アイスクリームさんの視線が冷たい。
アイスクリームさんの視線が冷たい。
朝食を食べている僕の席のむかい側に座って、だるそうに垂れた目をむけている。
「……あなたは召し上がらないのですか」
「いらない。朝は元々食べないし……っていうか、なんであんたと一緒に食事しないといけないの?」
「……ずいぶん退屈されているようでしたから」
「余計なお世話」
ため息をついて目を細め、横をむいた。
「なんで俺まで……クリスかプリモがうまくやってくれてたら、こんなことにはならなかったのに。
なにしてたんだよ、あいつら」
「……お菓子をたくさんいただきました」
「ばかじゃないの。安直すぎるだろ。あいつら、ホントばか」
アイスクリームさんが、苦虫を噛みつぶしたような顔で吐きすてる。
……低血圧か、あるいは。
「幹部の皆さんは、あまり仲はよくないのですか?」
「いいわけないだろ。
っていうか、仲よくする必要なんてないじゃん。団長の命令だけ聞いていればいいんだから」
「……命令だけ」
「そうだよ」
「……命令がなければ、動かないわけですか」
「……ケンカ売ってる?」
じろりとにらまれる。
リンゴのハチミツ煮に手を出そうとしたあんこが、ぴゅっと隠れた。
「従うべきだって言ってるだけだよ。指示待ち人間みたいに言わないでくれる?」
「……失礼しました」
なかなか短気な人のようだ。
アイスクリームさんは、頬杖をついてそっぽをむいた。
怒気が落ちついたと見たあんこが、そっと出てきて、またハチミツ煮を欲しがった。
……なにはともあれ、このハチミツ煮は美味い。
食後の紅茶を飲みながら、アイスクリームさんを見る。
一昨日のプリンさんと、昨日のクッキーさんと違って、完全にやる気はゼロ。
……やはり、一枚岩じゃないようだ。
「そもそもの話だよ。なんで幹部の俺が、こんな奴のお守りをしなきゃいけないわけ?」
「……団長のご命令だからでは?」
「そうだよ! だから仕方なくやってるんだよ。じゃなきゃ、絶対拒否してた」
アイスクリームさんが、また鋭い目線をむけてくる。
「俺は、あんたみたいな胡散臭い奴、仲間に引き入れるべきじゃないって思ってる。
もし万が一そうなったとしても、絶対信用しないから」
「……ご安心ください。それは絶対にありえません」
ティーカップを置いて、立ちあがる。
ハチミツ煮があった皿を未練がましそうに見つめていたあんこが、慌てて肩に飛びのってきた。
「どこ行くの」
「部屋に戻らせていただきます。あなたと喋っていても……なにも得られそうにないので」
会釈をしてから、踵を返す。
アイスクリームさんは、「あっそ」とだけ言った。
……変わった人。
であると同時に、つまらない人だ。
「……プリンさんにはコンフィズリー通りに連れていっていただき、クッキーさんにはメローリアにある様々なお菓子を教えていただきました。
が……残念です」
そう言いのこし、門番がいる扉へと近づく。
「ちょっと待てよ」
アイスクリームさんが、勢いよく立ちあがるような音がして、止まって振りかえる。
「それだと、俺だけなにもしてないみたいになるだろ」
「……あなたは、団長のご命令どおり『見張り』をこなせばいいのでは?」
「……っ」
立ちあがったアイスクリームさんが、腹を立てて歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。
……とはいえ、一日中部屋にこもっているのも不毛だ。
やはり、乗馬訓練ができればベストなのに。
「待てって言ってるだろ」
また一歩、歩きだした僕を、アイスクリームさんが近寄ってきて、腕をつかんで止めてきた。
「メローリアのことがわかる、俺の好きな場所に連れていってやるよ。それでいいだろ」
「……ぜひ」
返事をして軽く頭を下げると、アイスクリームさんはわざとらしく舌打ちしていた。
……うまくいった。
さて、どこに連れていってくれるのか。
◇◇◇
アイスクリームさんに連れられてやってきたのは、地下にあるとある施設。
階段を下りていくたびに、冷えた空気の勢いが増していくようだった。
……さすが、アイスクリームさん。
そこはやはり、涼しいところが好きな場所になるんだな。
すでに後ろの襟の中に隠れたあんこは、しきりに体を震わせている。
「ここが、うちの自慢の地下冷却庫」
階段を下りきった先に、ぶち当たった扉。
それは、違う種類の南京錠が四つもついている、奇妙な扉だった。
それらを一つずつ外し、いよいよ扉が開いて、中が見えた。
壮観だった。
中には、ずらっと並べて敷きつめられている、氷の塊。
「去年の夏、ばかみたいな暑さと干ばつに見舞われたときも、ここは普通に無事だった。
おかげで、大勢の住人が救われたんだ」
「……暑さに加えて、干ばつですか」
「そう。それがなくても、ここ最近は服なんて着ていられないくらいの暑さになるのも多いだろ。
ほんっとに、やになっちゃうよ……」
それから、彼は一人でぶつぶつと、「暑いのほんと嫌だ……」とぼやいていた。
……当然だな。アイスクリームさんにとっては。
見回りとかこつけて、ここにサボりにきていてもおかしくはない。
それにしても……この世界でも、夏の猛暑が問題になっているのか。
「……そういう災害に見舞われた場合、助けあいは?」
「できるわけないでしょ? 自分らのことで手一杯なんだから。
フルクティアには、こっちに優先して物資を届けるよう指示を出すみたいだけど」
フルクティア――もとい紅翠域に、指示?
「……紅翠域は、中立地帯では?」
「そうだよ。でも、うちが負かして統合するところだったのを温情で見逃してやった、って歴史があるから。
あいつらは俺たちには頭が上がらないんだよ」
……何十年前の話だ。
さも当然のようにさらっと言ったアイスクリームさんに対し、違和感を拭えなかった。
けれど、実際紅翠域には、未だにその傾向がある。
イチゴさんが、ショートケーキ団長にたびたびイチゴを献上しているのも、それが大いに関係しているはず。
……後ろに隠れているあんこの震えが、本格的に激しくなってきた。
そろそろ限界か。
「……ありがとうございました。とても参考になりました」
「なに……もう戻る? もうちょいいたいんだけど」
「どうぞご自由に」
「……わかった。わかったよ」
アイスクリームさんは、だるそうにため息をつきながら冷却庫の扉を閉めて、南京錠を元どおりつけなおした。
そして、あごを上にむかって動かし、階段を上がるよう促してきた。
「隊長なんかやめて、ここの管理責任者になりたい……」
後ろからついてくるアイスクリームさんが、ぶつぶつ言う。
「……転職、できないんですか?」
「無理。うちが代々、隊長職を引き継いでいるせいでね」
……となると、アイスクリームさんの家――クラウン家は、正統なる血筋。貴族か。
なりたくてもなれない人。
なりたくないのになった人。
この不平等さは、致し方ないとも言えるけど。
考えながら階段を上っていくと、まもなく地上に戻った。
……強い日差し。カラッとした暑さ。
たちまち、アイスクリームさんが「うげ……」と不快そうな声をもらしながら、素早く日陰に入った。
「アイザック様! 大変ですぞ!」
そこへやってきた、アイスクリームさんといい勝負なほどの長身の若い男。
騎士団の制服を着ているから、十中八九、彼の部下。
その人は、焦った様子でアイスクリームさんの目の前までやってきた。
「……なに? ジェラルド。暑苦しいからもっと離れてよ」
アイスクリームさんが、手をうちわのようにしてあおぐ。
……ジェラルド。
まちがいなく、ジェラート。
「これは失礼いたしました……!
しかし、大変なのです! ソフィア様がつい先程、お一人で外出されたと連絡が!」
「……はぁ!? また!?」
瞬間、目を見開いたアイスクリームさん。
ジェラートさん同様、焦った様子で周囲をキョロキョロと見回していた。
……ソフィア様?
「……どうされましたか」
「あんたは関係ない! ジェラルド、こいつを――っだめだ! 目を離すなって言われてるんだった!」
アイスクリームさんが、頭をかきむしる。
……なにを悩む必要がある?
首を傾げ、必死に考え事をしているアイスクリームさんを見つめる。
「……行くべきところがあるなら、お供しますが」
「……っ」
アイスクリームさんは、僕を見て嫌そうに顔を歪め、大きく息を吐いた。
「あーもう……しょうがないな。
いいよ。ついてきて。逃げようとしたら斬るからね」
腰にさしている剣に触れ、にらみつけながら言った。
うなずいて、さっそく大股で歩きだした彼についていく。
すこし行ったところで、後ろからついてきているジェラートさんに歩幅を合わせ、隣に並ぶ。
「ソフィア様、とは?」
「アイザック様の奥様でございます。
お体が弱く、長い時間日の当たる場所には出ていられないほどなのですが……」
ジェラートさんが、顔の横から落ちる汗をぬぐいながら教えてくれた。
……そうか。そうだよな。
ソフィア・クラウン――つまり、ソフトクリームだもんな。
アイスクリームとソフトクリーム。
相性95%。でも補完率は43%と低め。
系統が同じだから、当然。
「普段は屋敷から出ないようにと、アイザック様からきつく言われているのです。
しかし、たびたび外に出られてしまうことがあるようでして。毎回、アイザック様が連れもどしに――」
「ジェラルド。人の家の事情を勝手にペラペラ話すな」
「失礼いたしましたっ!」
振りかえってきた上司ににらまれたジェラートさんが、立ちどまって背筋をのばし、最敬礼する。
アイスクリームさんは、ふん、と言いながら前をむいた。
……まぁ、事情はわかった。
けれど。
「……なぜ、ソフトクリームさんはお一人で抜けだすので?」
「ソフトクリームさん?……おい。それ、まさかソフィアのこと?」
「はい。識別のための呼び方です」
「なにが識別のためだよ、腹立つなぁ! やっぱりあんたなんか連れてくるんじゃなかった!」
「では、ひょっとしてアイザック様はアイスクリーム様ですか?」
「そうです」
「ジェラルド! あとあんたも、『そうです』じゃない!」
アイスクリームさんは、いら立って頭をかきながらも、しきりに視線をあちこちにむけていた。
……妻の行方が一番気になるんだな。
体が弱く、日当たりのいい場所に長時間いられない。
それは、本人もわかっているはず。
……でも、なぜかたびたび人の目を盗んでは外出している。
それは、強く禁止されるせいでやりたい気持ちがかえって強くなってしまう心理が働いている。
と、いうのが一番可能性は高い。
「……行き先の見当は?」
「通る道ならわかるよ。今その道を辿ってる最中。もうすこししたら見つかるはずだよ」
アイスクリームさんは、「面倒かけて……まったく」などと、ぶつぶつと独り言をつぶやいていた。
――しかし、彼の思いどおりにはならなかった。
「ウソでしょ?」
アイスクリームさんが、脱力して立ちどまる。
目の前には、塀で囲まれた大層立派な白いお屋敷があった。
……彼が、呆然とする理由。
「あなたの屋敷ですか」
「……っ」
途中でかちあうはずの、ソフトクリームさんの姿はどこにもなかった。
アイスクリームさんが、膝の上に手を置いてうなだれた。




