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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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不安そうな顔のさつまいもさんが席を外した。

 不安そうな顔のさつまいもさんが席を外した。

 今、この部屋にいるのは、僕と彼女の両親の三人だけだ。


「……すこし気になったのですが。羊羹――養田様の件で」

「あいつがなんだ。あんな奴の話なんざ、したくねぇよ」

「あなた」


 にべもなく吐き捨てるさつまいもさんの父親。

 母親は、すこしだけ眉間にシワを寄せて、不安そうにしている。

 ……さつまいもさんにそっくりだ。


 父親は、ため息をついたのち、「なんだよ」と言った。


「……彼のことをよく思っていないようですが、なぜですか」

「当たり前だ。あいつは娘をたぶらかした張本人だぞ。まだ若いうちの娘を」

「……年齢差は、むしろ利点が多いと思いますが」

「利点?」

「養田様には、地位があります。収入は安定しているし、年齢的に先に亡くなる可能性が高い」


 父親が、困惑げに目を細める。


「そうなれば、娘さんは自由です。残された蓄えで、食うに困りはしません」

「……そういうこっちゃねぇんだよ……」


 首を軽く横に振った父親を、じっと見た。

 口を真一文字につぐんで黙りこんでしまったが、そのまま言葉を待った。


「……そもそも、規則がある。

 もし駆け落ちでもされたらどうなる? うちの店を継ぐ奴がいなくなっちまうだろ」


 父親は立ちあがり、真剣な眼差しをむけてきた。


「俺は、それで家業を潰さなきゃいけなくなって、落ちぶれちまった奴を見たことがあるんだよ。

 うちは……あんなふうになるわけにはいかねぇんだ!」


 再び座った彼は、あぐらをかいて僕に背をむけ、腕組みをした。


「……助けてくれた件の恩は……ある。けど、それとこれとは話が別だ」


 それは、そうだろう。


 それきり、もう話したくないとばかりに、彼は黙ってしまった。


「……あの子は、まだ若いから」


 代わりに、布団の上で半身を起こした体勢の母親が、口を開いた。


「いろいろ経験を積んで、これからってときなんです。

 なにもかもを捨てて恋だけに走るのは、賛成できません。苦労するのが目に見えてるから」

「……そうでしたか」


 納得した。

 父母ともに、筋が通っている。


 話をさせてくれたお礼をしてから、外に出た。


「…………」


 胸の前に拳を置いて、顔をうつむけているさつまいもさんがいた。

 ……父親の面影もすこしあるな。目元のあたりとか。


 考えていると、恵環域(けいかんいき)の人たちが集まってきた。

 そして、さつまいもさん一家は彼らの手を借りながら帰っていった。


「本当に、ありがとうございました。養田様にもくれぐれもよろしくお伝えください!」

「……はい。お気をつけて」


 最後に、何度も何度も頭を下げて言う彼女は、笑顔だったがどこか寂しそうだった。


 肩の上で触手を振っていたあんこも、心なしかしょんぼりとしている様子。

 ……こいつが落ちこむ理由は、理解不能だが。


 踵を返して、羊羹さんを探しに、まずは屯所にむかった。


「おお。蜜森。おんしもご苦労だったな」


 入ってすぐのところで、大福さんと羊羹さんが外へ出ようとしているところに出くわした。


「……お力添えいただき、ありがとうございました」

「いや。儂はちっと声をかけただけじゃ。

 完二郎にも言ったが、おんしら疲れとるじゃろ。今日明日はゆっくり休むといい」

「ですから、今日はともかく明日まで休む必要は――」

「ありがとうございます。では、そのように」


 大福さんにお礼を言って、一度羊羹さんを見てから、外に出る。

 まもなく、羊羹さんが追いかけてきた。


「蜜森」

「……さつまいもさんとご両親は、お帰りになりました」


 困惑している羊羹さんに、事実だけ告げる。

 彼は、はっとした顔をしてから、安心したように息をついた。


「……そうか。はるかもこれで安心できるだろう」

「……なぜですか?」

「ん?」

「なぜ、彼女に想いを伝えないのですか?」


 直後、羊羹さんが眉を寄せた。


「お前は……まだ言うか。そんな気は毛頭ない」

「ご両親の気持ちを聞きました。

 家業のこともそうですが、なにより娘さんの将来を心配されているようでした」


 羊羹さんに、一歩近づく。


「……なぜですか?」


 しずかに問うと、羊羹さんは自身の足元を見つめ、目を閉じて小刻みにうなずいた。


「……ご両親が心配されているのは、よくわかる。はるかはまだ18だ。

 俺よりも若くて優れた者はいくらでもいるし、そもそもはるかが俺を好くなど――」

「さつまいもさんも、あなたに好意を抱いていますが」

「……は?」


 羊羹さんが、ばっと顔を上げて目を見開き、固まった。


 ……なるほど。

 さつまいもさんが18で、羊羹さんとは30離れている。

 つまり、羊羹さんの年は50前後だと確定。


「……なぜそれを知っている? まさか、本人に?」

「聞きました」


 ……過去の声だけどな。


「はるかに……なにを言った」

「なにも言ってません。彼女の気持ちだけ聞きました」

「……そうか」


 羊羹さんは、警戒心むき出しの顔から一変させ、かすかにほほえみを浮かべた。

 しかし、うつむき加減のせいか、悲しんでいるように見える。


「……平常心でいられますか」

「……なにがだ」

「さつまいもさんが他の方と結婚して、それが不幸な結果になったとして。

 あなたは、いつもどおり仕事をしていられますか」


 聞いた直後、歯を噛みしめた羊羹さんは、背をむけた。


「できるに決まっている。仮にそうなったとしても……俺がしてやれることはない」

「未来を語ればいいんです」

「……未来?」


 背をむけたままゆっくり歩きだした羊羹さんが立ちどまり、振りかえってくる。


「……規則が変わった未来です」

「そんなもの、ありは――」

「人が作ったものに、不変などありえません」


 一歩近づき、目をじっと見て、続けた。


「そういう可能性まで、諦めなくていいんです」

「…………」

「……言葉があるだけでも、違うはずです」


 そこで顔を上げた羊羹さんが、僕の目をじっと見てきた。

 次第にそれが、力強く、なにかを決意したような色に変わる。


「……見届けてくれるか」


 うなずいて、応えた。


 ◇◇◇


 翌日、羊羹さんと待ち合わせて、恵環域にむかった。

 すぐに、さつまいもさんの店に直行。


「お、お前……!」


 店先で、さつまいもさんの父親が品出しをしていたところに遭遇した。


 彼に、羊羹さんが頭を下げて、彼女と二人きりで話がしたいと懇願。


 さつまいも父はすこし考えたのち、


「陰から見張らせてもらう。それが嫌だってんなら、帰れ」


 と、言った。

 ……やっぱり、一貫性がある人だ。


 羊羹さんと、呼ばれたさつまいもさんは、人気のない店の裏手に回った。

 僕とさつまいも父は、二人の死角になる柱の陰から様子を見守っている。


「よかった。ちゃんと直接お礼が言いたかったんです。けど、すみません。本当ならこちらが出向くべきなのに」

「かまわない。気にするな」

「……本当に、ありがとうございました」


 お礼を言ったさつまいもさんは、うっとりとした目を羊羹さんにむけた。


「嬉しかったです。規則を破ることになるかもしれないのに、それでも行動してくださって」

「……いや。俺は、しなければならないと思っただけだ」

「それでもです。両親を捜す、と言ってくれたときの背中……とても頼もしかったです。

 めそめそ泣いていた自分がもう恥ずかしくて」

「…………」


 羊羹さんが、黙りこんでしまった。

 なにから、どう話せばいいかわからない状態に陥っている可能性大。


「……っなにしてやがる。言うべきことがあるだろうが……!」


 柱からのぞきこんでいるさつまいも父が、もどかしそうにつぶやいた。


 ……応援している。

 心変わりしたわけでは……ないな。


「お認めになったのですか」

「……あいつのことは、いけ好かねぇ奴だと思ってる……

 けどなぁ。はるかはいつも、あいつのこと話すとき……嬉しそうに笑うんだ。

 さっきだってそうだ」


 ……さっき。なにか話したのか。


「聞いたよ。規則を破ってでも、俺らを助けにいこうとした件。

 俺らのために……自分の地位を捨ててもいいって、思ってくれたんだろ」


 彼が、こちらを振りかえった。


「その覚悟だけは、認める。あとは……はるかを幸せにする力があるかどうかってだけだ」


 そう言って、再び柱にしがみつくようにして、二人の様子をうかがった。


 ……いい。非常に合理的だ。

 あとは、羊羹さんの言葉があれば。


「……はるか」

「はい?」

「俺は……その……」


 ……声が小さい。

 すこし身を乗りだす。


「……お前と……添い遂げたい、と、思っている」

「……えっ?」


 言った。

 ……が、さつまいもさんは、ほぼ無反応で固まった。


「添い遂げ……? って、あ……え!?」


 さつまいもさんが、言葉にならない声を繰りかえしている。

 羊羹さんが、そんな彼女の手をとり、顔を向けさせた。


「……っ」


 途端、彼女の顔が、横からでも見えるほど真っ赤にそまる。


「今はお前を……妻に、迎えることはできない。

 だが、いつか規則が変わって、それが叶うときがきたら……

 そのときまで、お前が俺を好きでいてくれたら……

 改めて、迎えにこさせてくれ」


 羊羹さんは、さつまいもさんの顔をじっと見ている。


 彼女からの反応はなく、沈黙が下りる。


「もちろんお前の意思を尊重する。俺のことなど眼中になければそれでいい。忘れろ」


 羊羹さんが、慌てて早口で言った。


 ――直後。


「……っ? どうした?」


 さつまいもさんを見た羊羹さんが、珍しく慌てふためいている。

 彼女は――着物の袖を目に当てていた。


「ゆ……夢、ですか? 養田様が……私を好きだなんて。こんなの夢です」

「……夢ではない。現実だ」

「そ、そんなわけないです……!

 養田様は、私など眼中にないと……こんな小娘より、もっと大人の方がお好きだと思って……

 っ、ずっと、想いを押しこめてきたんです……!

 き、規則も、ありますし……っ」


 さつまいもさんが鼻をしきりにすすり、袖で目元をぬぐっている。

 その手を、羊羹さんがつかんで止めた。


「今まで……はるか以上によいと思えた女は、いない」

「本当、ですか……? 本当に、私で、よろしいんですか……っ?」

「……ああ。はるかがいい。お前以外の女と夫婦になるなど……考えられん」


 二人は見つめあい、そして――さつまいもさんが、羊羹さんに抱きついた。


 腕をさまよわせていた羊羹さんに、無言のジェスチャーで抱きしめるように指示。

 すこし目を泳がせていた羊羹さんだったが、そのうちに、そっとさつまいもさんの背中に腕を回した。


「お待ちしています……! いつまでも」

「……ああ。必ず、迎えにいく」


 そう言って、二人はさらに強く抱きしめあった。


「……っ」


 こっそり見ていたさつまいも父が、鼻をすすりながらうつむき加減で踵を返し、店の中に戻っていった。


 肩の上のあんこが、「きゅう」と鳴きながら、恥ずかしがっているかのように顔をこすりつけてきたので、引っぺがした。


 ……さて。めでたしめでたし、ではない。


 空を見上げてから、再び抱きあっている二人を見る。


 双方に問題はない。

 なのに、規則だけがそれを阻んでいる。


 ……なんて、不合理なんだろう。

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