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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第三章 洋菓子

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シュークリームさんが意外だった。

 シュークリームさんが意外だった。

 朝食で、バランスのいいメニューをいただいている僕に対し、彼は小皿のスープと白パンが一つだけ。


 ……中身のクリームがあまりないタイプなのか。

 それもそうか。

 本場はそういうものだと聞いたおぼえがある。


「アイザックを懐柔したそうですね」

「……懐柔?」


 食べおわったスプーンを置いて、ナプキンで口を拭いたシュークリームさんが言った。


「ええ。ヴィクトリウス様への報告にきた際、たまたま私もその場にいたのですが……ずいぶん大人しかったので」

「……報告を落ちついて行うのは当然では」

「もちろん。ですが、彼は普通の枠に入る者ではありません。荒れているはずと踏んでいたんですよ。

 そうでなくとも、最後まであなたを引き入れることには反対していたので」


 シュークリームさんが、目だけを動かして鋭い視線をむけてくる。


「あれではまるで、『パイを包みにいった者が包まれる』ようなものです。

 いったい、なにをなさったので?」


 ……パイを包みにいった者が包まれる?


 教訓的な言葉にまでお菓子用語が用いられているのか。

 面白いな。


「……心当たりはありません。彼の考えが変わっただけでは?」

「……そうですか?」


 怪しんでいるようにこちらをうかがっているシュークリームさんにむけて、うなずいた。


 ……最後にアイスクリームさんが言っていた、忠告の言葉。



『帰れるときに帰ったほうがいいよ』



 あれにはたしかに、会ったばかりのときのような敵視している雰囲気は、感じられなかったけれど。

 なぜあんなことを言ったのかは、本人しか知らない。知る必要もない。


「弁が立つあなたのことですから、うまく丸めこんだのかと思っていましたが」

「……否定はしません」


 クロワッサンに似たパンをちぎり、なにもつけずにあんこに与えてみる。

 ……あまり喜ばなかった。


 そこで、ティーカップを傾けながらこちらをじっと見ているシュークリームさんに気づいた。


「……今日は、あなたが相手をしてくださるので?」

「ええ。なにかご希望はありますか?

 『メローリアで』したいこと、見たいもの……できるかぎりご希望にそえるよう努力しますよ」


 餡月郷(あんげつきょう)に帰りたいなどとは言わせない、と圧力か。


 ……ならば。


「乗馬をさせていただくわけには?」

「乗馬?……なにをおっしゃっているのですか。却下します」


 シュークリームさんが鼻で笑った。


 ……彼はやはり、ガードがかなり高い。


「あきらかに運動不足だと思ったので」

「……聞いていますよ。プリモから始まって、いろいろなお菓子を提供していると。

 まったく……呆れたものですね。

 そんな餌づけのようなことをしても、大した効果はないでしょうに。特に、あなたのような頭の切れるお方には」

「……そうですね」

「そもそも。甘いお菓子なら、餡月郷にもたくさんあるのでしょう?」


 それには、一応うなずいておいた。

 ……和菓子と洋菓子は、まったくと言っていいほど別物だけどな。


 そこで、ふと思いついた。


「では……お菓子以外でメローリアがいかに優れているかを教えてください。たとえば、歴史とか」

「……それは殊勝な心構えですね。いいでしょう」


 シュークリームさんが、音を立てずにカップをソーサーに置いた。


「では、それにふさわしい場所へお連れします」


 そう言って、シュークリームさんは給仕係の人を呼んで、なにか指示していた。

 まもなく、騎士団の制服を着た人――シュークリームさんの部下らしき人がやってきた。


「急ぎ手配いたします」

「頼みましたよ」

「はっ」


 ビシッと一礼して短く返事をした部下は、踵を返して足早に出ていった。


「……ふさわしい場所、とは?」

「図書館です。様々な教養書を所蔵しているので、ちょうどいいかと」

「……なるほど」


 ……図書館。

 そういえば、貸本屋で借りたあの本、返せていなかったな。

 延滞料の制度があるなら厄介だ。


 考えつつ、朝食を手早く終わらせる。


 一旦部屋に戻って待機していると、すこししてシュークリームさんがやってきた。


「あんこは同行可能ですか?」

「……資料に悪影響なものを分泌しないのでしたら、可能です」


 そう言いつつ、シュークリームさんはあまいいい顔をしていなかった。


 墨はどう考えても悪影響だけど、吐かせないようにすれば問題ない。


 シュークリームさんに連れられて、外へ。


 馬車に乗りこんで揺られ、10分足らず。

 立派な庭園を有する、広い平屋建ての建物の前に到着した。


 木造で、木の温かみを感じられる。

 加えて、利用者は大勢いるのにしずか。

 勉強や、一人で考え事をしながら過ごしたいときは、落ちつけるので最適かもしれない。


 僕は気に入ったが、あんこは落ちつかない様子で、そわそわと辺りをしきりに見回していた。


 ……ここからは墨吐き厳禁。よく見ておく必要がある。


 あんこの動きに目を配りつつ、前を歩くシュークリームさんのあとに続く。

 彼は一言も喋らず、ときどきこちらを確認しながら歩いている。


 そうして、整頓された状態で本がおさまっている書架の間の通路を通って、ある部屋の前で止まった。


 中は、広々とした個室になっていた。

 一つだけあるテーブルに、二脚の椅子。

 テーブルの上には、何冊もの本が山になって置かれていた。


「どうぞ、おかけください」


 上座の椅子を勧められ、座る。


「これらは参考書として用意させたものです。

 ご希望どおり、メローリアの歴史をかいつまんで説明します」

「……よろしくお願いします」


 むかい側に座ったシュークリームさんにむけて、軽く会釈した。


 うなずくシュークリームさん。


「ではまず、メローリアの成り立ちから」


 彼が、手前の山の一番上にある本をとって開き、テーブルに置いて見せてきた。

 豪華なマントを羽織った、威厳あるヒゲをたくわえた人物の肖像画が挿絵にあった。


「ガレンティーノ・ド・ロワーヌ。メローリアの住人の間では、英雄と称されているお方です。

 彼がメローリアという領地を作り、以降その血を受け継いだ方々が統治してきました。

 現在の王は、ご存じのとおりガレオ・デュ・ロワーヌ様です」


 ガレオ・デュ・ロワーヌ。


 ……確信。やはり、ガレット・デ・ロワだったか。


 見せてもらった本を手にとって、読んでみた。

 すこし読んで……妙な点に気づく。


 なんでこんなに、いい話ばかりなんだ?


 表紙を見てみると、「メローリア英雄伝」とある。

 ……なるほど。


「これは創作物ですね」

「……創作物?」


 うなずきながら、本を閉じた。


「敗戦や都合の悪い記録が一切ないので」

「……実際、そうだったからですよ」

「領地ができてから、まだ数年しかたっていないならそれもありえますが」


 シュークリームさんが不快そうに目を細め、自身が開いていた別の本を閉じた。


「……なるほど」


 そう言って、積まれた本の下のほうにあった一冊を手にとり、広げてめくり、そのページを見せてきた。


「今から五代前、ギャビン王の頃には悪法ともいえる法律がありました」


 受けとった本を読む。


 その法の名は、「砂糖供給管理法」。

 砂糖のもととなる蜜石もといシュガライトはすべて、領主が管理すると定められた法律だ。


 ……法律、か。

 自分たちこそが「国家」だって自負があるわけだな。


 それはまぁ、別にいいけれど。


「なぜそんな悪法が?」

「ご存じのとおり、砂糖は今でも重要な財源です。ゆえに、その取り引きで富を蓄えて力をつける者が増えつつありました。

 そういう者たちが必要以上に増えないようにして、盾ついてこないようにするため――とする説が、一番有力だと私は思います」


 ……その面だけ考えれば、有効とも言えなくないけど。


「結果、市場の動向に合った供給ができなかったため、物流が大混乱に陥ったそうです。

 それが大きな要因となり、ギャビン王は退位に追いこまれたとされています」


 説明を聞きながら、さらに本を読んでいく。


 彼が退位してすぐ、息子のゲオルグが即位。

 「砂糖供給管理法」はすぐに廃止されたが、混乱した物流が落ちつくまで半年かかったらしい。


 ……よく半年で済んだ、といったところか。


 ここまでの記述があるなら、この本は比較的信憑性が高いといえる。


「では次に――失礼」


 シュークリームさんが語りだそうとしたとき、扉がノックされた。


 一瞬眉を寄せた彼は、一言断ってから立ちあがり、応対すべく扉に近づいた。


「なんですか?」

「お邪魔してしまい、申し訳ありません。シュリオ様への、急ぎのご伝言をお預かりいたしました」


 顔をのぞかせてきたのは、この図書館の女性職員。


 ……にしても、違和感。


 顔を寄せて話しているため、内容は聞こえない。


 しばらくして、シュークリームさんがうなずくと、女性職員は一礼して去っていった。


「失礼いたしました」

「……お急ぎの用件では?」


 戻って椅子に座りなおしたシュークリームさんに、聞いた。


「問題ありません。事後報告でしたので」

「……では、今のお方は?」

「ただのここの職員です。なにか気になりますか?」


 うなずく。


 シュークリームさんは小さくため息をついて、目の前に置いていた本を隅に寄せた。


「彼女は元々、餡月郷に住んでいた一族の出です」

「……餡月郷に」


 彼女の姿を、思いだす。

 たしかに、顔や小柄な体つきを見るかぎりでは、それもうなずける。


 だけど……ここは、メローリアだ。


「法律的に、それは可能なのですか?」

「可能です。もちろん、監視付きではありますが」

「……監視付き」


 シュークリームさんが、一度扉のほうへ目をむける。


「名は、オキノ・チズカ。文字で表すと……こうです」


 シュークリームさんは、メモ用の紙を引き寄せて、羽ペンでそこに文字を書いた。

 すこしいびつではあるが、漢字に似た文字で「沖野珍寿香」と書かれていた。


 ……ちんすこう。

 たしかにあれは、和菓子洋菓子どちらだと言われても、違和感がある。


「餡月郷に移住してしばらくたっても、生まれ故郷の言語を使いつづけたこと。祭礼の際に独自の作法を用いたこと。

 それらのせいで異端者扱いされ、追いだされたのです。メローリアでもあまり歓迎されなかったようですが」

「……詳しいですね」

「移住者の管理は、私の部隊が担当なので。監視対象者に関する資料はすべて頭に入れてあります」


 シュークリームさんが、自慢げにすこし背中をそらして言った。


 ……規則を破ったわけでもないのに、追いだされた。

 彼女が、どこか哀愁を帯びたような雰囲気をまとっていたのは、そんな背景があったからか。


「……監視をつけてもらえば、餡月郷の住人でもだれでも移住できるのですか?」

「それは誤解です」


 シュークリームさんは、「一応用意しておいて正解でしたね」と言いながら、一番端の山の中にあった本を持ってきた。


 その本のあるページを出して、指をさして見せてきた。


「『移住者受入法』という法律があります。

 移住希望者は、まず厳重な環境下での取り調べを受けていただきます。

 問題がないと判断されれば、餡月郷に関する情報を提供することを義務として課します。

 それに同意し、十分な情報提供ができた者だけが住人として認められます」


 餡月郷についての情報提供を義務化?


 ……待て。だとしたら。

 僕の誘拐の件も、そのだれかが関わっている可能性は大いにある。


 そこまで考えて、ふと思いうかんだ人がいた。


 ……難儀な話だな。

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