それは奇妙な光景だった。
それは奇妙な光景だった。
広々としていて、屋根も高くできている、学校の体育館のような訓練場。
そこに、ずらりと並んだ団員たちが、一対一になって稽古をしている。
使っているのは――真剣。
……訓練ではなかったのか。
「整列!」
僕とショートケーキ団長が中に入った途端、クッキーさんの号令がかかる。
すぐさま駆けだす団員。
全員がビシッと整列し、背筋をのばした「気をつけ」の体勢になった。
「ヴィクトリウス・ショルテンハイム閣下に、敬礼っ!」
再びクッキーさんの号令で、全員そろって敬礼する。
……面倒くさがりなアイスクリームさんまで。
さすがに壮観だ。
「此度は、見てのとおり甘誠組の軍師――ゆくゆくは我が軍の軍師になる者が来ている」
ショートケーキ団長が、そこまで言って一旦切り、団員たちを見回した。
「存分に、力を発揮するがよい」
「はっ!」
……うるさい。
あんこが、びくっと震えて襟の中に隠れた。
団員たちが再び敬礼をしたのち、各自のポジションに戻って訓練を再開した。
……やはり、どう見ても真剣。
光が当たったときの反射具合も、ぶつかりあったときの音も、金属のそれだ。
「……真剣を使うのですね」
振りかえり、用意されていた専用の椅子に座ったショートケーキ団長を見る。
そばには、騎士団の制服とはすこしだけ形が違う服を着た人物が、数人。
……取り巻きないしは、世話係。
「当然だ。相手を殺せる武器を使ってこそ、本気になれるというものではないか」
ショートケーキ団長が、拳で頬杖をついて、気だるそうに答えた。
「そなたの甘誠組では違うのか」
「……はい」
「生ぬるいですな! 国、ひいては陛下をお守りする役を担うのは、やはり我らこそふさわしい!」
取り巻きの一人の男が、声を張りあげた。
……ショートケーキ団長に軽くにらまれて、すぐ身を縮めて下がっていったけれど。
「……もし、ケガをしたらどうするので?」
「治せばよかろう」
「治るまでに時間がかかるようなケガをした場合は?……腕を切り落とした、とか」
「さすれば、それはその者がそれまでの者だった、というだけだ」
さも当然のように言いはなったショートケーキ団長。
思わず、ため息が出た。
「……非効率ですね」
取り巻きたちが、一斉にこちらを見る。
全員が動揺しているのは、あきらかだった。
「なにが、非効率だと?」
「兵の補強のための時間を、自ら作ろうとしているところです」
ショートケーキ団長は、眉一つ動かさない。
……緊張感は、たしかに大事だ。
けれど、リスクは無視するべきではない。
そのまましばらく、ショートケーキ団長と見つめあった。
先に視線を外したのは――彼。
右に立っていた中年の男に顔をむけ、無言であごを動かした。
「は。僭越ながら、ご説明いたします。
使っているのはたしかに真剣ですが、覆いをつけてある専用の剣です」
「……覆い?」
「もうすこしお近づきになられたら、見えるかと。
かなり薄いですが、当たったとしても大きなケガを負うことはありません」
言われて、一番手前にいるコンビに近づいた。
……見えた。
たしかに、うっすらと膜が張っているようだ。
「……あれで、本当にケガを防げるので?」
「はい。薄い膜ですが、丈夫にできておりますゆえ。
ミルクを温めたときにできる被膜から着想を得て、生みだされた代物にございます」
……なるほど。
特殊オブラート被膜、とでも言うべきか。
さすがは洋菓子軍。
「せっかくだ。我らの組を考えてみよ」
オブラート被膜をじっと見ていると、ショートケーキ団長からお声がかかった。
……組。
グラサージュ・マッチの組みあわせ。
周囲にいる取り巻きたちが、不審そうにじろじろとこちらを見てくる。
「……お尋ねしても?」
「なんなりと申せ」
「あなたが、第一試合や第二試合で、だれかと組んで出場することは可能ですか?」
すると、ざわり、と再び動揺が広がった。
「なにを申すか! ヴィクトリウス様が前座になど――」
一人が唱えようとした異議を、ショートケーキ団長が手をあげて止める。
「可能だが、なぜそんなことを聞く?」
「……直近の二試合、あなたはいずれも最終の単騎戦に出ておられました。
固定されているわけでは?」
「ない。だが……いい読みだ」
ショートケーキ団長が、訓練中の団員たちへと目をむける。
クッキーさんの声が、離れたところにいるのによく聞こえてくる。
「粉ふいてんじゃねぇ!」とか、「ベタついてんぞ! もっと距離とれ!」とか。
……デジャヴ。
「クリスを始めとする幹部どもが、我に戦わずして勝利を届けると息巻いていたものでな。
命令はしていなかったが、たしかに固定していたようなものだ」
……それは、この人の無言の圧力もおおいに関わっていた可能性が高い。
彼らにとっては、ショートケーキ団長と組んで戦うなど考えられない話だから。
「……もう一つ、よろしいですか」
ショートケーキ団長、かすかにうなずいた。
「こちらでは、幹部ではないお方が出場することは許されていますか」
「幹部ではない団員? なにをばかなことを――」
別の人が半笑いで言ったのを、また封じこめられて下がっていった。
「無論だ。勝利を手にする力を持っている者であればな」
「……ありがとうございます。では、すこしだけ」
「あまり時間をかけてくれるな。我を……退屈させないように」
「…………」
会釈して、その場から離れて一人一人を見回した。
アイスクリームさんに近づいたときは、あからさまに嫌そうな顔をされた。
クッキーさんも似たような反応で、加えて舌打ちをされた。
プリンさんは、ちょっと顔を引きつらせただけ。
シュークリームさんは、近づいてもこちらには一切見向きしなかった。
……つくづく、思う。
これを見せたのは、僕を帰す気はさらさらないという、ショートケーキ団長の意思の表れ。
あらかた見てまわり、元のショートケーキ団長が待機している場に戻った。
「どうだ」
「……ベストな組は、第一試合にシュークリームさんとプリンさん。
第二試合にクッキーさんとアイスクリームさん。
最後の単騎戦は、ショルテンハイム公。固定で問題ありません」
ショートケーキ団長が、意外そうに目を丸くした。
……やっと、表情が動いた。
「シュークリームだのプリンだの……なにを言っている? だれが菓子の話をしろと――」
「では、どう戦わせる?」
言葉を封じられた取り巻きの一人が、ぐっと押し黙る。
……ショートケーキ団長は、理解してくれている模様。
一拍置いてから、口を開く。
「……まず、第一試合。シュークリームさんは、敵の攻撃を防ぐ。プリンさんはその防御を補強」
「二人そろって守りに入るわけか」
「相手のミスを誘いつつ消耗させてから、一気に攻めに入ります」
「攻めにも連携が必要か」
「当然です」
ショートケーキ団長の目を見て、はっきり言った。
もはや、取り巻きたちの中でむやみに意見を言ってくる人はいなくなっていた。
「……前回、お二人はなぜそうしなかったのかと考えました」
「ほう……答えは出たのか」
「そうしなかったわけではなく、できなかったのです」
興味なさそうに細められた彼の目を、じっと見る。
……答えなんて、明白だ。
あのときの状況を考えれば。
「ここで負ければ終わる……つまり、あなたの圧力があったためです」
「な……! 貴様! ヴィクトリウス様のせいで負けたと申すか! 無礼な!」
「よい」
一歩前に出た取り巻きの一人を、たった一言で下がらせた。
……それだ。その圧力だ。
「その二の舞にならぬようにと、シュリオとプリモを第一試合にもってきたわけか」
うなずいて、答える。
横目で見てきたショートケーキ団長が、かすかにほほえんだ。
「では、第二試合のクリスとアイザックはどうする?」
「……アイスクリームさんは、序盤は守りに。体勢を崩させて、クッキーさんで攻めます」
「アイザックは高い瞬発力と力が持ち味だ。守りに徹すれば、あとが続かなくなる」
「……徹する必要はありません。目的は、相手の体勢を崩すことです」
冷凍庫から出したばかりのアイスクリームを想像すれば、わかりやすい。
あの硬さを、生かさない手はない。
柔らかくなってきたら、クッキーですくって一緒に食べると美味い。
……つまり、防御から攻撃へ。それも、二人同時攻撃。
そういうことだ。
「……たしかに。悪くない案だ」
ショートケーキ団長が、わずかに口角を上げて、言った。
……気に入ってもらえた様子。
最低限の仕事はできた、と言える。
「団長っ! 軍師様っ! 私の鋭い剣さばき、見ていただけましたかぁ?」
プリンさんが、こちらにすこし近づいてきて声をかけてきた。
……さすがに団長相手では、一人称は「プリちゃん」じゃないんだな。
「そなたの守りの力を、軍師がおおいに買っているようだ」
「ええっ!? ホントですかぁ? 光栄ですぅ!」
プリンさんが、握った拳を胸元で重ねて片足をあげた。
「じゃあ、軍師様っ。もっとがんばるので、なにか応援メッセージいただけませんかぁ?」
「……応援メッセージ」
「はいっ! 私が元気になるような、特大の! お願いしますぅ」
プリンさんへの激励の言葉、か。
……なら、いいのがある。
「『す』が入らないように気をつけてください」
――瞬間。
訓練場にいたほぼ全員が、動きを止めた。
空気が、文字どおり凍ったような感覚。
「……は?」
プリンさんが、顔を引きつらせた。
口角がぴくぴくと震えている。
「今……なんて言った?」
「『す』が入らないようにと――」
「ばか野郎っ!」
クッキーさんが駆けよってきて、僕の口を慌てて塞いできた。
取り巻きたちは恐れおののいている様子で小刻みに身を震わせている。
沈着冷静なショートケーキ団長でさえも、戸惑っているように頬杖をやめて身を起こし、眉間にシワを寄せていた。
……予想以上の反応だな。
「てめぇっ! ふざっけんじゃねぇぞ、ああん!? だれの顔が崩れるって!?」
プリンさんが、中指を立ててブチ切れていた。
未だかつてないキレっぷり……ここまで怒る場合もあったんだな。
クッキーさんにあんこを投げつけて、怯んで手が外れた隙に答える。
「あなたです」
「言ってろ、このドくされ軍師がぁ! こいつ殺ったら、次はお前ぶちのめしてやっからなぁ!」
プリンさんは持ち場に戻って、相手をしていた団員をどつき始めた。
……相手の人は、不運だったとしか言えない。
「お前……! どうすんだよ! あいつ、しばらく止まんねーぞ! 面倒事起こしやがっ――」
そこで、クッキーさんの言葉を遮る、笑い声。
ショートケーキ団長だ。
肩を動かしながら、口を閉じたままくつくつと笑っている。
「人の心を操ることにも長けているか……面白い」
唖然と彼を見つめる周囲の人。
クッキーさんから、不機嫌になってしまったあんこを奪いかえして、首を傾げた。
面白い……なにがだ?




