大福さんのうなるような声に違和感を覚えた。
大福さんのうなるような声に違和感を覚えた。
「……相手側から、次の双甘大試の日取りを遅らせるよう申し出があったそうじゃ」
「な……! なんですと!?」
「理由は?」
真っ先にどら焼きさんが反応して立ちあがりかけて、それを遮るように粕谷さんが尋ねた。
「兵力の増強が目的らしい。ここ二試合、連続で負けたのがこたえたのやもしれん」
「兵力増強って! それがわかってて応じるわけがないじゃろ! ですよね、局長!」
「……あちらも、我々が素直に応じるとは思っていないのでは?」
羊羹さんの問いに、大福さんが腕を組んでうなずき、考えこんだ。
なにか裏があるのは、まちがいない。
……メリットとデメリットを考えれば、答えは明確。
「応じましょう」
瞬間、全員が、ばっと顔を上げてこちらを見た。
「なぜだ?」
粕谷さんが、聞く。
「……利用すればいいだけです」
「わしらも同じように兵力増強すればいいってわけか? しかしなぁ……」
「応じなかった場合、それを吹聴されて悪者扱いさねかねません」
どら焼きさんが、ぐっと押し黙る。
なにか裏があるとしても、双甘大試はすでに決められたルールの上で成り立っているもの。
警戒は必要だが、疑心暗鬼になる必要はない。
すると、大福さんがふっと表情をゆるめた。
「儂も同じ考えじゃ。おんしらはどうじゃ?」
他の四人を見回す。
彼らがうなずいたのを見て、最後に大福さんも力強くうなずいた。
「決まりじゃな。上に返事をしておこう」
「それで、具体的な日取りは?」
「次は、来月末頃じゃな」
今日から考えると、三週間弱の余裕ができた。
めきめきと腕を上げている隊士もいるし、組みあわせのパターンはますます増えてくる。
……面白い。
「よぉし! こうなったら、こんな申し出をした件を存分に後悔させてやる!」
どら焼きさんが拳を突きあげ、宣言。
それを見た他の四人も、真剣な表情でうなずいていた。
「御免! 隊長。急ぎの用でまいりました」
会議は終わり――かと思ったそのとき、閉まった状態の引き戸のむこう側から、声がした。
この声は……よもぎ団子さん。
みたらし団子さんが、一度大福さんを見る。
彼がうなずいたのを確認後、戸の前に移動して開けた。
すぐそばに、ひざまずいて顔をうつむけたよもぎ団子さんがいた。
「どうした」
「串本殿から、このようなものが届いたとお預かりしました」
よもぎ団子さんが、縦長に折られた書状のようなものを差しだす。
受けとって中身を読んだみたらし団子の背中が、わなわなと震えだした。
次の瞬間――走りだした。
「三葉!」
鋭い大福さんの呼びかけに、みたらし団子さんが止まる。
振りかえった彼女の顔には、いつもの冷静さはなかった。
「急冷しろ。どうした」
「……っ妹たちが」
みたらし団子さんが、前に出た大福さんに受けとった書状を渡す。
……急冷。
冷蔵庫、は関係ない。
頭を冷やせ、もしくは落ちつけ。そんなところか。
書状を読んだ大福さんが、たちまち顔をくしゃりと歪ませ、破きそうなくらい手に力を込めていた。
「……妹たちは預かった。五つ時に東の森まで一人でこい。他の者を連れてきた場合、命はない」
「はぁっ!?」
「なんと……!」
読みあげた途端、粕谷さんとどら焼きさんが声を上げた。
……誘拐事件。
「御免!」
「死にますよ」
再び走りだそうとしたみたらし団子の背中に、ストレートな言葉をぶつける。
想定どおり、彼女はぴたりと足を止めた。
「あなたも、あなたの妹さんたちも」
「……!」
背をむけたままのみたらし団子さんが、垂らした両手に力をこめて拳を握る。
……数秒後、振りかえった彼女は、冷静さを取り戻していた。
「指示を」
「……うむ」
大福さんが、僕を見る。
「……まず状況把握。よもぎ団子さん」
「はっ」
「これが届けられた経緯は」
「はい。大慌てで串本殿が詰所に駆けこんでこられて。隊長に早く知らせてほしい、と」
「……串本さんは、どうやってこれを受けとったのでしょうか」
「それは……申し訳ありません」
よもぎ団子さんが、深く頭を下げる。
……やはり、本人に事情聴取する必要がある。
「串本さんに話を聞きにいきます。案内を」
「承知しました」
みたらし団子さんが先に部屋を出る。
「蜜森」
大福さんに呼びかけられて、振りかえる。
――頼んだ、と。
うなずいて、みたらし団子さんのあとを追った。
甘味通りをスルーして、長屋がある居住エリアに入る。
串本さんには、すぐに会えた。
「ごめんなさい。ちょっと必要なものがあってね。三人とも大人しく遊んでたから、留守番しているように言いつけて一人で買いだしにいったの。
戻ってみたら、あの子たちがいなくなってて。代わりに、うちの土間にあれがあったのよ」
串本さんは、みたらし団子さんにむけて、頬に手を添えて言った。
困ったようにも、不満を抱いているようにも見える。
「……お母さんにも話を聞けますか」
「母に、ですか? 承知しました。すこしお待ちください」
みたらし団子さんが、自分の家へと入っていく。
その姿を見ながら、串本さんがため息をついた。
「苦労しているようだったから、同じ長屋に住んでるよしみで手を貸すと言ったんですよ。
でも、まさか毎日のように子どもたちを預かるはめになるなんて……
ねぇ、軍師様。人に任せっきりなのもどうかと思いません?」
「……そうですね」
肯定した途端、串本さんが笑顔になった。
……事情は知っている。
だけど――人に任せてばかりなのは、余裕がない証拠。
それでは、有事の際にきちんと行動できる保証がない。
「お待たせいたしました」
戻ってきたみたらし団子さんに連れられて、彼女の家に入る。
案内された部屋に、布団から半身を起こした状態のやせ細った病人がいた。
「三葉の母にございます。このような……っ姿で、失礼いたします」
途中、咳をしつつも丁寧に頭を下げ、あいさつしてくれた。
長居は無用。
「……三つ子さんたちは、普段串本さんが面倒を?」
「はい。私がほとんど寝たきりの状態なもので。
ですが、交代で看病をしてくれて……本当にいい子たちなのです」
……看病?
「では、今日も?」
「はい。翠子がそばにいてくれました。でも、桃香に呼ばれて出ていって。
……あの、あの子たちになにかあったのですか?」
「……いいえ。みたらし団子さんの働き方を改善するためにお尋ねしただけです」
みたらし団子さんが、ぎくり、と体をこわばらせた。
「……そうでしたか。私がこんな体のせいで、娘には苦労をかけてしまって。
お力添えのほど、よろしくお願いいたします」
再び深々と頭を下げた母親に、「承知しました」と返事。
そして、みたらし団子さんが手を貸して布団に横になったのを見届けたあと、外に出た。
「なにか、おわかりですか? 次はどこへ?」
「……まだなんとも言えません」
答えながら、長屋の周辺を確認する。
……争った形跡は、どこにもなし。
そわそわしているみたらし団子さんを、見る。
「……他に目撃者がいないか、調べてください」
「承知しました」
みたらし団子さんが去っていった方向をしばらく眺める。
……本当ならすこしでも休ませるべきところだが、今は逆効果になりかねない。
先に、他四人が待っている屯所へとむかった。
「戻ったか!……団殿は?」
「調査中です」
姿を見せた途端近寄ってきた粕谷さんをスルー。
くしゃくしゃになった書状を拾って、よく確認する。
……やはり、字がすこしいびつに見える。
目的は、なんだ?
まず、三色団子さんたちの命ではない。
誘拐したあとで殺すつもりだとしても、わざわざこんな書状を送ってよこす必要はない。
……すでに殺してあって、その発覚を遅らせたいからだとも考えられるか。
いや。それも時間の問題だ。
狙いは……みたらし団子さんのほう。
「戻りました」
そこでみたらし団子さんが戻ってきて、大福さんたちに一礼。
僕が座っている脇にしゃがんだ。
「申し訳ありません。妹たちがいなくなったおおよその時間帯、長屋周辺にいた方々を探して話をうかがったところ……
連れ去った者を見た方はおりませんでした」
「……でしょうね」
「っ!?」
みたらし団子さんが目を見開いて、息をのむ。
「見当がついたか」
「なにっ!? だれじゃ!? だれが子どもらをかどわかしたんじゃ!?」
大福さんの一言で、どら焼きさんが詰めよってきた。
他の人たちも、その場に座って僕の言葉を待っている。
「……もう一つ、頼めますか」
「なんなりと」
「月見団子さんを呼んでください」
「月見団子?……月美のことですか」
うなずくと、みたらし団子さんは「すぐに」と言って、また部屋を出ていった。
「おい! もったいぶるな。だれなんじゃ、犯人は!」
「……東の森とは、どのような場所ですか」
「ああ!? 炭焼き小屋がいくつかあって、隠れるにはうってつけの場所じゃけど!?」
「複雑な地形ではない。子どもが遊びや蜜石探しで立ち入ることもある」
どら焼きさんと粕谷さんの答えを聞き、納得する。
まもなく、みたらし団子さんが月見団子さんを連れてきた。
ショートボブの髪、垂れ目。
……母親に似てないな。
「串本月美、まいりました」
「……お尋ねしたいことがあります。あなたのお母さんのことで」
「母が……なにか?」
月見団子さんは、「お母さん」というワードに反応。
露骨に嫌そうな顔をして、すぐに表情を引きしめた。
「どのようなお方ですか」
「……父と離縁してからは、女手一つで私を育ててくれました。その恩はもちろんあります。
ですが……私のことになると、暴走してよそ様にご迷惑をおかけしてしまったこともすくなくありません」
「……あなたが甘誠組に入ったときは、どうでしたか」
「大変でした。その節は、局長や隊長に多大なるご迷惑を――」
「かまわん。迷惑と言うほどのことではない」
土下座しようとする月見団子さんを、苦笑した大福さんが早口で引きとめる。
……過干渉かつ過保護な親。
団子の串。娘 (団子)を繋ぎとめるもの。
月見団子は本来、串には刺さないものだけど。
やはり、お菓子とまったく無関係でも、例外的存在でもなかった。
「……仮の話ですが。
みたらし団子さんが隊長の座を退いたあと、自分が隊長になろうと考えたことは?」
「な……!? なにをおっしゃいますか! ありえません!」
月見団子さんが動揺して、勢いよく首を横に振った。
……また、試してみるか。
月見団子さんをじっと見て、意識を集中させる。
(やっと母さんから逃れられる……! 私は……私は、自由なんだ!)
とっさに手ぬぐいを取りだし、あんこの口元に。
直後に墨を吐いたが、汚されるのを阻止。
……理解した。
みたらし団子さんを見て、目線だけで指示。
彼女が、「よい」と声をかけると、月見団子さんは一礼して下がっていった。
「実際、月見団子さんは隊の中でどのような立場ですか」
「……精神面が未熟な部分はありますが、実力は私にも引けをとりません」
「そうじゃ、思いだしたぞ。摸擬試合で三葉から一本とったことがあったな?」
どら焼きさんの発言に、みたらし団子さんがうなずく。
……なら、決まりだな。
動機はそろった。
そして――あのときの「妙な発言」も、説明がつく。
「犯人は、串本さんで確定しました」




