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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第三章 洋菓子

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リスクが大きすぎる。

 リスクが大きすぎる。

 ここから飛びおりて逃げるなど、考えられない。


 なぜ彼は、そんなことを言ったのか。


「……あれが見えるか?」


 クッキーさんが横に立ち、あごで漁師たちをさした。


「ああやって、指示役と労働役に分かれてるんだ。胸くそ悪くて合理的だろ」

「……そうですね」


 吐きすてる彼に、うなずきながら返事をする。


 ……胸くそ悪い?


 潮風に当たりながら景色を眺めていると、不意にクッキーさんがこちらをむいた。


「今日は俺が相手してやるよ。

 プリモの奴は失敗したみたいだけど……餡月郷(あんげつきょう)よりうちのが優れてるって、よくわからせてやる」

「……僕をもてなすようにと、ショートケーキ団長から命令されているのですか?」

「は? ショートケーキ団長?」


 しばらくぽかんとしていたクッキーさんは、理解したのか、目を大きく開いて軽くのけ反った。


「お前っ! ショルテンハイム公をそんな呼び方するんじゃねぇ!」

「……ショルテンハイム公」

「あの方は貴族の中でも格が違うんだよ! ガレオ王にもっとも近いお方なんだぞ!」


 ……ガレオ王。メローリアの領主。

 その人こそが、ガレット・デ・ロワに違いない。

 王と呼ばれている――呼ばせている時点で、自尊心高めの人物だとうかがえる。


 次に、ショートケーキ団長の姿を思いうかべる。

 威厳は人一倍。柔和な大福さんとは真逆のタイプだった。


 ……だけど。


 彼をお菓子で表したら、「スポンジ生地のショートケーキ」だという点がどうしてもひっかかる。


「いいか。お前はもうこっちの住人なんだから、うちのルールに従ってもらうぞ。

 二度とそんな呼び方するな」

「……僕は客人では?」

「仮にでも住んでるんだから、住人みたいなもんだろうが!

 それに、近いうち正式にそうなるだろ。今のうちに覚えておかねぇと苦労するし、恥かくぞ」


 ……苦労とか恥はともかく。

 餡月郷とどの程度違うのかは知っておきたい。


 うなずくと、クッキーさんがため息をついて、頭をかいた。


「戻るぞ。朝飯食ったら部屋にいろ。準備できたら、すぐに始めてやる」


 ……いったい、なにをしてくれるのか。

 自然と口角が上がった。


「期待、しています」


 そう言うと、クッキーさんはふん、と鼻を鳴らし、あごを動かした。


 踵を返しつつ、もう一度海のほうを見てから、彼のあとに続いていった。


 ◇◇◇


 同じ頃。餡月郷にて。


 輝一が、一人屯所に駆けこんでいった。


「局長! 風の居場所がわかったというのは本当ですか!?」


 会議室に飛びこんだ輝一は、その場の異様な空気に気づけなかった。

 そのまま、うつむいている大丸のもとに駆けよる。


 そこには、大丸を筆頭に他の幹部三人がすでにそろっていた。

 みな、一様に険しい顔をして、むっつりと口を閉じている。


「局長」


 輝一が呼びかけると、大丸はやっと顔を上げ、無言で手にしていた書状を差しだしてきた。


 不審に思いながらも、輝一は立ったままそれを受けとり、読んだ。


 ――そして。


「……!」


 絶句した。


 それは、アントルメ騎士団からであった。

 内容は、蜜森をしばらく預からせてもらうことにした件。

 客人として迎いいれたが、本人の気持ち次第では戻らない可能性もおおいにある、と。

 最後に、団長ヴィクトリウスのサインと押印があった。


 騎士団が送ってきた、正式な書状に違いなかった。


 輝一は愕然として、その場に座りこんだ。


「なにが客人じゃ……! ただのかどわかしじゃろ!」

「……蜜森殿が、誘われて自ら行った可能性は?」

「あいつがわしらに相談もなしに、敵地に潜入したとでも言うのか!

 そんなことあるわけないじゃろがっ!」


 どら焼きもとい土井が吠えて、自身の膝を強く叩いた。

 そして、うなだれている輝一を見る。


「わしらにはともかくじゃ! 輝一や局長にくらい、一言あってもおかしくないじゃろが」

「……弥太郎の言うとおりじゃ」


 大丸が、すくっと立ちあがった。


 その表情には――憤怒が表れていた。

 拳を固く握りしめ、怒りに身を震わせている。

 輝一以外の三人が、すこしのけ反るほどの覇気を帯びていた。


「おのれヴィクトリウス……! 儂らの仲間に勝手をしおって。許さんぞ!」

「……っおう! そのとおりじゃ!」


 呼応されるように土井が立ち、続いてみたらし団子もとい団、羊羹もとい養田も立ちあがった。


 互いに顔を見合わせて、うなずく。


「お待ちください!」


 会議室を出ようと一歩踏みだした彼らを、一人だけ座ったままの輝一が止めた。


 書状を手にしたまま、必死に気持ちを落ちつかせようと大きく息をした。


「今動くのは、得策ではありません」

「なんじゃ輝一。まさか怖気づいたなんて――」

「風の身が!……危うくなるかもしれません」


 それを聞いた大丸が、はっとした顔になる。

 他の三人も、息をのんだ。


「風は、人質のようなものです。今攻めこめば、手引きをしたのかと疑われるかもしれません。

 そうなれば……っ」


 ――風の身の安全の保証は、なくなってしまう。


 輝一は、手を床について土下座をした。


「お願いいたします! どうか、今は矛をおさめてください!」

「今はって……今動かんでいつ動くんじゃ!」

「機を待つのです! 好機は、必ず訪れます。風もそれを逃しはしないはずです」


 輝一が顔を上げ、大丸たちを見上げた。


「奴は、ただでは転びません。我々を捨てて、彼らに従うなどありえません。

 私は……っそう、信じております」


 一旦そこで切り、口を閉じてこみ上げてくる衝動をこらえた。


 ――そんな保証は、どこにもないのはわかっているけれど。


「……もし、風がここにいたなら……きっと、こう言うでしょう。

 最も優先すべきことはなにか、それをまず考えるべきだ……と」


 歯を噛みしめ、膝に置いた拳を強く握った。


 体を震わせる輝一を見ていた大丸が、彼の前にしゃがみこんだ。

 強く握りしめている拳を手にとり、解かせる。


 その手には――爪が食いこんで、血がにじんでいた。


「……輝一」

「……っ申し訳、ございません。私が目を離したばかりに……っ!

 ちゃんと、家まで送っていたら、こんなことには……っ」

「おんしのせいではない。自分を責めるな」


 声を詰まらせながら言う輝一を見て、大丸は落ちついた表情で首を横に振った。


「……すまんかった。つい熱くなってしまってのう。たしかに今は、急いて動きだすべきではない」


 そう言って、大丸は振りかえって他の三人を見て、うなずいた。


 土井たちも、大丸同様冷静さを取り戻し、しずかに元の席に座った。


「客人として迎いいれたということは、すくなくとも牢にぶちこまれているわけじゃないじゃろうて」

「……あちらの目的は、いったい何なのでしょうか」


 団が、輝一を一瞥したあと、大丸を見て聞いた。


「……もしかしたら、急に勢いづいた儂らを警戒しておったのかもしれん。

 蜜森は双甘大試(そうかんたいし)の場にもおったからの。

 その存在に気づいていたとしても、まったくおかしくはない」

「つまり、我々に探りを入れていた、と?」


 養田が、目を細めて言った。


「その可能性が高いじゃろうな」

「……手引きをした者がいる、とは考えられませんか」

「手引き!? なにを言うんじゃ、三葉!」

「この中に、という意味ではありません。

 ですが……念のため、周辺を洗っておいたほうがよろしいのでは?」

「……そうじゃなぁ」


 大丸は、腕を組んで考えこんだ。

 三葉の言うことは一理ある、と思っていた。


 蜜森は、今となっては有名人。

 そんな者を、だれにも知られず連れ去るには、まず地理を把握していなければ話にならない。

 加えて、蜜森の行動についても。


 ――その情報を、漏らした者がいる。


 にわかには信じられなかった。否、信じたくはなかった。


 大丸は大きく息を吐き、団を見た。


「……頼めるか? くれぐれも、この件は内密にな」

「承知いたしました」


 団は一礼して立ちあがり、会議室をあとにした。


「輝一」

「……はい」


 続いて、大丸は未だうつむき加減の輝一を呼んだ。


 彼が自分を見た瞬間、にかっと笑顔を浮かべる。


「案ずるな。図太い蜜森のことじゃ。むこうの生活を満喫しとるんじゃないか?

 なぁ。大丈夫じゃろうて」

「……そう、ですね」


 大丸に肩を叩かれた輝一は、作り笑いを浮かべてうなずいた。

 そして、窓の外に目をむける。


 (――風。後生だから、無事でいてくれ)


 目を閉じ、心の中で祈った。


 ◇◇◇


「……ダックワーズですね。食感が好きです」

「これも知ってんのかよ!?」


 クッキーさんが、苦虫を噛みつぶしたような顔で、テーブルをドン、と叩いた。


 ほろっと崩れるような食感。

 アーモンドパウダーの香りと味。

 上物だ。


 これの前には、たっぷりのフルーツとクリームでデコレーションされたパブロヴァ。

 さらにその前には、外はカリッと中はしっとりなカヌレが出てきた。


 いずれも、名前を聞いただけではすぐ思いうかびづらいお菓子。


 ……だが、僕はすべて知っていた。


 クッキーさんの「知らないお菓子を出して驚かせる作戦」は、今のところ不発の状態だった。


「お前……! 何なんだよ!? ぼーっとしてるくせに!

 餡月郷の奴が、なんでそんなにこっちの菓子に詳しいんだよ!?」

「……餡月郷で生まれ育ったわけではないからです」

「は!?……まさか、移住者か? どこから来やがった?」

「日本の東京です」

「ニホン? トウキョウ?……聞いたことねぇな」


 クッキーさんが、目を細める。

 テーブルに片腕を乗せて、軽く身を乗りだしてきた。


 ……怪しまれているな。


 残ったダックワーズをちぎり、あんこに与えた。

 喜んでテーブルの上でくるくる回っていたが、クッキーさんににらまれると、すぐに僕の肩の上に戻ってきた。


「お前のその……トウキョウとかいう国にも、こういう菓子があったのか?」

「はい。洋菓子も和菓子も豊富にありました」

「ヨウガシ? ワガシ?」

「……種類を区別するための名です」


 ティーカップを置き、こちらを凝視するクッキーさんを見つめる。


 しばらくにらんでいた彼は、舌打ちをして背もたれに寄りかかった。


「くそが……計画が台無しじゃねぇか」


 天井を見上げ、嘆いている。


 ……しかし、妙だ。


「……このお菓子は、すべて市中に出回っているのですか?」

「ああ? 当然だろ。庶民じゃなかなか手が出ねぇものもあるけどな」

「……例えば、ジェラートとか」

「ばかか。あれは完全に貴族の食いもんだよ」


 ……昨日、プリンさんに奢ってもらったけどな。

 彼女の、思いどおりにならなかった怒りはもっともだ。


「……クッキーさん」

「おいコラ。だれがクッキーだって? 俺はクリスだ!」


 吠えるクッキーさんを、じっと見る。


 ……一つ、わかったことがある。


「あなたは……貴族の出じゃないんですね」


 ――瞬間、しん、と部屋がしずまりかえった。

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