難解なパズルのようだった。
難解なパズルのようだった。
――抹茶さんは、知っていた。
つまり、ごく一部の人たちが共同統治の話を聞いた後。
領主の練り切り様に話が上がる前に取り消された、ということになる。
『あなた方の領主に提案をする前に、立ち消えになってしまったそうです』
……あの、シュークリームさんの説明が事実であれば。
固く口をつぐんで背むけてしまった抹茶さんからは、これ以上詳しく話を聞くのは不可能。
もうすこし、別方面から調べてみる必要がある。
……が。
懸念すべき事柄が、もう一つ。
「聞きましたよ、旦那。どうやって茶吉さんが内通者だとわかったんで?」
「まさか茶吉さんが……私、どうしても信じられなくって。本当なんですか?」
目が合えば、必ずといっていいほど話しかけられるようになった。
妙な意味で有名人になってしまったらしい。
理由は、僕が若抹茶さんの件を暴いたとして、話題になっているから。
「遅かれ早かれ、世間に知られれば騒がれる。
あらぬ噂が立てられる前に、真実を話すべきと思ってなぁ。悪く思わんでくれ」
大福さんの仕業だった。
仕事に支障がなければ、問題はないけれど。
不用意に外は出歩かないようにしたほうが無難。
……それもあって、今回。
本当ならこちらから出向くべきところを、事情を説明し、家にきてもらった。
その人――饅頭さんは、キリッとした顔で、僕とむかい合って正座していた。
輝一さんが、僕の横――襖近くの下座に待機している。
「体の具合はどうなのだ」
鋭い目でこちらを見ながら、聞いてきた。
怒っているわけではないのは、わかる。
だが、あんこは怖がって、襟の中に隠れていた。
「……問題ありません。すぐご報告できず、申し訳ありませんでした」
「かまわぬ。話は耳に入っている」
饅頭さんが、ざらめさんが入れてくれたお茶を一口飲んだ。
「馬の訓練は、再開できるのか」
「……いえ。あと数日はかかると」
「問題あるではないか。その口癖を直せ」
……口癖? なにがだ。
饅頭さんが、ため息をつきながら湯飲みを置いた。
「……まぁ、敵に捕まっておきながらその程度で済んだのは、不幸中の幸いと言うべきだがな」
「……いえ」
ぼそっと否定すると、饅頭さんが眉を寄せた。
「これは、逃げたときのものです」
「何?」
「馬を速く走らせすぎて操縦不能になり、落ちました」
「…………」
饅頭さんが、黙って僕をじっと見つめる。
……表情に変化がないので、なにを考えているのかは不明だ。
と、思っていた瞬間。
饅頭さんの目に、鋭さが宿った。
「まだまだ鍛錬が必要だな」
「……はい。よろしくお願いいたします」
「いい度胸だ。治ったあかつきには……覚悟しておけ」
横から、なにかを飲みこむような音が聞こえてきたが、気にせず手をついて頭を下げた。
「用向きを話せ。そんな報告のためにわざわざ呼びつけたわけではあるまい」
「はい。お願いがあります」
そう言って、一度輝一さんを横目で見た。
……彼が、かすかにうなずいた。
「肥田様に、お伝えいただきたいことがあります」
「……肥田様に?」
「白妙様に、謁見させていただきたいと」
瞬間、饅頭さんが目を見開かせ、片眉を上げた。
同時に、人差し指がぴくりと動く。
「……何を考えている。何のためにだ」
「餡月郷にある理不尽な規則を改正したく、直接お話しさせていただきたいのです」
「……! 意味をわかっているのか。
規則とは、白妙様や歴代領主様がお決めになったもの。
それがまちがっていると言っているようなものだぞ!」
「そう解釈していただいてもかまいません」
「不敬だぞ! 口を慎め!」
怒鳴ったあと、饅頭さんはじろりと輝一さんをにらんだ。
「お前も同じ意見なのか」
「……はい」
「この、ばか者どもが!
規則とは、国、ひいては民を守るためのものだ! それを理不尽などと、どの口が言えるのだ!」
「守るために縛る必要は、皆無です」
くだらない、と今すぐにでも立ちあがって出ていきそうな饅頭さん。
彼から目を離さず、後ろに置いておいた文箱をつかんで、間にどさりと置いた。
「一般人の中にも、おかしいと思っている者は大勢います」
饅頭さんは、不愉快そうに目を細めながらも、開けた文箱の中にあった書類を手にとり、読みはじめた。
「……規則のすべてが、悪いとは言いません。
変えるべきなのは、中立地帯との交流を制限している規則です」
「…………」
饅頭さんからの反応は、ない。
次々に書類を手にとって、ひたすら文字を目で追っている。
「……この規則ができた背景は、理解できます。ですが……不合理な面が大きすぎます」
お茶を飲んで、一旦言葉を切る。
「それを、未来に生きる人たちにまで背負わせるのも含めてです」
触れ合えるけれど、くっつくことは許されない。
それは、治安維持のため。ひいては民のため。
……だけど。
そのせいで、過去にどれだけの悲劇が生まれてきたか、想像には難くない。
「……人の心が離れれば、領地の安定的運営にも影響が及びかねません。
白妙様はどうお考えなのか。それを、直接お聞きしたいのです」
書類からこちらに目線を戻した饅頭さんを、じっと見つめる。
そして、両手を床について、頭を下げた。
輝一さんも、一拍遅れて同じように。
「……本気か」
小さめの声で聞かれ、顔を上げてうなずく。
饅頭さんは、次に輝一さんを凝視した。
「……民の切実な想いを聞いて、私も同様に、なすべきことだと強く思うようになりました」
腰を低くした状態で、輝一さんが僕を一瞥。
「萬田様。どうか、お願い申し上げます」
二人そろって、頭を下げた。
饅頭さんの言葉を待つ。
「……私がお伝えしたところで、同じだぞ。軽く一蹴されるだけだ」
「理由については、同じように説明いたします。あとは、肥田様次第かと」
顔を上げ、こちらに鋭い目をむけてくる饅頭さんを、じっと見つめる。
……沈黙。
しずかになったせいか、襟の中に隠れたあんこがもぞもぞと動く感触がした。
「……いいだろう」
「……! 本当で――」
「ただし!」
バッと顔を上げて言った輝一さんの言葉を、饅頭さんが即座に遮る。
「肥田様を説得するには、この程度の理屈では不十分だぞ」
「……承知しております」
しばらく僕を見つめていた饅頭さんが、目元を若干緩めて肩を落とし、ため息をついた。
「やはり……変わり者だな」
そうつぶやいたあと、輝一さんのほうへ顔をむけた。
「苦労しているだろう」
「……いえ。もうだいぶ慣れました」
輝一さんが苦笑する。
意味はよくわからないけど……なにはともあれ。
無事、ノーマルステージはクリアした。
しかし、次のボス戦はハードどころの話ではない。
あらゆる状況、指摘されそうなことを想定した上で、交渉材料を用意しておく必要がある。
……でも、問題はない。
こちらには、「あの切り札」がある。
◇◇◇
肥田――求肥さんとの会談は、予想以上に早く実現した。
饅頭さんに話をした日から数えると、わずか四日後。
手首の捻挫が、日常生活を送る分には問題ない状態にまで回復した頃だった。
「…………」
場所は、大福さんの家。
あんこは、大福さんの妻であるつぶ餡さんに預けてある。
まもなくやってきた求肥さんは、座った途端腕を組み、不機嫌そうな顔でこちらを見た。
「……十蔵から話は聞いた。顔を見るのも久しかったもので、嬉しく思ったが……
まさか、よりにもよってその方らと関わる用件だったとはな」
……十蔵。
一瞬わからなかったが、饅頭さんの下の名前だったと思いだす。
「……どう思われますか」
「応えるまでもない」
僕の問いかけをスパッと切り捨て、嘲るように鼻で笑った。
「御前にお会いしたいなど……以後、大した成果もあげていないというのに。片腹痛いわ」
求肥さんが、大福さんに勧められた煙草盆から煙管を受けとり、吸いだした。
……絵になるな。
「おまけに、規則改正についての話をするためだと?……身の程をわきまえぬか」
小馬鹿にするような口調から、瞬時に鋭い口調になる。
あの豪胆な大福さんでさえ、肩をぴくりと震わせていたくらいだった。
「……それは、本心ですか」
「……何?」
僕の横、若干求肥さんに近い位置に座った大福さんが、ちらりと視線をむけてくる。
……顔がこわばっている理由は、不明。
「萬田様からのお話を一蹴されたなら、あなたはここにはいらっしゃらないはずでは?
応じていただき、ありがとうございます」
手をついて、軽く頭を下げる。
「……調子に乗るな。私がここにきたのは、十蔵の顔を立てるためだ」
求肥さんが、二息しか吸っていない煙管をさかさまにして、灰皿部分の縁に叩きつけて灰を落とす。
その煙管箱を手で押しかえして、立ちあがった。
「その方らの顔は見た。これでもう用はない」
そう言って、部屋を出ていこうと襖の前に移動。
手をかけた。
「成果を上げれば、よろしいのですね」
襖にかかった求肥さんの手が、止まる。
「……そうだな。だが、生半可なものでは許されんぞ」
「三連勝でいかがでしょう」
求肥さんが手を下ろし、振りかえった。
体のむきを、彼にむかって正面になるように変えて、見上げる。
「前回の双甘大試後の総括の場で、大丸局長がおっしゃっていました。
先代――肥田様の代から数えても、三連勝は未だかつてないと」
横の大福さんが、驚きと困惑を浮かべた顔をむけてきたのが、視界の端に見えた。
求肥さんは無言のまま、僕をにらみつけていた。
「成し遂げた場合……検討していただけないでしょうか」
「……簡単に申すのだな」
「簡単ではありません。だからこそ、価値があると考えます」
目を離さない。
静寂が下りる。
――しばらくして、求肥さんのほうが目をそらし、ふっと息をもらした。
「十蔵が申しておったわ。くれぐれも気をつけろ、とな」
なにを、と問う前に、求肥さんが一歩前に出て、僕に近づいた。
「いいだろう。もし次も勝利をおさめられたら、すぐに御前に話をつけてやる」
「……検討する、ではなくですか」
「そうだ」
求肥さんが、大福さんへと目を移す。
「そなたも聞いたな?」
「……! はっ」
大福さんが返事をした。
この角度からは見えないが、頭を下げた様子。
「この件があるからといって、勝ちだけに囚われぬことだ。足元をすくわれるぞ」
「……肝に銘じておきます」
求肥さんは、わずかではあるが穏やかな表情をしていた。
この場の空気も、気のせいかと思うレベルではあるが、軽くなったように感じる。
「気はあまり進まんが……期待はしている。なにより、御前がお喜びになるはずだからな。
ただでさえ今は……」
求肥さんはそこで不自然に切り、襖に手をかけた。
大福さんがすぐ立ちあがったが、目で制される。
二人そろって頭を深く下げて、見送った。
……「ただでさえ今は」? なんだ?
その答えを知る人の足音が遠ざかっていき、聞こえなくなる。
そこで、大福さんが大きく息を吐きながら足を崩し、天井を見上げた。
「おんしは……儂の寿命を縮める気か?」
「……いいえ?」
もう一度息を吐いた大福さんが、なにかに気づいたように襖のむこうに視線をむけ、姿勢を正した。
「なにをしておる?」
大福さんが声をかけてまもなく、ススス、と襖が遠慮がちに開いた。
そこにいたのは――ぼた餅さんとおはぎさん。
「失礼つかまつりました。父上」
「して、お話はまとまったので?」
「ああ。大変なほうに、のう」
大福さんが、苦笑しながらこちらを見てくる。
僕は首を傾げつつ、なぜかおはぎさんが連れていたあんこを受けとった。
……不機嫌そうだ。
この二人に弄ばれていたか。
「これからが大変じゃぞ。蜜森」
「……承知しております」
次、勝つための準備。
いつもどおり、怠らなければいいだけだ。




