羊羹さんがうなだれている。
羊羹さんがうなだれている。
「こんなに早く降ってくるとは……迂闊だった」
さつまいもさんの家――店の奥の居住スペースのある部屋で、窓の外を見つめる。
外は――見事なまでの土砂降り。
まちがいなく、例の橋は水没している。
「お父ちゃん、お母ちゃん……大丈夫かな」
さつまいもさんも、不安そうに窓の外を見ていた。
……聞けば、彼女の両親は餡月郷に配達に出かけたらしい。
「すまない、はるか。面倒をかける」
「いえ、そんな……
あの、こんなことを言うのは不謹慎でしょうけど。お二人がいてくれてよかったです。
私一人だったら心細かったので」
「……そうか」
二人の会話を聞きながら、空の様子を注意深く観察。
窓ガラスに雨がしきりに当たるせいでよく見えない。
……が、かすかに、明るくなっている場所があるのを発見。
「……じき上がりますね」
「えっ?」
「本当か?」
「はい。通り雨ですから」
降り方からも、わかる。
雨さえやめば、じきに水が引いて水没した橋も通行できるようになるはず。
……いや、待て。
鉄砲水が発生する危険があるな。現場で状況をよく確認してからでないと。
「蜜森さんって、不思議なお方ですね。ぼーっとしているように見えますが……なにかお考えですか?
あ、もしかしてお腹がすいていらっしゃるので?」
「……いえ」
否定したが、さつまいもさんは素早くお茶の用意に取りかかった。
出てきたお茶菓子を見て、一瞬止まる。
「私の手作りの芋羊羹です。お口に合えばいいのですが」
「はるかの料理はうまいから、まちがいないな」
「いえ、そんな……!」
恥ずかしがって手を振り、否定するさつまいもさん。
わずかに口角を上げてほほえむ、羊羹さん。
二人は……相性86%、補完率74%。
悪くない。
さつまいもと羊羹は、どちらも性質が近いからな。
切りわけられた芋羊羹を一口。
……たしかに、美味い。
「蜜森の言うとおり、早くあがるといいんだが」
「…………」
「……いや。違うぞ。早く帰りたいという意味ではなくてだな……
そうなれば、はるかのご両親も早く帰ってこられるだろう?」
「……はい。そうですね」
湯飲みをのせてきたお盆を抱えて、どこか悲しそうにほほえむさつまいもさん。
羊羹さんは、なぜか目をそらした。
……また、なにか深いわけがありそうだ。
そうでなくても、羊羹さんはコミュ障の気があるからな。
この二人がくっつく可能性……
までは、わからない。
◇◇◇
――そうして、一晩がすぎた。
雨はすぐにあがったが、二次災害の危険を考慮した結果、さつまいもさんの家で夜を明かさせてもらった。
彼女の両親も同じなのか、まだ帰っていない。
「すっかり世話になってしまったな」
「……お世話になりました」
「もう。気にしないでくださいと何度も言ったじゃないですか」
さつまいもさんは、照れくさそうに笑いながら、こちらをむいた。
「今度は、天気のいい日にいらしてください。よければ、あちこちご案内します」
「……ありがとうございます」
「ではな。ご両親によろしく伝えてくれ」
「はいっ! またいつでもお越しください!」
お気に入りのヘチマたわしを持ったままのあんこが、さつまいもさんに触手を振っている。
元気な彼女に見送られ、恵環域をあとにした。
橋を渡って、餡月郷へ無事に帰還。
「すぐに局長に報告にいくぞ」
「……橋の付け替え工事についても、相談する必要があります」
「ああ。もっと安全な場所があればいいのだが……」
横に並んで歩きながら、屯所を目指す。
……考えこんでいる羊羹さんの横顔を、じっと見る。
そのうち、彼が気づいてこちらをむいた。
「なんだ?」
「……さつまいもさんのことが好きなのですか?」
「……っ!」
羊羹さんは一瞬固まったのち目を見開いたが、すぐに表情を引きしめた。
「……なにを言っている。ヴぁかなことを申すな」
あ、噛んだ。
「……どこがばかなんですか?」
「はるかと俺は、年の差が30もある」
「……それが?」
「そもそもだ。俺がここの住人である以上、はるかとどうにかなるなど考えられない。不可能だ」
「……規則、だからですか」
「そうだ」
羊羹さんは、ため息をつきながら額に手を添えて首を横に振っていた。
……また、規則。
「餡月郷の住人は、餡月郷の住人としか夫婦になれないと?」
羊羹さんが、うなずいた。
「恵みの地側にも、似たような規則があるそうだ」
「……同じ国に住む人同士なのに、ですか」
「国は同じだが……文化がまるで違う。
瑞菓国は、元々は移民たちが集まってできた国だからな」
……そんなの、元をたどればどんな国にも言えるはず。
けど、たしかにこの国について知らないことはすくなくない。
いい機会だから、調べてみるか。
「国の歴史を知る方法、なにかありませんか」
「……ならば、いい場所がある。報告が済んだら紹介する」
うなずきながら、先を急いだ。
◇◇◇
羊羹さんに紹介されたのは、一軒の貸本屋。
名前は、文菓堂。
「いらっしゃい」
のれんをくぐって入った途端、奥にある座敷に座った主人らしき老人が、声をかけてきた。
「……国の歴史について書いてある本を読みたいのですが」
「お堅い本か。珍しい客がきたもんだ……どれ、ちょいと待ってな」
のっそりと立ちあがったその人は、座敷の奥へと引っこんでいった。
まもなくして、一冊の古くて厚めの本を持ってきた。
……相当古い本だ。すこしかび臭い。
「中にはウソだらけのものもあるが、これはまちがいないやつだ」
「……拝見します」
受けとって、開いた。
……執筆者が複数人いるようだ。
かすれていて読めない名前もあるが、はっきり読める中に、「松原茶馬之助」の名があった。
この人は……糖明神殿の主、抹茶さん親子の先祖か。
……寺のような立場の、神殿を守る一族出身者が書いたものなら、信憑性は高いと考えていいはず。
読みすすめていく。
過去にあった領主が失脚した事件の経緯。
他には、他国に攻めこまれた際の戦いで敗北した件の記述も、見つけた。
すべてでは……ないようだが、それらが起こった日付まで。
これは、後世に書かれた都合のいい宣伝本ではない、と断言していい。
「……こちら、お借りできますか」
「はいよ」
提示された代金を払って、本を抱えて店を出る。
白たい焼きを売りにしているあの屋台で、通常たい焼きを買ってから、家に帰った。
縁側にいき、あんこを下ろし、一旦本を置く。
まず、たい焼き。
……つぶ餡の舌触りがいい。王道はやはり落ちつく。
あんこにも、ちゃんと分ける。
ちぎって餡子をたっぷりついたのを食べて、その場で小躍りしていた。
食べおえてから、改めて本を膝の上に置いて、開く。
文字がかすれている部分もあるため、指でなぞりながら読みすすめていった。
「……なるほど」
瑞菓国は、「砂糖を求めてやってきた人々により作られた国」らしい。
蜜石が豊富に存在するこの土地に人が集まって、やがて国が形成。
当初は、コミュニティが10以上あったそうだ。
やがて争いが勃発し、今の4エリア体制になった。
……じゃあ、恵環域と紅翠域は、どうして中立地帯になったのか?
恵環域は、当初から農作物を他エリアにとどまらず、他国へも輸出入していた。
その生業を維持するため、早々に中立を宣言したらしい。
紅翠域は、強硬派が多くて戦いに積極的だったせいで、洋菓子側に攻めおとされた。
併合されるところだったのを、恵環域の代表団が交渉をもちかけた結果、もう一つの中立地帯として成立したそうだ。
そんなわけで、和菓子と洋菓子の一騎打ちの状態になり、現在にいたる。
……つまり、昔は普通に戦争していた。
「双甘大試が成立したのは……」
ページをめくって、記述を探してみる。
……あった。
どうやら、今の領主になってから。
かれこれ、20年ほど前。歴史的にはかなり浅い。
和と洋、どちら側から言いだしたのかまでは不明のようだ。
……なぜだろう。
血なまぐさい戦闘が起こらない。そのせいで、争いが長引いている。
……だれが、なんのために?
「…………」
そこで、本を閉じた。
もう一つのたい焼きを取りだして、頭からかじりつく。
……和と洋。
お菓子はお菓子。上も下もない。
「……洋菓子が食いたい……」
口にしたところで、今は叶わぬ思いだ。
空を見上げ、無理矢理詰めこむようにしてたい焼きを頬張った。
◇◇◇
翌日は、乗馬訓練のあとに糖明神殿を訪ねた。
本殿で祭壇の手入れをしていた若抹茶さんにすこし待つよう言われ、隅で正座をして待機している。
「……お待たせいたしました。ご用件をおうかがいいたします」
最後に深く一礼した若抹茶さんがこちらを振りかえり、すぐ近くに移動。同じように正座をした。
彼との間に、借りた本を置く。
「これは……」
途端、若抹茶さんが目を丸くした。
「……ご存じですか」
「はい。私の祖父が一筆書いた歴史書にございます。
初版のものがございまして、家宝の一つとして厳重に保管してあります」
……なるほど。祖父だったか。
「こちらが、なにか?」
「……それを確認したかっただけです」
「え? そのためにわざわざ?」
若抹茶さんから本を受けとり、ひとまず横に置く。
「……もう一つ。ある規則についてですが」
「はい」
「違うエリア――地域に住む人同士が結婚できない、という規則は、なぜできたかご存じですか」
「……なぜ、とおっしゃられるとわかりかねます。ただ……」
若抹茶さんは、膝の上に手を置いて、顔をうつむけて考えこんだ。
「……ただ?」
「……おそらく、ですが。血が混ざりあうことで起こる弊害を恐れたのではないかと」
「弊害?」
「純粋な血統に、別の血が入る。それを『穢れ』とする考え方です。
特に、メローリアではそういう考えが今でも根強くあると聞きます」
「…………」
混血は、穢れか。
遺伝子的には、むしろいい結果になる場合もあるらしいけどな。
……一番の問題は、それをだれも、これっぽっちも疑問にもたないこと。
「……よくわかりました。ありがとうございます」
「いえ。お役に立てたのならよかったです」
正座したまま頭を下げてお礼を言い、神殿をあとにした。
石段を下りきったところで、ようやく首の後ろの襟の中に隠れていたあんこが、顔を出した。
……こいつについても聞きたかったのに、頑として出てこようとしなかった。
意味がわからない。
「……お前の故郷じゃなかったのか」
あんこは、なぜかぷいっとそっぽをむいた。
ため息をついた――そのとき。
人の気配。
「失礼いたします」
やってきたのは……おかきさんだった。
「……ご無沙汰しています」
「は。軍師殿におかれましては、お健やかにお過ごしのこととお慶び申し上げます」
おかきさんは、すこしだけ近づいてひざまずき、仰々しいあいさつをした。
……固いな。さすが粕谷さんの部下。
「しけっていないようでなによりです」
「はっ?……そのようなことは、ありえません」
おかきさんが、眉間にシワを寄せて勢いよく首を横に振った。
……元気そうでよかった、と言ったつもりだったんだが。
「どうかされましたか」
「お忙しいところ、申し訳ありません。隊長に、急ぎの用があるためすぐお呼びするようにと」
「……承知しました」
……まちがいなく、事件だな。




