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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第三章 洋菓子

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「はぁ? なんでそう思うんだよ?」

「はぁ? なんでそう思うんだよ?」


 じっと僕を見つめながら、クッキーさんが聞きかえしてきた。


 ……図星。


「……今朝、漁をしている方々を見ていたときおっしゃいましたよね。『胸くそ悪くて合理的』だと」

「……それがなんだ」

「先程も。ジェラートのことを、貴族の食べものだと」

「だから! それがなんだよ!?」

「同じ目線にならないと出てこない言葉です」


 ――直後、クッキーさんが目を見開いた。

 口をパクパクさせたのち、歯を食いしばってそっぽをむいた。


「くそ……っ」


 頭をかきむしり、その手をテーブルに叩きつけるように置いた。


 彼の言葉を待つ。


「……そうだよ。俺は、農奴の家の生まれだった」


 投げやりなその言葉を聞いて、意外に思った。

 ……平民ですらなかったのか。


「……アントルメ騎士団は、そういう身分の方でも入団できるんですか」

「んなわけねぇだろ。俺は特例中の特例なんだよ。ある功績を上げたおかげでな」

「……ある功績」

「まぁ、お前には見当もつかねぇだろうけどな」


 そう言って、クッキーさんは腕を組み、鼻で笑った。


 ……身分制度上、底辺の人がのし上がれる理由は限られている。


「……王様の命を救った、とか」

「だ……っ!? だからなんでわかるんだよ!?」


 わかりやすすぎる。


 彼は、再びいら立たしげに舌打ちをして、そっぽをむいた。


 ……本当、だろうけど。

 クッキーさんに、意識を集中。



(お前のその力を活用し、陛下への忠義を尽くすがいい)

(……っ! はっ!)



 ボロボロの服を着たクッキーさんが、馬にのったショートケーキ団長にむかってひざまずいていた。


 ……裏付け、できたな。


「あっ!? てめぇ、なにしてやがるっ!」


 あんこが吐いた墨を、クッキーさんが自ら拭いていた。


 ……クッキーさんは、ショートケーキ団長に認められて入団が叶った。

 だから彼は、団長のことを敬っている。


「……努力、されてきたんですね」

「あ? ばかにしてんのか。ガキでも相手にしてるつもりか?」


 じろり、と至近距離からクッキーさんがにらんでくる。

 あんこが、首の後ろの襟の中に素早く隠れた。


「そうだよ。俺は、人一倍、二倍も努力してきた。

 血反吐吐きながら食らいついて、副団長まで上りつめたんだよ! 血統だの品だの、そういうのを重視する連中の中でな!」

「……あなたが副団長だったんですね」

「は?……お前、まさか知らなかったのかよ」


 クッキーさんが、口元を引きつらせた。


 シュークリームさんかと思っていたが、安直だったな。


「……自己紹介、していただけてなかったもので」

「なんだ自己紹介って! 仲よしグループじゃねぇんだぞ!」


 言いながら、彼はテーブルをドン、と叩いた。


 ……違和感。


 血統や身分が重要視されている中。

 どれだけ功績を上げようとも、彼がナンバーツーにまでのし上がれるとは考えにくい。


「……なにか、他に理由があるのですか?」

「あ?」

「あなたが副団長になれた理由です」

「……なにが言いたい。俺が副団長やってんのがそんなに不思議か?」

「はい」

「……正直者はばかを見るって言葉、知らねぇのか」


 クッキーさんが、腰の短剣を抜いて見せつけてきた。

 それを、じっと見つめる。


 ……しばらくして、クッキーさんが剣を戻し、元の席に座った。


「副団長は、団長の指名と他の幹部の賛成多数で決まる。

 まぁ実際、ショルテンハイム公のお言葉に異を唱えられる奴なんて、いやしないけどな」

「……ショルテンハイム公は、ずいぶんあなたのことを買ってるんですね」

「あのお方は、『いかに利用価値があるか』で物事を決めるからな。

 俺は別に、利用されたってかまわねぇ。

 農奴だった奴がアントルメ騎士団の副団長になった。その事実さえあれば十分なんだよ!」


 自身を誇るように、クッキーさんは胸を張って言った。


 ……思いうかぶは、輝一さんが一人で素振りをする姿。


 苦労して、努力して、周りに認められて、今の地位を得た。

 ……同じ、なんだ。


「……差別は、どうだったんですか」

「ああ? んなの当たり前だろ。

 なんども殺されそうになったよ。俺らはお前らと違って、仲良しこよしでやってるわけじゃねぇからな。

 だから……従わねぇ奴は、力でわからせる。それだけだ」


 胸を張り、腕を組んで小馬鹿にするように鼻で笑うクッキーさんを、まじまじと見る。


 ……この人は、ずいぶんお人好しなんだな。


 じっと見つめていると、クッキーさんは不愉快そうに眉をひそめてから――はっと気がついた。


「なんでお前なんかにこんな話を!? ばかか俺は!?」

「……貴重なお話、ありがとうございました」

「うるせぇっ! くそ……っお前といるとなんか調子狂う!」


 クッキーさんが立ちあがり、部屋を出ていこうとした。


 その直前に、扉がノックされる。


「クリス様。市田殿がお見えですが、ご用はありますでしょうか」

「ああ? 市田……ああ、そうだ。ある。入れろ」


 舌打ちしつつ、クッキーさんがあごを動かした。


 ……市田?


「ご無沙汰しております、クリスさん」

「おう。備蓄品の件、どうなった?」

「はい。仕入れは順調なので、ご希望どおり――って、え!?」


 その人――イチゴさんが、俺に気づいてぎょっとした。


 ティーカップをソーサーに戻してから、会釈をする。


「なぜここに、甘誠組(かんせいぐみ)の蜜森さんが?」

「ああ。あいつは今、団長が招きいれた客人っつー立場なんだ」

「客人……そ、そうでしたか」


 イチゴさんが、顔を引きつらせていた。


 それから、イチゴさんは椅子に座って、クッキーさんと話をしていた。

 備蓄品とか日程などといったワードが出ていたけど、はっきりとは聞こえなかった。


「では、この段取りで進めさせていただきますね」

「頼んだぞ……ちょっと出てくる」


 クッキーさんが立ちあがり、こちらを一瞥したのち、部屋を出ていった。

 と、同時に、扉の外にいたらしい見張り役が、中に入ってにらみをきかせてきた。


 ……さすが、隙はないな。


「蜜森さん。大変でしたね」


 メモをとっていたイチゴさんが、それをしまって席を立ち、近づいてきた。

 ……スーツのような正装をしている。


「……今のところは、よくしてもらっているので」

「そうですか。しかし……ヴィクトリウス様は、手に入れたものを奪われるのは特に嫌うお方です。

 簡単にはお放しにならないかと思いますが……

 甘誠組の皆さんはこの件、ご存じなんですか?」

「……おそらくは」


 客人という名目で迎いいれた以上、なんらかの通達はしているはずだ。


 今のところ動きはないから、冷静に対応できている様子。

 ……まだ届いていない可能性もあるが。


 ふう、と息を吐きつつ、イチゴさんに改めて目をむける。


「……配達かなにかで来られたんですか?」

「はい。いいイチゴが手に入ったので、ヴィクトリウス様に献上にうかがったんですよ。

 あと、他の方のご用聞きもかねてます」

「……イチゴを、献上に?」

「あることがきっかけで、うちを支援していただいているので」

「それは?」


 イチゴさんは、なにか思いだしたように、懐かしそうに遠くを見つめた。


「……今でも、はっきり覚えています。

 メローリアのとある祝祭日に供される特別なケーキに、たまたまうちのイチゴが使われたんです。

 それを、ヴィクトリウス様がいたく気に入られて。直々にご指名を受けたんです」

「……ショルテンハイム公が、直接あなたの店に来られたんですか」

「そうなんです! あのときはもう、紅翠域(こうすいいき)中が大騒ぎでした。

 あれ以来、うちのちっぽけだった店は繁盛するようになったんです!」


 イチゴさんは、感激とばかりに満面の笑顔を浮かべていた。


 ……それは、必然だ。

 ショートケーキにイチゴは欠かせないからな。


 相性は……99%、補完率98%。

 最高値更新。文句なし。


 イチゴさんが、感激した顔を僕にむけた。


「蜜森さん。こんなこと、言っていいのかわかりませんが……メローリアはいいところですよ。

 認められさえすれば、餡月郷よりも居心地がいいと感じるかもしれません。

 移り住むのも検討してみては?」

「……そうですか」


 その、認められるまでの道のりが険しすぎて、不合理に見えてならないけどな。


 イチゴさんにあいまいに返事をしたところで、クッキーさんが戻ってきた。

 彼と入れ替わるように、イチゴさんが退室していく。


「では、また。うちの店にもぜひお越しください」

「……そうします」


 あいさつして、見送った。


「……あいつとなに話してた?」


 イチゴさんがいなくなった途端、クッキーさんが不審がって目を細めてにらんできた。


「……ショルテンハイム公にイチゴを献上している件を」

「それだけか?」


 クッキーさんは疑り深く、見張り役のほうを見て尋ねた。

 彼らがうなずくと、ようやく信じた様子で、ため息をついて椅子に座った。


「あいつも、お前に負けず劣らずうさんくせぇ奴だからな」

「……なぜですか」

「決まってんだろ。ショルテンハイム公に媚び売ってる。しかも、話すときは決まって二人きりになる。

 どう見ても変だろ」


 クッキーさんは、カップの持ち手ではなく胴体部分を豪快につかんで、紅茶を一気に飲みほした。


 ……話すときは、決まって二人きり。

 献上品を渡すだけにとどめていないんだな。


 不機嫌そうに、頬杖をついてなにか考えているクッキーさんを見る。


「……それで、次はなにを食べさせていただけるんでしょうか」

「黙っとけ。今考えてるんだよ」

「……クッキーさんですし、フロランタンはどうでしょうか」

「クッキーさんですしってなんだ! 俺はクリスだっつってんだろ!

 あと、それも候補に入れてたやつ……!」


 彼が悔しげに歯を噛みしめるのを横目で見つつ、新しく入れてもらった紅茶をのんびりと飲んだ。


 ……すこしずつ、メローリアの事情がわかってきた。

 でも……まだまだ、足りない。

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