裏をかかれているに違いなかった。
裏をかかれているに違いなかった。
「どこ行っちゃったんだよ、もう……っ」
途方にくれて、しゃがみこんで頭を抱えたアイスクリームさん。
おろおろしているジェラートさん。
……埒が明かない。
「……ソフトクリームさんとは、どんなお方ですか」
「なんであんたにそんなこと教えないといけないの……!
あと、ソフトクリームって呼ぶなって言ってるだろ!」
「早く奥様を見つけるためです」
うなだれていたアイスクリームさんが顔を上げ、細めた垂れ目で僕をじっと見る。
「……体が弱い。儚い。強くつかんだら折れちゃうんじゃないかってくらい体が細い」
……参考にならない。
「性格的な面は?」
「大人しくて物腰柔らかくて……使用人たちの間でも超人気。でも、謙虚で全然気取らない」
「……心から愛してらっしゃるんですね」
「当然だよ。俺を愛してくれる、たった一人の家族なんだから」
アイスクリームさんが、すこしだけ目元をほころばせた。
……なんとなく、輝一さんやざらめさんを思いだした。
『姉上が幸せだとおっしゃるのなら。もう、なにも申しません』
『その気持ち……本当に、嬉しく思います』
二人の言葉が、脳裏をよぎる。
……餡月郷への逃げ道を、早急に確保しておくべき。
意識を、アイスクリームさんに戻す。
「……では、奥様が行きたがっていた場所は?」
「そこら中だよ。外にはめったに出られないんだから。何度も言わすなよ」
「なにか、目的があるはずです」
そう言って、アイスクリームさんに落ちついて考えるよう促すため、しずかにじっと見つめた。
彼は不快そうに顔をしかめていたが、やがて目線を下にむけた。
しばらく、沈黙が続く。
「……まさか、コンフィズリー通り……?」
「そんな! あそこは日当たりがよすぎて、ソフィア様が行くには危険です!
それに、お屋敷からもかなり離れております!」
「わかってるよ……でも、だからこそかもしれない。甘いもの大好きだし」
アイスクリームさんが、すくっと立ちあがった。
……いい線、いっている。
けれど、単純に「そこにむかった」とも言いきれない。
「……途中で休憩できそうな場所は?」
「休憩?」
「奥様は、それなりに慎重に行動されているはずです」
アイスクリームさんは、僕を見つめたまま考えて――突然、走りだした。
遅れて、ジェラートさんと一緒に追いかける。
「『フレッシュネス』だ! そこしか考えられない!」
……フレッシュネス、とは。
「どこですか」
「ドリンクショップです。夏場は、冷やした果物で作るジュースが特に人気の店であります!」
並走するジェラートさんが教えてくれた。
……それはいい。飲みたい。
すこし走ったのち、奇妙なアルファベットに似た文字で書かれた看板を掲げる店に到着。
「ソフィア!」
「だ、旦那、様っ?」
アイスクリームさんが駆けこむと、すぐに反応してきた人物がいた。
風通しのよさそうな薄めの生地のドレスを着た女性。
白に近いクリーム色のカールした髪が特徴。
……まちがいなく、ソフトクリームさんだ。
座っているテーブルには、氷が浮かんだ赤いジュース。
レモンの輪切りがグラスの縁にささっている。
「なにやってるんだよ……! これで何回目だよ!」
「も、申し訳ありません……でも、どうしても出かけたくて」
「だったら、俺に言えって! 欲しいものがあれば買ってきてやるって言っただろ!?」
「……っ」
叱られたソフトクリームさんは、膝に手を置いてうなだれた。
じっくり、彼女を見てみる。
……たしかに、色がかなり白くて不健康そうだ。
強く言いきかせても、変わらなかった。
北風と太陽。
そう考え、アイスクリームさんをつついて呼んだ。
「うるさい! 今大事な話してるんだよ!」
「奥様を説得するいい方法があります」
ソフトクリームさんに聞こえないように、前をむいたままのアイスクリームさんにこそっと耳打ち。
はっとした彼は、振りかえって怪しむように細めた目で僕を見た。
そしてまた、ソフトクリームさんのほうへ。
「……ちょっと話をしてくる。いい? ここから絶対動くなよ」
「は、はい。承知しました」
ソフトクリームさんが返事をすると、アイスクリームさんはあごを動かして外をさした。
二人で、ジェラートさんが待機している外に出る。
「ソフィアが逃げないように監視してて」
「はっ! おまかせあれ!」
ジェラートさんが、店の中へ入っていく。
「……で? 説得するいい方法って?」
アイスクリームさんが、だるそうに背を店の壁に軽く預けて、腕組みをした。
「……まず、奥様の言い分を聞きましょう」
「言い分?」
「理由をはっきりさせた上で対処しないと、また同じことが起こります」
「……それで?」
一旦切って、すこし間を置いてから続けた。
「……奥様は、守られてばかりなのが嫌だった。あなたの役に立ちたかったのではないかと」
「俺の役?……どうしてそう思うの?」
「同じような境遇のお方を知っています」
そこで、アイスクリームさんが呆れたように大きなため息をついた。
「ばかじゃないの? その人とソフィアが同じなわけないでしょ」
「いいえ。傾向がかなり近いので」
舌打ちをして頭を乱雑にかいたアイスクリームさんを、じっと見つづける。
考えこんでいた彼は、ややあって再びこちらをむいた。
「そこまで言うなら、責任もてよな。どうするつもり?」
「……では、僕の言うとおりに奥様にお話をしていただけますか」
「いいけど。もしうまくいかなかったら、そのときは……わかってるよね?」
アイスクリームさんが、冷たい目をして剣を抜き、僕の首のすぐ横に突きだしてきた。
たちまち、あんこが襟の中に隠れる。
うなずいて、返事。
また舌打ちしたアイスクリームさんが剣を戻すのを確認してから、店の中へと視線を移す。
……まぁ、簡単なことだ。
◇◇◇
打ち合わせを終えて、再び店の中に入る。
ソフトクリームさんのむかい側の席に座っている部下を見て、アイスクリームさんがあからさまに不機嫌になった。
「では、私はこれでっ」
ジェラートさんが氷点下の視線を受けて、素早く席を譲る。
彼は、そのまま店の外に出ていった。
……さて。
カウンターにいって、ブルーベリージュースを注文。
その後、アイスクリームさんたちとすこし離れた席に座った。
ここからなら、二人の表情もよく見える。
「どうして、一人で外出したの?」
アイスクリームさんは、アドバイスしたとおり優しめの口調で聞いた。
すると、ソフトクリームさんは決心したようにうなずいた。
「私、旦那様のお役に立ちたいのです!」
「……役に立つ?」
「はい! いつも守ってくださっている旦那様のために、まずは体を鍛えようと思いまして。
一人でコンフィズリー通りに行って、お菓子を買ってこられたら……旦那様もすこしは安心していただけるかと思ったのです!」
「…………」
……初めておつかいに出る子どもか。
アイスクリームさんも、唖然として言葉を失っている。
「……ソフィアのその気持ちは嬉しいよ」
「本当ですかっ?」
「けど、一人で行くのはやめてほしかったよ。体調が悪くなったらどうするつもりだったのさ」
「そ、それは……」
ソフトクリームさんが、目を泳がせたのちうつむいた。
「……あのさ。ソフィアは十分、俺の役に立ってるよ」
「え……? ど、どこがですの?」
「俺がどうして、兵舎に泊まらないで毎日屋敷に帰ってるか、わかる?
……お前に、会いたいからだよ」
「……!」
目を見開いたソフトクリームさんが、口元に手を添えて固まる。
「ソフィアが笑顔で出迎えてくれれば、ほっとする。疲れが一気に吹きとぶんだよ。
けど、もし無理して寝込んでたら……な? 困るんだよ」
「……旦那様……」
ソフトクリームさんが、うっとりした顔で夫を見ている。
……いけるな。
「どう? 俺の頼み、聞いてくれる?」
「……で、ですが、私は……その……」
口ごもる彼女を見て、アイスクリームさんが一瞬、面倒くさそうに目を細めた。
そのとき、あんこが頬をつついてきた。
見ると、テーブルの上に、紫色の液体が並々と注がれたグラスが置かれていた。
飲んでみる。
……意外と甘さが強めで、さらっとしている。
あんこの顔をグラスの中につっこませるような格好にして、飲ませてやる。
……口先を紫色にしながら喜んでいた。
「じゃあ、わかった。外出してもいいよ」
「え!? 本当ですか!?」
ソフトクリームさんが、ひときわ大きな声を上げた。
「ただし、必ず付き添いを頼むこと。そいつの目を盗んで一人にならないこと。具合がちょっとでも悪くなったら、すぐ帰ること。
これ全部守れるなら許すよ」
「もちろんでございます……! 旦那様の疲れを癒す役目、しっかり果たせるようがんばりますわ!」
「がんばらなくていい。自分の体を労わってくれればそれでいいから」
「はい……! ありがとうございます。
この度は――いえ、これまでも、ですわね。ご心配をおかけしまして、申し訳ございませんでした」
ソフトクリームさんが、テーブルに額がつきそうなほど頭を下げた。
……無事解決だな。
その後、ソフトクリームさんは護衛役のジェラートさんと共に、屋敷に帰っていった。
「……なんで?」
見送ったアイスクリームさんが、途端にテーブルに突っ伏した。
「なんであんたの言うとおりにしたら、こんなすんなり解決するの?」
「……分析した結果です」
「なにが分析だよ」
アイスクリームさんが、突っ伏したままの体勢で顔だけのぞかせて、じろりとこちらをにらんだ。
「……なんで逃げなかったの」
「逃げる?」
「絶好のチャンスだったじゃん。ぼーっとしてて逃げそびれた?」
「……逃げたら斬る、とおっしゃったのはあなたでは」
「俺がソフィアの前で剣なんて抜けないことくらい、おみとおしだっただろ」
……たしかに、チャンスだった。
戻りたい気持ちもあった。
だけど。
「仕事を途中で放りだしていくような無責任な行動は、するべきではありません」
「……仕事って」
「提案した内容でうまくいくかどうか。それを見届けるまでが僕の仕事でした」
「……わけわかんないんだけど」
アイスクリームさんは、深くため息をつきながら、また顔を腕に押しつけた。
「疲れた。兵舎に帰るよ」
「……その前に、もう一杯飲みたいです。これの分も含めて、奢ってください」
立ちあがったアイスクリームさんに、空になったグラスを持ちあげて振ってみせる。
彼の口元が、引きつった。
「じゃあ、それで借りはなしにしてくれよな」
「その手段を提示したつもりです」
「……あっそ」
アイスクリームさんは、「ほんと調子狂うよ……」と言いながら、カウンターの前に移動した。
頼んでくれたのは、おそらく値段がトップクラスのアイスクリームソーダだった。
色は、緑ではなく透明。
あんこが、しきりにグラスの上のアイスをのぞきこんでいる。
……バニラアイス、うまいな。
ソーダは、ほのかにイチゴのような香りがする。
「帰れるときに帰ったほうがいいよ。団長の気が変わらないうちに」
アイスクリームさんの、小さめの声。
むかい側に座っている彼は、腕と足を組んであさっての方向をむいている。
あんこにアイスを与えたのち、彼を見た。
「……ご忠告、ありがとうございます」
返事をすると、彼はため息をついた。
……問題ない。
道中、使えそうな道は見つけた。
あとは、手段の確保とタイミングをはかるだけ。
……だが。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
これで40話になりました。
洋菓子のキャラは一癖も二癖もある人たちですが、主人公も主人公らしく楽しんで(?)います。
この先もお楽しみください。
毎日20時頃の更新を予定しています。明日も是非お読みください。




