「ありえねぇ」
「ありえねぇ」
ういろう先生が、包帯を巻きながら呆れたようにつぶやいた。
「疾走してる馬から転げおちて、よく捻挫で済んだな?」
「……受け身をとったので」
「とったとしてもだよ。悪運が強い奴だな」
先生は包帯の端をはさみで切りつつ、苦笑した。
……ただの運ではなく、悪運。
いや。どちらでもない。必然だ。
ぼた餅さんによって運ばれた先の小屋にいたういろう先生。
診察結果は、左手首の捻挫。
肩など、あちこちを強打したことによる打撲複数。
膝や肘の擦り傷。
以上。
……なんとか、転がるようにして衝撃を逃がせたのが幸いしたようだ。
巻きおわった包帯を、しげしげと眺める。
同時に、床にいたあんこも遠慮がちにのぞきこんでいる。
……こいつは、無傷。さすが軟体動物だ。
無事なほうの右手であんこをつまんで、定位置の肩の上にのせた。
「しばらく動かすな。わかっているとは思うが、馬に乗るのも控えろよ」
「……控えろ、ですか。つまり、やむをえないときはいいと?」
「屁理屈こねるな、悪ガキが」
顔を引きつらせたういろう先生に、頬をつねられた。
「先生。そのくらいに」
そばにいた女性――ざらめさんが、すこし身を乗りだして諫めた。
その顔には、笑顔。目には、うっすら涙の膜。
「本当に……その程度で済んで、よかったですね」
彼女はそう言って、袖口で目を軽くぬぐった。
……ぼた餅さんやおはぎさんとは違い、事情を知っていたらしい。
「……ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「いいえ。こうしてまたお顔を見られてなによりです」
ざらめさんは、眉を垂らして笑ったが、すぐにその表情が曇った。
「私より、輝一のほうです。正直、見ていられませんでした」
「……そうでしたか」
予想どおり。
周りがフォローしていたはずだが、彼のことだ。
僕が誘拐されたのは自分のせい、と必要以上に責めていたに違いない。
……さらなるフォローが必要。
「ところで、痛みはまだありますか?」
ざらめさんに問われ、改めて包帯が巻かれた手首を見下ろす。
「……すこし。あと、熱をもってきたような感覚がします」
「そうですか。では――」
「ざらめ」
医療道具を片づけていたういろう先生が、突然鋭い声でざらめさんの言葉を遮った。
その表情も、真剣そのものだった。
「だめだぞ。わかっているな?」
「……はい」
指をさされて、ざらめさんが同じく真剣な表情――キリッとした目で、うなずいた。
……なにが?
首を傾げていると、一変してほほえんだざらめさんが、こちらをむいた。
「あとで冷やすものをお渡ししますね。あと、治りが早くなるように按摩もさせていただきます」
「……お願いいたします」
はぐらかされた。
……やはりこの二人、なにか隠している。
そのとき。
外から、複数人の足音。
「……先に、謝らせてください」
「あ?」
「うるさくなります」
ういろう先生は、わけがわからないとばかりに眉を寄せ、耳をかいた。
ざらめさんは理解したのか、「あっ」と小さな声を上げ、小屋の入り口のほうをむいた。
……来る。
「風っ! 無事か!? 生きているだろうな!?」
「待て待て輝一! 落ちつかんか!」
……あなたもな。
勢いよく開いた扉の外から、なだれこむようにやってきた二人。
輝一さんと、大福さん。
……懐かしい、と言ったら、大げさか。
目が合った二人のうち、輝一さんが転がるようにしてこちらに近寄ってきた。
「そのケガはどうした!? だれにやられた!?」
「逃げる際に落馬したときのものです」
「落馬!? 敵に執拗に追いたてられたせいだな!?」
……なぜ、そうなる?
異様なほど興奮している様子だった。
後ろにいた大福さんが、その肩に手を置く。
振りかえった輝一さんにむけて、穏やかにほほえんで、うなずいた。
深呼吸して、乱れた呼吸を整えようとしている輝一さん。
落ちついてきたところで、こちらから手をつかむ。
「ただいま戻りました。遅くなり申し訳ございません」
「……っああ。よく、戻った」
輝一さんが手を強く握り、何度もうなずいた。
僕は、視線を上げて大福さんを見て、一礼。
「本当に……よう戻ったな」
大福さんも嬉しそうに笑いながら、僕の肩を強く叩いた。
……打撲に響く。
「おい。そいつは一応ケガ人なんだ。もっと丁重に――」
「輝一! 局長! はや……っ速すぎるじゃろ!」
「町の者たちが、何事かと騒いでおります!」
「もうすこし後先をお考えください」
飛びこんできた、新たな三人。
ういろう先生の言葉を遮るようにしてやってきた、どら焼きさん、羊羹さん、みたらし団子さん。
……ある意味壮観、だけど。
この狭い小屋にこれだけのメンバーが集まるのは、窮屈だ。
「蜜森ぃ! 本当に戻ったんじゃな! 赤いの、お前も無事か!」
「詰めよるな、土井」
「ご無事でなりよりです」
「……はい」
それぞれが、僕やあんこの顔を見ながら嬉しそうにしている。
……こんなアットホームな雰囲気だったか?
結束力が強まったのなら、いいことだけど。
「お前ら……いい加減にしろっ! こんな狭い中で騒ぐんじゃねぇ!」
途端に、ういろう先生の雷が落ちた。
どら焼きさんが羊羹さんの後ろに隠れ、代わりに羊羹さんが先生をなだめている。
それをしばらく傍観したのち、輝一さんに視線を戻した。
「……輝一さん」
「なんだ?」
「お借りしていた着物と……おみやげのお菓子も。持ってかえれませんでした。すみません」
頭を下げて、謝罪。
……着物は、どうしようもなかったとして。
プリンさんに買ってもらった、あのマカロンを持ちかえられなかったのは残念でならない。
この人たちが、「洋菓子」の一端を知る機会が生まれるはずだったのに。
反省しつつ顔を上げると、きょとんとした輝一さんの顔があった。
「……ば、馬鹿者! そんなものどうでもいい!」
「はっはっは! こんなときでも食い意地優先か!」
「……? 食い意地は優先していません」
「どの口が言うんじゃ!」
大福さんの言葉を否定した、直後のどら焼きさんの発言。ほぼ全員がうなずいた。
……解せない。
ふと、肩がすこし軽くなったので見てみると、どら焼きさんがあんこをつまんで自分の手の上に乗せて遊んでいた。
つつかれたりつままれたりして、弄ばれながらも楽しそうにしているあんこ。
みんなが笑っている。
……なぜか、体の内面がほっこりと温かくなるような、奇妙な感覚がした。
◇◇◇
ういろう先生とざらめさんに丁重にお礼を言って見送ったあと、屯所に移動した。
すぐ、みたらし団子さんが用意してくれた着流しに着替える。
……風通しがよくて気持ちいいな。
「そうか。立場上は『客人』としてあちらに在籍していた、というわけか」
大福さんの確認の問いに対し、うなずいた。
出された豆大福をつまんで、さっそく一口。
……つぶ餡だ。懐かしい味。美味い。
あんこも同じ気持ちなのか、与えると、いつも以上に感動している様子だった。
「じゃあ、牢に入れられていたわけではなかったんじゃな」
「はい。ほぼ常に監視つきでしたが」
どら焼きさんに聞かれ、あそこでの生活を思いだす。
……悪くはなかった。
けれど、どこか窮屈とでも言うべきか。
「蜜森殿を歓待して気に入らせて、自分たち側に寝返らせようとしていた、というわけでしょうか」
「……はい。あちらにある規則にも沿っていたようです」
「規則?」
一個目の豆大福をすべて口に入れて咀嚼しながら、みたらし団子さんの問いに対してうなずく。
そして、例の「移住者受入法」について説明した。
途端、全員が驚いて言葉を失った。
「待て待て待て……! 餡月郷についての情報提供を義務化って、なんじゃ!?」
「そうした者が、今までどれくらいいたか……把握するのは困難では」
「……うむ」
羊羹さんに聞かれ、大福さんが腕を組んで険しい顔をしてうつむく。
空気が重い。
「……出ていく者を制限していないのは、民の意思を極力守るという白妙様の配慮じゃ。
が……それが裏目に出たかたちじゃのう」
しずかに言ったその大福さんの言葉により、場に沈黙が下りた。
……領主の「民を想う心」が、敵に利用されていた。
それがどれほど重いのか、僕には察するに余りある。
「……一つ、おうかがいしてもよろしいですか」
「なんじゃ?」
「30年ほど前、餡月郷とメローリアで国を共同統治しようという話が出ていた件はご存じですか」
大福さんが、目を大きく開いた上、眉を寄せた。
他のうなだれていた人たちも、ほぼ同時に顔を上げ、驚いている。
「は……はぁっ!? なんじゃそら!?」
「お前っ! なにをたわけたことを!」
立ちあがったどら焼きさんと輝一さんをスルーして、古参の大福さんと羊羹さんを見る。
「覚えがない」
「儂もじゃ。もしそれが公になっていたら、まちがいなく大騒ぎになっとるはずじゃ」
二人とも、まっすぐ僕を見ながら否定した。
……隠している様子は、ない。
「だれからそんな話を聞いた?」
「シュークリームさんです。
提案者のショートケーキ団長の父親が亡くなったことで、こちらに話がいく前に消滅したそうです」
「……すまん。だれがだれだか説明してくれんか」
「シュークリームさんは、あちらの軍の参謀。ショートケーキ『団長』は、そのままです」
首を傾げて聞いてきた大福さんに、簡単に説明。
理解してくれた様子で、あごを指でつまみながらうなずいていた。
「シュリオ・クレマンが、なぜその話をあなたに?」
「……メローリアの素晴らしいところを知りたいと言ったら、教えてくれました」
「怪しいではないか。信憑性はあるのか?」
みたらし団子さんの問いに答えてすぐ、輝一さんが怪しむように眉を寄せた顔をむけてきた。
「……不明です」
「不明って、お前なぁ!」
「僕は、見聞きしたことをご報告しています」
立ちあがったままだったどら焼きさんが、頭を乱雑にかきながら座りなおした。
……鍵を握るのは、ショートケーキ団長の父。
スコーンさん。
今の大福さんたちの反応を見るかぎりでも、わかる。
それを領主に提案するのは、ある意味命がけだったはず。
そうまでして、なすべきだと考えていた。
……30年前に、メローリアでなにかがあったとしか考えられない。
その、「なにか」とは?
橋本八重――八つ橋さんとの間に生まれた、ショートケーキ団長のため?
……領地を守る軍の、トップが?
ありえなくは、ない。けれど、それだけだとは考えにくい。
そうなる前から、国の内情を憂慮していたのであれば、話は別だが。
『スコルティウス様は、すこし人がよすぎる部分があった……と』
『長年続いていた対立に、終止符を打ちたかったのかもしれません』
ふと、シュークリームさんの言葉が断片的に思いうかぶ。
……憂慮していた可能性は、大いにある?
「提案したのはヴィクトリウスの父上か……よく知らんなぁ。肥田様なら知っとるはずじゃが」
大福さんがぽつりともらした言葉を、頭の中で反芻する。
……肥田様もとい、求肥さん。先代局長。
たしかに彼なら、スコーンさんと直接語りあったことがある可能性は高い。
加えて……八つ橋さんにも近しい人物。
やはり、一度会って話をする必要がある。
「……それで、例の件はどうなっていますか」
尋ねると、全員がきょとんと目を丸くしていたので、思わず遠い目をした。




