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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第三章 洋菓子

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とうとうショートケーキ団長が立ちあがった。

 とうとうショートケーキ団長が立ちあがった。


 ……彼も、訓練に参加するのか。


「続けよ」

「……! はっ!」


 ショートケーキ団長は、そうクッキーさんに言って、マントをひるがえして踵を返した。

 一歩前に出たところで、こちらを振りむく。


 ……ついてこい、と。

 参加する気はないんだな。


 素直についていき、訓練場から出た。


「気に入った。

 怖気づくことなく我に意見をする……策を立てる才だけでなく、度胸もあるとはな」

「……依頼された仕事をこなしただけです」

「仕事、か」


 二人だけで歩いて、渡り廊下のようなところに出る。

 そこで、ショートケーキ団長が振りかえってきた。


「わかっているとは思うが、今さらそなたを甘誠組(かんせいぐみ)へ帰すつもりはない」

「…………」


 見下ろしてくる彼と、見つめあう。

 威圧感がすごい。


 ……この人の、出自を探るチャンス。


 時間軸は操れないのはわかっている。

 だめで元々だ。


 意識を、ショートケーキ団長に集中させて――



(よいですか、ヴィクトリウス。父上と母は……いつでもあなたのここにいます)

(母上……!)



 青年になったばかりくらいの年ごろに見えるショートケーキ団長の胸に、手を当てている人物。

 あの人は、まさか。


 ……やっぱり、仮説は正しかった。


 とっさに、あんこの口を押さえて墨吐きを防ぐ。


「どうした」


 顔をすこし傾けて、怪しむように見てくるショートケーキ団長。


 ……仮説が、事実にかぎりなく近づいた。

 確定させるには、彼の言葉が必要不可欠。


 だが。


 この場で確認するのは、リスクが大きい。


 周囲に視線を巡らせる。

 高さは、だいたい二階くらいだった。窓はない。

 見張りはいるだろうが、主要な戦力は現在、全隊訓練の真っ最中。


 逃亡は……

 不可能、ではない。


「……すこし、驚きまして」

「驚いた? なにがだ」

「あなたは……」


 口の中にたまった唾を一度飲みこんでから、続けた。



「橋本八重さんの息子ですね?」



 瞬間。

 ショートケーキ団長が、大きく目を見開いた。


 ……肯定の反応。


 すぐに、彼が腰の剣を抜いて突きつけてきた。


「貴様……」

「肯定、されるんですね」


 直後、剣先が僕の首につく手前、ギリギリのところで止まる。


「いったいどこで……なぜその名を知っている!」

「…………」

「答えぬのなら……」


 剣先が、食いこむ感覚。


 一歩下がると、ショートケーキ団長も一歩前に出る。

 それをすこしずつ繰りかえして、いよいよ落下防止の手すりが背中に当たった。


 下の、離れたところに馬の手入れをしている人が見える。


 ……問題ない。


 ショートケーキ団長は、怒っている――ように見えて、焦っている様子だった。

 歯を噛みしめてにらみつけてきているが、剣を持つ手がわずかに震えている。


「我の声が聞こえぬか! 答えよ! さもなければ……斬る!」


 ショートケーキ団長が、珍しく声を荒らげた。


 ……それは、「答えによっても」じゃないのか。


「……なぜ、焦っているのですか?」

「焦っている、だと?」

「僕は、仮説が事実かを確認したかっただけです」


 首に突きつけられている剣に一度目をむけ、またショートケーキ団長を見る。


「あなた個人に、興味はありません」


 ギリ、とショートケーキ団長が歯を噛みしめる音が聞こえるほど、距離が近くなる。

 さらに鋭くなった眼光が、むけられる。


 しかし。

 彼は、そこから動かなかった。

 膠着状態が続く。


 ――すると。


 ふとした瞬間。ほんの一瞬。

 剣先が、わずかに離れかけた。


 それを、見逃さなかった。


 後ろ手で手すりをつかむ。

 腕に力をこめ、足で床を蹴る。

 そして、体を反らして――

 落ちた。


 再び驚愕にそまったショートケーキ団長の顔が見えた、直後。


「うわあっ!?」


 柔らかいものの上に落ちる感触と、近くにいた人の驚く声がした。


 ……干し草。

 想定どおりだ。


 すぐ転がりながらはい出て、周囲を確認。

 声の主――従僕らしき男と、馬が一頭。


「失礼」


 彼が呆然としている隙に、立ちあがって馬の手綱をつかむ。

 そして、すばやく乗った。


「え!? あ、おい!?」


 男の制止の声も聞かず、馬を走らせた。

 襟の中に隠れていたあんこが出てきて、勢いで飛ばされそうになったのを押さえつける。


 ……洋菓子の世界。

 おかげでたっぷり見られたし、知られた。

 

 僕の誘拐の件で関わった「例の人」については、餡月郷(あんげつきょう)に無事に帰りついたら調べを進めればいい。


「…………」


 先程の、わずかに剣が離れた瞬間。

 あの、ショートケーキ団長のどこか悲しげな表情。

 震える手。


 ……橋本八重。八つ橋さん。

 彼女が、この国の根幹に関わる重要人物なのは、理解した。


 考えながら、しがみつくような体勢のまま馬で駆けていった。


 ◇◇◇


 逃亡した蜜森の行った先を見つめたまま、ヴィクトリウスは剣を腰に戻した。


「…………」


 ため息をつくだけで、蜜森を追いかけようとする素振りは見せない。


 すると、背後からバタバタと駆けてくる足音が近づいてきた。


「ショルテンハイム公! いかがされましたか!」


 やってきたのは、副団長のクリスだった。


 ヴィクトリウスは、彼を横目で一瞥しただけで、また視線を前方に戻した。


「……そなたこそ、どうした」

「いえ……! 公のお怒りの声がしたものですから。軍師は――」

「訓練の最中に、気を散らせたと申すか」


 ぐっと、クリスが言葉をつまらせた。

 そして、その場にひざまずく。


「……申し訳ございません。

 軍師が、ご無礼を働かないかと。あの者ならやりかねないと思い、お二人で外に出られたときから気にしておりました。

 ですが……誓って、盗み聞きはしておりません」


 頭を深く下げたクリスを、ヴィクトリウスは興味がないとばかりに、ちらりとも見ようとしなかった。


 ふう、と息を吐いたとき、クリスの肩がぴくりとかすかにはねる。


「無用な心配だ。あの者は……すでに去った」

「……去った?……まさか、逃亡を!? すぐに追っ手を手配いたします!」

「いらぬ」

「っ!?」


 ヴィクトリウスが、立ちあがって駆けだそうとしたクリスに視線をむけて、低く鋭い口調で言った。


「追う必要はない」

「し……っしかし、あの者は!」

「必要は、ないと申しておる……よいな」


 その言葉と視線には、反論を許さない強い圧力があった。


 クリスはそれをじかに感じ、再びその場にひざまずく。


「……は。承知、いたしました」


 戸惑いを隠せない様子のクリスに気づきつつも、ヴィクトリウスはその場から立ち去った。


 渡り廊下の先、薄暗い廊下を歩いていく。


 その最中――


『あなた個人に、興味はありません』


 ヴィクトリウスは、蜜森の言葉を思いだしていた。


「…………」


 常に無表情で、心の内がまるで読めない。

 だが、すくなくともあのときの言葉は、ヴィクトリウスには本心のように思えた。


『橋本八重さんの息子ですね?』


 ――その言葉がよぎった瞬間、足が止まった。


 上をむいて、目をつむる。

 しばらくそうした後――再び、前をむいて歩きだした。


 ◇◇◇


 馬がいうことをきかない。


 饅頭さんとの訓練で乗らせてもらった馬は、どれも軽く手綱を引けばすぐ止まってくれたのに。

 ……どうやら、こいつはじゃじゃ馬らしい。


 驚くには値しないが……さて、どうしたものか。


 現状、僕は「乗っている」より、「しがみついている」と表現したほうがあきらかに正しい状態だ。

 かろうじて、指示どおりの道を進んでくれているのが幸いだった。


 アイスクリームさんとのひと悶着の最中に見つけた、人気のない日陰が多い道を進んでいく。


 ――まもなく、懐かしい風景が見えてきた。


 餡月郷。


「…………」


 体をなんとかしてひねり、背後を見る。


 ……追っ手が、一人もこないのはどういうわけか。


 ショートケーキ団長が命令さえすれば、すぐにだれかしら追いかけてくるはず。

 彼が見逃した――追わないよう命令した以外に、理由はない。


 ……なぜ?


「そこの者、止まれっ!」


 気づくと、馬に乗ってこちらに近づいてくる二人組がいた。

 若い男女。甘誠組の制服を着ている。


 彼らを見て、ふう、と安堵の息がもれた。


「メローリアから来た者だな!?」

「ここは餡月郷だ! これ以上進むことは禁じられている! 今すぐ戻れ!」


 男女そろって、鋭い声。


 ……あとのほうの警告を発した男のほうは、どこかで聞いたおぼえのある声だった。

 けれど、顔は覚えがない。だれかに似ている気はするけど。


「……戻れませんし止まれません」

「なに!? 従わねば――」

「待て、萩!」


 女性のほうが、慎重にこちらに近づいてきて、顔をのぞきこんできた。

 瞬間、彼女ははっと目を見開いた。


「やはり! あなたは軍師様ですね!?」

「軍師……!? 本当か!?」


 男のほうも、驚きながら顔を見ようとしてくる。


 なんとか、すこしだけ体を起こす。

 二人を順に見ながら、うなずいた。


「……あなた方は?」

「甘誠組四番隊隊士、大丸(だいまる)牡丹(ぼたん)と申します!」

「三番隊隊士、大丸(だいまる)萩之介(はぎのすけ)と申します!」


 ……二人そろって、大丸?

 そうザラにある家名ではない、はず。


「……大福さんの、ご家族の方ですか」

「はっ! 局長の福之進(ふくのしん)は、我が父上にございます!」


 女性の返事を聞き、納得した。


 ……子ども、いたんだな。

 たしかに、二人とも大福さんに似た太眉。

 特に男のほうは、あの人の面影がある。


 ……なるほど。

 大福さんとつぶ餡さんの子が、ぼた餅とおはぎか。

 妙にしっくりくるな。


「里帰りされていたとお聞きしました! 今日お戻りの予定だったのですね!」

「父上たちも、久々に軍師様の顔を見られてお喜びになるでしょう!」


 ……里帰り、か。

 幹部の間で箝口令をしいていたんだな。


 嬉しそうに笑いながら言う二人を見て、首を横に振った。


「……それどころではありません」


 落ちそうになって、再度馬にしがみつく。

 手綱を強めに引くも、変化なし。


 ……これは、無理だな。


「先程も言いました。止まれません」

「え!?」

「こんなに……速く、馬を走らせるのは初めてです。あと、この馬そもそも、いうことを聞きません」


 二人が、目を見開いて息をのむ。


 疾走状態の馬を止めるには、手綱を操って従わせるしかないのだが。

 引きが甘いのか、それとも逆に強いのか。

 はたまた、角度の問題か?


「萩! 急ぎ局長に連絡を!」

「お、おう!」


 おはぎさんが、馬に乗ったまま離れていく。

 逆に、ぼた餅さんが近づいてきた。


「軍師様、がんばってください! もうすこし体を起こせますか!?」


 彼女は、片手を離してこちらにその手をのばしてきた。


 ……この速さで走らせながら、片手離し。

 すごいな。乗馬の名手か。


 感心しながら、なんとか体を起こそうと――


「っ!?」


 まずい。


 (あぶみ)を踏みこんで、手綱を思いきり引いてしまった。

 途端に、驚いたらしい馬は急停止。

 バランスを崩して、地面に投げだされた。


「軍師様っ!」


 同じく放りだされたあんこが、目の前にべちょ、と着地する。


 ……腕、が。


 そばで何度も、僕を呼ぶぼた餅さんの声がする。

 しかし、返事もできずに――ただひたすら、激痛に耐えていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

これで三章は終わりです。

次の四章は、主人公が餡月郷に帰還して、軍師としてもまた復帰して腕を振るう話になります。

明日も20時頃に更新予定なので、よろしくお願いします!

感想、評価等もお待ちしております。励みになるので、お気軽にどうぞ。

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