クロワッサンに見えるけど、クロワッサンではなかった。
クロワッサンに見えるけど、クロワッサンではなかった。
三日月形のそれは、ほんのりバターの香りはするけれど、ふわっとした食感で層がない。
妙に甘みが強く、菓子パンのようだった。
他にテーブルに並んでいるのは、スクランブルエッグらしきもの。
くたくたに煮こまれた、小さなリンゴのようなもの。
薄切り肉。
白くて湯気が立っている液体は、おそらくミルク。
……甘いものと塩気のあるものが混在している。
いい塩梅だ。
そして、美味い。
「お口に合いますかぁ?」
むかい側の席に座っているプリンさんが、ニコニコと笑顔を浮かべながら聞いてきた。
「……そうですね」
「よかったぁ。お好きなようにお召しあがりくださいねっ」
小首を傾げて言う彼女。
席を離れる気はないらしい。
「……あなたは?」
「えっ?」
「もう済ませたのですか」
「まだですけど……えっ? ご一緒してもいいんですかぁ?」
「……どうぞ」
「わぁい! 嬉しいっ。じゃ、遠慮なくっ」
握った手をあごの下に添えるポーズをして、小首を傾げてウインク。
その後、給仕係になにか言いつけて、食事を運ばせた。
キュウリが入ったサンドイッチと、紅茶だけ。
そっと持ちあげて、時折こちらを見ながらちまちまと食べている。
……違和感。
肩を見ると、首の後ろに隠れていたあんこが出てきていた。
いい加減、食事のにおいに我慢できなくなったようで、テーブルの上の食事を凝視している。
すこし迷ってから、果物煮をスプーンですくって与えた。
あんこは、それを吸いこんでしばらく固まっていたが、気に入った様子でくるくると嬉しそうに回りだした。
……洋菓子もいけそうだな。
「はぁっ!?」
プリンさんが突然、妙に低い声を出した。
同時に立ちあがって、こちらを凝視している。
「……なにか?」
「あ……いいえー。失礼しましたぁ」
必死で笑顔を取りつくろって座りなおした彼女は、それでもこちらから視線を離さない。
……僕ではなく、あんこを見ている。
「あのぅ……それ、なんですかぁ?」
「……あんこです」
「やぁだ! 軍師様ったら。からかってるんですかぁ? 餡子はそんな赤くないじゃないですかっ」
警戒したあんこが、また首の後ろに隠れた。
……そうか。知ってるんだな。
「よくご存じですね」
「なにがです?」
「……『餡子』がどんなものか、ご存じなんですね。メローリアにもあるんですか?」
――途端、プリンさんが固まった。
しばらく彼女を見つめたのち、残っていた果物煮を平らげて、完食。
ミルクなしの紅茶の入ったティーカップを、傾ける。
「……やぁだ。軍師様。なにを勘違いされてるんですか?」
「勘違い、ですか」
「そうですよぉ。メローリアには餡子はありません。フルクティアの方から聞いたんですよっ」
「……フルクティア」
「そうです……あ、ごめんなさーい。紅翠域って言えばおわかりですか?」
……なるほど。
こちらにはこちらで使っている通称がある。当然か。
「それで? その赤い子はなんですか?」
「……ですから、あんこです」
「それは……名前、ってことですか? どういう生き物なんですかぁ?」
「……さぁ」
「え?」
「いつの間にかくっついてきたものなので。よくわかりません」
「……え?」
プリンさんが、眉を寄せた。
そのまま、まじまじとあんこを観察している。
「……私、最初は変わった首飾りだなって思ってたんです。
たしかに……まぁ、すこし……かわいらしいかなって思いますけどぉ。
どうしてそんなよくわからないものと一緒にいられるんですかぁ?」
「……特に害はないので」
「ええっ? すっごぉい! 軍師様って、心が広いんですねぇ。尊敬しますぅ」
握った手をあご下に添えて、体をすこしだけ傾けるポーズ。
……ただの観察対象としているだけだ。
それがどうして、「心が広い」なんて話になるのか。
無理にお世辞を言ったところで、なにも変わらないのに。
不思議に思いながら、ゆっくりと食後の紅茶を飲む。
充実した朝食を終えた。
「じゃ、お部屋でお待ちくださいっ。準備ができたらまた来ます。そしたらぁ……お楽しみのお出かけ、しましょうねっ!」
「……お待ちしています」
「はぁい!」
部屋まで送りとどけてもらい、元気にくるっと回って出ていくプリンさんを見送る。
隠れていたあんこが飛びでて、ベッドではなく窓に近づき、外を眺めていた。
同じく、窓の側に移動する。
……いよいよ、メローリアを見学できる。
直接目で見て、知りたいことはいくらでもある。
技術の発展度合いから……お菓子についても。
楽しみだ。
◇◇◇
まもなくして、迎えにきたプリンさんに連れられて、外出。
彼女は、なんの準備をしてきたのか……服は制服のままだった。
「どぉですか? きれいな町並みでしょ?」
「……そうですね」
レンガ造りの建物に、道もレンガで舗装されている。
あちこちに視線をさまよわせているうちに、建物の陰に身をひそめた人物が見えた。
……プリンさん以外にも見張りはいたようだ。
さすが、慎重だな。
ふと、建物の陰、舗装されていないところに蜜石を見つけた。
なかなかの大きさ。
餡月郷の砂糖屋に持っていけば、いい銭になるはず。
「……蜜石はどうされているのですか」
「え? どうって?」
「採取は?」
「採取? そんなの、農奴の仕事ですよ?」
……農奴。
口を若干すぼめ、きょとんとした顔のプリンさんの言葉に、違和感を抱かずにはいられなかった。
やけにあっさり、言うんだな。
「あと、こっちではシュガライトって呼ぶんです。覚えておいてくださいねっ?」
「……そうですか」
プリンさんから、再び蜜石もといシュガライトがあるところに目をむけた。
すると、それをツギハギだらけの服の人が採取しているところだった。
楽しそうに採取していた餡月郷の子どもとは違い、陰鬱な表情をしている。
どこか悪くしているのか、顔色も悪いし足元もおぼつかない。
……なぜ、あんな弱った人にやらせているのか。
周りにいる健常者がやったほうが、収穫量も多くて効率的なのに。
ため息をつき、引き続き町中を見学しながら歩いていく。
すると――ふわっと香ってくる、甘いにおい。
「はいっ到着でーす! ここがぁ、メローリア自慢の『コンフィズリー通り』でぇす!」
プリンさんが、通りにむかって腕を広げ、満面の笑顔で言った。
……つまり、甘味通り。
ここも、同じく甘味処が軒を連ねる通りのようだ。
入ってすこし歩いてみると、オープンテラスの店だったり、屋台もあるのがわかった。
甘いにおいが、あちこちから漂ってくる。
いずれの店にいる客も、なにかしらのスイーツを食べていた。
ワッフル片手に歩いていく人を見送りつつ、奇妙な光景を目の当たりにする。
……あれは、シフォンケーキ?
スポンジ生地のショートケーキを食べている人もいる。
極めつけは、アイスクリームとジェラートの店。
……冷凍技術が存在している? なぜ?
「なにかお召し上がりになりたいものがあったらぁ、どうぞ遠慮なく言ってくださいっ」
「……では、あのジェラートを」
「あ! いいですねぇ。今日、ちょっと暑いですしっ」
プリンさんがアイスクリーム屋に駆けより、買ってくれた。
ミルクジェラートだ。
……普通に冷たい。美味い。
あんこに吸わせると、冷たさに一瞬ぎょっとしながらも、喜んでいた。
「……これは、どのようにして保存しているのでしょうか」
「うーんと……あんまり詳しくは知らないんですけどぉ。地下にある冷却庫を利用してるみたいです」
「……冷却庫」
「はい。冬の間、池の氷を切りだして保管しておいてぇ、それを使ってるっていう話ですよっ」
……そうか。氷室か。
難しい話ではなかったな。
「あのぉ、軍師様って甘いものがお好きなんですよねっ?」
「……はい」
「やっぱりぃ! 私と同じですねっ。気が合うかも!」
ジェラート片手に、得意のウインクをしてみせるプリンさん。
……これだけ洋菓子の店が並んでいるのだ。堪能しない手はない。
と、いうわけで、その後もあんこと分けながら、様々なスイーツをいただいた。
ジェラートのあとは、体が冷えすぎないようにと屋台でホットチョコレートを。
プリンアラモードがあるケーキショップでは、プリンさんがいる手前、あえてそれは選ばず。
結局、スポンジ生地のショートケーキにした。
ちなみに――全部、プリンさんの奢りで。
「軍師様……よく食べるんですねぇ。お腹、大丈夫ですかぁ?」
ショートケーキを平らげたあと、プリンさんが若干引き気味に聞いてきた。
……たしかに、ちょっと食べすぎた感は否めない。
やはり、乗馬訓練をさせてもらえればベストなんだが。
「……問題ありません」
「ならいいんですけどぉ」
ケーキショップを出て、また歩きだす。
……パチパチ、となにかを揚げるような音。
ドーナツだ。揚げたてか。
「え? ま、まだ食べるんですかぁ?」
プリンさんに本格的にドン引きされながらも、最後と決めつつ、屋台のドーナツ (ケーキ生地)を食べた。
……揚げたて最高。
「足りないんだよ! とっととシュガライトとってこい!」
「は、はい! 旦那様! 今すぐ!」
「ぐずぐずするな!」
床に転がった、ボロい服を着た人。
その人を蹴とばしている、店の人を見かけた。
外に飛びだしたその人を、道ゆく人たちが眉をひそめて見ている。
……やっぱり、妙な社会だな。
「え!? ウソ……! プリちゃん?」
「あ、どうもぉ」
「ええー! 本物だ! プリちゃーん!」
一方で、のん気そうな声。
プリンさんを見つけたファンらしき女性が、興奮して手を振っている。
プリンさんも、それに応えて笑顔で手を振りかえしたり、投げキッスをしたりしている。
……妙な社会だな。
「おい」
突然、目の前に影がかかって暗くなる。
見上げた先には、およそ二メートルは超えていそうな、ガタイのいい大男。
あんこが、いつものように素早く首の後ろに隠れた。
「だれだ、お前は。だれの許可でプリちゃんの隣歩いてんだ? 俺らファンを差しおいて」
「…………」
ドーナツをかじって咀嚼しながら、彼を見上げた。
「なんとか言ったらどうだ! あぁ!?」
「いやっ! 待って! 私のために争わないでっ!」
プリンさんが、わざとらしく腕を広げて、僕と大男の間に割りこむ。
大男は、彼女を見てぎょっと目を見開き、口をすぼめた。
「プリちゃん! なんでこんな男と!」
「お願い、聞いて! この人はぁ、うちの大事なお客様なのっ!」
「お、お客様……!?」
「そうよぉ。団長の命令で町を案内してるのっ。だから……許してあげて? ねっ?」
プリンさんに目の前で言われた大男は、顔を赤らめて胸のあたりを手で押さえていた。
「うふふ。大丈夫だよっ! プリちゃんの心はぁ……みんなのものだか、らっ!」
胸元で手をハートマークにしたプリンさんが、大男と周辺に集まった人にむけて、その手を突きだした。
たちまち、失神しかけてよろける大男。
周辺からは、「きゃー!」と、歓声が上がった。
……いつぞやの双甘大試でも見かけたが、アイドル文化が栄えている様子。
他にもそういう人がいるのかは不明だが。
「さ、行きましょ軍師様っ」
「……はい」
なおも手を振りながら歩いていくプリンさんに、ドーナツを食べながらついていく。
大男は、追いかけてはこなかった。
……さて。おみやげはなににしようか。




