問題が山積みだ。
問題が山積みだ。
ただ……ひとまず、誘拐に関わった可能性が高い「あの人」については、今考えても非効率。
もう一つの気になったことを解決すべく、顔を上げてシュークリームさんを見つめた。
「僕は取り調べを受けておりませんが」
「あなたは特例です。それを飛ばしてもいいと、許可が下りたのです」
「ガレオ王からですか?」
「ええ。団長のヴィクトリウス様が直々にお話を通して、実現しました。
このような栄誉を受けられる者は、そうそういないでしょう」
シュークリームさんは、人を見下すようにして、誇れと言わんばかりの態度のまま続けた。
……肝心の、本人の意思を無視しているわけだけどな。
「もちろん、それにはあなた自身の同意が必要になります。
ガレオ王からも、しっかり言質を得るようにと命を受けております」
「……なるほど」
ガレオ王も、僕の存在は認知している。
その上で、無理やり自分たち側に引き入れる気はない。
あくまで「本人の意思があったから」と、したいようだ。
甘いな。
やはり本場の洋菓子は、和菓子を食べなれている者には甘すぎる。
……それとは別に、気になる。
移住に関わる法律の件だ。
餡月郷からメローリアへは条件つきで許されているのに、なぜ逆は禁止されているのか。
メローリアでその法律ができた背景に、答えがあるはず。
「……『移住者受入法』は、メローリアができた当初からあったのですか?」
「いいえ。意外でしょうが……比較的新しい法律なのです」
シュークリームさんが、開いたままの本の別のページを開いて、指をさした。
「ここにあるとおりです。施行は、ガレオ王が領主に就任して二年目。
我らが騎士団では、先代――ヴィクトリウス様のお父上が団長を務めていらしたときです」
本を改めて手にとって、よく読んでみた。
ヴィクトリウス様もといショートケーキ団長。
その父親、スコルティウス氏とおぼしき人物が、玉座に座ったガレオ王にむかってひざまずいている光景の挿絵がのっている。
法律が施行されたのは、数字にするとだいたい30年くらい前。
たしかに、法律の中では新しい部類に入るだろう。
……スコルティウス・ショルテンハイム。
父親はちゃんと、スコーン生地の本場のショートケーキだったか。
ショートケーキ団長とかぶるので、この人はスコーンさんとしよう。
彼がなぜその法律を作るよう進言したかまでは……書かれていない。
「……法律についての協議は、秘密裏に行われていたのでしょうか」
「当然です。万が一にも、協議中に公に出ては問題でしょう。
なにより……その法律以上に、重大な件が話し合われていたそうですから」
「重大な件?」
シュークリームさんは、そこで言葉を一旦切り、いかにも不本意そうに大きく息を吐いた。
「……我らがメローリアと、あなた方の餡月郷。
この二つで、ピエスモンテを共同統治する件についての話し合いです」
「……共同統治」
ピエスモンテまたは瑞菓国――この国を、和菓子と洋菓子で?
そんな話が、比較的最近とも言えなくない頃に提案されていた?
……悪くない話だ。
けれど、本にはその件についての具体的な記述は見当たらなかった。
協議が不成立に終わったのは当然。
でも、それが行われていた事実すら書かれていないとは……どういうことだ?
「そちらについては、あなた方の領主に提案をする前に、ある理由で立ち消えになってしまったそうです」
「……その理由とは?」
「発起人の、スコルティウス様が急病で倒れられたのです。
ガレオ王の側近の中には反対していたお方も多かったらしく……結局、正式な協議は行われずに終わりました」
……なるほど。
「移住者受入法」は無事成立した。
けど、もう一方の本丸は叶わなかった、と。
「……当時の情勢は、どのような状態だったのでしょうか」
「情勢、ですか……
誤解しないでいただきたいのですが、決して我々が劣勢に立たされていたわけではありません。
当時は、『同じ国にある領地』という意識は薄かったようです」
「……メローリアから見た餡月郷、餡月郷から見たメローリアは、いわば他国のようなものだったと」
そう言うと、シュークリームさんがうなずいた。
……なら、メローリアから餡月郷に移住が禁止されているのも、わからなくはない。
逆の場合、情報提供を義務化することで許可される法律ができたのも。
現代社会のある国とある国に、すこし似ている気がしないでもないな。
「双甘大試――グラサージュ・マッチが行われるようになったのは?」
「公には、ガレオ王の発案に、餡月郷の領主の同意があって成立したと言われています」
……ガレオ王から。洋菓子側からの、提案。
なぜ?
事実上、別々の国として機能していたのなら、覇権を争う必要はないはず。
共同統治なんて考えも、生まれるはずがない。
スコーンさんが、ガレオ王に進言した内容とは?
共同統治の件は残念ながら流れたわけだけど……
待て。
それなら、こんな仮説が成り立つ。
それの延長線上に、双甘大試もといグラサージュ・マッチがある。
実現しなかった共同統治の代わりに、その思想――殺し合いのような無益な争いをさける考えだけは残った、と。
本は……それについては、なにも教えてはくれなかった。
「……あなたはどう思いますか」
「なにがですか?」
本を閉じ、シュークリームさんを見つめた。
「共同統治について。なぜ、スコーン――スコルティウス氏は、それを提案したと思いますか?」
そう聞くと、彼はうつむいて沈黙。
すこしして、射抜くような目線をむけてきた。
「スコルティウス様は、すこし人がよすぎる部分があった……と、ヴィクトリウス様が以前おっしゃっていました。
ですから、長年続いていた対立に、本気で終止符を打ちたかったのかもしれません。
もしくは……そうしたほうが利益につながる、とお考えになった可能性もあるかと」
「……では、もし実際に協議が行われていたとしたら、実現していたと思いますか?」
「ありえません」
切り捨てるように、即答。
首を傾げて、理由を問う。
「我々とあなた方では、文化が違いすぎます。
相容れない部分が多すぎて、かえって争いの火種を生むだけです」
……それも一理ある。
シュークリームさんは、自信ありげな態度のまま、テーブルの上の本を眺めたのち、またこちらをむいた。
「……興味は、尽きませんけれど」
「興味?」
「ええ。まったく別の文化で……なぜ我々と同じ道を歩まないのか。その愚かさにです」
「……そうですか。僕もです」
借りた本を、手で押しかえす。
「違っているようで、根本は同じなあなた方に」
「……同じ?」
「今までお世話していただいたお三方と触れ合って、いろんな話を聞かせていただいて。
つくづく、そう思いました」
シュークリームさんが、途端に眉間にシワを寄せる。
僕が返した本を、素早くたぐり寄せた。
「訂正してください。
あの三人からなにを得たのかは知りませんが、同じなどとは冗談でも言われたくありません」
「……あなたは、餡月郷になにか恨みでも?」
シュークリームさんは、立ちあがって本の片づけを始めてしまい、その問いには答えなかった。
……図星か。
シュークリームさんを見つめ、意識を集中。
(ウソつき……やっぱりあなたは、ウソつきだ!)
幼い声。
そして、幼い頃のシュークリームさんに見える子どもが、空にむかって泣き叫ぶ姿。
……ウソつき?
「あなた」とは、だれだ?
「そうやって、あの三人を懐柔したわけですね。残念ですが、私はその手は食いません」
「……そうですか」
返事しながら、ようやく理解した。
むやみにこの力を使ったところで、解決しない問題が増えるだけだと。
「……ありがとうございます」
シュークリームさんがぴたりと手を止めて、顔をむけてきた。
「おかげで、僕はここにはいてはいけない気持ちが高まりました」
「……そうですか」
小声で返事をし、片づけを再開。
その後、職員を呼びつけて、本を運ばせていた。
「ヴィクトリウス様に、きちんと報告させていただきます。あとはあのお方のご判断次第です」
「……おまかせします」
半ば、「立て」と命令しているかのような威圧感を帯びたシュークリームさんに従って、立ちあがる。
そして、無言で歩きだした彼のあとについていった。
……共同統治。
実現すれば、好きな人と好きなように一緒になれる。
和菓子も洋菓子も、好きなときに食べられる。
……そうだな。やはり、やるしかないな。
ずっと退屈そうにしていて、僕の肩の上で寝転んでいたあんこを立たせながら、決意した。
◇◇◇
兵舎に戻ると、まっすぐショートケーキ団長の執務室へとむかった。
「ヴィクトリウス様。シュリオです」
「……入れ」
扉にむかってシュークリームさんが声をかけると、すこし遅れて中から返事がきた。
「失礼いたし――」
開けて中に入った直後、シュークリームさんが固まった。
椅子に座ったショートケーキ団長に、まとわりついている女性が、一人。
……見覚えがある人だ。
たしか……そう。
ナターシャ・クレムもとい、生クリームさん。
どら焼きさんをたぶらかして、金をせびっていた人物。
長くて白い髪を一つにまとめて、体の前に流している。
メイクのせいなのか、目が異様なほど大きく見える。
服は、チャイナドレスに似たスリットのあるワンピース。
……違和感がすごい。
「なにを……されているので?」
「いやですわ。そんな怖い顔をしないでくださいな。
ヴィクトリウス様に、日頃のお礼をお伝えしていただけですのよ」
生クリームさんが、ショートケーキ団長の肩に触れる。
しかし、彼はその手を優しく払うようにどけた。
「報告か」
「はい。よろしいでしょうか」
シュークリームさんが答えると、ショートケーキ団長が彼女にアイコンタクトをする。
生クリームさんは、「はぁい」と言いながら、彼から離れた。
そして、なぜかこちらへ。
「ねぇ。あなた、甘誠組の軍師様でしょう?」
「……そうです」
「どうしてここにいるかも気になりますけど……もっと気になるのは、土井様のことです。
最近、全然会ってくださらないの」
土井様……どら焼きさん。
そうか。話してなかったんだな。
「結婚しました。彼はもうあなたに援助はしません」
「……えっ? 結婚?」
「はい。こし餡さんと」
「……コシアン?」
生クリームさんは、目を丸くして呆然と立ちつくした。
しばらくそうしていたが……まもなくため息をついて、肩を落とした。
「なーんだ……そういうことでしたの。あーあ、残念。お客が一人減っちゃった」
生クリームさんは、うつむき加減で前に流した髪をつまんでくるくると回した。
「まぁ、別にいいですわ。
あの方、はした金しかくれなかったもの。
ほんっとうに、餡月郷の方々はガードが堅い上に割が合わないわぁ。
新しい人見つけるなら、やっぱメローリアですわね」
「……そうしてください」
切り替えが早い。合理的だな。
生クリームさんは、その後ショートケーキ団長に一言軽くあいさつをして、執務室を出ていった。
「シュリオから報告は聞いた」
ショートケーキ団長が、にらむように見てきた。
「明日、全隊訓練が行われる。同行せよ」
「……同行? あなたと、ですか?」
「そうだ。さすれば……だれに従うのが得策か、すぐにわかる」
なるほど、とつぶやいて、うなずいた。
……最後は、ショートケーキ団長直々にここのことを教えてくれるわけか。
つまり……帰る日が、近い。




