犯人が非効率な行動に出た。
犯人が非効率な行動に出た。
みたらし団子さんが投げた手裏剣が足をかすめ、倒れた直後。
一緒に転がった白色さんの首に腕を回し、千枚通しのような細く短い剣を突きつけた。
そして、こちらをむいて一言。
「来るな! 来たらこいつの命はない!」
お決まりのパターンだ。
一応、指示どおり足を止める。
……このまま、みたらし団子さんに攻撃を指示しても問題はない。
そう考えた――直後。
背後で、パキ、と枝を踏むような音。
……来たか。
「真白を離せ! あなたはもう逃げられない!」
「黙れ! こいつを殺して、お前を隊長の座から引きずりおろす! 絶対に!」
「それは無意味です」
瞬間、全員が僕を見る。
背後でまた、かすかに足音がした。
「あなたの思いどおりになることなんて、一つもありません」
「なにを……!」
「事実……大事にしていたはずの娘さえも、離れてしまいましたよね」
犯人が、びくっと体をこわばらせた。
千枚通しを持った手が、大きく震えている。
……もうすこし。
「……なんのことだか、わからないな。無意味? そんなことはない」
犯人が、千枚通しを振りあげた。
「団三葉! お前は終わりだ。自分の立場を守るために妹を犠牲にしたと、世間に広めてやる!」
「やめてっ!」
叫ぶ声。
下ろされた千枚通しの軌道が、白色さんからわずかにずれる。
その隙に、みたらし団子さんが素早く間合いを詰め、犯人の武器を弾く。
ほぼ同時に、白色さんを犯人から奪いかえして保護した。
僕と、制止の声をあげた人物――月見団子さんが、白色さんを抱きしめたみたらし団子さんの壁になるように、前に出る。
月見団子さんは、怒りをむき出しにしていた。
歯を強く噛みしめて、見開いた目で犯人を凝視している。
「な……なんで、あなたがここに?」
「隊長に呼ばれたからだ! あなたを止めるのに手を貸してほしいと!」
月見団子さんが、震える手を腰の刀に置いた。
「外道め。私がこの場で斬りすててくれる!」
月見団子さんが、興奮して荒い息をしながら犯人をにらみつける。
犯人が、その場に座りこんだまま固まった。
「ど……どうし、て?」
口元を隠していた手ぬぐいをとって、犯人――串本さんの顔があらわになった。
引きつった笑顔を浮かべ、震える手を娘にむかってのばした。
「全部……あなたのためにやったのに!」
「ふざけないで! 隊長になりたいなどと、いつ言った!?」
「言ったじゃない! 強くなりたいって! だから私、応援してあげようと思ったのよ?
ね? 大丈夫。母さんがいるから大丈夫。言うとおりにしていればいいの!
いい子だから。わかるわよねっ? あなたは昔から、母さん思いの優しい――」
早口で喋る串本さんの言葉の途中で、あんこをその顔面めがけて投げつけた。
これ以上は、時間の無駄だ。
触手を広げたあんこが、ちょうど彼女の顔を覆いかくすように貼りつく。
「いやぁ! なによこれぇ!?」
さらに、あんこは墨を吐いた。
暴れてつかんでこようとする彼女の手を逃れ、こちらに戻る。
あんこはひょっとこ口をすぼめて、怒っているような顔をしていた。
……変な奴だ。
肩の上に戻して、墨まみれの串本さんのほうを見る。
「汚い……! なによこれぇ! どいつもこいつも……っ私の邪魔をしてぇ!」
「……いえ。そもそも、あなたの計画どおりになる可能性はほぼゼロです」
「ぜろ……? なにを言っているっ! お前にいったい、なにがわかる!
私は! 月美のために今まで必死に――」
「すべて非効率でした」
そこで切って、一旦月見団子さんへと視線を移動してから、また串本さんへ。
「月見団子は、串に刺すものではありませんから」
――言った途端、なぜかその場にいた全員が固まった。
◇◇◇
その後、串本さんを縄で捕縛して、連行。
羊羹さんたちが待機しているところまで戻った。
「無事か」
「……問題ありません」
駆けよってきた羊羹さんに答えると、白色さんを抱きあげているみたらし団子さんが頭を下げた。
「おかげさまで。このとおり妹は無事です」
「……そうか。なによりだ」
羊羹さんがほっとした顔でうなずいた、その後ろ。
最中さんたちのそばで泣きそうな顔をしている、桃色さんと緑色さんがいた。
「桃香。翠子」
「……っ姉さん!」
「姉上……っ!」
二人は涙腺を決壊させ、しゃがんだみたらし団子さんに駆けより、抱きついた。
ずっと抱かれていた白色さんも、同時に泣きだす。
「ごめんなさい。全部、私のせいよ」
「姉さん姉さん! ごわがっだぁ!」
「姉さまぁ……っ」
「姉上……っ!」
……収拾がつかなそうだな。
羊羹さんとともに、すこし離れる。
「……見張りは?」
「すでに連行済みだ」
「では、串本さんの身柄もお願いします」
「承知した――連れていけ」
「へい!」
羊羹さんに指示されたのは、雷おこしさん。
月見団子さんから串本さんを受けとり、引っ張った。
「いや! 離して! なんであんたたちみたいな汚らわしい連中に――」
「あァ? だぁれが汚らわしいって?」
雷おこしさんが、なお暴れる串本さんを上からにらみつける。
串本さんが、「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。
「てめぇのほうがきたねぇだろうがよ。肥だめにわくうじ虫のほうがよっぽどましってもんだ」
「……っ!?」
罵倒された串本さんは、唖然として口をパクパクさせていた。
雷おこしさんに加えて、寄ってきた他の人からもにらみつけられている。
そのままなにも言えず、縮みあがっていた。
……羊羹さんの隊の人を選んだのは、このため。
連行されていく串本さんを見送ってから、空を見上げる。
――やせ細った月が、浮かんでいた。
◇◇◇
翌日。
報告のため、関係者全員に加えて留守番役だった粕谷さんたちもそろって、屯所の会議室に集まっていた。
「私が、しっかり母を見ておくべきでした……! 本当に、申し訳ございませんでした!」
床に額を叩きつけるような勢いで、月見団子さんが土下座をしている。
全員が黙って、厳しい目をむけていた。
「……お咎めなしでよろしいのでは?」
一斉に、全員の視線がむけられる。
……今日のおやつは、最中。中身はつぶ餡。
皮はしっとり、餡はねっとり。このバランスがいい。
「おのれは……なにか食いながらじゃないと話せんのか」
口元を引きつらせたどら焼きさんが言うのを横目で流しつつ、かけらをあんこに与えた。
「そのわけは?」
「……なにか罰を与えれば、また逆恨みされるだけです」
もっと欲しがっている様子のあんこに追加を与えてから、月見団子さんを見る。
「……だから、お母さんが死ぬまで親子であり続けてください」
「親子……?」
なにを当然のことを、と言いたそうな視線が、ちらほら。
……当然、ではない。
あの母親から逃れるために入隊した、月見団子さんにとっては。
彼女の顔から、すっと血の気が引いていく。
それを見て、理解した様子でみたらし団子さんがうなずいた。
「蜜森殿のおっしゃったとおりに。決して、目を離すな。次は……許さぬ」
「……っ! はっ!」
月見団子さんは、唇を噛みしめてこらえたのち、力強く返事をした。
最敬礼をした彼女が去っていった方向――閉じられた障子を見つめる。
……最適解ではあるけれど、最善ではない。
定期的なケアが必要になる点も、考慮すべき。
みたらし団子さんとアイコンタクトをして、うなずき合った。
「のう、蜜森」
大きく息を吐いた大福さんが、困ったように首を振った。
「完二郎から聞いたぞ。おんし、人質を連れ去った輩を一人で追いかけていったそうじゃな?」
「……はい」
「どうするつもりだったのだ! 得物も持たずに!」
粕谷さんが、吊りあげた目をして詰めよってきた。
二つ目の最中に手をのばす。
「……武器なら、あります」
一口食べたのち、肩の上で器用に寝転がっているあんこを手の上に置き、差しだした。
「これです」
「…………」
注目されているのに気づいたあんこ。
ボディビルダーのように、腰に手を当てて胸を張るようなポーズをしていた。
途端に、五人が沈黙する。
「……これが、武器?……そういえば、黒い墨のようなものを吐いていましたね。
あれのことですか? いったいどんな効果が?」
「団。本気にするな」
「えっ?」
羊羹さんにつっこまれ、驚くみたらし団子さん。
どら焼きさんが、あんこをからかってつついているのをぼんやり見つめる。
「……蜜森殿。今回の件、恩に着ます。おかげで、妹たちを無事に救いだせました」
「……恩に着ている場合ではありません」
すべて終わったかのように礼を言うみたらし団子さんを一蹴して、大福さんを見上げた。
再び表情を引きしめた彼が、うなずく。
「そのとおりじゃ。此度の件、諸悪の根源は三葉。おんしにある」
「……!」
大福さんの鋭い声。
一気に、空気がピリッとした緊張感に包まれる。
「局長! 団殿はどう考えても被害者です!」
「そもそも、三葉が妹たちを預けっぱなしにしていたせいで今回の件が起きた。そうじゃろ」
抗議した粕谷さんが、大福さんにぴしゃりと切りすてられて、黙る。
みたらし団子さんが、その場にひざまずいた。
「……おっしゃるとおりでございます。いかなる処罰も受ける所存です」
「ええ度胸じゃ」
腕を組んだ大福さんが、にらみつけるような目で彼女を見下ろしつつ、一歩近づく。
しゃく、と最中の皮を噛む音が、はっきりと聞こえるほどしずかだった。
「おんしに――」
大福さんが、ゆっくりと……告げた。
「六日に一度の、休みを与える!」
――時が止まったかのように、だれも動かなかった。
「……局長?」
疑問を感じている人たちがいる一方で、大福さんは満足げな笑みを浮かべていた。
「どうじゃ。仕事が大好きなおんしには、耐えがたい罰じゃろうて」
「っそれは……ですが!」
「んん? 先程、『いかなる処罰も受ける所存』じゃと言うておったじゃろ。あれは偽りか?」
「……っいいえ。しかし――」
大福さんが、顔を上げたみたらし団子さんの前にしゃがみこみ、肩に手を置く。
「家族を大事に思う心。それはおんしだけの、一方的なものではないはずじゃ」
打って変わって優しい口調で言われて、みたらし団子さんが顔を歪ませる。
「のう、蜜森」
口の中に貼りつく最中の皮のかけらをなめとって飲みこみ、みたらし団子さんを見た。
「……あなたの働き方は、非効率です」
「それは……母を心配させないための方便では?」
「その意図もありました」
答えたのち、粕谷さん、どら焼きさん、羊羹さんへ視線をむける。
三人とも理解したようで、それぞれ不敵な笑みを浮かべてうなずいていた。
「三葉。気にせず休め。お前が休みの日は、わしらがなんとかする」
「俺たちを信用できない、と言うのであれば別だがな」
「いいえ! そんなことは!」
「では、決まりですね」
優しくほほえむ他四人を見て、みたらし団子さんが目を見開く。
そして、頭を下げた。
「謹んで、お受けいたします。厚く御礼、申し上げます!」
承諾したあと、顔を上げたみたらし団子さんは、疲労感をにじませながらも笑っていた。
――が。
「ところで……休みの日とは、いったいなにをすればよろしいのでしょうか?」
他四人が、笑顔のまま口元を引きつらせていた。




