状況は最悪らしい。
状況は最悪らしい。
おかきさんの案内で現場へむかったのは、餡月郷と恵環域をつなぐ橋の前。
粕谷さんに加え、羊羹さんもいる。
そして、彼らの視線の先には――肩を落として顔を手で覆って、泣いているらしいさつまいもさん。
……なにがあったかは、容易に想像できた。
「お連れしました」
「手間をかけた。下がれ」
粕谷さんに言われ、おかきさんが一礼して姿を消す。
目元を赤くしたさつまいもさんが、顔を上げてこちらを見た。
「ご両親が帰ってこないのですか?」
「え……ど、どうしてそれを?」
「知っていたのか」
「……いえ」
他に考えられない。
「お前の言うとおりだ。紅殿のご両親が、餡月郷に行ったきり帰ってこないらしい」
「……予定は?」
「本当なら、当日中に帰ってくるはずでした。
あの雨のせいだとしても、すくなくとも……昨日までには」
「配達以外に用事は?」
「そう、ですね……買い出しくらいはしていたかもしれませんが……」
……一晩足止めをくらったわけだから、なおのこと早く帰りたい、帰らなければと思うはず。
「……その配達とは、野菜の配達ですね?」
「はい」
「紅翠域やメローリアに行った可能性は?」
「……いえ。それは低いと思います。
紅翠域ならすぐに戻ってこられますし、メローリアは餡月郷からは絶対に入れませんし」
「恵環域に戻って店に帰る前、メローリアに行った、とも?」
さつまいもさんが、ありえないとばかりに眉をひそめて首を横に振った。
「メローリアとはそもそも取引がないので。そのようなことは、今まで一度も」
「……遊びで気軽に行けるような場ではないしな」
あごに手を添えて考えこむ粕谷さんが言い、それに羊羹さんが真剣な表情でうなずいた。
となると……彼女の両親は、未だに餡月郷のどこかにいる、ということになる。
にもかかわらず、粕谷さんと羊羹さんは未だに動こうとしない。
……そうか。
「また、規則ですか」
「……ああ」
二人が、うなずいた。
「恵環域や紅翠域の住人がここにいるうちは、起こったことはすべて自己責任。我々は責任を負わない……
そういう取り決めになっているのだ」
「……事件や事故に巻きこまれている可能性が高いけれど、なにもできない、と」
粕谷さんが、悔しそうに唇を噛みながらうなずいた。
……ならば、穴をかいくぐればいいだけ。
規則で決められている範囲さえわかれば。
と、考えたとき、
「粕谷。局長にご報告を」
「えっ?」
羊羹さんがそう言って、踵を返した。
「お待ちください! どちらに?」
「決まっている。はるかのご両親の捜索だ」
直後、粕谷さんとさつまいもさんが息をのむ。
「しかし――」
「わかっている。だが……俺が単独で行えば、それは公事ではなく私事になる」
「単独!?」
「それでも罰を受けることになったとしても……甘んじて受けいれる」
「いけません、養田様! そこまでしていただくわけには……!」
さつまいもさんが、涙声で言った。
羊羹さんが振りかえり、彼女を慈しむような優しい目で見て、その肩に手を置いた。
「案ずるな。どうなったとしても、必ず舞い戻ってみせる」
「養田、様……っ」
「そんなことより、助けを求めている者がいるかもしれないのに、なにもしない。そちらのほうが問題だ」
キリッとした鋭い目をした羊羹さんは、再び背をむけて歩きだした。
さつまいもさんが、目を潤ませて顔を紅潮させていた。
わたわたと、触手を動かして慌てている様子のあんこの頭を、むに、と押さえつける。
駆け足で、羊羹さんのあとを追った。
「まずは情報収集を」
「……なに?」
「もうすこし、さつまいもさんの話を聞く必要があります」
「それはたしかに……だが、待て」
「……なんですか」
「これは俺の問題だ。お前は――」
「お一人で行方不明者を捜すなんて、非効率です」
横を歩いていた羊羹さんが、立ちどまる。
「……あなただけの問題でも、ありません」
「…………」
むき合って、じっと目を見つめる。
やがて、羊羹さんがため息をつき、うなずいた。
一緒に、まだ橋のところにいるさつまいもさんや粕谷さんのところに戻る。
「はるか。よく思いだしてほしい。ご両親は、餡月郷のどこに配達すると言っていた?」
「……申し訳ありません。私は本当に、ただ『餡月郷に配達に行ってくる』としか……」
「そうか……」
羊羹さんが、こちらを見る。
「……配達するものが野菜だけなら、それを扱う店が相当しますが」
「となると……可能性がある店はかなりあるぞ。
荒物通りの店だったら、八百屋に飯屋。
それと、甘味通りも。野菜を使った甘味を売る店もある」
……たしかに。
福寿屋では、「かぼちゃ饅頭」なるものも売られていたな。
限られた人数で聞きこみをしなければならない。
効率を考えれば、まずはやはり八百屋からが適当。
退屈してきたのか、お気に入りのヘチマたわしで遊びだしたあんこを、横目で見る。
「ヘチマ……」
さつまいもさんが、ぽつりとつぶやいた。
「あ、あの。手がかりになるかわかりませんが」
「なんだ?」
「母は、ヘチマのたわしのような加工品を作るのが得意なんです。
きめが細かくて優しい手触りだと、お客様の間で評判になって。最近売るようになったんです」
「……では、今回も?」
「はい。たしかに、野菜と一緒に積みこんでいたのを見ました」
羊羹さんが、うなずいた。
「それを売る店は……荒物通りだな。ある程度は絞れるかもしれない」
「……では、参りましょう」
粕谷さんを見て、彼がうなずくと、羊羹さんと二人で歩きだした。
「……蜜森。やはり俺一人で行ったほうがいいのではないか?」
「先程も言いました。一人でやるには非効率です」
「しかし……お前も罰を受けるはめになるかもしれないだろう」
「問題ありません」
「なぜだ」
「これはただの、『先日お世話になったお返し』ですから」
そう言うと、羊羹さんははっとして目を丸くした。
やがて、「……そうだな」と、ぽつりとつぶやく声が聞こえた。
「そこまで頭が回らなかった……お前がいてくれて助かる」
「……そうですか」
うなずきながら、日用品が売っている店が連なる通り――荒物通りへと急いだ。
◇◇◇
店を回って、三軒目。
「ああ。おとつい仕入れたよ」
店先にヘチマたわしがある店を発見し、店主に話を聞くのに成功した。
「それで、卸した方々がどこに行かれたか……などは?」
「さてねぇ……ついでにどっか行くっつってたような気もするが……」
店主は、あごに手を添えて首を傾げた。
考えこんでいるうちに――はっと目を見開いて、手を叩いた。
「そうだ! 娘のみやげを探してるっつってたな。できれば蜜石の結晶がほしい、とかなんとかってよ」
「蜜石の……結晶」
説明がほしくて、羊羹さんを見上げる。
「……日がたち硬くなりすぎて、砂糖にできなくなった蜜石のことだ。
だれが採取しても問題はない……が」
「……が?」
「町中では、まず見つからない。結晶化する前に収穫される場合がほとんどだからだ」
「では……人の手が入りづらい場所になら、ありうると?」
「ああ。だが……」
羊羹さんが、腕を組んで視線を下にむけ、考えこんだ。
……娘へのおみやげのために、そこまでするだろうか?
なにか大きな理由がなければ、可能性は低い。
「……もう一度、さつまいもさんに話を聞きにいきましょう」
「ああ」
羊羹さんと二人で、店主にお礼を言い、踵を返した。
「ところで……蜜森」
「はい」
「なぜ、はるかのことを『さつまいもさん』と呼ぶ?」
「……あなたのことを『羊羹さん』と呼ぶのと同じです」
「そうか……」
納得したのかしていないのか、微妙な顔で羊羹さんがうなずいた。
◇◇◇
さつまいもさんは、粕谷さんの配慮で甘味通りの茶屋――花見屋で待機していた。
「ご、ごめんなさい……っもう、食べられません……!」
追加で出てきたごまだれ団子の皿を両手で押さえて、拒否していた。
わんこそばシステムだと知らなかったらしい。
空いた皿には、食べおえたあとの串が何本も置かれている。
……粕谷さんの仕業。
きっと、「お腹がすいているだろう」という配慮からだろうが。
お茶を飲んで落ちついたところで、改めて話を聞く。
「……ご両親は、蜜石の結晶を手に入れようとしていたようですが」
「蜜石の結晶? どうしてそんなものを……あ、もしかして……!」
「心当たりがあるのか?」
さつまいもさんの右隣りに座った羊羹さんが、すこしだけ身を乗りだして聞いた。
彼女は、湯飲みを置きながらうなずいた。
「先月、農産物の出来を競いあう大会が開かれて。そこの調理部門で、私が作った菜の花のおひたしが優勝したんです。
そのお祝いをしようって話だったんですけど、父が腰を痛めてそれどころではなくて……」
「そうだったのか。知らなかった。すごいことじゃないか」
「い、いえ! いいんですいいんです。こんな素敵な髪飾り、いただきましたからっ」
目を丸くする羊羹さんに、さつまいもさんが髪につけた簪に軽く触れた。
……そういう背景があったのなら、納得できる。
「つまり、その祝いと詫びもかねて、蜜石の結晶を探していたのか」
羊羹さんの言葉に、うなずいた。
「どこなら手に入りますか?」
「そうだな……人気のない場……西の森なら可能性は高い」
「西の森? それは、安全なところですか?」
さつまいもさんが身を乗りだし、不安げに細めた目をむけてくる。
「……まぁ、大丈夫だ」
羊羹さんが、すぐに目をそらす。
……大丈夫じゃないらしい。
なら、次は西の森だな。
まず、どんな場所かを実際に見てたしかめるのが先決。
あわよくば、彼女のご両親が行ったという確証が得られれば、文句なし。
「はるか、お前は一足先に恵みの地に帰っていろ」
「え、ですが……」
「案ずるな。すぐご両親を連れて戻る」
「……慣れた場所で待っていたほうが、不安もすくないでしょうから」
さつまいもさんが、はっとして目を大きく開き、すこしの間考えたのち、うなずいた。
「うちの両親を、どうかよろしくお願いします」
深く頭を下げるさつまいもさんを見て……ふと思った。
一応、やってみるか。
彼女が勝手に「関係ない」と思いこんで話していないことの中に、実は手がかりになるものがあるかもしれない。
さつまいもさんに、意識を集中させる。
――次の瞬間。
(お慕いしています……養田様。どうか、この想いが届きますように……!)
しずかな声。
それと、窓辺に座って両手を合わせて握り、祈る姿。
……違う。
今知りたいのはそれじゃない。
「どうした?」
不思議そうに顔をのぞきこんでくる羊羹さん。
……あれもこれも。
どう考えても、一筋縄ではいかない状況。
あんこの吐いた墨の処理をしながら、ただ首を横に振った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これで30話になりました!
キャラの深掘りに早いうちから手をつけて、それぞれの魅力をお届けできたらと考えました。
さて、二章ももうじき終わりますが、物語自体はまだまだ続きますので、よければお付き合いください。
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