「そういうわけなので、よろしくお願いいたします」
「そういうわけなので、よろしくお願いいたします」
定例会議の場。
必要な報告が終わったあとで、事情――規則改正に着手する件を説明した。
顔を上げると――ぽかんとして固まっている、面々。
「おい……! それはまだ先の話だろう!」
「時間がかかることなので」
羊羹さんは、珍しくうろたえていた。
「待つんじゃ!……養田殿! いつの間に、恵みの地の女子と夫婦に!?」
「まだなったわけではない!」
「そうかぁ。完二郎がなぁ」
「……っ申し訳ありません。規則を破るつもりはありません」
「わかっておる。どれ。早く完二郎の想いが成就するよう、一肌脱ぐとするか」
「……っ」
羊羹さんが、ほんのりと顔を赤らめた。
「養田殿。思いが通じあっているお方と結ばれるのは、これ以上にない幸せだと思います。
規則を改めるのは険しい道ですが、私も尽力いたします」
「……ああ。恩に着る」
「あまりお待たせしては、お相手の方が気の毒です。年老いたお方に迎えにこられても困るでしょうから」
「……そう、だな」
粕谷さんとみたらし団子さんに追い打ちをかけられ、だんだんと声が小さくなっていく羊羹さん。
そして、膝の上に置いた手をぐっと握りしめて顔を上げ、全員を見回した。
「……かたじけない。よろしくお頼み申す」
羊羹さんは、ゆっくりと頭を下げて、言った。
ほほえみながらうなずいている大福さんと、同じく穏やかに笑っている他の面々。
「……それで、規則改正の手続きについてですが」
「おいっ! お前は余韻を味わうってことを知らんのか!」
「十分味わいました」
「どこがじゃ!」
吠えるどら焼きさんをスルーして、大福さんを見る。
「それが、なかなか難儀でのう」
眉を垂らして腕を組んだ大福さんが、同じく渋い顔をした粕谷さんと顔を見合わせる。
「白妙様にお認めいただければ、まちがいないだろう」
「では、お会いして進言を――」
「無理に決まっとるじゃろ! 局長だって、よほどのことがなければ許されんのじゃぞ!」
どら焼きさんに賛成するように、他の人も一様に、「そのとおりだ」と言わんばかりにうんうん、とうなずいていた。
……そうだな。
僕がお会いできたのは、双甘大試で連勝に導いた功績があったからだ。
それも、今となっては過去のもの。
他の手段は、と考えていると、肩がすこし軽くなったのが気になって下をむいた。
あんこがかりんとうの菓子鉢に近づき、勝手につまんでいた。
ひょっとこ口に、かりんとうを押しこんでいる。突き出たその口がパイプのようにのびていた。
……パイプ。
やはりこの時代、コネが重要。
コネ、といえば。
「……粕谷さん。饅頭――萬田様は先代副長だったんですよね?」
「お前はまた……! あのお方を饅頭などと呼ぶな!……で、それがどうした?」
「使えませんか」
「はっ?」
わけがわからないとばかりに粕谷さんが眉を寄せる。
若干前のめりになった姿勢を直してから、「使う?」と聞きかえしてきた。
「そうじゃ。その手があったな!」
大福さんが、手をポンと叩く。
「萬田殿から肥田様に、白妙様にお目にかかりたい旨を伝えていただくのじゃ」
「……はい!?」
四人が、ぎょっと目を見開いた。
先代副長から、肥田様こと求肥さんへ。
先代局長であり、現在は白妙様――練り切り様の側用人をされている人だ。
あの方に話が通れば、可能性は十分にある。
「なにをおっしゃるのですか! 萬田様が、そんなことをお許しになるはずがありません!」
「プレゼンしてお認めいただければ、可能なはずです」
「……ぷれぜん?」
大福さんも含めた全員が、こちらをむいて首を傾げた。
「……今の規則の不合理性を説明して、納得いただけたら可能ではないかと」
「どうやって納得していただくつもりじゃ?」
「一般人から意見を聞きとって、集約します」
改正すべきとの声が多ければ、大きな説得力になる。
……現状を知ることも重要。反対意見もすくなからずあるだろうが、それはそれでいい。
体のむきを変えて、大福さんと正面でむき合う格好になる。
「許可を」
「……儂はかまわんが、大丈夫か?
もうじき次の双甘大試の組についても考えなければならん時期じゃろう?」
……あと二週間とちょっと。そのとおりだ。
「それと並行して取り組みます」
「間に合うのか?」
「睡眠時間を削れば問題ありません」
「私には、休まないと非効率などとおっしゃっていたのに?」
「健康に影響が出ない範囲にとどめます」
「そこまでせずとも――」
「そこまでしないとなにも変わりません」
「いやお前……ときどき思うんじゃが、無駄に行動力あるな」
「無駄ではありません。必要なことです」
「…………」
粕谷さん、みたらし団子さん、羊羹さん、どら焼きさんの順に質問され、きっちり返す。
唖然とする五人。
隣の人と顔を見合わせて、戸惑っている様子の人もいる。
「……承知した。
じゃが、おんしばかりに負担させるわけにはいかん。儂らで手分けして取り組むとしよう」
「……いえ。皆さんは外れてください」
「あん? お前、わしらじゃ力不足とでも言うのか?」
首を横に振って、否定。
「皆さんのような上の人に聞かれたら、萎縮してしまいます」
「……たしかに。民と気軽に話せる者ならええんじゃな?」
「はい」
「ならば、儂のほうで何人か見繕っておこう」
大福さんが、他四人を見回す。
四人が、承知したというようにうなずいた。
「……よろしくお願いいたします」
「それは儂らが言うべきことじゃ。こちらこそ、よろしく頼むぞ」
ニヤリと笑った大福さんが、頭を下げる。
そして、他の四人も。
……妙な感じだな。
◇◇◇
粕谷さんと一緒に、屯所を出た。
「風は……本当に不思議な奴だな。簡単に人心をつかんでしまう」
斜め上をむき、遠くを見ている粕谷さんが、しみじみと言った。
……そんな気は全然ないのだが。
「……気のせいでは」
「いいや。先程のことも……『お前が』言いだしたから、ああなったのだ」
「……そうでしょうか」
「私はそう思う。今日の会議で、ようやく気づいたのだ。
お前の発言は突拍子がないことが多いが、必ずちゃんとした理由が――芯があるのだと」
横で歩きながらこちらをむいた粕谷さんは、優しい笑みを浮かべていた。
……本格的に、信用が信頼に変わった?
いや。
「……粕谷さんたちの懐の広さに救われているだけです」
どれだけ理由や裏付けがあっても、立場や矜持を気にする人なら取り合わない。
鼻で笑われて終わりだ。
「……いつまでそう呼ぶつもりだ?」
こちらをむいた粕谷さんが、なにかを企んでいそうな笑みを浮かべていた。
「姉上のことは名で呼んでいるのに。不公平ではないか」
「……はぁ」
「よし。今この場で命ずる。私のことはこれから、輝一と呼べ」
……小学生のような理論。
すこし考えたのち、呼んでみた。
「……カステラさん」
「違う!……そういえば、なぜ私だけ菓子の名で呼ばない――いや、いい。言うな」
「通常ですと、菓子名のほうが識別する上で便利なのですが」
「普通、逆だろう!?」
「……脳内で変換されないんです。輝一さんだけ」
理由は、不明。でも、支障はないので問題ない。
さっそく呼ばれたのが嬉しいのか、輝一さんははっとして目を丸くしたのち、笑っていた。
……腹が減ったな。
結局、かりんとうは食べられなかったから、なにか甘いものがほしい。
「……甘味を買って帰りたいのですが」
「ほどほどにな。私はこのまま見回りにいく」
うなずいて、その場で別れ……ようとして、振りかえる。
「……パサつかないようにお気をつけください」
「な……っばかにしてるのか!」
怒られた。
……また、齟齬があったようだ。
踵を返して、甘味通りへむかう。
さて、今日は……なににするか。
逡巡した結果、きなこ団子に決定。
以前、ういろう先生と入った団子屋松月で、テイクアウトした。
舟のような形をした紙皿にのった、串に刺さったきなこまみれの団子。
きなこは、通常の黄色と割高の緑が選べたので、緑にした。
……正解。
上品な甘みで、くちどけもなめらか。美味い。
あんこが紙皿をのぞきこんできたが、腹がふくれているせいか食べようとはしなかった。
歩きながら食べて、帰路につく。
すると――足元になにかが当たるような感覚。
下をむいた。
……毬?
周囲をうかがうも、子どもの姿はなかった。
転がってきたと思われる方向にあるのは――人気のない路地裏へ続く道。
そこに一歩、足を踏みいれた瞬間。
「……っ」
かすかに聞こえた、くぐもった声。
そして、地面を踏みしめる一人分の足音。
……放置すれば、余計な仕事が増える可能性大。
ため息をついたのち、その道に入った。
肩の上のあんこが、なぜかじたばたと触手を動かしていたが、気にせず進んでいく。
――想定外の人物だった。
「……なにをされてるんですか」
泣いている子どもの口を押さえた上、腹に腕を回して抱えこんでいる彼に、声をかける。
「よかったです。簡単に引っかかってくださって」
白い制服。
癖の強い薄茶色の髪と、片眼鏡。
――シュリオ・クレマンもとい、シュークリーム。
残っていた団子を口に入れて、咀嚼した。
「交渉するために参りました」
シュークリームさんは、腰にさしていた短剣を抜き、子どもの首元に突きつけた。
「あなたが応じれば、子どもの命は保証します」
「結論からおっしゃっていただけませんか。非効率です」
口の周りについたきなこを、指でとってなめた。
「……失礼。では――ミツモリ・フウ。私と共に、メローリアへ来なさい」
想定どおりだった。
「……わかりました」
近づくと、シュークリームさんは子どもを離し、今度は僕に短剣を突きつけてきた。
呆気にとられて動けないでいる子どもに、紙皿と串を渡す。
その子は、それと僕を交互に見たのち――我に返って逃げだした。
「助けを呼んでくれるかも……などと期待するのは無駄ですよ。ちゃんと釘をさしておきましたから」
「……かまいません。ここからどうやってメローリアへ?」
「ご心配には及びません。抜け道があります」
立ち位置をうまく反転させたシュークリームさんは、先へ進むように肩を押してきた。
あんこの姿は、いつの間にか擬態していたせいで見えなくなっていた。
……しょうがない。
騒ぎになって仕事が滞る懸念はあるが、大福さんがうまくなだめてくれる。
そう考えながら、指示どおりに道の先へと進んだ。
◇◇◇
夕暮れ時、輝一は予定どおり仕事を終えて帰宅した。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい……あら?」
前かけで手を拭きながら出迎えたざらめが、不思議そうに首を傾げる。
「蜜森さんは一緒では?」
「……風が? とうに帰っているはずですが」
言いながら、輝一は「甘味を買って帰る」と言っていた風の姿を思いだす。
――道草を食っているとは思えない。
そう考えた輝一は、「探してまいります」と姉に言い、踵を返して走りだした。
まっすぐ甘味通りにむかう。
すでに閉店している店も多く、人の姿がまばらになりつつあった。
輝一は、急ぎ足で進みながら視線をあちこちにさまよわせた。
「副長の旦那! なにかお探しものですかい?」
声をかけられ、輝一が反射的に振りかえった先にいたのは――瓦版屋の、かりんとうもとい狩山だった。
――面倒な者に捕まった。
輝一は無視をしようと背をむけたが、思いなおして彼に近寄った。
「狩山殿。風――蜜森を見かけませんでしたか」
「軍師の旦那? いやぁ? 今日はお見かけしておりませんが……
なんですか? もしや、失踪とか? 大事件じゃねぇですか!」
「違います! へたに騒がないでください」
輝一は、腕をつかんできた狩山の手を振りはらい、立ち去っていった。
その背中を、狩山がじっと見つめる。
「……行っちまったんだなぁ。しばらくつまらなくなるねぇ……」
読んでいただきありがとうございます。
これで二章は終わりです。
次回からは、洋菓子たちとの一悶着(?)の章です。彼らの人となりと、主人公の活躍をお楽しみください。
明日も20時頃更新予定です。




