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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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入りたくないと即答できる場所だった。

 入りたくないと即答できる場所だった。


 木々が鬱蒼と茂っていて、すこし冷たい風が吹いている。

 枝葉が遮るせいで、人が歩く場所には日が差しておらず、薄暗い。


 ……夏の暑い日、涼む目的だったらいい場所になりそうだけど。


「慣れていない者は、なかなか入ろうとは思わないはずだ。本当にここなのか……?」


 一緒に並んで、森の入口から中を見ている羊羹さんが、信じられないとばかりにつぶやいた。


 ……激しく同感だ。


「入ったことは?」

「修行のために、何度か」


 ……修験者か。

 だが、助かる。


「……無理ない範囲で、痕跡を探しましょう」

「そうだな……離れるなよ」


 うなずいて、羊羹さんが先頭になり、森へと足を踏みいれた。


 道は、当然のごとく整備されていない。

 木の根がむき出しになっていたり、石がごろごろ落ちていたりして、足場はかなり悪い。


 にも関わらず――羊羹さんはさくさく進んでいく。

 こっちは、なんとか食らいついているような状態だ。


 ……この人、年いくつなんだ。


「……! あれは……」


 羊羹さんが立ちどまり、斜め上を見つめた。

 ……足場にして上がれそうな場所。しかも、若干崩れている。


「ここから上に行ったのか……危険だぞ」

「……様子だけでも、見れませんか」

「わかった。お前はここにいろ」


 うなずいて、羊羹さんが慎重に上っていくのを見守る。

 あんこが、羊羹さんが滑りそうになったときに「きゅっ」と声を上げて、目を触手で覆っていた。


「大丈夫ですか」

「ああ。行けないこともない」


 そう言いながら、羊羹さんは時間をかけて上りきった。


「人の足跡がある。まだ……新しい」

「……じゃあ、決まりですね」


 羊羹さんが、黙りこんだ。


 ……ここからでは、よく見えない。

 どうやら、上った先にあるなにかを見て、言葉を失っているらしい。


「なにか他にありましたか」

「……この先は危険地帯だ。獣が出るおそれが高い」


 そういうことか。

 ……死体が転がっていたわけじゃなくて、なによりだ。


「下りてください」


 声をかけると、羊羹さんは上ったとき同様、慎重にゆっくりと下りてきた。


「一旦戻って、出直しましょう」

「……そうだな」


 うなずき合って、来た道を戻っていった。


 ……明日か、遅くとも明後日。

 それまでに見つけないと、生存率が大幅に下がる。

 あまり猶予はない。すこしでも効率的な捜索方法を考えなければ。


「蜜森? どこへ行く?」


 段取りを考えながら歩いていたせいで、羊羹さんからだいぶ遅れてしまった。

 ……しかも、道から外れそうになっていたらしい。

 軌道修正して、彼のもとへ駆けよる。


 ――やはり、あの人の力が必要だな。

 再び考えつつ、今度は羊羹さんの背中を見失わないようにと、注意して歩いた。


 ◇◇◇


 翌朝、早々。


「…………」


 羊羹さんは、圧倒されていた。


 目の前には、ずらりと並んだ人々。

 恵環域(けいかんいき)の人たちだ。


「……大福さんに頼んで、お声がけをしていただきました」

「局長に?」


 困惑している様子の羊羹さんに、うなずいて答える。


 ……正解だったな。

 昨日の今日で、これだけの人数が集まるとは。いい意味で想定外。


「なぜそんなことを」

「あの森を、二人だけで捜索するのは非効率……それ以前に、不可能です」

「……たしかにそうだ。しかし、彼らに力を借りるわけには――」

「生存者ではなく、遺体を発見することになってしまいます」


 羊羹さんが息をのみ、視線を外した。


 そのリスクについては、わかってはいる様子。

 気にしているのは、やはり規則か。


「そんなことにはさせませんよ!」

「そうですよ! 紅さんにはいつもお世話になってるんですから!」

「そうだ! 絶対見つけるぞ、お前ら!」

「おう!」


 恵環域の有志連合が、息を合わせて声を上げた。


 それでもまだ、羊羹さんは「大丈夫なのか」とばかりに、視線をむけてくる。


「……あくまで彼らが主導で捜索します。僕らは案内役です」


 それならなんの問題もない、と大福さんに確認済みだ。


 羊羹さんは、そこでやっと肩の力を抜いた。


「さすがだな。仕事が早い」

「……大福さんの人徳のおかげです」

「局長はなんと?」

「……『命令はしていない。勝手に人が集まっただけ、と言い訳しておこう』だそうです」


 羊羹さんが、こちらを見て苦笑しながらうなずいた。

 そして、いきり立つ恵環域の人々のほうにむきなおり、彼らを見回す。


「西の森は、険しい道が続く場所。決して注意を怠らないように」

「了解! 案内よろしく頼む!」

「……では」


 そろって、西の森へむかって歩きだした。


 ……さて、どうするか。


「ここがその……西の森、か?」

「なんだ、お前。怖いのか?」

「違う!……そういうお前こそ! 足、震えてんじゃねぇか!」

「これは武者震いだ!」

「ただの農家のくせに、なにが武者震いだ!」


 ……そううまくはいかないのは、目に見えている。


「一列で。足元になにがあるか、よく確認しながら進むように」

「わ、わかった」


 ごくり、と唾を飲んだ人、数人。

 そして、羊羹さんが先頭に、僕がその後ろにつき、森に入った。


 ……泣き言が聞こえだすまでに、そう時間はかからなかった。


「おい……本当にこんなとこに紅さん、入ったのか?」

「だよな……っうえ! 変な虫!」

「もう死んじゃってるんじゃないかなぁ」

「は!? お前なに縁起でもねぇこと言ってんだ!」


 ……面倒だな。

 急遽集まった人たちだ。無理もない、けど。


「帰ろうよぉ。こんなの私らでどうにかなることじゃないって」

「お前なぁ――」

「しずかに!」


 突然、羊羹さんが声を張りあげた。

 一列になって歩いていた人たちが、びくりと体を震わせる。


「……この先は、獣が出やすい道だ。不必要に騒げば、眠っているものを刺激してしまう。

 ゆっくりでいい。すこしずつ進んでいけば、必ず見つかる」

「……は、はい。すみません。うるさくしちゃって」


 羊羹さんがうなずいて、また歩きだした。

 恵環域の人たちは、それきり無駄口を叩かなくなった。


 ……いざってときには頼りになる。いい大人だ。


 歩きながら、ときどき空模様を確認。


 枝葉の隙間からも日差しがよく届くようになった頃、ようやく例の危険地帯――足場にして上ったと思われる跡が残っていたところに辿りついた。


「この上だ。すこし待て」

「……先に、二人以上の組を作ってください」


 指示どおり、いくつかのグループが作られた。

 ……二人のところもあれば、三人のところもある。余った人はいなかった。


 まもなく、羊羹さんが縄梯子を設置しおえたので、一人ずつ上った。


 その先にあったのは――生い茂る、セイタカアワダチソウに似た植物と、その他の雑草。

 どこにどんな野生動物が隠れていても、おかしくはない。


「決して一人では行動しないように」

「……なにかあったら、すぐに大声で知らせてください」


 羊羹さんに続いて注意事項を言うと、全員がうなずいた。


 捜索開始。


「おーい! ここになにか落ちてるぞ!」


 鎌で背の高い雑草をざくざく切りながら進んでいた人が、声を上げた。

 駆けつけると、そこには――鎌などの農具や工具が散らばっていた。


「こっちにも!」


 すこし離れたところの木の枝には、破れた布の切れ端が引っかかっている。


「これ……紅さんがいつも着てるエプロンじゃねぇかなぁ?」

「……!」


 はっとして、羊羹さんが僕を見る。


 ……そう見えるだけ、とも言えるけれど、可能性は低くない。

 近い、か。


「……ここからは、声がけしながら捜索を」

「わかった……おーい! 紅さーん!」

「紅さーん! いたら返事してくれー!」


 あちこちから、名を呼ぶ声が上がりだした。


 先へ進もうとして――


「待て」


 羊羹さんが、止まった。

 ……目を閉じている。耳をすませているようだ。


「……声だ」


 それだけ言って、羊羹さんが歩きだした。

 谷の縁――上ってきたところからだと、数メートルしか進んでいない場所で、止まる。


「ここだ……っ! 助けてくれぇ……っ」


 ……聞こえた。弱々しい声が。

 羊羹さんと、顔を見合わせる。


「手を貸してくれ!」

「お!? 見つかったのか!?」


 羊羹さんが呼びかけると、すぐに人が集まった。


「この下か? 引っ張りあげられるか?」

「よし……これ使ってくれ!」


 ある人が、太めの縄を出してきた。

 何本かの紐を束ねて編んだような、手製の縄だ。丈夫そうに見える。


 まず、一人がそれを使って下へ。

 合図があり、引っ張りあげる。

 ……あんこが、綱引き競技で勢いづける応援役のような仕草をしていた。やかましい。


 すると――衣服がところどころ破けたり汚れたりしている、女性が。


「大丈夫か、奥さん!」

「あ、ありがとうございます……! けど、まだ主人が下に……!」


 女性は、うめくような弱々しい声でそう言った。

 ……左足が妙な方向に曲がっている。折れてるな。


「まっすぐで太めの枝。あと布を」


 もう一人の救助が始まった傍らで、女性――さつまいもさんの母親とみられる人の応急処置を開始。


 折れているのは、左の脛。幸いにも、開放骨折ではない。

 添え木を使って、布で上下を縛って固定した。


「足は極力動かさないように運んでください」

「わかりました……奥さん、大丈夫よ。じき旦那さんも助かるからね」


 声をかけられた女性は、痛みにこらえるように目を細めながらも、うなずいていた。


 しばらくして、もう一人が救助された。

 女性と同じく、衣服がところどころ傷んでいる。

 しかし、体のほうは比較的無事で、幸いにもケガはほとんどない様子だった。


「ありがとうなぁ……! みんなで来てくれたのか」

「いやぁ、この人らのおかげだよ。真っ先に気づいたのは養田さんだから」

「は? 養田、って……!」


 救助された、頭頂部がだいぶ怪しい男性が、羊羹さんを見て目を見開く。

 そして、なぜか嫌そうに歯を噛みしめ、そっぽをむいてしまった。


 羊羹さんも、それを見てなぜか気まずそうに目をそらす。


 ……なんだ。

 またなにか、事情があるのか。


 ひとまず、搬送が優先。

 特に、ケガをした女性を慎重に運びながら出口へむかった。


 なんとかして森から出ると、待機していた人が「こちらです」と案内。

 その先の住居に――ういろう先生とざらめさんがいた。


「おう。また会ったな」


 先生が苦笑しながら声をかけてきたので、会釈した。


 ……これで、二人は助かった。

 ふう、と大きく息をつく。


 そばで待機していたら、治療が終わった頃にさつまいもさんが駆けつけてきた。


「お父ちゃん、お母ちゃん! もう……! 心配かけてぇ!」

「悪かったって。これ、やっと見つけた!……って思ったら、足滑らせちまってよ」


 男性――さつまいもさんの父親が持っていたものは――

 星の砂のようにところどころ尖りがある形をした、手のひらサイズの透明な石。


 ……あれが、蜜石の結晶。見つけてたんだな。


「そんなの、どうでもいいよぉ! ぶ……っ無事でよかっだぁ!」

「ごめんね、はるか」


 さつまいもさんは、泣きながら二人に抱きついていた。


 ……さて。次だ。


 こっそりと外へ出ていった羊羹さんを見送って、すこししてから。


「……ちょっと、お聞きしてもよろしいでしょうか」


 三人のきょとんとした顔が、こちらにむけられた。

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