シュークリームさんが意外だった。
シュークリームさんが意外だった。
朝食で、バランスのいいメニューをいただいている僕に対し、彼は小皿のスープと白パンが一つだけ。
……中身のクリームがあまりないタイプなのか。
それもそうか。
本場はそういうものだと聞いたおぼえがある。
「アイザックを懐柔したそうですね」
「……懐柔?」
食べおわったスプーンを置いて、ナプキンで口を拭いたシュークリームさんが言った。
「ええ。ヴィクトリウス様への報告にきた際、たまたま私もその場にいたのですが……ずいぶん大人しかったので」
「……報告を落ちついて行うのは当然では」
「もちろん。ですが、彼は普通の枠に入る者ではありません。荒れているはずと踏んでいたんですよ。
そうでなくとも、最後まであなたを引き入れることには反対していたので」
シュークリームさんが、目だけを動かして鋭い視線をむけてくる。
「あれではまるで、『パイを包みにいった者が包まれる』ようなものです。
いったい、なにをなさったので?」
……パイを包みにいった者が包まれる?
教訓的な言葉にまでお菓子用語が用いられているのか。
面白いな。
「……心当たりはありません。彼の考えが変わっただけでは?」
「……そうですか?」
怪しんでいるようにこちらをうかがっているシュークリームさんにむけて、うなずいた。
……最後にアイスクリームさんが言っていた、忠告の言葉。
『帰れるときに帰ったほうがいいよ』
あれにはたしかに、会ったばかりのときのような敵視している雰囲気は、感じられなかったけれど。
なぜあんなことを言ったのかは、本人しか知らない。知る必要もない。
「弁が立つあなたのことですから、うまく丸めこんだのかと思っていましたが」
「……否定はしません」
クロワッサンに似たパンをちぎり、なにもつけずにあんこに与えてみる。
……あまり喜ばなかった。
そこで、ティーカップを傾けながらこちらをじっと見ているシュークリームさんに気づいた。
「……今日は、あなたが相手をしてくださるので?」
「ええ。なにかご希望はありますか?
『メローリアで』したいこと、見たいもの……できるかぎりご希望にそえるよう努力しますよ」
餡月郷に帰りたいなどとは言わせない、と圧力か。
……ならば。
「乗馬をさせていただくわけには?」
「乗馬?……なにをおっしゃっているのですか。却下します」
シュークリームさんが鼻で笑った。
……彼はやはり、ガードがかなり高い。
「あきらかに運動不足だと思ったので」
「……聞いていますよ。プリモから始まって、いろいろなお菓子を提供していると。
まったく……呆れたものですね。
そんな餌づけのようなことをしても、大した効果はないでしょうに。特に、あなたのような頭の切れるお方には」
「……そうですね」
「そもそも。甘いお菓子なら、餡月郷にもたくさんあるのでしょう?」
それには、一応うなずいておいた。
……和菓子と洋菓子は、まったくと言っていいほど別物だけどな。
そこで、ふと思いついた。
「では……お菓子以外でメローリアがいかに優れているかを教えてください。たとえば、歴史とか」
「……それは殊勝な心構えですね。いいでしょう」
シュークリームさんが、音を立てずにカップをソーサーに置いた。
「では、それにふさわしい場所へお連れします」
そう言って、シュークリームさんは給仕係の人を呼んで、なにか指示していた。
まもなく、騎士団の制服を着た人――シュークリームさんの部下らしき人がやってきた。
「急ぎ手配いたします」
「頼みましたよ」
「はっ」
ビシッと一礼して短く返事をした部下は、踵を返して足早に出ていった。
「……ふさわしい場所、とは?」
「図書館です。様々な教養書を所蔵しているので、ちょうどいいかと」
「……なるほど」
……図書館。
そういえば、貸本屋で借りたあの本、返せていなかったな。
延滞料の制度があるなら厄介だ。
考えつつ、朝食を手早く終わらせる。
一旦部屋に戻って待機していると、すこししてシュークリームさんがやってきた。
「あんこは同行可能ですか?」
「……資料に悪影響なものを分泌しないのでしたら、可能です」
そう言いつつ、シュークリームさんはあまいいい顔をしていなかった。
墨はどう考えても悪影響だけど、吐かせないようにすれば問題ない。
シュークリームさんに連れられて、外へ。
馬車に乗りこんで揺られ、10分足らず。
立派な庭園を有する、広い平屋建ての建物の前に到着した。
木造で、木の温かみを感じられる。
加えて、利用者は大勢いるのにしずか。
勉強や、一人で考え事をしながら過ごしたいときは、落ちつけるので最適かもしれない。
僕は気に入ったが、あんこは落ちつかない様子で、そわそわと辺りをしきりに見回していた。
……ここからは墨吐き厳禁。よく見ておく必要がある。
あんこの動きに目を配りつつ、前を歩くシュークリームさんのあとに続く。
彼は一言も喋らず、ときどきこちらを確認しながら歩いている。
そうして、整頓された状態で本がおさまっている書架の間の通路を通って、ある部屋の前で止まった。
中は、広々とした個室になっていた。
一つだけあるテーブルに、二脚の椅子。
テーブルの上には、何冊もの本が山になって置かれていた。
「どうぞ、おかけください」
上座の椅子を勧められ、座る。
「これらは参考書として用意させたものです。
ご希望どおり、メローリアの歴史をかいつまんで説明します」
「……よろしくお願いします」
むかい側に座ったシュークリームさんにむけて、軽く会釈した。
うなずくシュークリームさん。
「ではまず、メローリアの成り立ちから」
彼が、手前の山の一番上にある本をとって開き、テーブルに置いて見せてきた。
豪華なマントを羽織った、威厳あるヒゲをたくわえた人物の肖像画が挿絵にあった。
「ガレンティーノ・ド・ロワーヌ。メローリアの住人の間では、英雄と称されているお方です。
彼がメローリアという領地を作り、以降その血を受け継いだ方々が統治してきました。
現在の王は、ご存じのとおりガレオ・デュ・ロワーヌ様です」
ガレオ・デュ・ロワーヌ。
……確信。やはり、ガレット・デ・ロワだったか。
見せてもらった本を手にとって、読んでみた。
すこし読んで……妙な点に気づく。
なんでこんなに、いい話ばかりなんだ?
表紙を見てみると、「メローリア英雄伝」とある。
……なるほど。
「これは創作物ですね」
「……創作物?」
うなずきながら、本を閉じた。
「敗戦や都合の悪い記録が一切ないので」
「……実際、そうだったからですよ」
「領地ができてから、まだ数年しかたっていないならそれもありえますが」
シュークリームさんが不快そうに目を細め、自身が開いていた別の本を閉じた。
「……なるほど」
そう言って、積まれた本の下のほうにあった一冊を手にとり、広げてめくり、そのページを見せてきた。
「今から五代前、ギャビン王の頃には悪法ともいえる法律がありました」
受けとった本を読む。
その法の名は、「砂糖供給管理法」。
砂糖のもととなる蜜石もといシュガライトはすべて、領主が管理すると定められた法律だ。
……法律、か。
自分たちこそが「国家」だって自負があるわけだな。
それはまぁ、別にいいけれど。
「なぜそんな悪法が?」
「ご存じのとおり、砂糖は今でも重要な財源です。ゆえに、その取り引きで富を蓄えて力をつける者が増えつつありました。
そういう者たちが必要以上に増えないようにして、盾ついてこないようにするため――とする説が、一番有力だと私は思います」
……その面だけ考えれば、有効とも言えなくないけど。
「結果、市場の動向に合った供給ができなかったため、物流が大混乱に陥ったそうです。
それが大きな要因となり、ギャビン王は退位に追いこまれたとされています」
説明を聞きながら、さらに本を読んでいく。
彼が退位してすぐ、息子のゲオルグが即位。
「砂糖供給管理法」はすぐに廃止されたが、混乱した物流が落ちつくまで半年かかったらしい。
……よく半年で済んだ、といったところか。
ここまでの記述があるなら、この本は比較的信憑性が高いといえる。
「では次に――失礼」
シュークリームさんが語りだそうとしたとき、扉がノックされた。
一瞬眉を寄せた彼は、一言断ってから立ちあがり、応対すべく扉に近づいた。
「なんですか?」
「お邪魔してしまい、申し訳ありません。シュリオ様への、急ぎのご伝言をお預かりいたしました」
顔をのぞかせてきたのは、この図書館の女性職員。
……にしても、違和感。
顔を寄せて話しているため、内容は聞こえない。
しばらくして、シュークリームさんがうなずくと、女性職員は一礼して去っていった。
「失礼いたしました」
「……お急ぎの用件では?」
戻って椅子に座りなおしたシュークリームさんに、聞いた。
「問題ありません。事後報告でしたので」
「……では、今のお方は?」
「ただのここの職員です。なにか気になりますか?」
うなずく。
シュークリームさんは小さくため息をついて、目の前に置いていた本を隅に寄せた。
「彼女は元々、餡月郷に住んでいた一族の出です」
「……餡月郷に」
彼女の姿を、思いだす。
たしかに、顔や小柄な体つきを見るかぎりでは、それもうなずける。
だけど……ここは、メローリアだ。
「法律的に、それは可能なのですか?」
「可能です。もちろん、監視付きではありますが」
「……監視付き」
シュークリームさんが、一度扉のほうへ目をむける。
「名は、オキノ・チズカ。文字で表すと……こうです」
シュークリームさんは、メモ用の紙を引き寄せて、羽ペンでそこに文字を書いた。
すこしいびつではあるが、漢字に似た文字で「沖野珍寿香」と書かれていた。
……ちんすこう。
たしかにあれは、和菓子洋菓子どちらだと言われても、違和感がある。
「餡月郷に移住してしばらくたっても、生まれ故郷の言語を使いつづけたこと。祭礼の際に独自の作法を用いたこと。
それらのせいで異端者扱いされ、追いだされたのです。メローリアでもあまり歓迎されなかったようですが」
「……詳しいですね」
「移住者の管理は、私の部隊が担当なので。監視対象者に関する資料はすべて頭に入れてあります」
シュークリームさんが、自慢げにすこし背中をそらして言った。
……規則を破ったわけでもないのに、追いだされた。
彼女が、どこか哀愁を帯びたような雰囲気をまとっていたのは、そんな背景があったからか。
「……監視をつけてもらえば、餡月郷の住人でもだれでも移住できるのですか?」
「それは誤解です」
シュークリームさんは、「一応用意しておいて正解でしたね」と言いながら、一番端の山の中にあった本を持ってきた。
その本のあるページを出して、指をさして見せてきた。
「『移住者受入法』という法律があります。
移住希望者は、まず厳重な環境下での取り調べを受けていただきます。
問題がないと判断されれば、餡月郷に関する情報を提供することを義務として課します。
それに同意し、十分な情報提供ができた者だけが住人として認められます」
餡月郷についての情報提供を義務化?
……待て。だとしたら。
僕の誘拐の件も、そのだれかが関わっている可能性は大いにある。
そこまで考えて、ふと思いうかんだ人がいた。
……難儀な話だな。




