とうとうショートケーキ団長が立ちあがった。
とうとうショートケーキ団長が立ちあがった。
……彼も、訓練に参加するのか。
「続けよ」
「……! はっ!」
ショートケーキ団長は、そうクッキーさんに言って、マントをひるがえして踵を返した。
一歩前に出たところで、こちらを振りむく。
……ついてこい、と。
参加する気はないんだな。
素直についていき、訓練場から出た。
「気に入った。
怖気づくことなく我に意見をする……策を立てる才だけでなく、度胸もあるとはな」
「……依頼された仕事をこなしただけです」
「仕事、か」
二人だけで歩いて、渡り廊下のようなところに出る。
そこで、ショートケーキ団長が振りかえってきた。
「わかっているとは思うが、今さらそなたを甘誠組へ帰すつもりはない」
「…………」
見下ろしてくる彼と、見つめあう。
威圧感がすごい。
……この人の、出自を探るチャンス。
時間軸は操れないのはわかっている。
だめで元々だ。
意識を、ショートケーキ団長に集中させて――
(よいですか、ヴィクトリウス。父上と母は……いつでもあなたのここにいます)
(母上……!)
青年になったばかりくらいの年ごろに見えるショートケーキ団長の胸に、手を当てている人物。
あの人は、まさか。
……やっぱり、仮説は正しかった。
とっさに、あんこの口を押さえて墨吐きを防ぐ。
「どうした」
顔をすこし傾けて、怪しむように見てくるショートケーキ団長。
……仮説が、事実にかぎりなく近づいた。
確定させるには、彼の言葉が必要不可欠。
だが。
この場で確認するのは、リスクが大きい。
周囲に視線を巡らせる。
高さは、だいたい二階くらいだった。窓はない。
見張りはいるだろうが、主要な戦力は現在、全隊訓練の真っ最中。
逃亡は……
不可能、ではない。
「……すこし、驚きまして」
「驚いた? なにがだ」
「あなたは……」
口の中にたまった唾を一度飲みこんでから、続けた。
「橋本八重さんの息子ですね?」
瞬間。
ショートケーキ団長が、大きく目を見開いた。
……肯定の反応。
すぐに、彼が腰の剣を抜いて突きつけてきた。
「貴様……」
「肯定、されるんですね」
直後、剣先が僕の首につく手前、ギリギリのところで止まる。
「いったいどこで……なぜその名を知っている!」
「…………」
「答えぬのなら……」
剣先が、食いこむ感覚。
一歩下がると、ショートケーキ団長も一歩前に出る。
それをすこしずつ繰りかえして、いよいよ落下防止の手すりが背中に当たった。
下の、離れたところに馬の手入れをしている人が見える。
……問題ない。
ショートケーキ団長は、怒っている――ように見えて、焦っている様子だった。
歯を噛みしめてにらみつけてきているが、剣を持つ手がわずかに震えている。
「我の声が聞こえぬか! 答えよ! さもなければ……斬る!」
ショートケーキ団長が、珍しく声を荒らげた。
……それは、「答えによっても」じゃないのか。
「……なぜ、焦っているのですか?」
「焦っている、だと?」
「僕は、仮説が事実かを確認したかっただけです」
首に突きつけられている剣に一度目をむけ、またショートケーキ団長を見る。
「あなた個人に、興味はありません」
ギリ、とショートケーキ団長が歯を噛みしめる音が聞こえるほど、距離が近くなる。
さらに鋭くなった眼光が、むけられる。
しかし。
彼は、そこから動かなかった。
膠着状態が続く。
――すると。
ふとした瞬間。ほんの一瞬。
剣先が、わずかに離れかけた。
それを、見逃さなかった。
後ろ手で手すりをつかむ。
腕に力をこめ、足で床を蹴る。
そして、体を反らして――
落ちた。
再び驚愕にそまったショートケーキ団長の顔が見えた、直後。
「うわあっ!?」
柔らかいものの上に落ちる感触と、近くにいた人の驚く声がした。
……干し草。
想定どおりだ。
すぐ転がりながらはい出て、周囲を確認。
声の主――従僕らしき男と、馬が一頭。
「失礼」
彼が呆然としている隙に、立ちあがって馬の手綱をつかむ。
そして、すばやく乗った。
「え!? あ、おい!?」
男の制止の声も聞かず、馬を走らせた。
襟の中に隠れていたあんこが出てきて、勢いで飛ばされそうになったのを押さえつける。
……洋菓子の世界。
おかげでたっぷり見られたし、知られた。
僕の誘拐の件で関わった「例の人」については、餡月郷に無事に帰りついたら調べを進めればいい。
「…………」
先程の、わずかに剣が離れた瞬間。
あの、ショートケーキ団長のどこか悲しげな表情。
震える手。
……橋本八重。八つ橋さん。
彼女が、この国の根幹に関わる重要人物なのは、理解した。
考えながら、しがみつくような体勢のまま馬で駆けていった。
◇◇◇
逃亡した蜜森の行った先を見つめたまま、ヴィクトリウスは剣を腰に戻した。
「…………」
ため息をつくだけで、蜜森を追いかけようとする素振りは見せない。
すると、背後からバタバタと駆けてくる足音が近づいてきた。
「ショルテンハイム公! いかがされましたか!」
やってきたのは、副団長のクリスだった。
ヴィクトリウスは、彼を横目で一瞥しただけで、また視線を前方に戻した。
「……そなたこそ、どうした」
「いえ……! 公のお怒りの声がしたものですから。軍師は――」
「訓練の最中に、気を散らせたと申すか」
ぐっと、クリスが言葉をつまらせた。
そして、その場にひざまずく。
「……申し訳ございません。
軍師が、ご無礼を働かないかと。あの者ならやりかねないと思い、お二人で外に出られたときから気にしておりました。
ですが……誓って、盗み聞きはしておりません」
頭を深く下げたクリスを、ヴィクトリウスは興味がないとばかりに、ちらりとも見ようとしなかった。
ふう、と息を吐いたとき、クリスの肩がぴくりとかすかにはねる。
「無用な心配だ。あの者は……すでに去った」
「……去った?……まさか、逃亡を!? すぐに追っ手を手配いたします!」
「いらぬ」
「っ!?」
ヴィクトリウスが、立ちあがって駆けだそうとしたクリスに視線をむけて、低く鋭い口調で言った。
「追う必要はない」
「し……っしかし、あの者は!」
「必要は、ないと申しておる……よいな」
その言葉と視線には、反論を許さない強い圧力があった。
クリスはそれをじかに感じ、再びその場にひざまずく。
「……は。承知、いたしました」
戸惑いを隠せない様子のクリスに気づきつつも、ヴィクトリウスはその場から立ち去った。
渡り廊下の先、薄暗い廊下を歩いていく。
その最中――
『あなた個人に、興味はありません』
ヴィクトリウスは、蜜森の言葉を思いだしていた。
「…………」
常に無表情で、心の内がまるで読めない。
だが、すくなくともあのときの言葉は、ヴィクトリウスには本心のように思えた。
『橋本八重さんの息子ですね?』
――その言葉がよぎった瞬間、足が止まった。
上をむいて、目をつむる。
しばらくそうした後――再び、前をむいて歩きだした。
◇◇◇
馬がいうことをきかない。
饅頭さんとの訓練で乗らせてもらった馬は、どれも軽く手綱を引けばすぐ止まってくれたのに。
……どうやら、こいつはじゃじゃ馬らしい。
驚くには値しないが……さて、どうしたものか。
現状、僕は「乗っている」より、「しがみついている」と表現したほうがあきらかに正しい状態だ。
かろうじて、指示どおりの道を進んでくれているのが幸いだった。
アイスクリームさんとのひと悶着の最中に見つけた、人気のない日陰が多い道を進んでいく。
――まもなく、懐かしい風景が見えてきた。
餡月郷。
「…………」
体をなんとかしてひねり、背後を見る。
……追っ手が、一人もこないのはどういうわけか。
ショートケーキ団長が命令さえすれば、すぐにだれかしら追いかけてくるはず。
彼が見逃した――追わないよう命令した以外に、理由はない。
……なぜ?
「そこの者、止まれっ!」
気づくと、馬に乗ってこちらに近づいてくる二人組がいた。
若い男女。甘誠組の制服を着ている。
彼らを見て、ふう、と安堵の息がもれた。
「メローリアから来た者だな!?」
「ここは餡月郷だ! これ以上進むことは禁じられている! 今すぐ戻れ!」
男女そろって、鋭い声。
……あとのほうの警告を発した男のほうは、どこかで聞いたおぼえのある声だった。
けれど、顔は覚えがない。だれかに似ている気はするけど。
「……戻れませんし止まれません」
「なに!? 従わねば――」
「待て、萩!」
女性のほうが、慎重にこちらに近づいてきて、顔をのぞきこんできた。
瞬間、彼女ははっと目を見開いた。
「やはり! あなたは軍師様ですね!?」
「軍師……!? 本当か!?」
男のほうも、驚きながら顔を見ようとしてくる。
なんとか、すこしだけ体を起こす。
二人を順に見ながら、うなずいた。
「……あなた方は?」
「甘誠組四番隊隊士、大丸牡丹と申します!」
「三番隊隊士、大丸萩之介と申します!」
……二人そろって、大丸?
そうザラにある家名ではない、はず。
「……大福さんの、ご家族の方ですか」
「はっ! 局長の福之進は、我が父上にございます!」
女性の返事を聞き、納得した。
……子ども、いたんだな。
たしかに、二人とも大福さんに似た太眉。
特に男のほうは、あの人の面影がある。
……なるほど。
大福さんとつぶ餡さんの子が、ぼた餅とおはぎか。
妙にしっくりくるな。
「里帰りされていたとお聞きしました! 今日お戻りの予定だったのですね!」
「父上たちも、久々に軍師様の顔を見られてお喜びになるでしょう!」
……里帰り、か。
幹部の間で箝口令をしいていたんだな。
嬉しそうに笑いながら言う二人を見て、首を横に振った。
「……それどころではありません」
落ちそうになって、再度馬にしがみつく。
手綱を強めに引くも、変化なし。
……これは、無理だな。
「先程も言いました。止まれません」
「え!?」
「こんなに……速く、馬を走らせるのは初めてです。あと、この馬そもそも、いうことを聞きません」
二人が、目を見開いて息をのむ。
疾走状態の馬を止めるには、手綱を操って従わせるしかないのだが。
引きが甘いのか、それとも逆に強いのか。
はたまた、角度の問題か?
「萩! 急ぎ局長に連絡を!」
「お、おう!」
おはぎさんが、馬に乗ったまま離れていく。
逆に、ぼた餅さんが近づいてきた。
「軍師様、がんばってください! もうすこし体を起こせますか!?」
彼女は、片手を離してこちらにその手をのばしてきた。
……この速さで走らせながら、片手離し。
すごいな。乗馬の名手か。
感心しながら、なんとか体を起こそうと――
「っ!?」
まずい。
鐙を踏みこんで、手綱を思いきり引いてしまった。
途端に、驚いたらしい馬は急停止。
バランスを崩して、地面に投げだされた。
「軍師様っ!」
同じく放りだされたあんこが、目の前にべちょ、と着地する。
……腕、が。
そばで何度も、僕を呼ぶぼた餅さんの声がする。
しかし、返事もできずに――ただひたすら、激痛に耐えていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
これで三章は終わりです。
次の四章は、主人公が餡月郷に帰還して、軍師としてもまた復帰して腕を振るう話になります。
明日も20時頃に更新予定なので、よろしくお願いします!
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