
虫がよすぎるのでは?」
「劣勢? なにをおっしゃいますやら。
フィフティー・フィフティーにやっと戻っただけではありませんか」
茶色いひげの役人が、ひでをなでながら言った。
双方のプライドがぶつかり合っている。
……僕は、メローリア側の意見に賛同するけど。
「……蜜森」
「フィフティー・フィフティーとは、五分という意味です」
大福さんがうなずいて、こちらに目だけをむけてきた。
「ようわかるな? むこうに滞在していたときに習ったのか?」
「……それ以前からです」
「ほう……?」
大福さんは、若干そわそわしていて、もっと詳しく聞きたそうにしていた。
が、場をわきまえたのか、それ以上は聞いてこなかった。
「とはいえ、次も我らが勝てば、いよいよもって国の統治に関する話し合いを申し入れるべき、と考える者も多くいましてな。
あとがない、というのは事実では?」
「ご心配なく。それはありえませんので」
バチバチと、火花が散っているのが目に見える。
……話が進まない。
つい、足がパタパタ動いてしまう。
あんこがいたら、いじりまわして気を紛らわせたのに。
「……せっかくです。他の者の意見も聞きましょうか」
そう言った茶色いひげの役人と、目が合う。
「貴殿はいかがお考えですかな? 甘誠組の軍師殿」
場に、動揺の空気が一瞬で広がる。
……いいのか。
発言権はないはずだけど。
と、思っていたら、振りかえってきた白髪の役人が、にらみをきかせてきた。
そして、すぐに前にむきなおる。
「お言葉ですが。かの者はただの立会人。この場で発言する権限はありません」
「もちろんそれは存じておりますとも。
しかし、『劣勢だった』そちらの勢いを盛りかえした件の立役者ではありませんか。
意見を聞かない手は、ないかと存じますが?」
「貴様……っ」
劣勢、と強調。
右にいた若い役人が立ちあがりかけるが、白髪の役人が手で制した。
「このままでは平行線を辿る一方。『有識者』として扱うのであれば、問題はないのでは?」
言われた餡月郷の役人たちは、三人でぼそぼそと話し合い。
しばらくして、白髪の役人がこちらをむき、不服そうな顔をしつつあごを動かした。
……言ってもいい。だけど、こちらが不利になるような発言は許さない、と。
横の大福さんが、額に汗を浮かばせながら、こちらをちらちら見ていた。
「……すべてシングルスに戻すのは、反対です」
手を後ろに回した姿勢で、いつもより大きめの声を出した。
洋菓子側が、面白くなさそうに顔を引きつらせる。
「しかし……条件次第ではやぶさかではありません」
和菓子側の若い役人だけが、こちらを振りむいた。
洋菓子側は、若干ほっとしたような顔をしていた。
……どちらも、甘いな。
「条件……ですか。たとえば、どのようなものでしょう?」
「前回大会で負けた側が、事前にオーダーを相手側に開示することです」
今度は、全員がぎょっとしてこちらをむいた。
クッキーさんにいたっては、声を出しそうになったのか、素早く口に手を当てていた。
「……オーダーとは、起用順のことです」
横の困惑している大福さんに、解説。
彼はうなずきながら、こらえきれずに口角を上げていた。
「……さすがは軍師殿ですな。
その条件をこちらが飲むのであれば、交渉成立ということでよろしいですかな?」
餡月郷側の役人は、その発言には答えず、ぼそぼそと話し合いを続けた。
「……軍師。その条件がどのような効果をもたらすか、説明せよ」
「おやおや。それは野暮というものでは――」
洋菓子側の、年少者に見える役人が、小馬鹿にしたような言葉を途中で切った。
隣にいる茶色いひげの年長者に、鋭い目でにらまれたせいだ。
……裏では怖いタイプの上司なんだな。
まぁ、どうでもいい。
「……相手のオーダーを試合前に知れたら、組みあわせと戦略を考える上でかなり有利です」
クッキーさんとシュークリームさんに目をむけて、一拍置く。
「逆に、先に出す側から考えれば……囮を置くなどの戦略をとることもできます」
にらみつけてくる、二人。
……いや。怒っているのではなく、困惑している様子だ。
「ほう。つまり……オーダーを組む段階で、心理戦という名の戦いがすでに起こるようになるわけですな?」
茶色いひげの役人の言葉にうなずいてから、こちらを見てくる白髪の役人と目を合わせる。
「問題、ないのだな」
こちらには、ゆっくりと頭を下げて、答えた。
その後、餡月郷側の役人たちは、またこそこそと話し合いをしていた。
「……それを絶対条件として守っていただけるのであれば、了承いたします。
それから、起用順を開示する期日についても、改めて話し合いを求めます」
「承知いたしました。一度ガレオ王にご報告させていただき、数日以内にご返答いたします」
互いの代表者――白髪の役人と、茶色いひげの役人が席を立ち、握手を交わした。
……どちらも笑顔を浮かべているが、目は笑っていなかった。
協議の後、帰る役人たちを見送るため、外に出た。
「……はぁ。おんしには、本当に恐れ入った。あの場で堂々と意見を述べるとは」
「……聞かれたので答えただけです」
馬に乗って去っていく役人たちを見送ったあと、大福さんがため息まじりに言った。
そして、体ごとこちらをむく。
「あの条件は、相手方にも有利な面はあるようじゃな。
通るかどうかはまだわからんが……大丈夫か?」
「もちろんです」
先にオーダーを開示してもらうほうが、圧倒的に有利だ。
それを悟られず、こちらも譲歩した……ように見せなければならなかった。
事実、あちらの役人たちは食いついていたから、成立するのはほぼまちがいない。
……洋菓子側の領主は、余裕があるあまりエンターテインメント性を重視しだすようなお方。
彼らと同じく食いついてくる可能性は、かなり高い。
「いい気になるなよ」
後ろから、ドスの利いた低い声が聞こえてきた。
振りかえった先には、予想どおり、クッキーさん。
その一歩後ろには、スンとした表情のシュークリームさんもいる。
「あの条件で、自分らが完全有利になると思ったら大まちがいだからな」
「……承知しておりますが」
この人、話を聞いていなかったのか?
首を傾げていると、大福さんがクッキーさんとの間に割りこんできた。
「おんしらには借りがある。儂らになんの許可もなく、勝手に蜜森を連れていった件でなぁ」
……背中側からでも、わかる。
すごい覇気だ。
それをじかに食らっているクッキーさんとシュークリームさんが、思わず後ずさりしたのが見えた。
「安心せい。簡単には終わらせん。
たっぷり……倍以上にして返してやるつもりじゃ。
ヴィクトリウスにそう伝えておけ」
「……っ」
クッキーさんが、なにも言わず舌打ちだけして立ち去っていく。
一方、シュークリームさんも同じくなにも言わなかったが、僕を一度にらんでから踵を返した。
……なんていう、小者感。
あの二人は決してそんな人じゃない、はず。
それほど、大福さんの覇気もとい殺気がひどかったようだ。
「のう……蜜森」
「……はい」
大福さんが、振りかえる。
顔には、地獄の番人のような笑み。
「もしも今日の話がまとまれば……次の双甘大試は、どえらい戦いになるやもしれんぞ」
「……おまかせを」
うむ、と大福さんが力強く言った。
さてと……今からでも、いろいろシミュレーションしておく必要がある。
◇◇◇
数日後。
双甘大試が延期され、その日がちょうど一週間後に迫った今日。
屯所内の会議室に集まった、輝一さんを始めとする隊長たちが唖然としていた。
「……というわけなので、次から試合形式が単騎戦五試合に決まりました。
今から起用順を発表いたします」
「というわけなので、じゃないっ!」
どら焼きさんが、焦った様子で声を上げた。
……あの協議の後。
参加しなかった人たちには、「決定した段階で詳しい話をする」と言っておいたのだ。
だけど、それにしてもどうしてこんなに驚いているのか……意味不明だ。
「やはり私の懸念していたとおりだったか……!
意見を求められたからといって、本気になって意見を言うなど……!」
「落ちつけ、粕谷。お前のせいではない」
頭を抱えて嘆く輝一さんを、羊羹さんが背中をさすってなだめようとしている。
……また、彼の持病の「気にしすぎ病」の症状だな。
ここでは対処する必要はない。
「局長。なぜお止めにならなかったので?」
「そうじゃ、局長! 局長も意見を言ったのでしょうな!?」
みたらし団子さんとどら焼きさんに詰めよられ、大福さんが肩をすくめた。
「……まぁ、そう怒るな。儂も、まさか本当にあのとおりにまとまるとは思っておらんかったんじゃ」
その返答を聞いて、さらに空気が重くなる。
沈黙が下りた。
「……蜜森殿。よろしいですか」
しばらくして、みたらし団子さんがおずおずと手を上げた。
それに対し、うなずく。
「アントルメ騎士団側の起用順は、もうすでに出されているのですね?」
「はい。それを基準として、組ませていただきました」
大福さんを横目で見る。
彼がうなずきながら定位置に座ると、全員が姿勢を正した。
「……では、改めて発表いたします」
だれかがごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
僕は気にせず、淡々と発表していった。
第一試合、どら焼きさん対シュークリームさん。
第二試合、みたらし団子さん対プリンさん。
第三試合、羊羹さん対アイスクリームさん。
第四試合、輝一さん対クッキーさん。
最終第五試合、大福さん対ショートケーキ団長。
「……以上です」
言いおわったあと、すぐにはだれもなにも言わなかった。
けれど、全員が感心しているような空気は感じた。
作戦は、すでにある。
あとは――勝つだけだ。




