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甘味戦争の社畜軍師 ~敗北寸前の和菓子軍を任された~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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饅頭さんが仁王立ちしていた。

 饅頭さんが仁王立ちしていた。


「馬を移動で使ったそうだな。私の許可を得ずに」

「……はい」


 ……あの状況で、わざわざ許可をとりにいくのは非効率だった。


「焦げついてなどいなかっただろうな」

「……降りる際に落ちました」

「素直でよろしい。では……見せてみろ」


 饅頭さんに、馬の手綱を渡された。


 ……「焦げつく」は「失敗」とも。いろいろ使えて便利だな。


 乗ったあとは、饅頭さんの指導のとおりに走らせた。

 すこしずつスピードを上げていき、あっという間に疾走モード。


「姿勢を立てろ!」

「手綱をしっかり持て!」


 饅頭さんの指摘どおりにしつつも、スピードが上がれば上がるほど、「乗っている」より「しがみついている」感覚に近くなる。

 軽く走るのとは、別次元。

 バランスと姿勢の安定が必須で、馬のコントロールの難易度も格段に上がっている。


 ……これが完璧にできれば、乗馬技術をすべて習得したことになる。

 よし。まずは、姿勢の維持から。


 ――数時間後。


「今日はここまで!」


 号令が入り、馬から降りる。


「そなたは……よくわからん奴だな」

「……どういう意味でしょうか」


 近寄ってきた饅頭さんが、眉間にしわを寄せて目を細めている。

 奇妙な生物でも見ているかのようだった。


 首を傾げると、饅頭さんは咳払いを一つ。


「次はもっと速く走らせる。覚悟しておけ」

「……承知しました。本日もありがとうございました」


 お礼を言って頭を下げながら、去っていく饅頭さんを見送る。


 顔を上げ、体の状態を確認。

 ……筋肉痛、ないな。落馬もしていないから、打撲もなさそうだ。


 ストレッチでクールダウンをしてから、歩いて甘味通りへ。


「軍師の旦那ぁ!」


 すぐにかりんとうさんに捕まった。

 あんこが、さっと首の後ろに隠れる。


「へへ。ちょうどよかった」


 彼は、ヘラヘラ笑いながら懐紙と矢立を取りだし、小さめの筆の先を湿らせた。


「昨晩、出動があったと聞きやしたが。なにか事件でも?」

「……はい。まぁ」

「やっぱり! どんな事件でした? 詳しく教えてくだせぇ!」


 筆と懐紙を手に、ずいっと顔を近づけてくる。

 ……情報が早いな。


「だれから聞いたのですか?」

「飲み仲間から。馬がいくつも駆けてく音がしたってね。それで?」


 かりんとうさんに付けまわされながら、目当ての福寿屋(ふくじゅや)に入って、うぐいす餡の饅頭を購入。


「……詳しい話はお答えできかねます」

「ええ!? これだけためて!? そりゃねぇですよ!」

「捜査に影響するので」


 甘誠組(かんせいぐみ)内部の問題でもあるからな。


「そんなぁ!……じゃあ、あることないこと書いちまいますぜ? それでもいいんで!?」

「どうぞご自由に」


 会釈してから、唖然として立ちつくすかりんとうさんを置いて、家へとむかった。


 ……ガセネタを仕込まれても、すぐに否定できる。

 それが判明すれば、彼らの信用が落ちるだけだ。


 買った饅頭の包みをすこし開けてみる。

 ……もうじき夕餉の時間だけど、消費カロリー的には食べても問題はない。


 帰ってから夕餉の支度が整うまでの間、結局あんこと分けつつ、すべて平らげた。


「姉上が作ってくださった夕餉、残したら承知しないぞ」

「……問題ありません」

「ふふ。さぁ、どうぞ召しあがってください」


 促されて、いつもどおり三人で夕餉をいただいた。


 あんこは、饅頭で腹がいっぱいの様子で、畳の上に寝転んでいる。

 粕谷さんににらまれても、我関せず。


「訓練のほうはどうだ?」

「……すこし速めに走れるようになりました」

「そうか? 先日同行した養田殿が、すこし危なっかしいところがある、とおっしゃっていたが」

「あら、いけない。今日は按摩、まだでしたね」


 ざらめさんが、箸を置いて口元に手を添える。


「……必要ありません。どこにも痛みはないので」

「そうですか?」


 不思議そうに小首を傾げるざらめさんを見て、うなずいた。


「さすがだな。どおりで萬田様がお褒めになるわけだ」

「……お褒めに?」

「ああ。私も信じられなかった……あの萬田様が人を褒めるなど」

「先生もだいぶお気に召していましたし。蜜森さんは本当にすごいお方なのですね」

「……最適解を選んで行動しているだけです」

「それがすごいと言っているのだ」


 粕谷さんもざらめさんも笑っていて、まるで自分のことのように喜んでいる。


 ……温かいな。この味噌汁。

 熱すぎなくて、適温だ。


「いつものように、ぼーっとしないようにな。走っているときに落ちてしまえば、大けがをする危険があるぞ」

「そうですね。いつぞやの輝一みたいに」

「……っ姉上、それは」

「よく覚えていますよ。数日間、目を覚まさなくて……本当に、肝が冷えました」


 ざらめさんは、顔をうつむけてため息をつきながら、首を横に振った。


 ……数日間、意識不明。

 頭でも打ったのか。だとしたら、生還できたのは奇跡だが。


「……明日は馬の健康管理の関係で、休みですが」

「そ、そうか。では双甘大試(そうかんたいし)の組でも考えるのかっ?」


 粕谷さんが、焦りながら早口で聞いてきた。

 ざらめさんがそれを見て、またため息を一つ。


「……それもありますが、可能であれば恵環域(けいかんいき)に行ければと」

「恵みの地か。そういえば、そちらはまだ行ったことがなかったか」

「はい」

「そうだな……案内してやりたいが、あいにく私は非番ではない。部下をつけようか」

「……僕一人で行くのは難しいのでしょうか」

(べに)(さと)と同じだ。初めての場合は、付き添いがいればすぐ入れるが」


 ……やはり、か。


 案内役がいてくれるのはありがたい……が。

 非番に上司とは会いたくない、と思う人もすくなからずいるはず。

 粕谷さんは……そのへん、察知できない可能性大。


「……たまたま行く予定がある人がいれば。いなければ、またの機会にします」

「そうか? わかった。では、聞いてみよう」

「いいですね。恵みの地は、お野菜が豊富でお食事処も充実しているのですよ。楽しんできてくださいね」


 うなずいて、残りの白飯を片づけた。


 ……もし行けたら、おみやげを買っていかないとな。


 ◇◇◇


 案内役に抜擢されたのは――羊羹さんだった。

 想定外。


「……なぜですか?」

「行く予定がある者を探していたのだろう? たまたま俺がそうだっただけだ」


 うなずきながら、彼の服装を確認。

 平服姿は、なんだか斬新だった。

 普段からかっちりしているイメージが強いが、意外にも着流しをすこし着崩している。


「……よろしいのですか?」

「かまわない。ただ……今日は空模様があまりよくないから、長居はできないかもしれんぞ」


 羊羹さんが、灰色の空を見上げながら言った。


「……その理由は?」

餡月郷(あんげつきょう)と恵みの地をつなぐ橋が、大雨になると水没してしまうからだ」


 非効率だ。

 つまり、大雨災害が起これば、すくなくとも餡月郷には避難できなくなる。

 早急に、場所を移すか非常用として別ルートを作るべき。

 ……帰ったら、大福さんに進言しなければ。


 考えながら、羊羹さんのあとについて、恵環域につながる件の橋を渡る。

 検問所を越えて、足を踏みいれた先は――


 のどかな農村地帯だった。

 田畑ばかりが並んでいて、人気はまばら。

 時折、農作業をしている人を見かける程度だった。

 奥のほうに、茅葺き屋根のような住居が並んでいるのが見える。


「市場に行くか?」

「……かまいませんが、羊羹さんの用事は?」

「俺の用事もそこにある」


 僕がうなずくと、羊羹さんは歩きだした。


 だんだん人気が増えてきた頃、前方に商店街のような広い通りが現れた。

 そこに入って、さらに進んでいく。


 着物や布などの日用品店、食材を売る店、飲食店、その他いろいろ。

 食材は野菜に偏っておらず、肉や魚もあった。


「ありがとうございましたぁ!

 ……あ! そこのお姉さん! いい新タマネギが入ってますよ! いかがですか!?」


 元気な女性の声が聞こえてきた。

 離れると思いきや、羊羹さんはまっすぐ、その声がしたほうへとむかっていく。


「すこし、いいか」

「……はい」


 一度立ちどまってこちらを振りかえり、断ってから、店先で客引きをしていた女性に近づいていった。


「はるか」

「はい、――っ! 養田様! ご無沙汰しとります!」


 女性は、羊羹さんを見るなり嬉しそうに、ぱっと明るい笑顔を浮かべてあいさつした。

 着物にたすき掛けをした姿。そばかすが自然な愛嬌の正体か。

 髪は短い――のではなく、後ろでくるっと折りたたむようにして、まとめてとめているようだ。


「今日は非番ですか? なにかお求めで?」

「いや。遅くなったが、炊き出しのときの礼をしにきた」

「えええ!? そんな、お気になさらず! 好きでやったことですから!」

「俺の気持ちだ。迷惑でなければ、もらってほしい」

「迷惑だなんて!……じゃ、じゃあ、ありがたくちょうだいします」


 女性は照れながら、差しだされた小さな包みを受けとっていた。


 視線を、店に並べてある商品に移してみる――野菜ばかりだった。

 やはり、紅翠域(こうすいいき)と同じく季節感がない。キュウリと白菜が一緒に売られている。


「……どうした」


 肩の上にいたあんこが、突然飛びおりた。

 商品の中にあった、クリーム色のきめが細かいスポンジのようなものを触手でつかんで、不思議そうに眺めている。


 ……ヘチマたわし。八百屋にこれが売られているのは、妙だな。


「あれやぁ。そちらは甘誠組の軍師様では?」


 あんこを観察していると、不意に声をかけられて顔を上げる。


 羊羹さんからもらったらしい、小さな花の飾りがついた真新しい簪をつけた彼女が、朗らかな表情でこちらを見ていた。


「……はい。初めまして。蜜森風と申します」

「初めまして! 私、(くれない)はるかと申しまして、こちらの八百屋の娘です。

 甘誠組のみなさん――特に、養田様にはいつもお世話になっております!」


 語尾を上げる、どこかの方言のような喋り方をする彼女。


 ……さつまいもの品種名。

 それなら。


「……お父さんかお母さんのお名前は、あずまさんですか?」

「えっ? ご存じだったんですか? そうです。父がその名です」


 さつまいもさんと羊羹さんが、不思議そうに目を丸くしてこちらを見てきた。

 ……とてもわかりやすい名前だけどな。


「……こちらは、よく利用されるんですか?」


 羊羹さんを見て、尋ねた。


「ああ。農閑期では、ほとんどの野菜をこちらで仕入れている。

 はるかは蜜の冠(メリス・オルナ)の一員でもあるから、他でもいろいろ世話になっているんだ」

「いえいえ、そんな。年齢的にまだ、双甘大試の審判はできませんので。他にできることを精一杯やってるだけです」


 うなずきながら、再度店の商品を見回す。

 ……あんこが、飽きずにヘチマたわしを凝視している。


 せっかくなので、ざらめさんたちへのおみやげの野菜を購入することにした。

 さつまいもさんおすすめの新タマネギと、キャベツ。

 それから、あんこが気に入って離さないヘチマたわしも。


「ありがとうございます!」


 商品を包んでくれた紙製の袋を受けとろうとした――そのとき。

 ポツっと、雨粒。

 そして、あっという間に強く降りだした。


「大変! お二人とも、早く中へ!」


 促されて、店の中に避難する。


 これは……厄介だな。

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