不安そうな顔のさつまいもさんが席を外した。
不安そうな顔のさつまいもさんが席を外した。
今、この部屋にいるのは、僕と彼女の両親の三人だけだ。
「……すこし気になったのですが。羊羹――養田様の件で」
「あいつがなんだ。あんな奴の話なんざ、したくねぇよ」
「あなた」
にべもなく吐き捨てるさつまいもさんの父親。
母親は、すこしだけ眉間にシワを寄せて、不安そうにしている。
……さつまいもさんにそっくりだ。
父親は、ため息をついたのち、「なんだよ」と言った。
「……彼のことをよく思っていないようですが、なぜですか」
「当たり前だ。あいつは娘をたぶらかした張本人だぞ。まだ若いうちの娘を」
「……年齢差は、むしろ利点が多いと思いますが」
「利点?」
「養田様には、地位があります。収入は安定しているし、年齢的に先に亡くなる可能性が高い」
父親が、困惑げに目を細める。
「そうなれば、娘さんは自由です。残された蓄えで、食うに困りはしません」
「……そういうこっちゃねぇんだよ……」
首を軽く横に振った父親を、じっと見た。
口を真一文字につぐんで黙りこんでしまったが、そのまま言葉を待った。
「……そもそも、規則がある。
もし駆け落ちでもされたらどうなる? うちの店を継ぐ奴がいなくなっちまうだろ」
父親は立ちあがり、真剣な眼差しをむけてきた。
「俺は、それで家業を潰さなきゃいけなくなって、落ちぶれちまった奴を見たことがあるんだよ。
うちは……あんなふうになるわけにはいかねぇんだ!」
再び座った彼は、あぐらをかいて僕に背をむけ、腕組みをした。
「……助けてくれた件の恩は……ある。けど、それとこれとは話が別だ」
それは、そうだろう。
それきり、もう話したくないとばかりに、彼は黙ってしまった。
「……あの子は、まだ若いから」
代わりに、布団の上で半身を起こした体勢の母親が、口を開いた。
「いろいろ経験を積んで、これからってときなんです。
なにもかもを捨てて恋だけに走るのは、賛成できません。苦労するのが目に見えてるから」
「……そうでしたか」
納得した。
父母ともに、筋が通っている。
話をさせてくれたお礼をしてから、外に出た。
「…………」
胸の前に拳を置いて、顔をうつむけているさつまいもさんがいた。
……父親の面影もすこしあるな。目元のあたりとか。
考えていると、恵環域の人たちが集まってきた。
そして、さつまいもさん一家は彼らの手を借りながら帰っていった。
「本当に、ありがとうございました。養田様にもくれぐれもよろしくお伝えください!」
「……はい。お気をつけて」
最後に、何度も何度も頭を下げて言う彼女は、笑顔だったがどこか寂しそうだった。
肩の上で触手を振っていたあんこも、心なしかしょんぼりとしている様子。
……こいつが落ちこむ理由は、理解不能だが。
踵を返して、羊羹さんを探しに、まずは屯所にむかった。
「おお。蜜森。おんしもご苦労だったな」
入ってすぐのところで、大福さんと羊羹さんが外へ出ようとしているところに出くわした。
「……お力添えいただき、ありがとうございました」
「いや。儂はちっと声をかけただけじゃ。
完二郎にも言ったが、おんしら疲れとるじゃろ。今日明日はゆっくり休むといい」
「ですから、今日はともかく明日まで休む必要は――」
「ありがとうございます。では、そのように」
大福さんにお礼を言って、一度羊羹さんを見てから、外に出る。
まもなく、羊羹さんが追いかけてきた。
「蜜森」
「……さつまいもさんとご両親は、お帰りになりました」
困惑している羊羹さんに、事実だけ告げる。
彼は、はっとした顔をしてから、安心したように息をついた。
「……そうか。はるかもこれで安心できるだろう」
「……なぜですか?」
「ん?」
「なぜ、彼女に想いを伝えないのですか?」
直後、羊羹さんが眉を寄せた。
「お前は……まだ言うか。そんな気は毛頭ない」
「ご両親の気持ちを聞きました。
家業のこともそうですが、なにより娘さんの将来を心配されているようでした」
羊羹さんに、一歩近づく。
「……なぜですか?」
しずかに問うと、羊羹さんは自身の足元を見つめ、目を閉じて小刻みにうなずいた。
「……ご両親が心配されているのは、よくわかる。はるかはまだ18だ。
俺よりも若くて優れた者はいくらでもいるし、そもそもはるかが俺を好くなど――」
「さつまいもさんも、あなたに好意を抱いていますが」
「……は?」
羊羹さんが、ばっと顔を上げて目を見開き、固まった。
……なるほど。
さつまいもさんが18で、羊羹さんとは30離れている。
つまり、羊羹さんの年は50前後だと確定。
「……なぜそれを知っている? まさか、本人に?」
「聞きました」
……過去の声だけどな。
「はるかに……なにを言った」
「なにも言ってません。彼女の気持ちだけ聞きました」
「……そうか」
羊羹さんは、警戒心むき出しの顔から一変させ、かすかにほほえみを浮かべた。
しかし、うつむき加減のせいか、悲しんでいるように見える。
「……平常心でいられますか」
「……なにがだ」
「さつまいもさんが他の方と結婚して、それが不幸な結果になったとして。
あなたは、いつもどおり仕事をしていられますか」
聞いた直後、歯を噛みしめた羊羹さんは、背をむけた。
「できるに決まっている。仮にそうなったとしても……俺がしてやれることはない」
「未来を語ればいいんです」
「……未来?」
背をむけたままゆっくり歩きだした羊羹さんが立ちどまり、振りかえってくる。
「……規則が変わった未来です」
「そんなもの、ありは――」
「人が作ったものに、不変などありえません」
一歩近づき、目をじっと見て、続けた。
「そういう可能性まで、諦めなくていいんです」
「…………」
「……言葉があるだけでも、違うはずです」
そこで顔を上げた羊羹さんが、僕の目をじっと見てきた。
次第にそれが、力強く、なにかを決意したような色に変わる。
「……見届けてくれるか」
うなずいて、応えた。
◇◇◇
翌日、羊羹さんと待ち合わせて、恵環域にむかった。
すぐに、さつまいもさんの店に直行。
「お、お前……!」
店先で、さつまいもさんの父親が品出しをしていたところに遭遇した。
彼に、羊羹さんが頭を下げて、彼女と二人きりで話がしたいと懇願。
さつまいも父はすこし考えたのち、
「陰から見張らせてもらう。それが嫌だってんなら、帰れ」
と、言った。
……やっぱり、一貫性がある人だ。
羊羹さんと、呼ばれたさつまいもさんは、人気のない店の裏手に回った。
僕とさつまいも父は、二人の死角になる柱の陰から様子を見守っている。
「よかった。ちゃんと直接お礼が言いたかったんです。けど、すみません。本当ならこちらが出向くべきなのに」
「かまわない。気にするな」
「……本当に、ありがとうございました」
お礼を言ったさつまいもさんは、うっとりとした目を羊羹さんにむけた。
「嬉しかったです。規則を破ることになるかもしれないのに、それでも行動してくださって」
「……いや。俺は、しなければならないと思っただけだ」
「それでもです。両親を捜す、と言ってくれたときの背中……とても頼もしかったです。
めそめそ泣いていた自分がもう恥ずかしくて」
「…………」
羊羹さんが、黙りこんでしまった。
なにから、どう話せばいいかわからない状態に陥っている可能性大。
「……っなにしてやがる。言うべきことがあるだろうが……!」
柱からのぞきこんでいるさつまいも父が、もどかしそうにつぶやいた。
……応援している。
心変わりしたわけでは……ないな。
「お認めになったのですか」
「……あいつのことは、いけ好かねぇ奴だと思ってる……
けどなぁ。はるかはいつも、あいつのこと話すとき……嬉しそうに笑うんだ。
さっきだってそうだ」
……さっき。なにか話したのか。
「聞いたよ。規則を破ってでも、俺らを助けにいこうとした件。
俺らのために……自分の地位を捨ててもいいって、思ってくれたんだろ」
彼が、こちらを振りかえった。
「その覚悟だけは、認める。あとは……はるかを幸せにする力があるかどうかってだけだ」
そう言って、再び柱にしがみつくようにして、二人の様子をうかがった。
……いい。非常に合理的だ。
あとは、羊羹さんの言葉があれば。
「……はるか」
「はい?」
「俺は……その……」
……声が小さい。
すこし身を乗りだす。
「……お前と……添い遂げたい、と、思っている」
「……えっ?」
言った。
……が、さつまいもさんは、ほぼ無反応で固まった。
「添い遂げ……? って、あ……え!?」
さつまいもさんが、言葉にならない声を繰りかえしている。
羊羹さんが、そんな彼女の手をとり、顔を向けさせた。
「……っ」
途端、彼女の顔が、横からでも見えるほど真っ赤にそまる。
「今はお前を……妻に、迎えることはできない。
だが、いつか規則が変わって、それが叶うときがきたら……
そのときまで、お前が俺を好きでいてくれたら……
改めて、迎えにこさせてくれ」
羊羹さんは、さつまいもさんの顔をじっと見ている。
彼女からの反応はなく、沈黙が下りる。
「もちろんお前の意思を尊重する。俺のことなど眼中になければそれでいい。忘れろ」
羊羹さんが、慌てて早口で言った。
――直後。
「……っ? どうした?」
さつまいもさんを見た羊羹さんが、珍しく慌てふためいている。
彼女は――着物の袖を目に当てていた。
「ゆ……夢、ですか? 養田様が……私を好きだなんて。こんなの夢です」
「……夢ではない。現実だ」
「そ、そんなわけないです……!
養田様は、私など眼中にないと……こんな小娘より、もっと大人の方がお好きだと思って……
っ、ずっと、想いを押しこめてきたんです……!
き、規則も、ありますし……っ」
さつまいもさんが鼻をしきりにすすり、袖で目元をぬぐっている。
その手を、羊羹さんがつかんで止めた。
「今まで……はるか以上によいと思えた女は、いない」
「本当、ですか……? 本当に、私で、よろしいんですか……っ?」
「……ああ。はるかがいい。お前以外の女と夫婦になるなど……考えられん」
二人は見つめあい、そして――さつまいもさんが、羊羹さんに抱きついた。
腕をさまよわせていた羊羹さんに、無言のジェスチャーで抱きしめるように指示。
すこし目を泳がせていた羊羹さんだったが、そのうちに、そっとさつまいもさんの背中に腕を回した。
「お待ちしています……! いつまでも」
「……ああ。必ず、迎えにいく」
そう言って、二人はさらに強く抱きしめあった。
「……っ」
こっそり見ていたさつまいも父が、鼻をすすりながらうつむき加減で踵を返し、店の中に戻っていった。
肩の上のあんこが、「きゅう」と鳴きながら、恥ずかしがっているかのように顔をこすりつけてきたので、引っぺがした。
……さて。めでたしめでたし、ではない。
空を見上げてから、再び抱きあっている二人を見る。
双方に問題はない。
なのに、規則だけがそれを阻んでいる。
……なんて、不合理なんだろう。




