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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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状況は最悪らしい。

 状況は最悪らしい。


 おかきさんの案内で現場へむかったのは、餡月郷(あんげつきょう)恵環域(けいかんいき)をつなぐ橋の前。

 粕谷さんに加え、羊羹さんもいる。

 そして、彼らの視線の先には――肩を落として顔を手で覆って、泣いているらしいさつまいもさん。


 ……なにがあったかは、容易に想像できた。


「お連れしました」

「手間をかけた。下がれ」


 粕谷さんに言われ、おかきさんが一礼して姿を消す。


 目元を赤くしたさつまいもさんが、顔を上げてこちらを見た。


「ご両親が帰ってこないのですか?」

「え……ど、どうしてそれを?」

「知っていたのか」

「……いえ」


 他に考えられない。


「お前の言うとおりだ。紅殿のご両親が、餡月郷に行ったきり帰ってこないらしい」

「……予定は?」

「本当なら、当日中に帰ってくるはずでした。

 あの雨のせいだとしても、すくなくとも……昨日までには」

「配達以外に用事は?」

「そう、ですね……買い出しくらいはしていたかもしれませんが……」


 ……一晩足止めをくらったわけだから、なおのこと早く帰りたい、帰らなければと思うはず。


「……その配達とは、野菜の配達ですね?」

「はい」

紅翠域(こうすいいき)やメローリアに行った可能性は?」

「……いえ。それは低いと思います。

 紅翠域ならすぐに戻ってこられますし、メローリアは餡月郷からは絶対に入れませんし」

「恵環域に戻って店に帰る前、メローリアに行った、とも?」


 さつまいもさんが、ありえないとばかりに眉をひそめて首を横に振った。


「メローリアとはそもそも取引がないので。そのようなことは、今まで一度も」

「……遊びで気軽に行けるような場ではないしな」


 あごに手を添えて考えこむ粕谷さんが言い、それに羊羹さんが真剣な表情でうなずいた。


 となると……彼女の両親は、未だに餡月郷のどこかにいる、ということになる。

 にもかかわらず、粕谷さんと羊羹さんは未だに動こうとしない。


 ……そうか。


「また、規則ですか」

「……ああ」


 二人が、うなずいた。


「恵環域や紅翠域の住人がここにいるうちは、起こったことはすべて自己責任。我々は責任を負わない……

 そういう取り決めになっているのだ」

「……事件や事故に巻きこまれている可能性が高いけれど、なにもできない、と」


 粕谷さんが、悔しそうに唇を噛みながらうなずいた。


 ……ならば、穴をかいくぐればいいだけ。

 規則で決められている範囲さえわかれば。


 と、考えたとき、


「粕谷。局長にご報告を」

「えっ?」


 羊羹さんがそう言って、踵を返した。


「お待ちください! どちらに?」

「決まっている。はるかのご両親の捜索だ」


 直後、粕谷さんとさつまいもさんが息をのむ。


「しかし――」

「わかっている。だが……俺が単独で行えば、それは公事ではなく私事になる」

「単独!?」

「それでも罰を受けることになったとしても……甘んじて受けいれる」

「いけません、養田様! そこまでしていただくわけには……!」


 さつまいもさんが、涙声で言った。

 羊羹さんが振りかえり、彼女を慈しむような優しい目で見て、その肩に手を置いた。


「案ずるな。どうなったとしても、必ず舞い戻ってみせる」

「養田、様……っ」

「そんなことより、助けを求めている者がいるかもしれないのに、なにもしない。そちらのほうが問題だ」


 キリッとした鋭い目をした羊羹さんは、再び背をむけて歩きだした。

 さつまいもさんが、目を潤ませて顔を紅潮させていた。


 わたわたと、触手を動かして慌てている様子のあんこの頭を、むに、と押さえつける。

 駆け足で、羊羹さんのあとを追った。


「まずは情報収集を」

「……なに?」

「もうすこし、さつまいもさんの話を聞く必要があります」

「それはたしかに……だが、待て」

「……なんですか」

「これは俺の問題だ。お前は――」

「お一人で行方不明者を捜すなんて、非効率です」


 横を歩いていた羊羹さんが、立ちどまる。


「……あなただけの問題でも、ありません」

「…………」


 むき合って、じっと目を見つめる。

 やがて、羊羹さんがため息をつき、うなずいた。


 一緒に、まだ橋のところにいるさつまいもさんや粕谷さんのところに戻る。


「はるか。よく思いだしてほしい。ご両親は、餡月郷のどこに配達すると言っていた?」

「……申し訳ありません。私は本当に、ただ『餡月郷に配達に行ってくる』としか……」

「そうか……」


 羊羹さんが、こちらを見る。


「……配達するものが野菜だけなら、それを扱う店が相当しますが」

「となると……可能性がある店はかなりあるぞ。

 荒物通りの店だったら、八百屋に飯屋。

 それと、甘味通りも。野菜を使った甘味を売る店もある」


 ……たしかに。

 福寿屋(ふくじゅや)では、「かぼちゃ饅頭」なるものも売られていたな。


 限られた人数で聞きこみをしなければならない。

 効率を考えれば、まずはやはり八百屋からが適当。


 退屈してきたのか、お気に入りのヘチマたわしで遊びだしたあんこを、横目で見る。


「ヘチマ……」


 さつまいもさんが、ぽつりとつぶやいた。


「あ、あの。手がかりになるかわかりませんが」

「なんだ?」

「母は、ヘチマのたわしのような加工品を作るのが得意なんです。

 きめが細かくて優しい手触りだと、お客様の間で評判になって。最近売るようになったんです」

「……では、今回も?」

「はい。たしかに、野菜と一緒に積みこんでいたのを見ました」


 羊羹さんが、うなずいた。


「それを売る店は……荒物通りだな。ある程度は絞れるかもしれない」

「……では、参りましょう」


 粕谷さんを見て、彼がうなずくと、羊羹さんと二人で歩きだした。


「……蜜森。やはり俺一人で行ったほうがいいのではないか?」

「先程も言いました。一人でやるには非効率です」

「しかし……お前も罰を受けるはめになるかもしれないだろう」

「問題ありません」

「なぜだ」

「これはただの、『先日お世話になったお返し』ですから」


 そう言うと、羊羹さんははっとして目を丸くした。

 やがて、「……そうだな」と、ぽつりとつぶやく声が聞こえた。


「そこまで頭が回らなかった……お前がいてくれて助かる」

「……そうですか」


 うなずきながら、日用品が売っている店が連なる通り――荒物通りへと急いだ。


 ◇◇◇


 店を回って、三軒目。


「ああ。おとつい仕入れたよ」


 店先にヘチマたわしがある店を発見し、店主に話を聞くのに成功した。


「それで、卸した方々がどこに行かれたか……などは?」

「さてねぇ……ついでにどっか行くっつってたような気もするが……」


 店主は、あごに手を添えて首を傾げた。

 考えこんでいるうちに――はっと目を見開いて、手を叩いた。


「そうだ! 娘のみやげを探してるっつってたな。できれば蜜石の結晶がほしい、とかなんとかってよ」

「蜜石の……結晶」


 説明がほしくて、羊羹さんを見上げる。


「……日がたち硬くなりすぎて、砂糖にできなくなった蜜石のことだ。

 だれが採取しても問題はない……が」

「……が?」

「町中では、まず見つからない。結晶化する前に収穫される場合がほとんどだからだ」

「では……人の手が入りづらい場所になら、ありうると?」

「ああ。だが……」


 羊羹さんが、腕を組んで視線を下にむけ、考えこんだ。


 ……娘へのおみやげのために、そこまでするだろうか?

 なにか大きな理由がなければ、可能性は低い。


「……もう一度、さつまいもさんに話を聞きにいきましょう」

「ああ」


 羊羹さんと二人で、店主にお礼を言い、踵を返した。


「ところで……蜜森」

「はい」

「なぜ、はるかのことを『さつまいもさん』と呼ぶ?」

「……あなたのことを『羊羹さん』と呼ぶのと同じです」

「そうか……」


 納得したのかしていないのか、微妙な顔で羊羹さんがうなずいた。


 ◇◇◇


 さつまいもさんは、粕谷さんの配慮で甘味通りの茶屋――花見屋で待機していた。


「ご、ごめんなさい……っもう、食べられません……!」


 追加で出てきたごまだれ団子の皿を両手で押さえて、拒否していた。

 わんこそばシステムだと知らなかったらしい。

 空いた皿には、食べおえたあとの串が何本も置かれている。


 ……粕谷さんの仕業。

 きっと、「お腹がすいているだろう」という配慮からだろうが。


 お茶を飲んで落ちついたところで、改めて話を聞く。


「……ご両親は、蜜石の結晶を手に入れようとしていたようですが」

「蜜石の結晶? どうしてそんなものを……あ、もしかして……!」

「心当たりがあるのか?」


 さつまいもさんの右隣りに座った羊羹さんが、すこしだけ身を乗りだして聞いた。

 彼女は、湯飲みを置きながらうなずいた。


「先月、農産物の出来を競いあう大会が開かれて。そこの調理部門で、私が作った菜の花のおひたしが優勝したんです。

 そのお祝いをしようって話だったんですけど、父が腰を痛めてそれどころではなくて……」

「そうだったのか。知らなかった。すごいことじゃないか」

「い、いえ! いいんですいいんです。こんな素敵な髪飾り、いただきましたからっ」


 目を丸くする羊羹さんに、さつまいもさんが髪につけた簪に軽く触れた。


 ……そういう背景があったのなら、納得できる。


「つまり、その祝いと詫びもかねて、蜜石の結晶を探していたのか」


 羊羹さんの言葉に、うなずいた。


「どこなら手に入りますか?」

「そうだな……人気のない場……西の森なら可能性は高い」

「西の森? それは、安全なところですか?」


 さつまいもさんが身を乗りだし、不安げに細めた目をむけてくる。


「……まぁ、大丈夫だ」


 羊羹さんが、すぐに目をそらす。

 ……大丈夫じゃないらしい。


 なら、次は西の森だな。

 まず、どんな場所かを実際に見てたしかめるのが先決。

 あわよくば、彼女のご両親が行ったという確証が得られれば、文句なし。


「はるか、お前は一足先に恵みの地に帰っていろ」

「え、ですが……」

「案ずるな。すぐご両親を連れて戻る」

「……慣れた場所で待っていたほうが、不安もすくないでしょうから」


 さつまいもさんが、はっとして目を大きく開き、すこしの間考えたのち、うなずいた。


「うちの両親を、どうかよろしくお願いします」


 深く頭を下げるさつまいもさんを見て……ふと思った。


 一応、やってみるか。

 彼女が勝手に「関係ない」と思いこんで話していないことの中に、実は手がかりになるものがあるかもしれない。


 さつまいもさんに、意識を集中させる。


 ――次の瞬間。



(お慕いしています……養田様。どうか、この想いが届きますように……!)



 しずかな声。

 それと、窓辺に座って両手を合わせて握り、祈る姿。


 ……違う。

 今知りたいのはそれじゃない。


「どうした?」


 不思議そうに顔をのぞきこんでくる羊羹さん。


 ……あれもこれも。

 どう考えても、一筋縄ではいかない状況。


 あんこの吐いた墨の処理をしながら、ただ首を横に振った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

これで30話になりました!

キャラの深掘りに早いうちから手をつけて、それぞれの魅力をお届けできたらと考えました。

さて、二章ももうじき終わりますが、物語自体はまだまだ続きますので、よければお付き合いください。

よければ、評価や感想、お気軽にどうぞ。とても励みになります!

毎日20時更新継続中です。明日もよろしくお願いします。


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