景色ががらりと変わった。
景色ががらりと変わった。
レンガ造りの西洋風の建物が立ちならんでいて、一様に似たような形をしている。
遠くに見える、高い塔のようなものがある教会らしき建物が、ひときわ目立っている。
道を歩く人も、燕尾服にシルクハットの男性、ドレス姿の女性が特に目につく。
……違和感がすごい。
擬態してじっとしていたあんこも興味がわいてきたのか、元の姿になって周囲をキョロキョロしている。
「餡月郷と比べて、発展具合が違うのがおわかりでしょう?」
「……まだ来たばかりなので、なんとも」
年代的には、餡月郷と同じくらいか。もうすこしあとの時代な気もする。
考えていると、一度振りかえったシュークリームさんが、二度見してきた。
「その赤いものは……」
「……あんこです」
「……これから、我らが団長と会っていただきます。不敬にならないようにしていただきたい」
「問題ありません」
ぎっとにらみつけられたあんこは、たちまちいつものように、首の後ろの襟の中に隠れた。
シュークリームさんは、不服そうに目を細め、若干歯を噛みしめていた。
が、ため息をついたのち、前にむきなおった。
……こんなものに気を取られるような人に、団長が務まるとは思えない。
気にせず、シュークリームさんのあとをついていった。
「ここからは馬車に乗っていただきます」
シュークリームさんの前に、待機していた馬車。御者もいる。
……乗馬訓練は、まだ途中だった。
ここで数日乗らずにいたせいで、また一からやりなおしにでもなったら……非効率甚だしいのだが。
考えながらも、促されて馬車に乗りこむ。
そうして、やってきたのは――某国の官邸のような、真っ白い建物。
「ここが、アントルメ騎士団の本拠地。あなた方にもわかりやすく言えば……屯所、でしたか」
「…………」
それにしても、規模が違う。
それだけ多くの団員を有している証拠だ。
馬車に乗ったまま門をくぐり、敷地内に入る。
降りたあとは、兜をかぶった門番の厳しい視線を浴びながら、建物の中に入った。
「先程もお伝えしたとおり、まず我らが団長と対面していただきます」
「……はい」
振りかえったシュークリームさんに返事。
赤いじゅうたんの上を、音を極力立てないように歩いていく。
……草履でじゅうたんの上。めったにない体験だ。
まもなく、シュークリームさんはある扉の前で止まった。
えんじ色で、金色に輝く飾りがついた豪奢な両開きの扉だった。
「お連れしました」
「入れ」
シュークリームさんが声を張ると、すぐに中から返事が。
彼が扉を開けると、中に入るよう目線だけで促された。
……よし。
あんこが首の後ろに隠れたのを確認してから、中に足を踏みいれた。
「前へ」
入ってまっすぐいったところに執務机があり、そこに彼はいた。
――ヴィクトリウス・ショルテンハイム。またの名を、ショートケーキ団長。
言われたとおり、さらに数歩、前に出る。
目だけを動かして見ると、左の壁を背にして、他の幹部たち三人が待機していた。
僕の後ろから入ってきたシュークリームさんが、その列の最後尾に素早く移動する。
「遅かったな。お前の割には」
「……最短ですよ。そもそも侵入するだけで一苦労なのですから」
一番執務机に近い位置に立っていたクッキーさんが、軽く身を乗りだして話しかけていた。
彼の隣にいる、一番長身のアイスクリームさんは、むっつりとした顔で前をむいていて、無言。
さらにその隣、紅一点のプリンさんは、こちらを見てウインクしてきた。
……想定より、緊張感が薄いな。
「まず……シュリオ。ご苦労であった」
「恐悦至極に存じます」
シュークリームさんが、一歩前へ出て、胸元に手を置いて一礼。
すぐに元の位置に下がった。
「甘誠組の軍師」
「……はい」
「そなたはここに、『客人』として参った。そう理解しておくがいい」
……客人。
「人質、ではないのですね」
「そうなりたければそれでもかまわぬ。が……窮屈な目には遭いたくないだろう」
輝く金髪の合間から見える、垂れた目。
けれど、眼光は鋭い。
「従わなけりゃ、痛い目を見るだけじゃ済まないぞ」
クッキーさんが言った。
……ある程度は自由を確保できる。
なら、それに従うほうが得策。
「……わかりました」
頭を下げて返事。
顔を上げると、ショートケーキ団長はかすかにうなずいていた。
「……プリモ」
「はいっ」
呼ばれたプリンさんが、手をあげて一歩前に出る。
「客人を、部屋に案内せよ」
「かしこまりましたぁ」
プリンさんが、僕の横に移動して、またウインク。
……目元に、ハートの形をしたストーンがついている。
そういう装飾品も存在しているんだな。
「どうぞ。こちらへ」
うなずいて、再度ショートケーキ団長に一礼してから、部屋を出た。
プリンさんの先導で、また赤いじゅうたんの敷かれた廊下を歩いていく。
「特別にご用意したお部屋があるんですぅ。当分はそこで寝泊りしていただきますからねっ」
「……そうですか」
当分。いずれはまた移動する可能性あり、か。
だれともすれ違わない違和感をおぼえつつ廊下を進んでいく。
やがて、プリンさんが止まった。
「はいっ。到着でぇす!」
彼女が、楽しそうに扉のノブを回し、開けた。
……部屋の広さは、すくなくとも十畳以上はある。
見回してまず目についたのは、クイーンサイズとおぼしき広いベッド。天蓋付き。
窓も大きくて、一見開放的……だが、はめごろしになっていた。
監視が必要な「客人」のための部屋としては、合理的だ。
「食事の時間になったらお呼びしますので。基本的にはこちらでお過ごしくださぁい」
「……外出は?」
「もっちろん、制限はしませんよ。でもぉ、まだ不慣れでしょう? 迷子になったら大変!
……なのでぇ、私たちが交代でいろいろご案内しまーすっ」
最後に、ウインク。
……なるほど。
体のいい監視役がつくわけだな。立派な建前だ。
「もしなにかあれば、外にいる警備の人たちに言ってくださぁい。
いつでもあなたのことをお守りしてますからねっ」
「……わかりました」
「うふふっ。それじゃ、軍師様っ」
プリンさんが目の前に移動してきて、僕の手をとった。
上目遣い。
「明日はさっそく、私が町をご案内しますので……お・た・の・し・み・に、ねっ」
立てた人差し指を動かしながら言って、小首を傾げてまたウインク。
……こうして、警戒心を和らげようとしているわけだな。
コミュニケーション手法としては悪くない。
「……よろしくお願いします」
「はぁい。おやすみなさぁいっ」
プリンさんが手を振りながら部屋を出ていったあと、ふう、と息をつく。
ベッドに近づき、ずっと隠れていたあんこを引っぺがして、軽く放りなげる。
自分も座って、たしかめてみた。
……ふかふか。けれど、硬さもあるのでちょうどよさそうだ。
輝一さんの家の薄っぺらい布団のほうが好きだけど。
「……腹減った……」
しばらくは洋食、洋菓子か。
……楽しみだな。
トランポリンのようにはねて遊んでいるあんこを見つめ、考えながらベッドに寝転んだ。
◇◇◇
「おっはようございまーすっ! よく眠れましたかぁ?」
……朝か。
元気なプリンさんの声。
加えて、カーテンが開いて明るい日差しが顔にかかって、覚醒した。
……ぐっすり眠れたな。
寝具が合っていたおかげで、質のいい睡眠がとれたようだ。
半身を起こして、伸びをしてから立ちあがる。
「お加減、いかがですかぁ?」
「……はい。おかげさまで、すこぶるいいです」
「それはよかったっ。もうすこししたら朝ごはんの用意ができるので、お待ちくださぁい」
「……顔を洗ってもいいですか」
「どうぞどうぞ。水場はこっちですよっ」
朝から元気なプリンさんに案内されて、顔を洗う。
待ちかまえていた彼女からタオルを受けとった。
「……なぜですか」
「はい?」
「なぜ幹部のあなたが、侍女のようなことを?」
顔を拭いたタオルを受けとったプリンさんが、ぴくっと一瞬震えて固まる。
すぐに、無理やりといった感じで口角を上げた。
「当然じゃないですかぁ。だって、軍師様は大事なお客様なんだから。
団長から、丁重にもてなすようにって言われてますしねっ」
「……そうですか」
違和感を抱えつつも、促されてまた部屋に戻った。
「新しいお召し物、用意しておきましたぁ。こちらをどうぞっ」
ベッドの上に、真新しい洋服と靴。
顔を洗いにいっている隙に、だれかが置いたらしい。
ミントグリーンを基調とした色の服で、胸元や袖口には繊細な装飾が施されていた。
ついでに、腰のあたりには飾り帯のようなものもある。
靴は、茶色い革製の短靴だった。
……派手だな。
遠くからでも監視がしやすそうで、合理的だ。
「前に着ていた地味な着物もお似合いですけどぉ、こっちはもっと似合うと思いますよっ」
「…………」
まぁ、いいか。
このまま着物姿では、もっと目立つだけだ。
新しいその服に着替えようとして――プリンさんが、ニコニコ笑いながらこちらを見ているのに気づいた。
「……なにか?」
「あ、ごめんなさぁい。私ったら、ついうっかりー。あっちむいてますねっ」
プリンさんが、ちょろっと舌を出して自分の頭を小突き、背をむける。
「脱いだ着物は貸してくださいねっ。こっちで処分しておきますので」
「……処分?」
「はい。だってぇ、もう必要ないでしょ?」
……帰す気は、毛頭ないと。
着物を見下ろし、すこし考えたのち、口を開いた。
「……処分は、やめておいたほうが賢明かと」
「え? どうしてですかぁ?」
「重要なものだからです。いろんな意味で」
「いろんな、意味……?」
振りかえったプリンさんは、僕が着物を脱ぎだしたのを見て、慌てて背をむけた。
「……それ、どういう意味ですかぁ?」
「……さぁ」
「そんなこと言わないでぇ。教えてくれてもいいじゃないですかっ」
「信用のない方には教えられません」
「……! そんなぁ……っ! ひどいっ。えーん!」
彼女が背をむけたまま、しくしく泣いている演技をしている。
……この服、肌触りは悪くない。
けど、留め具が背中寄りにあるせいでやりづらいな。
ベッドの布団に隠れていたあんこが、ぎょっとした顔でちらちらとうかがっている。
「……終わりました」
「……わぁ! やっぱり! とーってもお似合いですぅ!」
くるっとこちらにむきなおったプリンさんは、うるうるとした涙目をむけつつ、営業スマイルを浮かべた。
襟をちょこっと直してくれて、「はい、完璧っ」と言って、ウインクした。
「その着物のこと。私を信用していただけたら、教えていただけます?」
「……はい。もちろん」
「やったぁ! じゃ、プリちゃんがんばっちゃいまーっす!」
片腕を上げて、くるっと一回転してからの宣言。
……無駄な努力だったと彼女が気づく頃には、僕はここにはいないけれど。




