饅頭さんが仁王立ちしていた。
饅頭さんが仁王立ちしていた。
「馬を移動で使ったそうだな。私の許可を得ずに」
「……はい」
……あの状況で、わざわざ許可をとりにいくのは非効率だった。
「焦げついてなどいなかっただろうな」
「……降りる際に落ちました」
「素直でよろしい。では……見せてみろ」
饅頭さんに、馬の手綱を渡された。
……「焦げつく」は「失敗」とも。いろいろ使えて便利だな。
乗ったあとは、饅頭さんの指導のとおりに走らせた。
すこしずつスピードを上げていき、あっという間に疾走モード。
「姿勢を立てろ!」
「手綱をしっかり持て!」
饅頭さんの指摘どおりにしつつも、スピードが上がれば上がるほど、「乗っている」より「しがみついている」感覚に近くなる。
軽く走るのとは、別次元。
バランスと姿勢の安定が必須で、馬のコントロールの難易度も格段に上がっている。
……これが完璧にできれば、乗馬技術をすべて習得したことになる。
よし。まずは、姿勢の維持から。
――数時間後。
「今日はここまで!」
号令が入り、馬から降りる。
「そなたは……よくわからん奴だな」
「……どういう意味でしょうか」
近寄ってきた饅頭さんが、眉間にしわを寄せて目を細めている。
奇妙な生物でも見ているかのようだった。
首を傾げると、饅頭さんは咳払いを一つ。
「次はもっと速く走らせる。覚悟しておけ」
「……承知しました。本日もありがとうございました」
お礼を言って頭を下げながら、去っていく饅頭さんを見送る。
顔を上げ、体の状態を確認。
……筋肉痛、ないな。落馬もしていないから、打撲もなさそうだ。
ストレッチでクールダウンをしてから、歩いて甘味通りへ。
「軍師の旦那ぁ!」
すぐにかりんとうさんに捕まった。
あんこが、さっと首の後ろに隠れる。
「へへ。ちょうどよかった」
彼は、ヘラヘラ笑いながら懐紙と矢立を取りだし、小さめの筆の先を湿らせた。
「昨晩、出動があったと聞きやしたが。なにか事件でも?」
「……はい。まぁ」
「やっぱり! どんな事件でした? 詳しく教えてくだせぇ!」
筆と懐紙を手に、ずいっと顔を近づけてくる。
……情報が早いな。
「だれから聞いたのですか?」
「飲み仲間から。馬がいくつも駆けてく音がしたってね。それで?」
かりんとうさんに付けまわされながら、目当ての福寿屋に入って、うぐいす餡の饅頭を購入。
「……詳しい話はお答えできかねます」
「ええ!? これだけためて!? そりゃねぇですよ!」
「捜査に影響するので」
甘誠組内部の問題でもあるからな。
「そんなぁ!……じゃあ、あることないこと書いちまいますぜ? それでもいいんで!?」
「どうぞご自由に」
会釈してから、唖然として立ちつくすかりんとうさんを置いて、家へとむかった。
……ガセネタを仕込まれても、すぐに否定できる。
それが判明すれば、彼らの信用が落ちるだけだ。
買った饅頭の包みをすこし開けてみる。
……もうじき夕餉の時間だけど、消費カロリー的には食べても問題はない。
帰ってから夕餉の支度が整うまでの間、結局あんこと分けつつ、すべて平らげた。
「姉上が作ってくださった夕餉、残したら承知しないぞ」
「……問題ありません」
「ふふ。さぁ、どうぞ召しあがってください」
促されて、いつもどおり三人で夕餉をいただいた。
あんこは、饅頭で腹がいっぱいの様子で、畳の上に寝転んでいる。
粕谷さんににらまれても、我関せず。
「訓練のほうはどうだ?」
「……すこし速めに走れるようになりました」
「そうか? 先日同行した養田殿が、すこし危なっかしいところがある、とおっしゃっていたが」
「あら、いけない。今日は按摩、まだでしたね」
ざらめさんが、箸を置いて口元に手を添える。
「……必要ありません。どこにも痛みはないので」
「そうですか?」
不思議そうに小首を傾げるざらめさんを見て、うなずいた。
「さすがだな。どおりで萬田様がお褒めになるわけだ」
「……お褒めに?」
「ああ。私も信じられなかった……あの萬田様が人を褒めるなど」
「先生もだいぶお気に召していましたし。蜜森さんは本当にすごいお方なのですね」
「……最適解を選んで行動しているだけです」
「それがすごいと言っているのだ」
粕谷さんもざらめさんも笑っていて、まるで自分のことのように喜んでいる。
……温かいな。この味噌汁。
熱すぎなくて、適温だ。
「いつものように、ぼーっとしないようにな。走っているときに落ちてしまえば、大けがをする危険があるぞ」
「そうですね。いつぞやの輝一みたいに」
「……っ姉上、それは」
「よく覚えていますよ。数日間、目を覚まさなくて……本当に、肝が冷えました」
ざらめさんは、顔をうつむけてため息をつきながら、首を横に振った。
……数日間、意識不明。
頭でも打ったのか。だとしたら、生還できたのは奇跡だが。
「……明日は馬の健康管理の関係で、休みですが」
「そ、そうか。では双甘大試の組でも考えるのかっ?」
粕谷さんが、焦りながら早口で聞いてきた。
ざらめさんがそれを見て、またため息を一つ。
「……それもありますが、可能であれば恵環域に行ければと」
「恵みの地か。そういえば、そちらはまだ行ったことがなかったか」
「はい」
「そうだな……案内してやりたいが、あいにく私は非番ではない。部下をつけようか」
「……僕一人で行くのは難しいのでしょうか」
「紅の郷と同じだ。初めての場合は、付き添いがいればすぐ入れるが」
……やはり、か。
案内役がいてくれるのはありがたい……が。
非番に上司とは会いたくない、と思う人もすくなからずいるはず。
粕谷さんは……そのへん、察知できない可能性大。
「……たまたま行く予定がある人がいれば。いなければ、またの機会にします」
「そうか? わかった。では、聞いてみよう」
「いいですね。恵みの地は、お野菜が豊富でお食事処も充実しているのですよ。楽しんできてくださいね」
うなずいて、残りの白飯を片づけた。
……もし行けたら、おみやげを買っていかないとな。
◇◇◇
案内役に抜擢されたのは――羊羹さんだった。
想定外。
「……なぜですか?」
「行く予定がある者を探していたのだろう? たまたま俺がそうだっただけだ」
うなずきながら、彼の服装を確認。
平服姿は、なんだか斬新だった。
普段からかっちりしているイメージが強いが、意外にも着流しをすこし着崩している。
「……よろしいのですか?」
「かまわない。ただ……今日は空模様があまりよくないから、長居はできないかもしれんぞ」
羊羹さんが、灰色の空を見上げながら言った。
「……その理由は?」
「餡月郷と恵みの地をつなぐ橋が、大雨になると水没してしまうからだ」
非効率だ。
つまり、大雨災害が起これば、すくなくとも餡月郷には避難できなくなる。
早急に、場所を移すか非常用として別ルートを作るべき。
……帰ったら、大福さんに進言しなければ。
考えながら、羊羹さんのあとについて、恵環域につながる件の橋を渡る。
検問所を越えて、足を踏みいれた先は――
のどかな農村地帯だった。
田畑ばかりが並んでいて、人気はまばら。
時折、農作業をしている人を見かける程度だった。
奥のほうに、茅葺き屋根のような住居が並んでいるのが見える。
「市場に行くか?」
「……かまいませんが、羊羹さんの用事は?」
「俺の用事もそこにある」
僕がうなずくと、羊羹さんは歩きだした。
だんだん人気が増えてきた頃、前方に商店街のような広い通りが現れた。
そこに入って、さらに進んでいく。
着物や布などの日用品店、食材を売る店、飲食店、その他いろいろ。
食材は野菜に偏っておらず、肉や魚もあった。
「ありがとうございましたぁ!
……あ! そこのお姉さん! いい新タマネギが入ってますよ! いかがですか!?」
元気な女性の声が聞こえてきた。
離れると思いきや、羊羹さんはまっすぐ、その声がしたほうへとむかっていく。
「すこし、いいか」
「……はい」
一度立ちどまってこちらを振りかえり、断ってから、店先で客引きをしていた女性に近づいていった。
「はるか」
「はい、――っ! 養田様! ご無沙汰しとります!」
女性は、羊羹さんを見るなり嬉しそうに、ぱっと明るい笑顔を浮かべてあいさつした。
着物にたすき掛けをした姿。そばかすが自然な愛嬌の正体か。
髪は短い――のではなく、後ろでくるっと折りたたむようにして、まとめてとめているようだ。
「今日は非番ですか? なにかお求めで?」
「いや。遅くなったが、炊き出しのときの礼をしにきた」
「えええ!? そんな、お気になさらず! 好きでやったことですから!」
「俺の気持ちだ。迷惑でなければ、もらってほしい」
「迷惑だなんて!……じゃ、じゃあ、ありがたくちょうだいします」
女性は照れながら、差しだされた小さな包みを受けとっていた。
視線を、店に並べてある商品に移してみる――野菜ばかりだった。
やはり、紅翠域と同じく季節感がない。キュウリと白菜が一緒に売られている。
「……どうした」
肩の上にいたあんこが、突然飛びおりた。
商品の中にあった、クリーム色のきめが細かいスポンジのようなものを触手でつかんで、不思議そうに眺めている。
……ヘチマたわし。八百屋にこれが売られているのは、妙だな。
「あれやぁ。そちらは甘誠組の軍師様では?」
あんこを観察していると、不意に声をかけられて顔を上げる。
羊羹さんからもらったらしい、小さな花の飾りがついた真新しい簪をつけた彼女が、朗らかな表情でこちらを見ていた。
「……はい。初めまして。蜜森風と申します」
「初めまして! 私、紅はるかと申しまして、こちらの八百屋の娘です。
甘誠組のみなさん――特に、養田様にはいつもお世話になっております!」
語尾を上げる、どこかの方言のような喋り方をする彼女。
……さつまいもの品種名。
それなら。
「……お父さんかお母さんのお名前は、あずまさんですか?」
「えっ? ご存じだったんですか? そうです。父がその名です」
さつまいもさんと羊羹さんが、不思議そうに目を丸くしてこちらを見てきた。
……とてもわかりやすい名前だけどな。
「……こちらは、よく利用されるんですか?」
羊羹さんを見て、尋ねた。
「ああ。農閑期では、ほとんどの野菜をこちらで仕入れている。
はるかは蜜の冠の一員でもあるから、他でもいろいろ世話になっているんだ」
「いえいえ、そんな。年齢的にまだ、双甘大試の審判はできませんので。他にできることを精一杯やってるだけです」
うなずきながら、再度店の商品を見回す。
……あんこが、飽きずにヘチマたわしを凝視している。
せっかくなので、ざらめさんたちへのおみやげの野菜を購入することにした。
さつまいもさんおすすめの新タマネギと、キャベツ。
それから、あんこが気に入って離さないヘチマたわしも。
「ありがとうございます!」
商品を包んでくれた紙製の袋を受けとろうとした――そのとき。
ポツっと、雨粒。
そして、あっという間に強く降りだした。
「大変! お二人とも、早く中へ!」
促されて、店の中に避難する。
これは……厄介だな。




