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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第三章 洋菓子

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景色ががらりと変わった。

 景色ががらりと変わった。


 レンガ造りの西洋風の建物が立ちならんでいて、一様に似たような形をしている。

 遠くに見える、高い塔のようなものがある教会らしき建物が、ひときわ目立っている。


 道を歩く人も、燕尾服にシルクハットの男性、ドレス姿の女性が特に目につく。


 ……違和感がすごい。


 擬態してじっとしていたあんこも興味がわいてきたのか、元の姿になって周囲をキョロキョロしている。


餡月郷(あんげつきょう)と比べて、発展具合が違うのがおわかりでしょう?」

「……まだ来たばかりなので、なんとも」


 年代的には、餡月郷と同じくらいか。もうすこしあとの時代な気もする。


 考えていると、一度振りかえったシュークリームさんが、二度見してきた。


「その赤いものは……」

「……あんこです」

「……これから、我らが団長と会っていただきます。不敬にならないようにしていただきたい」

「問題ありません」


 ぎっとにらみつけられたあんこは、たちまちいつものように、首の後ろの襟の中に隠れた。


 シュークリームさんは、不服そうに目を細め、若干歯を噛みしめていた。

 が、ため息をついたのち、前にむきなおった。


 ……こんなものに気を取られるような人に、団長が務まるとは思えない。


 気にせず、シュークリームさんのあとをついていった。


「ここからは馬車に乗っていただきます」


 シュークリームさんの前に、待機していた馬車。御者もいる。


 ……乗馬訓練は、まだ途中だった。

 ここで数日乗らずにいたせいで、また一からやりなおしにでもなったら……非効率甚だしいのだが。


 考えながらも、促されて馬車に乗りこむ。


 そうして、やってきたのは――某国の官邸のような、真っ白い建物。


「ここが、アントルメ騎士団の本拠地。あなた方にもわかりやすく言えば……屯所、でしたか」

「…………」


 それにしても、規模が違う。

 それだけ多くの団員を有している証拠だ。


 馬車に乗ったまま門をくぐり、敷地内に入る。

 降りたあとは、兜をかぶった門番の厳しい視線を浴びながら、建物の中に入った。


「先程もお伝えしたとおり、まず我らが団長と対面していただきます」

「……はい」


 振りかえったシュークリームさんに返事。


 赤いじゅうたんの上を、音を極力立てないように歩いていく。


 ……草履でじゅうたんの上。めったにない体験だ。


 まもなく、シュークリームさんはある扉の前で止まった。

 えんじ色で、金色に輝く飾りがついた豪奢な両開きの扉だった。


「お連れしました」

「入れ」


 シュークリームさんが声を張ると、すぐに中から返事が。


 彼が扉を開けると、中に入るよう目線だけで促された。


 ……よし。

 あんこが首の後ろに隠れたのを確認してから、中に足を踏みいれた。


「前へ」


 入ってまっすぐいったところに執務机があり、そこに彼はいた。

 ――ヴィクトリウス・ショルテンハイム。またの名を、ショートケーキ団長。


 言われたとおり、さらに数歩、前に出る。


 目だけを動かして見ると、左の壁を背にして、他の幹部たち三人が待機していた。

 僕の後ろから入ってきたシュークリームさんが、その列の最後尾に素早く移動する。


「遅かったな。お前の割には」

「……最短ですよ。そもそも侵入するだけで一苦労なのですから」


 一番執務机に近い位置に立っていたクッキーさんが、軽く身を乗りだして話しかけていた。

 彼の隣にいる、一番長身のアイスクリームさんは、むっつりとした顔で前をむいていて、無言。

 さらにその隣、紅一点のプリンさんは、こちらを見てウインクしてきた。


 ……想定より、緊張感が薄いな。


「まず……シュリオ。ご苦労であった」

「恐悦至極に存じます」


 シュークリームさんが、一歩前へ出て、胸元に手を置いて一礼。

 すぐに元の位置に下がった。


甘誠組(かんせいぐみ)の軍師」

「……はい」

「そなたはここに、『客人』として参った。そう理解しておくがいい」


 ……客人。


「人質、ではないのですね」

「そうなりたければそれでもかまわぬ。が……窮屈な目には遭いたくないだろう」


 輝く金髪の合間から見える、垂れた目。

 けれど、眼光は鋭い。


「従わなけりゃ、痛い目を見るだけじゃ済まないぞ」


 クッキーさんが言った。


 ……ある程度は自由を確保できる。

 なら、それに従うほうが得策。


「……わかりました」


 頭を下げて返事。

 顔を上げると、ショートケーキ団長はかすかにうなずいていた。


「……プリモ」

「はいっ」


 呼ばれたプリンさんが、手をあげて一歩前に出る。


「客人を、部屋に案内せよ」

「かしこまりましたぁ」


 プリンさんが、僕の横に移動して、またウインク。


 ……目元に、ハートの形をしたストーンがついている。

 そういう装飾品も存在しているんだな。


「どうぞ。こちらへ」


 うなずいて、再度ショートケーキ団長に一礼してから、部屋を出た。


 プリンさんの先導で、また赤いじゅうたんの敷かれた廊下を歩いていく。


「特別にご用意したお部屋があるんですぅ。当分はそこで寝泊りしていただきますからねっ」

「……そうですか」


 当分。いずれはまた移動する可能性あり、か。


 だれともすれ違わない違和感をおぼえつつ廊下を進んでいく。

 やがて、プリンさんが止まった。


「はいっ。到着でぇす!」


 彼女が、楽しそうに扉のノブを回し、開けた。


 ……部屋の広さは、すくなくとも十畳以上はある。

 見回してまず目についたのは、クイーンサイズとおぼしき広いベッド。天蓋付き。

 窓も大きくて、一見開放的……だが、はめごろしになっていた。


 監視が必要な「客人」のための部屋としては、合理的だ。


「食事の時間になったらお呼びしますので。基本的にはこちらでお過ごしくださぁい」

「……外出は?」

「もっちろん、制限はしませんよ。でもぉ、まだ不慣れでしょう? 迷子になったら大変!

 ……なのでぇ、私たちが交代でいろいろご案内しまーすっ」


 最後に、ウインク。


 ……なるほど。

 体のいい監視役がつくわけだな。立派な建前だ。


「もしなにかあれば、外にいる警備の人たちに言ってくださぁい。

 いつでもあなたのことをお守りしてますからねっ」

「……わかりました」

「うふふっ。それじゃ、軍師様っ」


 プリンさんが目の前に移動してきて、僕の手をとった。

 上目遣い。


「明日はさっそく、私が町をご案内しますので……お・た・の・し・み・に、ねっ」


 立てた人差し指を動かしながら言って、小首を傾げてまたウインク。


 ……こうして、警戒心を和らげようとしているわけだな。

 コミュニケーション手法としては悪くない。


「……よろしくお願いします」

「はぁい。おやすみなさぁいっ」


 プリンさんが手を振りながら部屋を出ていったあと、ふう、と息をつく。


 ベッドに近づき、ずっと隠れていたあんこを引っぺがして、軽く放りなげる。


 自分も座って、たしかめてみた。

 ……ふかふか。けれど、硬さもあるのでちょうどよさそうだ。

 輝一さんの家の薄っぺらい布団のほうが好きだけど。


「……腹減った……」


 しばらくは洋食、洋菓子か。

 ……楽しみだな。


 トランポリンのようにはねて遊んでいるあんこを見つめ、考えながらベッドに寝転んだ。


 ◇◇◇


「おっはようございまーすっ! よく眠れましたかぁ?」


 ……朝か。


 元気なプリンさんの声。

 加えて、カーテンが開いて明るい日差しが顔にかかって、覚醒した。


 ……ぐっすり眠れたな。

 寝具が合っていたおかげで、質のいい睡眠がとれたようだ。


 半身を起こして、伸びをしてから立ちあがる。


「お加減、いかがですかぁ?」

「……はい。おかげさまで、すこぶるいいです」

「それはよかったっ。もうすこししたら朝ごはんの用意ができるので、お待ちくださぁい」

「……顔を洗ってもいいですか」

「どうぞどうぞ。水場はこっちですよっ」


 朝から元気なプリンさんに案内されて、顔を洗う。

 待ちかまえていた彼女からタオルを受けとった。


「……なぜですか」

「はい?」

「なぜ幹部のあなたが、侍女のようなことを?」


 顔を拭いたタオルを受けとったプリンさんが、ぴくっと一瞬震えて固まる。

 すぐに、無理やりといった感じで口角を上げた。


「当然じゃないですかぁ。だって、軍師様は大事なお客様なんだから。

 団長から、丁重にもてなすようにって言われてますしねっ」

「……そうですか」


 違和感を抱えつつも、促されてまた部屋に戻った。


「新しいお召し物、用意しておきましたぁ。こちらをどうぞっ」


 ベッドの上に、真新しい洋服と靴。

 顔を洗いにいっている隙に、だれかが置いたらしい。


 ミントグリーンを基調とした色の服で、胸元や袖口には繊細な装飾が施されていた。

 ついでに、腰のあたりには飾り帯のようなものもある。

 靴は、茶色い革製の短靴だった。


 ……派手だな。

 遠くからでも監視がしやすそうで、合理的だ。


「前に着ていた地味な着物もお似合いですけどぉ、こっちはもっと似合うと思いますよっ」

「…………」


 まぁ、いいか。

 このまま着物姿では、もっと目立つだけだ。


 新しいその服に着替えようとして――プリンさんが、ニコニコ笑いながらこちらを見ているのに気づいた。


「……なにか?」

「あ、ごめんなさぁい。私ったら、ついうっかりー。あっちむいてますねっ」


 プリンさんが、ちょろっと舌を出して自分の頭を小突き、背をむける。


「脱いだ着物は貸してくださいねっ。こっちで処分しておきますので」

「……処分?」

「はい。だってぇ、もう必要ないでしょ?」


 ……帰す気は、毛頭ないと。


 着物を見下ろし、すこし考えたのち、口を開いた。


「……処分は、やめておいたほうが賢明かと」

「え? どうしてですかぁ?」

「重要なものだからです。いろんな意味で」

「いろんな、意味……?」


 振りかえったプリンさんは、僕が着物を脱ぎだしたのを見て、慌てて背をむけた。


「……それ、どういう意味ですかぁ?」

「……さぁ」

「そんなこと言わないでぇ。教えてくれてもいいじゃないですかっ」

「信用のない方には教えられません」

「……! そんなぁ……っ! ひどいっ。えーん!」


 彼女が背をむけたまま、しくしく泣いている演技をしている。


 ……この服、肌触りは悪くない。

 けど、留め具が背中寄りにあるせいでやりづらいな。


 ベッドの布団に隠れていたあんこが、ぎょっとした顔でちらちらとうかがっている。


「……終わりました」

「……わぁ! やっぱり! とーってもお似合いですぅ!」


 くるっとこちらにむきなおったプリンさんは、うるうるとした涙目をむけつつ、営業スマイルを浮かべた。


 襟をちょこっと直してくれて、「はい、完璧っ」と言って、ウインクした。


「その着物のこと。私を信用していただけたら、教えていただけます?」

「……はい。もちろん」

「やったぁ! じゃ、プリちゃんがんばっちゃいまーっす!」


 片腕を上げて、くるっと一回転してからの宣言。


 ……無駄な努力だったと彼女が気づく頃には、僕はここにはいないけれど。

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