耳がキーンとなった。
耳がキーンとなった。
「違うんでさぁ! 俺はなんにもやっちゃいねぇ! わかってくだせぇよ、旦那ぁ!」
「こら! 落ちつかんか!」
目を限界まで見開き、必死に叫んでいるかりんとうさん。
それを制止しようと、前に出て手をかざす大福さん。
僕は頭を振り、かりんとうさんの吐息、唾がかかりそうな位置から避難した。
声に驚いたあんこも、すでに襟の裏に素早く隠れている。
「……メローリアの方から、話はすべて聞きました」
「は?……はぁ!? まさか……あいつ! 俺のことは口外しねぇって……!
くそ! 騙しやがったな、あの野郎!」
かりんとうさんは、頭をかきむしりながらその場にうずくまった。
……理解に苦しむ。
なぜ、シュークリームさんはこんな口の軽い人を手駒に選んだのか。
「……目的は、なんですか」
「んなもん決まってるだろ。あっちに移住するためだよ」
今度は、ふてくされたようにあぐらをかいて、その膝の上に手をパシンと叩きつけた。
「商売もちっともうまくいかねぇ。金のねぇ奴はすぐ下に見られる。
自由なんてありゃしねぇ! もううんざりなんだよ!」
吐きすてて、こちらに背をむけた。
……ここでの生活がそうなら、身分に厳しいメローリアではもっと手ひどい目に遭うはずだけど。
それはともかく……違和感。
かりんとうが洋菓子の仲間に入るなんて、ありえない。
その場にしゃがみ、かりんとうさんと目線を同じ高さにする。
「……指示を出していた『クリスさん』は、あなたを移住させるつもりはなかったようですよ」
「けっ。やっぱそういうことかよ。
まぁ、こんなお縄についた身じゃ、どの道どうすることもできねぇしな」
「……やはり、そうですか」
「ああ?」
かりんとうさんが振りかえり、じろりとこちらをにらんだ。
立ちあがり、彼を見下ろす。
「あなたは、内通者ではありませんね」
かりんとうさんが、目を見開く。
大福さんも、同じく目を見開いて、こちらを見た。
「なんじゃと?」
「だ、旦那? あんたいったいなにを――」
「メローリアの方と通じて、あなたに指示を出した人がいますよね」
ひゅっと、かりんとうさんが息をのんだ。
……まちがいない。
「い……っいねぇよ、そんな奴! いるってんなら、言ってみろよ! だれだって言うんだよ!?」
「……まだ見当はついていません。でも、『あなたではない』ことは確定しています」
一旦言葉を切り、大福さんを一瞥。
「……メローリアの担当者の名前を、ご存じないわけがありませんから」
「……は?」
「先程言った『クリスさん』は、僕の誘拐に関わった人ではありません」
そう言うと、かりんとうさんはしばらくぽかんと口を半開きにして固まっていた。
しかし、次第に体をわなわなと震わせ、僕を指さした。
「お、お前ぇ! また俺にカマかけやがったな!?
どいつもこいつも……っばかにしやがって! 楽しいのか!? あぁ!?」
「楽しくはありません。とても残念です」
細めた目で、かりんとうさんを見つめる。
「すこしでも早く取り組むべきことがあったのに、先延ばしにせざるをえなくなった。
貸本屋の本を期日までに返せず、延滞料なんて余計なお金がかかってしまった。
……貴重な時間と金を、失いました」
洋菓子側の生活事情、ならびに洋菓子そのものを久しぶりに味わえたので、決して悪くはなかった。
けれど。
あのときにそうする必要は、まったくなかった。
かりんとうさんが座ったまま後ずさりしたのを、じっとりと舐めまわすように見つづけた。
「……きっちり、裁かれてください」
踵を返す。
背後で支離滅裂な言葉が聞こえたが、無視して牢を出た。
「本当か?」
後からついてきた大福さんが、しっかりと入り口を施錠してから聞いてきた。
「他に指示役がいたというのは」
「……まちがいありません」
話しながら、並んで歩きだした。
……かりんとうさんの反応を見るかぎり、確定している。
しかもその人は、かりんとうさんが口ごもるほどの人物。
発覚したらまずいと思われるような、大物?
「見当がついておらんというのは本当か?」
「……はい」
「そうか……ううむ。だれじゃろうなぁ。
他におんしの周囲にいた者の中で、怪しい者はおらんかったようじゃが……」
大福さんが、腕組みをしてすこし背中をそらせ、空を見上げながらうなった。
襟の中から出て肩の上にのったあんこを見ながら、考える。
……メローリアと通じていた、大物。
困ったものだ。
かりんとうさんに指示をしていただけの役なら、僕が知らない人物の可能性も大いにある。
……いや。待てよ。
誘拐を成功させる上で必要な要素は、人気のない道を知ることだけじゃない。
対象の僕が一人になるとき――甘誠組の人がそばにいないときを狙う必要がある。
……内部犯?
「……甘誠組の見回りのルート――道と、時間を決めたのは大福さんですか」
「ん? ああ。町衆の要望も聞いて、糖明神殿の松原殿に許可を得て決めたが」
「……松原、さん」
つまり、抹茶さんか若抹茶さん。
……なぜだ?
「どうして抹茶――松原様の許可が必要なのですか?」
「糖明神殿は、祭祀や冠婚葬祭を主導する役を負っておる。
弥太郎としょう子さんの祝言を上げたときにも、相談役になってもらったじゃろ?
言ってしまえば、白妙様の御殿の次くらいに重要とも言える場所なんじゃ」
「……だから、警護に穴がないかどうかを確認していただく必要がある、と」
「そのとおりじゃ」
大福さんがうなずきながら言った。
肩の上にいるあんこが、なぜかそわそわしている。
「……許可を出したのは、松原父子のどちらですか」
「茶吉殿じゃ」
……若抹茶さん。
あの人が、見回りルートを決めた。
つまり、甘誠組関係者以外でそれを把握している人物。
――そこで、彼の言葉を思いだした。
『純粋な血統に、別の血が入る。それを“穢れ”とする考え方です。
特に、メローリアではそういう考えが今でも根強くあると聞きます』
……あのときは、気づかなかったけれど。
神殿の守り人である若抹茶さんが、メローリアの事情を知っているのは変だ。
抹茶は、洋菓子との親和性が高い。
裏で手を組んでいたとしても、違和感はない。
立ちどまって、大きく息を吐く。
……もし、若抹茶さんを追及するとしたら。
物腰柔らかで、のらりくらりと受け流すのが得意なタイプと推測。かなり骨が折れる。
立場的な観点からも、あの口の軽いかりんとうさんでさえ口をつぐんだほど。
他の関係者を捜すべきか?
……いや。見つかったとしても、同じことだ。
「……しけってきました」
「なに? 火を入れんか。おんしが動かねば、儂らもどうしたらいいかわからんじゃろ」
背中を強めに叩かれた。
……気力が出ない、の意味で使ったつもりだったが、おおむね合っていた様子。
そうはいっても、動機が不明確だし、証拠も根拠もない。
……まずは、そこを確実に。
「……若抹茶さんたちは、神殿に常駐されているのですか?」
「基本的にはな。日用品の仕入れは、配達人に依頼して買いつけている……と、聞いたぞ」
「……配達人」
「そうじゃ。たしか、三葉もやっておったはずじゃ」
……みたらし団子さん。
たしかに、彼女は以前、副業として配達の仕事をしていた。
神殿が、みたらし団子さんが担当していた配達先だったら話は早い。
「……蜜森」
「はい」
「おんし、茶吉殿を疑っておるんか?」
急に、表情を引きしめた大福さんに見つめられる。
無意識か、落ちつかないとばかりに指をこすりあわせていた。
「……まだ、その段階ではありません」
「だが、完全な白ではない、と」
「…………」
うなずいた。
いわば、容疑者ではなく重要参考人。
「ひとまず、みたらし団子さんに話を聞いてきます」
「……そうか。今日は非番じゃから、家にいるはずじゃ。なにかわかったら知らせてくれ」
「いえ」
先に歩いていこうとした大福さんを、引きとめる。
大福さんは、立ちどまっただけで振りかえろうとしなかった。
「……お願いがあります」
そう言うと、ため息をついて肩を落としていた。
◇◇◇
大福さんに依頼の詳細を話したあと、一人でみたらし団子さんの家へとむかった。
「あ! 軍師様!」
「軍師様! お会いできて大変嬉しく思います!」
「軍師様ぁ。と、紅子ちゃん。久しぶり~」
「……こんにちは」
長屋に入った途端、外で遊んでいた三色団子さんたちに声をかけられた。
間延びした口調の白色さんに呼ばれて、あんこはなぜか挙動不審になっていた。
……紅子、か。
その名は、性別不明なこいつに合うのか合わないのか、判断はしかねるが。
そんな白色さんにあんこを預けて、緑色さんと一緒に家の中へ入る。
「姉上っ! 軍師様がお見えです!」
土間に入ってすぐに、緑色さんが声を張った。
瞬時に、みたらし団子さんが顔をのぞかせる。
「ご用ですか」
「聞きたいことがあります。お時間、いただけませんか」
「もちろんです。どうぞ」
中に通され、草履を脱いで上がる。
緑色さんは、みたらし団子さんを見てうなずき、他の二人がいる外へと出ていった。
ある一室に案内され、みたらし団子さんが一旦退室。
すぐに、お茶とお菓子を持って戻ってきた。
……福寿屋の饅頭。
「どうぞ。これくらいしかありませんが」
「……いただきます」
饅頭を手にとり、割ってみる。
シンプルなこし餡だった。まちがいない美味さ。
「……お母さんの容体はいかがですか」
「はい。今日は休んでおりますが、最近は起きあがっていられる日も多くなりました。
お医者様いわく、寛解したと」
「……そうですか」
お茶を飲みながら、みたらし団子さんへ視線をむける。
彼女はすこし悲しそうに笑って、顔をうつむけた。
「家族のためにと、必死に働いておりましたが……そのせいでかえって心労をかけてしまっていたようです」
「……よくなったのなら、問題ないのでは」
「……はい。そうですね」
顔を上げたみたらし団子さんは、ほっとしたような笑顔を浮かべていた。
そして、軽く咳払いしたのち、表情を引きしめる。
「……それで? 狩山の件ですか?」
「はい。それに関係することで。
あなたが以前、配達の仕事をしていたときに、糖明神殿あての荷物も運んでいたと聞きまして」
「糖明神殿……はい。覚えがあります」
「運んでいたのは、日用品だけですか?」
「日用品や食料です。ときどき、文もありました」
「……文」
「はい」
「その中に、若抹茶さんあてのものはありましたか」
「若抹茶?……息子の、茶吉殿のことですか?」
うなずいた。
みたらし団子さんは、拳をあごに近づけて考えこんでいる。
すこしして、思いだしたかのようにはっとした顔をむけてきた。
「ありました。茶吉殿あての文は、ほとんどいつも同じ方からでした」
「……差出人は?」
「暮間俊一殿です」
……暮間俊一?
お菓子の名前は、思いうかばない。だれだ?
「……ご存じの方ですか」
「いいえ。ただ、茶吉殿に一度お話をうかがったことがあります。
なんでも、幼き頃からの親友だそうで。
今は、紅の郷のしずかな場所でひっそりと暮らしているとか」
……餡月郷から中立地帯の紅翠域に移住?
可能なのか?
饅頭を半分かじって、咀嚼しながら考える。
若抹茶さんの親友、暮間俊一。
くれましゅんいち。クレマシュンイチ。しゅんいちくれま。しゅんいちくれ、ま……?
待て。
「どうされましたか?」
立ちあがり、みたらし団子さんの問いにも答えないまま、遠くを見つめた。




