今になって気づいた。これは、病気か?
今になって気づいた。これは、病気か?
中庭の松の木の一部が、茶色く変色していた。
ちっとも気づかなかった。
……けれど。
今回の大会では、わずかな見逃しも許されない。
絶対に負けられない戦い――それは、今までだってそうだった。
今回との差は、重みだ。
『この件があるからといって、勝ちだけに囚われぬことだ』
求肥さんの言葉が蘇る。
……さすがは、先代局長。
饅頭さんのような指導役になってもらえたら、別の意味で戦力は飛躍的に向上するはず。
だが、惜しいことに、提案しても本人が了承しない可能性が非常に高い。
……思考がそれた。
不思議そうにこちらを見て首を傾げているあんこに気づき、頭をつまんで持ちあげ、離す。
べちょ、と音を立てて、落ちた。
触手をパタパタ動かして、なにするんだとばかりに憤慨しているあんこを見つめる。
……さて。どうするか。
アントルメ騎士団側は、ほぼ固定で第三試合にショートケーキ団長を配置してくるはず。
ならば、今回はそこに大福さんをあてがってもいい。
そうなると、一番の悩みどころは、どら焼きさんをだれと組ませるか。
輝一さんとでは、補完率が死んでいるからありえない……し……
「……なにか?」
「失礼いたしまする」
妙な気配を感じて声をかけると、すぐ目の前に、どこからか人が現れた。
彼は――みたらし団子さんのところの隊のナンバーツー、よもぎ団子さん。
……忍者か。
「隊長の命で参りました。至急、屯所にお連れするようにと」
「……承知しました」
草履を履いて、あんこを肩の上へ。
ひざまずいていたよもぎ団子さんが、しゃがんでこちらに背をむけた格好をしていた。
「……なんでしょうか」
「お乗りください。馬より早くお送りできますゆえ」
「…………」
この、ちんまりとした老人が、人を乗せた状態で、馬より早く?
……にわかには信じられなかったが、みたらし団子さんが差しむけた人だ。根拠はある。
お試しのつもりで、その背に乗ってみた。
「では。舌を噛まれませぬよう」
「よろしくお願い、し……ま、す」
言いきるより先に、よもぎ団子さんはすでに走りだしていた。
その、早いこと。
「到着いたしました」
「…………」
文字どおり、あっという間に屯所に到着。
走っている最中は、周りの景色がぶれてよく見えないほどだった。
あんこは、強制的に襟の中に収納していなければ確実に飛ばされていた。
……能ある鷹は爪を隠す。
この人も十分候補になるな。
「……ありがとうございました」
お礼を言うと、よもぎ団子さんは一礼して、足音も立てずに去っていった。
……さて。至急の用事とは、なんだ?
「来たか、蜜森。早かったな」
「……よもぎ団子さんのおかげで」
会議室には、大福さん他幹部全員がそろっていた。
みたらし団子さんを見て会釈。彼女も同じようにしていた。
「ヴィクトリウスの名で、要望書が届いた」
「……内容は?」
「双甘大試の形式について、話し合いたいことがあるとのことじゃ」
「具体的には?」
「そこまでは書いておらん。正式な協議の場で詳しく話をしたいそうじゃが……どう思う?」
……双甘大試の形式についての話し合い。
なにかしらの変更を希望している。
今の形式――第一と第二試合がダブルス戦で、最終第三試合がシングルス。
これを変えるとするなら。
「すべてシン――単騎戦にしたいと考えているのでは」
予想を口にしたが、だれ一人驚いてはいなかった。
すでにそう考えていたらしい。
腕組みをした大福さんが、うなずいた。
「十中八九、そうじゃろうなぁ」
「妙な話じゃ。負けが越している側のくせして、よくもそんな申し入れができたもんじゃ」
どら焼きさんが、鼻で笑う。
一方で、菓子鉢に月見団子よろしく積まれている、色の濃い饅頭に近づいていくあんこ。
それを目で追いながら、どら焼きさんへ視線を移す。
「……今は五分の状態では」
「じゃから! こっちが二連勝したんじゃから、むこうが負け越しているようなもんじゃろ!」
「……?」
「なんでわからんのじゃっ!」
首を傾げつつ、あんこが持ってきた饅頭を受けとった。
……この皮の硬さ。かりんとう饅頭か。
一口かじった瞬間、カリッとした食感と、黒砂糖とこし餡の風味が口の中に広がる。
あんこにちぎって与えたら、食感に驚いたのか一瞬固まって、しかしすぐに喜びの踊りをしていた。
「土井殿のおっしゃるとおり、むこうは二連敗している。
もう負けられないと考えて、あらゆる方法で自分たちを有利にしたいと思っているに違いない」
「上は、応じるのでしょうか?」
輝一さんに続いて、羊羹さんが大福さんを見て、聞いた。
振られた大福さんは、「ううむ」とうなっていた。
……上、は?
「どういう意味ですか」
饅頭を咀嚼して飲みこんでから、羊羹さんに聞いた。
「双甘大試で戦うのは我らだが、決めるのは我らではないのだ」
「そうじゃ。決定権は、白妙様にある。
もしあのお方が是と言えば、役人が派遣されて話し合いとなるはずじゃ」
……そうか。
そういえば以前、大福さんが言っていたな。
双甘大試で木刀が使われる理由。
それは、白妙様もとい練り切り様と、メローリアの領主との間で結ばれた取り決めによるものだと。
役人の間だけ――現場の者抜きで、話が進められるのか。
……その人たちが現場を十分理解しているのであれば、かまわない。
そうでなければ、ただの不合理だ。
「その話し合いに、僕らが同席することは不可能ですか?」
「いや。意見を言える立場にはないが、警護目的で立ちあうのは許されとる。
どうじゃ、蜜森。儂と同席せんか?」
「ぜひお願いいたします」
軽く頭を下げると、大福さんは満足げに二度うなずいていた。
あとは、その協議の場はどこなのか、だ。
「場所は?」
「紅の郷じゃ」
「……変更するよう申し入れましょう」
「変更?」
うなずいて、一拍置いた。
「……紅翠域には、メローリアの息がかかったお方がすくなからずいます」
真っ先に思いうかぶのは、イチゴさん。
上層部レベルの話し合いに彼らが関わってくる可能性は低いが、万に一つということもある。
「……たしかにそれは気になるな。よし。恵みの地に変更を要請するか」
大福さんの提案に、うなずく。
彼はすぐに立ちあがり、上層部へ連絡をとるため会議室を出ていった。
「……風。言っておくぞ」
「なんですか?」
「頼むから、口を出すな。
上の方々の心証を悪くすれば、なにを言われるかわかったものではない」
輝一さんが、真剣な表情をして詰めよってきた。
……なにを言っているんだろう。
自ら不利になるようなことを、するわけがない。
……必要がなければ。
「勘違いするな。お前のことは信頼している。
そうではなく……そうではなくて、だな!
損得より大事なものもあるという話だ!」
「……はぁ」
たまに意味不明なことを言うよな、この人は。
真面目すぎて、余計なことまで考えすぎている証拠だ。
……今度の双甘大試の前に一度、ざらめさんか、可能であれば饅頭さんに相談しておこう。
◇◇◇
次の双甘大試まで、一週間を切りそうになった頃。
ようやく会談が行われる運びになった。
聞けば、どうやら大会の日程自体が延期される話になっているらしい。
……妥当だな。
協議でなにか決まったとしても、それで終わるわけじゃないからな。
こちらとしても、落ちついて考える時間が増えるのはありがたい話だ。
会談の場所として、改められた恵環域にて。
餡月郷の役人三人と、メローリアの役人が同じく三人。
むかい合わせで、長テーブルについている。
こちら側は、全員髷を結って月代を整えている。
中央にいる人だけが白髪で、年長者だとわかる。
あちら側は、金髪や薄茶色の髪にかっちりした洋服。
こちらも、中央にいる人は茶色い立派なあごひげがあり、貫禄がある。
……異様だな。
「……大福さんは、なぜ髷を結わないので?」
「趣味に合わんからじゃ」
……この人らしい。
けど、それで許されるんだな。
僕と大福さんは、餡月郷側の壁ぎわに立っている。
反対のメローリア側にいるのは、クッキーさんとシュークリームさんだった。
そろって、こちらをにらんでいる。
「……ショートケーキ団長はいらっしゃらないんですね」
「しょーと?……ヴィクトリウスのことか?
まぁ、そうじゃな。口出しできる場ではないからのう」
……あの人が言い出しっぺではなかったのか。
逃げた僕をなぜか追わせなかった件といい、読みづらい人だ。
「我が主、ガレオ王の申し入れを受けていただき、感謝申し上げます」
メローリア側の役人、茶色のひげの人物が最初のあいさつをした。
「それには及びませぬ。
して……議題は、双甘大試の形式についてとおうかがいしておりますが?」
応じたのは、白髪の髷の人。
「はい。そろそろ試合形式を変えるときがやってきたと、ガレオ王はお考えなのです」
「変える、というのは……具体的には?」
「簡単です。以前の形式――五試合すべてをシングルスに戻すのです」
……やはり。
でも、和菓子側の役人は意外に思ったのか、三人でこそこそと話をしはじめた。
「……しんぐるす、とはどういう意味じゃ?」
「単騎戦です」
こそっと大福さんに聞かれて、視線はそのまま前方を見たまま、訳した。
納得したように、二度うなずく大福さん。
「昨今の試合では、こちらの無様な敗北が続いているせいでエンターテインメント性が失われつつあります」
クッキーさんとシュークリームさんが、一瞬、ぎくりと身をこわばらせた。
「えんたー……とは?」
「……娯楽です」
ぼそりと尋ねてきた大福さんが、答えを聞いて顔をしかめる。
……なるほど、理解した。
僕を同行させたのは、通訳としてだな。
「今の形式にしたのは、国民を楽しませ、興味をもつように仕向け、一人一人が自分事のように感じられるようにとの思いからでした。
しかし、あの大会はそもそも、国の統治者を決めるためのもの。
その原点に立ちかえり、安定した国家運営が行えるようにすべきではないか……
というのが、我が主のお考えです。
いかがですかな?」
問いかけられた餡月郷の役人は、再び三人でこそこそ話し合いを始めた。
……建前だな。
あちらは、これ以上負ければ沽券に関わる。
優勢だった頃の、以前の形式に戻すべきと考えるのは必然だ。
……けれど。
それはつまり、あちら側が僕の強みを――組みあわせの最適解を出す力があると、理解したということ。
誘拐して留置していたあの数日は、データをとるためのもの。
自分たち側に引き抜こうとした件は、できれば、くらいの扱いだった。
そう考えれば、ショートケーキ団長が逃げた僕へ追っ手を出さなかった理由も、説明がつく。
……なるほど。見事だな。
彼らはいったい、どこまで僕を知ったのか。
クッキーさんとシュークリームさんに、目をむける。
視線が合った瞬間にびくりと体を震わせた二人を、じっと見つめた。
……「にやけるな」と、大福さんから注意されるまで。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これで50話に到達しました!
評価、ブックマーク等での応援をいただき、本当にありがとうございます……!
大会の形式は変わるのか、どんな戦いになるのか、これからもお楽しみください。
毎日20時頃に更新しております。明日からもよろしくお願いします。




