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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第四章 共存

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つまり、僕が悪い。

 つまり、僕が悪い。

 言葉が足りなかった。


「……中立地帯の住人との深い交流を禁止した規則について。

 それを改定するための、一般人の意見を取りまとめる件です」


 そう言うと、やっと全員が、「ああ」と、思いついた様子だった。


「その件なら安心しろ。おんしが帰ってきてすぐ報告できるようにと……まとめは済んでおる」


 大福さんが、みたらし団子さんを一瞥。

 みたらし団子さんは、すぐに無言のまま立ちあがり、離れたところに置いてあった黒塗りの文箱を持ってきて、開けた。


 書類の分厚い束。

 一番上の表紙には、「領民連署(りょうみんれんしょ)願書(がんしょ)」とあった。


「……拝見します」


 一言断って、取りだした。


 ……改定に賛同する人たちの意見。

 商人、農民などさまざまな立場の人からの、いろいろなケースをもとにした意見が記録されていた。


「……反対意見は?」

「こちらだ」


 輝一さんが、別の文箱を取りだして、中の書類を差しだしてきた。

 こちらは、数枚だけ。


 ……反対する理由のほとんどが、「自由な婚姻ができるようになれば、郷を離れる者が増えて餡月郷(あんげつきょう)が衰退しないか」との懸念があるからだった。


 想定どおりだ。


「……問題ありませんね」


 その懸念は、新たに住民登録などの規定を設ければおおむね解決する。

 またそれについての協議をする必要がある、とはいえ。


 満足げにほほえんでいる五人を、見回す。

 そして、深く頭を下げた。


「仕事の合間をぬって行うのは、大変な苦労だったかと思います。

 言いだした張本人が関われず、申し訳ありませんでした」

「おいおい! なにを改まって!」


 慌てるどら焼きさんの声が聞こえてすぐに、肩をつかまれて顔を上げさせられる。


「そうじゃ、蜜森。これは、儂らにも大いに関わる件だからしたまでじゃ」

「こちらこそ、感謝している。お前が言いださなければ……思いつきもしなかった」


 大福さんに肩を叩かれ、羊羹さんに優しい言葉をかけられる。


 それに、うなずいた。


 優しい笑顔を浮かべた大福さんが、自分のあごに触りながらしげしげと僕を見る。


「改めて思うのう。蜜森の才もそうじゃが……それを見抜いて留めおいた輝一の勘の良さも。

 あっぱれと言うべきじゃな」

「いえ、そんな! 見抜いていたわけではありません!

 私はただ、身寄りがないと困っていた様子だったからそうしたまでです!

 第一、風の意見を最初に聞きいれたのは局長ではないですか!」

「うん? そうじゃったか?」


 輝一さんは、とぼけている様子の大福さんに「姉上も聞いていましたよ!」と本気になって訴えていた。


 ……たしかに。


 輝一さんが、家に置いてくれなかったら。

 大福さんが、意見を一蹴していたら。


 僕は、甘誠組(かんせいぐみ)の軍師にはなりえなかった。

 仕事にありつくため、この地を離れていた可能性もある。

 わけもわからずこの世界にやってきたばかりの、あのときが最大の分岐点だったのだ。


 ……面白い。非常に。


「と、いうわけじゃ。

 あとは、萬田殿から肥田様へ、話を通していただくようお伝えする必要があるが。どうする?」

「……それについては、僕から」


 大福さんに答えてから、輝一さんへと顔をむける。


「饅――萬田様に、大事な話があるとお声がけいただけますか」

「……承知した」


 輝一さんが、一瞬僕をにらんだ。

 ……つい、「饅頭さん」と呼びそうになったのに気づかれたらしい。


 もどかしい。

 だれでも自由に、菓子名を異名として呼ばせてもらえたら、判別がしやすいのに。


「……その次、肥田様とお話しするときは、大福さん。同行いただけますか」

「もちろんそのつもりじゃ」


 力強くうなずいた彼を見て、僕もうなずき返す。


 ……あの二人を、どう説得するか。

 ここからが正念場、と言える。


「……局長。あの者の件の報告はどうされますか」


 みたらし団子さんが、遠慮がちに小声で言った。


「あの者……ああ。そうじゃ。蜜森。おんしに伝えねばならんことがある」


 大福さんが、みたらし団子さんから僕に視線を移す。


 がらりと雰囲気が変わり、空気が一気に張りつめる感覚がした。


 ……重要な報告。

 なんとなくだが、想像はつく。


「おんしのかどわかしの件じゃ。手引きをした者を捕らえておる」


 神妙な顔で言った大福さんを見てから、新たな大福を手にとった。


 ……珍しいな。

 赤えんどう豆だけじゃなく、黒豆入りもあったらしい。


「かりんとうさんですか」

「……だれじゃ?」


 大福さんが、輝一さんに聞いた。

 他の三人も輝一さんを見るが、本人は困惑して瞬きして、首を横に振った。


 ……あんこは、赤えんどう豆入りのほうが好きらしい。


「狩山藤太郎さん、でしたか」

「おお! そうか。『かりやまとうたろう』じゃから、かりんとうか! お前はまたよく考える――

 じゃないわ! 知っとったんか!?」


 珍しく、どら焼きさんのノリツッコミが決まる。

 ……切り替えのタイミング、とても合っていて清々しいな。


 戸惑いの視線を一身に受けつつ、うなずいた。


「他に、思いつく人がいません」

「じゃから! なにをどうしてそう思ったのかを聞いとるんじゃ!」

「……人知れず誘拐するには、道を知っている必要があります」


 弾力のある大福を、ゆっくりと咀嚼して。


「加えて、僕が軍師として名が知れてきた頃に、よく話しかけてくるようになったので」

「……つまり?」

「瓦版屋なら……道の調査で町中をうろついていても怪しまれにくい。

 行動を把握したくて有名になった僕にちょっかいを出していても、同じくです」


 かりんとうさんにとっては、「瓦版屋」という職業は隠れ蓑になっていたわけだ。

 けれど、疑われるリスクを考慮して手を打っておかなかったのなら、詰めが甘い。


 それを聞いた大福さんが、不敵な笑みを浮かべてうなずいた。


「三葉が調べてくれたんじゃ。

 狩山がおんしに話しかけているところを、複数人が目撃していたらしくての」

「最初は、蜜森殿のかどわかしの件ですこしでも情報を集めようと思い、問いかけただけでした。

 しかし、話しているうちに妙な言動をするようになりまして」

「……カマをかけたら、見事に引っかかったんですね」


 みたらし団子さんが、うなずいた。


 かりんとうさんの、人当たりのよさそうな笑顔を思いうかべる。

 たしかに、口が軽そうな印象はあった。


 ……聞くべきことは、たくさんある。


 どうやって洋菓子側とつながっていたのか。

 そしてなにより……なにを思って、彼らと手を組んだのか。


「お会いすることは?」

「可能じゃが……まぁ、今日はひとまずここまででよかろうて。あとは明日に回せ」

「いえ。可能であれば、今すぐにでも」


 立ちあがる。

 直後、腕をつかまれた。


 輝一さんだった。

 大福さんと、うなずき合う。


 そして、輝一さんは立ちあがって――ひょいと、僕を俵担ぎにした。


「……なんですか?」

「今日のところはここまでだ。先程、局長がおっしゃっただろう」

「いえ。僕はまだ――」

「では。御免」


 輝一さんが、聞く耳をもたずに踵を返した。


 残された四人はただ苦笑しているだけで、だれも止める素振りはみせなかった。


 ……なぜ。


 屯所を出ても、僕を担いだままずんずん進んでいく。


「……輝一さん」

「今日のところはもう十分だ。休め」

「まだやるべきことがあります」

「疲れた顔をしているぞ。このまま仕事をしても、『非効率』ではないか?」


 強調して言われて、考える。


 ……疲労感は、たしかにある。

 かりんとうさんは、牢の中。

 逃亡の恐れがかぎりなく低いのなら、明日に回すのは問題……ない、な。


「……下ろしてください」

「だめだ」

「従います」


 はっきりした声で言うと、輝一さんは立ちどまった。

 すこしの間迷った様子で立ちつくしたのち、やっと下ろしてくれた。


「逃げるなよ」

「はい」


 この場から逃げたところで、どうにもならない。


 輝一さんからちらちら視線をむけられながら、家への道を並んで歩きだした。


「姉上が、食事の用意をして待っておられるはずだ。遠慮なく休め」

「はい。ところで、輝一さん」

「なんだ?」

「僕がいない間、心ここにあらずといった様子だったとうかがいました」


 輝一さんが、びくっとわずかに体を震わせて、立ちどまる。


「……だれがそんなことを」

「ざらめさんです」

「姉上……っ! それは風には話すなと、あれほど……!」

「あなたのことが心配で、気が気ではなかったせいではないでしょうか」


 じっと輝一さんを見ていたら、気まずそうに目をそらした。


「……情けない話だ。いろいろな方々にたくさん激励をいただいていたというのに」

「……悔やんでいたのですか」


 輝一さんが、うつむき加減のままうなずいた。


「あのとき……見回りにいく前に、ちゃんと家まで送り届けていたらと。

 考えても詮無いこととはわかっていたが……だめだった」


 ……この人なら、そう考えて当然とまで言える。


「局長をはじめ、部下までも気にかけてくれて……まったく、自分でも呆れたものだ」

「……部下の人たちにもですか」

「ああ。まさか副長の座を降りるなど言わないだろうな、と。ならば自分も辞める、とまで言う者もいた。

 そのように思ってくれる者がいると知って……やっと吹っきれた。だから今、こうしてここに立っていられている。

 たとえお前が戻らなくとも、私は私の使命を全うしようと思えるようになった」

「……僕が、戻らなくとも?」


 聞き捨てならない。

 強めの口調で聞きかえしたが、輝一さんはうつむいたままで、こちらを見ない。


「お前は、損得で物を考えるだろう。

 むこうにいたほうが得だと感じれば、戻らない可能性も大いにあったのでは――」

「それはありえません」


 言葉を遮り、否定。


 顔を上げた輝一さんが、不思議そうに丸くした目をむけてくる。


「受けた恩を仇で返すほど、非効率で不合理なことはありません」

「……っ」


 輝一さんが、息をのむ。

 拳を握り、その手を震わせ、唇を噛んでいる。

 なにかをこらえているような表情をしたかと思いきや、しばらくして笑顔を浮かべ、何度もうなずいていた。


 ……情緒不安定。まだ心が落ちつかないのか。


「輝一さんこそ。よく休んでください」

「……っああ。今日こそはよく眠れそうだ」


 涙の膜が張った目を細めて笑う彼を見ているうちに、なぜだか空腹を覚えた。


 あんこも同じなのか、肩の上でそわそわしていたので、その頭をつまんだり離したりしてみた。


 ◇◇◇


 翌朝早々。

 大福さんに連れられて、屯所の牢にむかった。


 ……暗く、すこしじめじめしている。あまり長居はしたくない場所だ。


 先導していた大福さんが立ちどまり、無言でこちらを振りむく。


 その先の牢の中に、動く影が見えた。


「……ああ、軍師の旦那。よくぞご無事でお戻りになれましたねぇ。甘誠組は今頃お祭りさわぎですかい?」


 人を嘲るような、だるそうな口調で言ったその人――かりんとうさん。

 その顔には、無精ひげがあり、小馬鹿にするような笑みが浮かんでいた。


 目が合った――次の瞬間。

 かりんとうさんが牢の格子をつかみ、ひときわ大きな音が空間に響きわたった。

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