つまり、僕が悪い。
つまり、僕が悪い。
言葉が足りなかった。
「……中立地帯の住人との深い交流を禁止した規則について。
それを改定するための、一般人の意見を取りまとめる件です」
そう言うと、やっと全員が、「ああ」と、思いついた様子だった。
「その件なら安心しろ。おんしが帰ってきてすぐ報告できるようにと……まとめは済んでおる」
大福さんが、みたらし団子さんを一瞥。
みたらし団子さんは、すぐに無言のまま立ちあがり、離れたところに置いてあった黒塗りの文箱を持ってきて、開けた。
書類の分厚い束。
一番上の表紙には、「領民連署願書」とあった。
「……拝見します」
一言断って、取りだした。
……改定に賛同する人たちの意見。
商人、農民などさまざまな立場の人からの、いろいろなケースをもとにした意見が記録されていた。
「……反対意見は?」
「こちらだ」
輝一さんが、別の文箱を取りだして、中の書類を差しだしてきた。
こちらは、数枚だけ。
……反対する理由のほとんどが、「自由な婚姻ができるようになれば、郷を離れる者が増えて餡月郷が衰退しないか」との懸念があるからだった。
想定どおりだ。
「……問題ありませんね」
その懸念は、新たに住民登録などの規定を設ければおおむね解決する。
またそれについての協議をする必要がある、とはいえ。
満足げにほほえんでいる五人を、見回す。
そして、深く頭を下げた。
「仕事の合間をぬって行うのは、大変な苦労だったかと思います。
言いだした張本人が関われず、申し訳ありませんでした」
「おいおい! なにを改まって!」
慌てるどら焼きさんの声が聞こえてすぐに、肩をつかまれて顔を上げさせられる。
「そうじゃ、蜜森。これは、儂らにも大いに関わる件だからしたまでじゃ」
「こちらこそ、感謝している。お前が言いださなければ……思いつきもしなかった」
大福さんに肩を叩かれ、羊羹さんに優しい言葉をかけられる。
それに、うなずいた。
優しい笑顔を浮かべた大福さんが、自分のあごに触りながらしげしげと僕を見る。
「改めて思うのう。蜜森の才もそうじゃが……それを見抜いて留めおいた輝一の勘の良さも。
あっぱれと言うべきじゃな」
「いえ、そんな! 見抜いていたわけではありません!
私はただ、身寄りがないと困っていた様子だったからそうしたまでです!
第一、風の意見を最初に聞きいれたのは局長ではないですか!」
「うん? そうじゃったか?」
輝一さんは、とぼけている様子の大福さんに「姉上も聞いていましたよ!」と本気になって訴えていた。
……たしかに。
輝一さんが、家に置いてくれなかったら。
大福さんが、意見を一蹴していたら。
僕は、甘誠組の軍師にはなりえなかった。
仕事にありつくため、この地を離れていた可能性もある。
わけもわからずこの世界にやってきたばかりの、あのときが最大の分岐点だったのだ。
……面白い。非常に。
「と、いうわけじゃ。
あとは、萬田殿から肥田様へ、話を通していただくようお伝えする必要があるが。どうする?」
「……それについては、僕から」
大福さんに答えてから、輝一さんへと顔をむける。
「饅――萬田様に、大事な話があるとお声がけいただけますか」
「……承知した」
輝一さんが、一瞬僕をにらんだ。
……つい、「饅頭さん」と呼びそうになったのに気づかれたらしい。
もどかしい。
だれでも自由に、菓子名を異名として呼ばせてもらえたら、判別がしやすいのに。
「……その次、肥田様とお話しするときは、大福さん。同行いただけますか」
「もちろんそのつもりじゃ」
力強くうなずいた彼を見て、僕もうなずき返す。
……あの二人を、どう説得するか。
ここからが正念場、と言える。
「……局長。あの者の件の報告はどうされますか」
みたらし団子さんが、遠慮がちに小声で言った。
「あの者……ああ。そうじゃ。蜜森。おんしに伝えねばならんことがある」
大福さんが、みたらし団子さんから僕に視線を移す。
がらりと雰囲気が変わり、空気が一気に張りつめる感覚がした。
……重要な報告。
なんとなくだが、想像はつく。
「おんしのかどわかしの件じゃ。手引きをした者を捕らえておる」
神妙な顔で言った大福さんを見てから、新たな大福を手にとった。
……珍しいな。
赤えんどう豆だけじゃなく、黒豆入りもあったらしい。
「かりんとうさんですか」
「……だれじゃ?」
大福さんが、輝一さんに聞いた。
他の三人も輝一さんを見るが、本人は困惑して瞬きして、首を横に振った。
……あんこは、赤えんどう豆入りのほうが好きらしい。
「狩山藤太郎さん、でしたか」
「おお! そうか。『かりやまとうたろう』じゃから、かりんとうか! お前はまたよく考える――
じゃないわ! 知っとったんか!?」
珍しく、どら焼きさんのノリツッコミが決まる。
……切り替えのタイミング、とても合っていて清々しいな。
戸惑いの視線を一身に受けつつ、うなずいた。
「他に、思いつく人がいません」
「じゃから! なにをどうしてそう思ったのかを聞いとるんじゃ!」
「……人知れず誘拐するには、道を知っている必要があります」
弾力のある大福を、ゆっくりと咀嚼して。
「加えて、僕が軍師として名が知れてきた頃に、よく話しかけてくるようになったので」
「……つまり?」
「瓦版屋なら……道の調査で町中をうろついていても怪しまれにくい。
行動を把握したくて有名になった僕にちょっかいを出していても、同じくです」
かりんとうさんにとっては、「瓦版屋」という職業は隠れ蓑になっていたわけだ。
けれど、疑われるリスクを考慮して手を打っておかなかったのなら、詰めが甘い。
それを聞いた大福さんが、不敵な笑みを浮かべてうなずいた。
「三葉が調べてくれたんじゃ。
狩山がおんしに話しかけているところを、複数人が目撃していたらしくての」
「最初は、蜜森殿のかどわかしの件ですこしでも情報を集めようと思い、問いかけただけでした。
しかし、話しているうちに妙な言動をするようになりまして」
「……カマをかけたら、見事に引っかかったんですね」
みたらし団子さんが、うなずいた。
かりんとうさんの、人当たりのよさそうな笑顔を思いうかべる。
たしかに、口が軽そうな印象はあった。
……聞くべきことは、たくさんある。
どうやって洋菓子側とつながっていたのか。
そしてなにより……なにを思って、彼らと手を組んだのか。
「お会いすることは?」
「可能じゃが……まぁ、今日はひとまずここまででよかろうて。あとは明日に回せ」
「いえ。可能であれば、今すぐにでも」
立ちあがる。
直後、腕をつかまれた。
輝一さんだった。
大福さんと、うなずき合う。
そして、輝一さんは立ちあがって――ひょいと、僕を俵担ぎにした。
「……なんですか?」
「今日のところはここまでだ。先程、局長がおっしゃっただろう」
「いえ。僕はまだ――」
「では。御免」
輝一さんが、聞く耳をもたずに踵を返した。
残された四人はただ苦笑しているだけで、だれも止める素振りはみせなかった。
……なぜ。
屯所を出ても、僕を担いだままずんずん進んでいく。
「……輝一さん」
「今日のところはもう十分だ。休め」
「まだやるべきことがあります」
「疲れた顔をしているぞ。このまま仕事をしても、『非効率』ではないか?」
強調して言われて、考える。
……疲労感は、たしかにある。
かりんとうさんは、牢の中。
逃亡の恐れがかぎりなく低いのなら、明日に回すのは問題……ない、な。
「……下ろしてください」
「だめだ」
「従います」
はっきりした声で言うと、輝一さんは立ちどまった。
すこしの間迷った様子で立ちつくしたのち、やっと下ろしてくれた。
「逃げるなよ」
「はい」
この場から逃げたところで、どうにもならない。
輝一さんからちらちら視線をむけられながら、家への道を並んで歩きだした。
「姉上が、食事の用意をして待っておられるはずだ。遠慮なく休め」
「はい。ところで、輝一さん」
「なんだ?」
「僕がいない間、心ここにあらずといった様子だったとうかがいました」
輝一さんが、びくっとわずかに体を震わせて、立ちどまる。
「……だれがそんなことを」
「ざらめさんです」
「姉上……っ! それは風には話すなと、あれほど……!」
「あなたのことが心配で、気が気ではなかったせいではないでしょうか」
じっと輝一さんを見ていたら、気まずそうに目をそらした。
「……情けない話だ。いろいろな方々にたくさん激励をいただいていたというのに」
「……悔やんでいたのですか」
輝一さんが、うつむき加減のままうなずいた。
「あのとき……見回りにいく前に、ちゃんと家まで送り届けていたらと。
考えても詮無いこととはわかっていたが……だめだった」
……この人なら、そう考えて当然とまで言える。
「局長をはじめ、部下までも気にかけてくれて……まったく、自分でも呆れたものだ」
「……部下の人たちにもですか」
「ああ。まさか副長の座を降りるなど言わないだろうな、と。ならば自分も辞める、とまで言う者もいた。
そのように思ってくれる者がいると知って……やっと吹っきれた。だから今、こうしてここに立っていられている。
たとえお前が戻らなくとも、私は私の使命を全うしようと思えるようになった」
「……僕が、戻らなくとも?」
聞き捨てならない。
強めの口調で聞きかえしたが、輝一さんはうつむいたままで、こちらを見ない。
「お前は、損得で物を考えるだろう。
むこうにいたほうが得だと感じれば、戻らない可能性も大いにあったのでは――」
「それはありえません」
言葉を遮り、否定。
顔を上げた輝一さんが、不思議そうに丸くした目をむけてくる。
「受けた恩を仇で返すほど、非効率で不合理なことはありません」
「……っ」
輝一さんが、息をのむ。
拳を握り、その手を震わせ、唇を噛んでいる。
なにかをこらえているような表情をしたかと思いきや、しばらくして笑顔を浮かべ、何度もうなずいていた。
……情緒不安定。まだ心が落ちつかないのか。
「輝一さんこそ。よく休んでください」
「……っああ。今日こそはよく眠れそうだ」
涙の膜が張った目を細めて笑う彼を見ているうちに、なぜだか空腹を覚えた。
あんこも同じなのか、肩の上でそわそわしていたので、その頭をつまんだり離したりしてみた。
◇◇◇
翌朝早々。
大福さんに連れられて、屯所の牢にむかった。
……暗く、すこしじめじめしている。あまり長居はしたくない場所だ。
先導していた大福さんが立ちどまり、無言でこちらを振りむく。
その先の牢の中に、動く影が見えた。
「……ああ、軍師の旦那。よくぞご無事でお戻りになれましたねぇ。甘誠組は今頃お祭りさわぎですかい?」
人を嘲るような、だるそうな口調で言ったその人――かりんとうさん。
その顔には、無精ひげがあり、小馬鹿にするような笑みが浮かんでいた。
目が合った――次の瞬間。
かりんとうさんが牢の格子をつかみ、ひときわ大きな音が空間に響きわたった。




