「はぁ? なんでそう思うんだよ?」
「はぁ? なんでそう思うんだよ?」
じっと僕を見つめながら、クッキーさんが聞きかえしてきた。
……図星。
「……今朝、漁をしている方々を見ていたときおっしゃいましたよね。『胸くそ悪くて合理的』だと」
「……それがなんだ」
「先程も。ジェラートのことを、貴族の食べものだと」
「だから! それがなんだよ!?」
「同じ目線にならないと出てこない言葉です」
――直後、クッキーさんが目を見開いた。
口をパクパクさせたのち、歯を食いしばってそっぽをむいた。
「くそ……っ」
頭をかきむしり、その手をテーブルに叩きつけるように置いた。
彼の言葉を待つ。
「……そうだよ。俺は、農奴の家の生まれだった」
投げやりなその言葉を聞いて、意外に思った。
……平民ですらなかったのか。
「……アントルメ騎士団は、そういう身分の方でも入団できるんですか」
「んなわけねぇだろ。俺は特例中の特例なんだよ。ある功績を上げたおかげでな」
「……ある功績」
「まぁ、お前には見当もつかねぇだろうけどな」
そう言って、クッキーさんは腕を組み、鼻で笑った。
……身分制度上、底辺の人がのし上がれる理由は限られている。
「……王様の命を救った、とか」
「だ……っ!? だからなんでわかるんだよ!?」
わかりやすすぎる。
彼は、再びいら立たしげに舌打ちをして、そっぽをむいた。
……本当、だろうけど。
クッキーさんに、意識を集中。
(お前のその力を活用し、陛下への忠義を尽くすがいい)
(……っ! はっ!)
ボロボロの服を着たクッキーさんが、馬にのったショートケーキ団長にむかってひざまずいていた。
……裏付け、できたな。
「あっ!? てめぇ、なにしてやがるっ!」
あんこが吐いた墨を、クッキーさんが自ら拭いていた。
……クッキーさんは、ショートケーキ団長に認められて入団が叶った。
だから彼は、団長のことを敬っている。
「……努力、されてきたんですね」
「あ? ばかにしてんのか。ガキでも相手にしてるつもりか?」
じろり、と至近距離からクッキーさんがにらんでくる。
あんこが、首の後ろの襟の中に素早く隠れた。
「そうだよ。俺は、人一倍、二倍も努力してきた。
血反吐吐きながら食らいついて、副団長まで上りつめたんだよ! 血統だの品だの、そういうのを重視する連中の中でな!」
「……あなたが副団長だったんですね」
「は?……お前、まさか知らなかったのかよ」
クッキーさんが、口元を引きつらせた。
シュークリームさんかと思っていたが、安直だったな。
「……自己紹介、していただけてなかったもので」
「なんだ自己紹介って! 仲よしグループじゃねぇんだぞ!」
言いながら、彼はテーブルをドン、と叩いた。
……違和感。
血統や身分が重要視されている中。
どれだけ功績を上げようとも、彼がナンバーツーにまでのし上がれるとは考えにくい。
「……なにか、他に理由があるのですか?」
「あ?」
「あなたが副団長になれた理由です」
「……なにが言いたい。俺が副団長やってんのがそんなに不思議か?」
「はい」
「……正直者はばかを見るって言葉、知らねぇのか」
クッキーさんが、腰の短剣を抜いて見せつけてきた。
それを、じっと見つめる。
……しばらくして、クッキーさんが剣を戻し、元の席に座った。
「副団長は、団長の指名と他の幹部の賛成多数で決まる。
まぁ実際、ショルテンハイム公のお言葉に異を唱えられる奴なんて、いやしないけどな」
「……ショルテンハイム公は、ずいぶんあなたのことを買ってるんですね」
「あのお方は、『いかに利用価値があるか』で物事を決めるからな。
俺は別に、利用されたってかまわねぇ。
農奴だった奴がアントルメ騎士団の副団長になった。その事実さえあれば十分なんだよ!」
自身を誇るように、クッキーさんは胸を張って言った。
……思いうかぶは、輝一さんが一人で素振りをする姿。
苦労して、努力して、周りに認められて、今の地位を得た。
……同じ、なんだ。
「……差別は、どうだったんですか」
「ああ? んなの当たり前だろ。
なんども殺されそうになったよ。俺らはお前らと違って、仲良しこよしでやってるわけじゃねぇからな。
だから……従わねぇ奴は、力でわからせる。それだけだ」
胸を張り、腕を組んで小馬鹿にするように鼻で笑うクッキーさんを、まじまじと見る。
……この人は、ずいぶんお人好しなんだな。
じっと見つめていると、クッキーさんは不愉快そうに眉をひそめてから――はっと気がついた。
「なんでお前なんかにこんな話を!? ばかか俺は!?」
「……貴重なお話、ありがとうございました」
「うるせぇっ! くそ……っお前といるとなんか調子狂う!」
クッキーさんが立ちあがり、部屋を出ていこうとした。
その直前に、扉がノックされる。
「クリス様。市田殿がお見えですが、ご用はありますでしょうか」
「ああ? 市田……ああ、そうだ。ある。入れろ」
舌打ちしつつ、クッキーさんがあごを動かした。
……市田?
「ご無沙汰しております、クリスさん」
「おう。備蓄品の件、どうなった?」
「はい。仕入れは順調なので、ご希望どおり――って、え!?」
その人――イチゴさんが、俺に気づいてぎょっとした。
ティーカップをソーサーに戻してから、会釈をする。
「なぜここに、甘誠組の蜜森さんが?」
「ああ。あいつは今、団長が招きいれた客人っつー立場なんだ」
「客人……そ、そうでしたか」
イチゴさんが、顔を引きつらせていた。
それから、イチゴさんは椅子に座って、クッキーさんと話をしていた。
備蓄品とか日程などといったワードが出ていたけど、はっきりとは聞こえなかった。
「では、この段取りで進めさせていただきますね」
「頼んだぞ……ちょっと出てくる」
クッキーさんが立ちあがり、こちらを一瞥したのち、部屋を出ていった。
と、同時に、扉の外にいたらしい見張り役が、中に入ってにらみをきかせてきた。
……さすが、隙はないな。
「蜜森さん。大変でしたね」
メモをとっていたイチゴさんが、それをしまって席を立ち、近づいてきた。
……スーツのような正装をしている。
「……今のところは、よくしてもらっているので」
「そうですか。しかし……ヴィクトリウス様は、手に入れたものを奪われるのは特に嫌うお方です。
簡単にはお放しにならないかと思いますが……
甘誠組の皆さんはこの件、ご存じなんですか?」
「……おそらくは」
客人という名目で迎いいれた以上、なんらかの通達はしているはずだ。
今のところ動きはないから、冷静に対応できている様子。
……まだ届いていない可能性もあるが。
ふう、と息を吐きつつ、イチゴさんに改めて目をむける。
「……配達かなにかで来られたんですか?」
「はい。いいイチゴが手に入ったので、ヴィクトリウス様に献上にうかがったんですよ。
あと、他の方のご用聞きもかねてます」
「……イチゴを、献上に?」
「あることがきっかけで、うちを支援していただいているので」
「それは?」
イチゴさんは、なにか思いだしたように、懐かしそうに遠くを見つめた。
「……今でも、はっきり覚えています。
メローリアのとある祝祭日に供される特別なケーキに、たまたまうちのイチゴが使われたんです。
それを、ヴィクトリウス様がいたく気に入られて。直々にご指名を受けたんです」
「……ショルテンハイム公が、直接あなたの店に来られたんですか」
「そうなんです! あのときはもう、紅翠域中が大騒ぎでした。
あれ以来、うちのちっぽけだった店は繁盛するようになったんです!」
イチゴさんは、感激とばかりに満面の笑顔を浮かべていた。
……それは、必然だ。
ショートケーキにイチゴは欠かせないからな。
相性は……99%、補完率98%。
最高値更新。文句なし。
イチゴさんが、感激した顔を僕にむけた。
「蜜森さん。こんなこと、言っていいのかわかりませんが……メローリアはいいところですよ。
認められさえすれば、餡月郷よりも居心地がいいと感じるかもしれません。
移り住むのも検討してみては?」
「……そうですか」
その、認められるまでの道のりが険しすぎて、不合理に見えてならないけどな。
イチゴさんにあいまいに返事をしたところで、クッキーさんが戻ってきた。
彼と入れ替わるように、イチゴさんが退室していく。
「では、また。うちの店にもぜひお越しください」
「……そうします」
あいさつして、見送った。
「……あいつとなに話してた?」
イチゴさんがいなくなった途端、クッキーさんが不審がって目を細めてにらんできた。
「……ショルテンハイム公にイチゴを献上している件を」
「それだけか?」
クッキーさんは疑り深く、見張り役のほうを見て尋ねた。
彼らがうなずくと、ようやく信じた様子で、ため息をついて椅子に座った。
「あいつも、お前に負けず劣らずうさんくせぇ奴だからな」
「……なぜですか」
「決まってんだろ。ショルテンハイム公に媚び売ってる。しかも、話すときは決まって二人きりになる。
どう見ても変だろ」
クッキーさんは、カップの持ち手ではなく胴体部分を豪快につかんで、紅茶を一気に飲みほした。
……話すときは、決まって二人きり。
献上品を渡すだけにとどめていないんだな。
不機嫌そうに、頬杖をついてなにか考えているクッキーさんを見る。
「……それで、次はなにを食べさせていただけるんでしょうか」
「黙っとけ。今考えてるんだよ」
「……クッキーさんですし、フロランタンはどうでしょうか」
「クッキーさんですしってなんだ! 俺はクリスだっつってんだろ!
あと、それも候補に入れてたやつ……!」
彼が悔しげに歯を噛みしめるのを横目で見つつ、新しく入れてもらった紅茶をのんびりと飲んだ。
……すこしずつ、メローリアの事情がわかってきた。
でも……まだまだ、足りない。




