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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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不快な空気が漂っている。

 不快な空気が漂っている。

 湿気が多く、肌にまとわりついてくるようだった。


 目の前にそびえたつのは、神殿への階段。


 肩の上のあんこは、落ちつかない様子で僕の肩の上を行ったり来たりしていた。


 深呼吸を一つ。

 階段を上って――母屋の中へと足を踏みいれた。


「ああ。蜜森殿。よくぞお越しくださいました」


 すぐに、若抹茶さんに出迎えられる。


 そこには――大福さんの姿もあった。


 僕と目が合うと、若抹茶さんと歓談していたときの顔のまま、うなずいた。


 ……目だけが、鋭さを帯びている。


「今、大丸様から話をうかがっておりました。大変だったそうですね」

「……はい」


 若抹茶さんがお茶を入れるために立ちあがり、背中をむける。


 大福さんと卓の角をはさんだ隣に座り、その背中を見つめて、言った。


「あなたのおかげで」

「……はい?」


 若抹茶さんが、手を止めて振りかえる。


 瞬間、大福さんの顔から笑顔が消えた。


「それはまた……どういう意味でしょうか?」

「配達人の方から聞きました。あなたに手紙を送っていた主は、暮間(くれま)俊一(しゅんいち)


 若抹茶さんから目を離さないまま、一拍置いて、再度口を開いた。


「シュークリームさん――シュリオ・クレマン氏の偽名ですね」


 しばらく見つめあっていると、若抹茶さんが目をそらし、お茶を入れる作業を再開した。


 ……まぁ、よく考えたものだ。

 ただ、「お菓子が連想できる名前ではない」時点で浮いていたから、意味はないが。


 なにも答えない若抹茶さんに対し、さらに言葉を重ねる。


「暮間という人物が本当にいるかどうか……調べればすぐにわかります」


 大福さんに顔をむけると、彼はすぐうなずいた。


「……そうでしょうね」


 若抹茶さんが、やっと口を開いた。

 元々座っていた大福さんのむかい側に座り、湯気の立つ湯飲みを僕の前に置いた。


 ただの緑茶……に、見えるけど。


「おっしゃるとおり……私は、メローリアがアントルメ騎士団のシュリオ・クレマン氏と通じておりました」


 ほほえみながらの自白。


 大福さんが、器用に片方の眉を上げた。


 ……なるほど。そうきたか。


「あっさり、お認めになるんですね」

「ええ。狩山さんが捕まったと耳にしたときから、覚悟はしておりました」

「めろ……メローリア側の指示で、蜜森のことを調べさせていたのか?」

「さようです」

「なぜじゃ? なぜ自ら動かず、狩山を使った?」


 大福さんが、右手の拳を机に叩きつけた。


「大丸様ならご存じでしょう。私は、ここから離れられません。ひとたび町中に出れば、目立ってしまいます。

 どうしたものかと考えていたところ……彼から、メローリアに移住する方法はないか、と相談されたのですよ。

 そこで、協力すればあちらに推薦すると伝えたら、一も二もなく了承していただけましてね」


 説明したあと、若抹茶さんはすました顔でお茶を飲んだ。


 ……かりんとうさんは、望んでいた移住が叶うと信じ、即座に飛びついた。

 その先に崖があるとは、気づかなかったらしい。


 ふう、と息をついた若抹茶さんが、こちらにゆっくりと体をむけた。


「逃げも隠れもいたしません。なんなりとお尋ねください」

「……そうですか」


 湯飲みを一度手にとって、片手でくるくる回したのち、飲まずにまた机に置いた。


 あんこが、僕の肩に触手をかけて、懸垂をするかのように背中側にぶら下がっている。


 ……遊んでいるのか、隠れているつもりなのか。

 なにかを、気にしているのか。


 若抹茶さんに、視線を戻す。


「……なぜですか?」


 彼を凝視した。


 しばらく、沈黙が下りる。


「……母が、父に追い出された後に入水自殺をしたときから、決意しておりました。

 代々続くこの神殿を……滅ぼしてやろうと」

「なんじゃと?」


 大福さんが、怒りをにじませた口調で聞きかえす。

 けれど、眉を寄せたその顔には、困惑の色が強く出ていた。


「母君が亡くなったのは、事故ではなかったのか?」

「そう見せかけたのですよ。父が、裏で手を回してね」

「……ばかな……」


 大福さんが、珍しくうろたえている。

 ……彼も、その捜査に関わっていたから?


甘誠組(かんせいぐみ)は、その件には?」

「調べはした。ただ、あのときは――」

双甘大試(そうかんたいし)が行われる前日。そのせいで、深追いはできなかった……

 している場合では、なかったのでしょう?」


 若抹茶さんに言われ、大福さんが返事の代わりに歯を噛みしめる。


 ……そんなタイミングだったのは、偶然か?


「なぜ父君は――茶之介(さのすけ)殿は、茶織(さおり)殿を追いだしたのじゃ?」

「……母が(べに)(さと)でメローリアの者と会っていた。そんな話を耳にしたのがきっかけでした」


 若抹茶さんは、自分の湯飲みのお茶を――そこに映った自身の顔を、じっと見つめた。


「問いつめると、母は素直に肯定したそうです。

 それに腹を立てた父が、罵詈雑言を浴びせて追いだし、死に追いやった……そういうわけです」

「……紅翠域(こうすいいき)でメローリアのお方と会う程度なら、なんの問題もないのでは?」

「おっしゃるとおりです。ですが……父には、それが許せなかったのです。

 神殿の守り人たる者が敵対している側の者と接触する。それは、『穢れ』だとして」


 能面のような顔をした若抹茶さんが、湯飲みをぐっとつかんで、お茶を一気に飲みほした。


 ……触れ合うだけでも、穢れか。

 だいぶこじらせた考え方だな。


「『穢れた者のことなど忘れろ』……それが、父の口癖でした。

 母のどこが穢れていると思いますか?」


 空の湯飲みを、強く握ったまま、僕と大福さんを見た。


 これで若抹茶さんが逮捕されれば、次代の糖明(とうみょう)神殿(しんでん)の守り人がいなくなり、彼の思惑どおりになる。


 ……いや。違う。

 「若抹茶さんが跡取りの資格を失う」だけであって、「守り人がいなくなる」わけではない。


「……あなたが罪を犯したとしても、神殿は滅びませんよ」

「たしかに。しかし……どうでしょうか。

 もしも、メローリアが覇権を握れば? それでもここは、存続していられるでしょうか?」

「……! 聞き捨てならんぞ!

 それはすなわち、我らの主たる白妙様の失脚を望んでいるということではないか!」


 大福さんが怒りをにじませ、立ちあがる。


 それを、若抹茶さんが緩慢な動作で見上げた。


「願いが叶いさえすれば、他のなにかがどうなろうと……知ったことではないわ!」


 突然の、怒気を含んだ口調。


 あんこはたちまち襟の中に隠れ、大福さんも言葉を失っていた。


 ――そこへ。


「っ!?」


 スパン、と目の前の障子が開き、外から抹茶さん――若抹茶さんの父親が乱入してきた。


 ……あんこが気にしていたのは、この人か。


 抹茶さんは、息子の若抹茶さんの前に移動。荒い息をしていた。


 しばらく、二人のにらみ合いが続いて――

 抹茶さんが、土下座した。


「すまなんだ! 茶織は、儂が殺したようなものだ!」

「……っ殺した、ようなもの?

 違う! あなたが殺したんだ! 己の妻を! 私の母を……っ!」


 若抹茶さんが立ちあがり、土下座しつづけている抹茶さんを見下ろして、歯を食いしばった。


「あなたのほうが……っ! 穢れているのは、あなたのほうだ!」

「なぜですか?」


 お茶を一口だけ飲んだあと、若抹茶さんの心の叫びにかぶせるようなかたちで、尋ねた。

 視線が、僕に集まる。


「……奥方様を追いだしたのは、なぜですか」

「なにを言っているんだ。私が今話し――」

「あなたには聞いていません」


 若抹茶さんを黙らせて、顔をすこしだけ上げた抹茶さんに、視線をむける。


 彼は、再び顔を伏せて、しばらく沈黙。

 体をぷるぷる震わせて、大きく息を吐いたのちに起きあがり、正座した。


「……信じられんでもいい。これは、儂が一生隠しとおして、墓までもっていくつもりだった」


 ごくっと、抹茶さんが唾を飲みこむ音が聞こえた。


「茶織は……メローリアの者との子を、身ごもっておった」

「……っ!?」


 若抹茶さんと大福さんが、目を見開く。


「たった一度の過ちではない。何度も逢瀬を繰りかえした結果、やっと得た愛の結晶だと。

 茶織が自ら……誇らしげに言っておった」

「……っウソです。そんなことは、ありえない!」


 若抹茶さんがよろめき、足が机の脚に当たって、湯飲みが倒れた。

 隅にあった手ぬぐいをとって、こぼれたお茶を拭きとる。


「……言ったはずだ。信じなくともよい、と」


 ゆっくりと、抹茶さんが若抹茶さんを見上げる。

 その表情は、諦めたような、失望したようなもので、まったく覇気を感じられなかった。


 そして、冷や汗をかいてうろたえる若抹茶さんから視線をはずし、続けて口を開いた。


「茶織は、愛おしそうに腹をなでながら言った。

 ここに、あの人との子がいると。あなたも当然、一緒に可愛がってくれるだろう、と。

 ……地獄に落ちるのを宣告されたかのような気分だった」


 ……倫理観の欠如。

 あるいは、極端な自己中心性のせいか。

 なんらかの精神疾患を抱えていた可能性も、なくはない。


「……奥方様は、本当に妊娠されていたのですか?」

「確証はない。しかし、メローリアの者と頻繁に会っていたのは事実だった」


 抹茶さんが、膝の上に置いた拳を、震えるほど強く握った。


「事実だろうとそうでなかろうと……っそれが世間に知られたら……それこそ、終わりだ」

「それで、母上を……!? なにも殺さずとも!」

「茶織は、みずからここを出ていったのだ! 儂が叱責すると……取り乱して、ここを飛びだした……っ」


 抹茶さんが、若抹茶さんの顔を見上げる。


「この目で、しかと見た。追いついた先で、あれが……足を滑らせて池に落ちたのを」

「……っ嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!」


 抹茶さんにむけて、若抹茶さんが腕を振りあげる。

 それを、大福さんがつかんで止めた。


「……っ嘘、だ……」


 大福さんの顔を見つめた後、若抹茶さんは、がっくりと膝からその場に崩れおちた。


 その後、大福さんがこちらを見てうなずき、外に出て応援を呼びにいった。


 呆然としている、抹茶父子を見る。


 ――事故が起こったのが冬でも、池に落ちただけで即死はしない。

 抹茶さんの、「儂が殺したようなもの」という言葉を思いだす。


 ……見届け、たんだな。


 視線をはずし、窓の外、遠くを見つめた。


 ◇◇◇


 若抹茶さんは、連行されていった。


「抹茶――茶之介様」


 それを呆然と見ていた抹茶さんに呼びかけると、虚ろな目がむけられた。


「神殿は、どうされるのですか」

「……元々、茶吉になにかあったときは、分家から養子をもらう取り決めになっていた。

 こんなことになって……それが正しく履行されるかは怪しいがな」


 抹茶さんは、投げやりにそう言って、おぼつかない足取りで母屋へとむかった。


 ……正式に後継ぎが決まって、業務の引き継ぎが終わった後。彼がどんな行動に出るかが問題だ。

 見回り頻度を見直す必要がある。


 そこで、やっとあんこが襟の中からはい出てきて、肩の上に戻ってそわそわしていた。


 あんこから抹茶さんの背中に視線を移して考えていると――ふと、思いだした。


 若抹茶さんの祖父で、抹茶さんの父が歴史書の執筆者の一人。

 だったら、裏の歴史についても詳しい可能性は、十分ある。


「……餡月郷(あんげつきょう)とメローリアで国を共同統治しようという話が出ていた件は、ご存じですか」


 問いかけると、立ちどまった抹茶さんが勢いよく振りかえった。

 その顔にあったのは、驚愕。

 そして、困惑。


「いったい、どこでそれを……!?」


 ……十分、だった。

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