入りたくないと即答できる場所だった。
入りたくないと即答できる場所だった。
木々が鬱蒼と茂っていて、すこし冷たい風が吹いている。
枝葉が遮るせいで、人が歩く場所には日が差しておらず、薄暗い。
……夏の暑い日、涼む目的だったらいい場所になりそうだけど。
「慣れていない者は、なかなか入ろうとは思わないはずだ。本当にここなのか……?」
一緒に並んで、森の入口から中を見ている羊羹さんが、信じられないとばかりにつぶやいた。
……激しく同感だ。
「入ったことは?」
「修行のために、何度か」
……修験者か。
だが、助かる。
「……無理ない範囲で、痕跡を探しましょう」
「そうだな……離れるなよ」
うなずいて、羊羹さんが先頭になり、森へと足を踏みいれた。
道は、当然のごとく整備されていない。
木の根がむき出しになっていたり、石がごろごろ落ちていたりして、足場はかなり悪い。
にも関わらず――羊羹さんはさくさく進んでいく。
こっちは、なんとか食らいついているような状態だ。
……この人、年いくつなんだ。
「……! あれは……」
羊羹さんが立ちどまり、斜め上を見つめた。
……足場にして上がれそうな場所。しかも、若干崩れている。
「ここから上に行ったのか……危険だぞ」
「……様子だけでも、見れませんか」
「わかった。お前はここにいろ」
うなずいて、羊羹さんが慎重に上っていくのを見守る。
あんこが、羊羹さんが滑りそうになったときに「きゅっ」と声を上げて、目を触手で覆っていた。
「大丈夫ですか」
「ああ。行けないこともない」
そう言いながら、羊羹さんは時間をかけて上りきった。
「人の足跡がある。まだ……新しい」
「……じゃあ、決まりですね」
羊羹さんが、黙りこんだ。
……ここからでは、よく見えない。
どうやら、上った先にあるなにかを見て、言葉を失っているらしい。
「なにか他にありましたか」
「……この先は危険地帯だ。獣が出るおそれが高い」
そういうことか。
……死体が転がっていたわけじゃなくて、なによりだ。
「下りてください」
声をかけると、羊羹さんは上ったとき同様、慎重にゆっくりと下りてきた。
「一旦戻って、出直しましょう」
「……そうだな」
うなずき合って、来た道を戻っていった。
……明日か、遅くとも明後日。
それまでに見つけないと、生存率が大幅に下がる。
あまり猶予はない。すこしでも効率的な捜索方法を考えなければ。
「蜜森? どこへ行く?」
段取りを考えながら歩いていたせいで、羊羹さんからだいぶ遅れてしまった。
……しかも、道から外れそうになっていたらしい。
軌道修正して、彼のもとへ駆けよる。
――やはり、あの人の力が必要だな。
再び考えつつ、今度は羊羹さんの背中を見失わないようにと、注意して歩いた。
◇◇◇
翌朝、早々。
「…………」
羊羹さんは、圧倒されていた。
目の前には、ずらりと並んだ人々。
恵環域の人たちだ。
「……大福さんに頼んで、お声がけをしていただきました」
「局長に?」
困惑している様子の羊羹さんに、うなずいて答える。
……正解だったな。
昨日の今日で、これだけの人数が集まるとは。いい意味で想定外。
「なぜそんなことを」
「あの森を、二人だけで捜索するのは非効率……それ以前に、不可能です」
「……たしかにそうだ。しかし、彼らに力を借りるわけには――」
「生存者ではなく、遺体を発見することになってしまいます」
羊羹さんが息をのみ、視線を外した。
そのリスクについては、わかってはいる様子。
気にしているのは、やはり規則か。
「そんなことにはさせませんよ!」
「そうですよ! 紅さんにはいつもお世話になってるんですから!」
「そうだ! 絶対見つけるぞ、お前ら!」
「おう!」
恵環域の有志連合が、息を合わせて声を上げた。
それでもまだ、羊羹さんは「大丈夫なのか」とばかりに、視線をむけてくる。
「……あくまで彼らが主導で捜索します。僕らは案内役です」
それならなんの問題もない、と大福さんに確認済みだ。
羊羹さんは、そこでやっと肩の力を抜いた。
「さすがだな。仕事が早い」
「……大福さんの人徳のおかげです」
「局長はなんと?」
「……『命令はしていない。勝手に人が集まっただけ、と言い訳しておこう』だそうです」
羊羹さんが、こちらを見て苦笑しながらうなずいた。
そして、いきり立つ恵環域の人々のほうにむきなおり、彼らを見回す。
「西の森は、険しい道が続く場所。決して注意を怠らないように」
「了解! 案内よろしく頼む!」
「……では」
そろって、西の森へむかって歩きだした。
……さて、どうするか。
「ここがその……西の森、か?」
「なんだ、お前。怖いのか?」
「違う!……そういうお前こそ! 足、震えてんじゃねぇか!」
「これは武者震いだ!」
「ただの農家のくせに、なにが武者震いだ!」
……そううまくはいかないのは、目に見えている。
「一列で。足元になにがあるか、よく確認しながら進むように」
「わ、わかった」
ごくり、と唾を飲んだ人、数人。
そして、羊羹さんが先頭に、僕がその後ろにつき、森に入った。
……泣き言が聞こえだすまでに、そう時間はかからなかった。
「おい……本当にこんなとこに紅さん、入ったのか?」
「だよな……っうえ! 変な虫!」
「もう死んじゃってるんじゃないかなぁ」
「は!? お前なに縁起でもねぇこと言ってんだ!」
……面倒だな。
急遽集まった人たちだ。無理もない、けど。
「帰ろうよぉ。こんなの私らでどうにかなることじゃないって」
「お前なぁ――」
「しずかに!」
突然、羊羹さんが声を張りあげた。
一列になって歩いていた人たちが、びくりと体を震わせる。
「……この先は、獣が出やすい道だ。不必要に騒げば、眠っているものを刺激してしまう。
ゆっくりでいい。すこしずつ進んでいけば、必ず見つかる」
「……は、はい。すみません。うるさくしちゃって」
羊羹さんがうなずいて、また歩きだした。
恵環域の人たちは、それきり無駄口を叩かなくなった。
……いざってときには頼りになる。いい大人だ。
歩きながら、ときどき空模様を確認。
枝葉の隙間からも日差しがよく届くようになった頃、ようやく例の危険地帯――足場にして上ったと思われる跡が残っていたところに辿りついた。
「この上だ。すこし待て」
「……先に、二人以上の組を作ってください」
指示どおり、いくつかのグループが作られた。
……二人のところもあれば、三人のところもある。余った人はいなかった。
まもなく、羊羹さんが縄梯子を設置しおえたので、一人ずつ上った。
その先にあったのは――生い茂る、セイタカアワダチソウに似た植物と、その他の雑草。
どこにどんな野生動物が隠れていても、おかしくはない。
「決して一人では行動しないように」
「……なにかあったら、すぐに大声で知らせてください」
羊羹さんに続いて注意事項を言うと、全員がうなずいた。
捜索開始。
「おーい! ここになにか落ちてるぞ!」
鎌で背の高い雑草をざくざく切りながら進んでいた人が、声を上げた。
駆けつけると、そこには――鎌などの農具や工具が散らばっていた。
「こっちにも!」
すこし離れたところの木の枝には、破れた布の切れ端が引っかかっている。
「これ……紅さんがいつも着てるエプロンじゃねぇかなぁ?」
「……!」
はっとして、羊羹さんが僕を見る。
……そう見えるだけ、とも言えるけれど、可能性は低くない。
近い、か。
「……ここからは、声がけしながら捜索を」
「わかった……おーい! 紅さーん!」
「紅さーん! いたら返事してくれー!」
あちこちから、名を呼ぶ声が上がりだした。
先へ進もうとして――
「待て」
羊羹さんが、止まった。
……目を閉じている。耳をすませているようだ。
「……声だ」
それだけ言って、羊羹さんが歩きだした。
谷の縁――上ってきたところからだと、数メートルしか進んでいない場所で、止まる。
「ここだ……っ! 助けてくれぇ……っ」
……聞こえた。弱々しい声が。
羊羹さんと、顔を見合わせる。
「手を貸してくれ!」
「お!? 見つかったのか!?」
羊羹さんが呼びかけると、すぐに人が集まった。
「この下か? 引っ張りあげられるか?」
「よし……これ使ってくれ!」
ある人が、太めの縄を出してきた。
何本かの紐を束ねて編んだような、手製の縄だ。丈夫そうに見える。
まず、一人がそれを使って下へ。
合図があり、引っ張りあげる。
……あんこが、綱引き競技で勢いづける応援役のような仕草をしていた。やかましい。
すると――衣服がところどころ破けたり汚れたりしている、女性が。
「大丈夫か、奥さん!」
「あ、ありがとうございます……! けど、まだ主人が下に……!」
女性は、うめくような弱々しい声でそう言った。
……左足が妙な方向に曲がっている。折れてるな。
「まっすぐで太めの枝。あと布を」
もう一人の救助が始まった傍らで、女性――さつまいもさんの母親とみられる人の応急処置を開始。
折れているのは、左の脛。幸いにも、開放骨折ではない。
添え木を使って、布で上下を縛って固定した。
「足は極力動かさないように運んでください」
「わかりました……奥さん、大丈夫よ。じき旦那さんも助かるからね」
声をかけられた女性は、痛みにこらえるように目を細めながらも、うなずいていた。
しばらくして、もう一人が救助された。
女性と同じく、衣服がところどころ傷んでいる。
しかし、体のほうは比較的無事で、幸いにもケガはほとんどない様子だった。
「ありがとうなぁ……! みんなで来てくれたのか」
「いやぁ、この人らのおかげだよ。真っ先に気づいたのは養田さんだから」
「は? 養田、って……!」
救助された、頭頂部がだいぶ怪しい男性が、羊羹さんを見て目を見開く。
そして、なぜか嫌そうに歯を噛みしめ、そっぽをむいてしまった。
羊羹さんも、それを見てなぜか気まずそうに目をそらす。
……なんだ。
またなにか、事情があるのか。
ひとまず、搬送が優先。
特に、ケガをした女性を慎重に運びながら出口へむかった。
なんとかして森から出ると、待機していた人が「こちらです」と案内。
その先の住居に――ういろう先生とざらめさんがいた。
「おう。また会ったな」
先生が苦笑しながら声をかけてきたので、会釈した。
……これで、二人は助かった。
ふう、と大きく息をつく。
そばで待機していたら、治療が終わった頃にさつまいもさんが駆けつけてきた。
「お父ちゃん、お母ちゃん! もう……! 心配かけてぇ!」
「悪かったって。これ、やっと見つけた!……って思ったら、足滑らせちまってよ」
男性――さつまいもさんの父親が持っていたものは――
星の砂のようにところどころ尖りがある形をした、手のひらサイズの透明な石。
……あれが、蜜石の結晶。見つけてたんだな。
「そんなの、どうでもいいよぉ! ぶ……っ無事でよかっだぁ!」
「ごめんね、はるか」
さつまいもさんは、泣きながら二人に抱きついていた。
……さて。次だ。
こっそりと外へ出ていった羊羹さんを見送って、すこししてから。
「……ちょっと、お聞きしてもよろしいでしょうか」
三人のきょとんとした顔が、こちらにむけられた。




