団子がデコレーションされたショートケーキはおかしい。
団子がデコレーションされたショートケーキはおかしい。
巨大なそれを、トンネルを掘るように食べすすめていくうちに――人の声。
「風! とうに日の出の刻はすぎているぞ!」
……夢だった。
起きあがってみると、粕谷さんがふすまを開けて顔をのぞかせていた。
「やっと起きたか。珍しいな。お前が寝坊など」
「……慣れないことをしたせいかと」
「はは。さすがの風でも、乗馬の訓練はこたえるか。初日からそんなでは身がもたないぞ」
続けて、「顔を洗ってこい」と言って、粕谷さんは去っていった。
……名前。
名前で呼んでもらえるようになった。信頼の証か。
それにはまったく触れず、なんでもないようにふるまう粕谷さんとともに朝食を済ませる。
そして、出勤。
僕は馬場、粕谷さんは道場へ。
馬場には、すでに饅頭さんがいた。
「本日もよろしくお願いします」
「……逃げずにきたのは褒めてやる。乗れ」
そう言って、馬の手綱を渡してきた。
……逃げる? なぜ?
尋ねるのは野暮だと思い、あんこを柵の上に置いてから、馬にまたがった。
今日は、進む、止まる、曲がる方法をそれぞれ習った。
昨日はあまりなかった、饅頭さんの指導がバシバシ入る。
「愚か者。手綱の引きが強すぎるのだ」
「……はい」
なら、今のを100として、30%減で。
「力みすぎているぞ」
「……はい」
一点に集中しないで、分散すべきだな。
「そら見ろ。腰まわりが固くなっているではないか」
「……はい」
叩かれた位置周辺の、関節の可動域を意識して。
「ぼーっとするな!」
「…………」
してない。
コツをつかんで慣れるまでは、長い道のり。
だが、悪くない。
「今日はここまで。明日から三日間は別の者に来させる。
しばらくは同じことを繰りかえし行い、体に覚えさせるのだ」
「……承知しました」
うなずいて返事をすると、饅頭さんは馬を連れていった。
その場に座りこみ、近寄ってきたあんこを肩に乗せる。
竹製の水筒に入れて持参した水を飲んで、空を見上げた。
ふと、昨日見た夢の内容を思いだす。
……団子デコレーションのショートケーキ。
斬新すぎる。
「大丈夫ですか?」
「なにか必要なものはありますかぁ?」
「こちら、よろしければ。甘いもので疲れを癒してください」
……三人の少女もとい、三色団子トリオが顔をのぞきこんできた。
緑色さんにいたっては、濃い緑色をした団子――よもぎ団子を差しだしてきた。
なるほど。今日はこの三人か。
「……三色団子さんたちでしたか」
「違います! 私たちは団子ではありません!」
「桃香。この方独自の呼び方だと、姉上がおっしゃっていたでしょう」
「わあ。その赤い子はなんですかぁ?」
桃色さんは不満げに頬をふくらませ、緑色さんがそれをなだめ、白色さんはあんこに興味をひかれている様子だった。
桃色は気が強めで、緑はしっかり者。白はマイペースだな。
理解してうなずき、差し入れの団子を食べた。
……中に餡子が入っていない。手作り感満載だ。
しかし、ちゃんと甘くて美味い。
白色さんが、団子を与えたあんこが喜ぶ姿を見て、「かわいー」と言って笑っていた。
「……三人とも、なぜここに?」
「突然申し訳ありませんでした。姉上が忙しそうにされていたので、手伝いを申しでた次第です」
「……みたらし団子さんは、荷運びの仕事もされているようでしたが」
「そうなんです。姉さん、毎日仕事で走りまわってるんです。私たちや、病気の母さんを養うために」
桃色さんが、最初に説明してくれた緑色さんを押しのけて、身を乗りだしてきた。
「……お父さんはいらっしゃらないんですね」
「父さんのことはよくわかりません。お酒ばっかり飲んでて、早くに死んでしまったと聞きました」
「桃香、あんまり家のことを言ってはいけません。ご迷惑になります」
緑色さんが、桃色さんと僕の間に入って遮る。
「そんなことないですよねっ?
……蜜森さんに聞けば、私たちが姉さんの役に立つ方法が見つかるはずよ!」
桃色さんが、拳を握って懇願するかのような視線をむける。
ついで、先の彼女よりは弱めの眼力だったが、白色さんも。
緑色さんは、二人を止めようとしたが、結局流されて、同じようにこちらを見つめてきた。
……思いは三人同じ。
おかげで、みたらし団子さんの背景がわかった。
ようは、長女であるみたらし団子さんが家計を一手に担っているのだ。
……『毎日仕事で走りまわってる』とは、誇張ではない可能性があるな。
「蜜森さん! ぼーっとしてないで、なにかいい案を考えてください!」
「……お姉さんを助けたい、と」
三人が、うなずく。緑色さんは、控えめに。
彼女たちを見ながら、残っていた団子を食べて、飲みこむ。
「……手伝うより、みたらし団子さんの負担を減らすべきです」
「負担を減らす? それはどうやって――」
「お嬢さん方! そろそろ帰りますよ!」
桃色さんが食い気味になったのを遮るように、だれかがやってきて声を張りあげた。
赤みが強いオレンジ色の着物に、丸髷を結った中年女性だった。
この子たちの母親……にしては、病弱さは微塵も感じられない。
「……どちら様ですか」
「串本正子さん。串本のおばさまと呼んでおります。私たちが住んでいる長屋のお隣さまなのです」
「姉さまがいない間、私たちの面倒を見てくださっているんですよー」
白色さんが、名残惜しそうではあったが、あんこを返却してきた。
「ご飯はおいしいけど、ちょっと口うるさくてやな人なんですっ」
「こら、桃香!」
にひひ、と笑った桃色さんを、緑色さんが口の前に人差し指を立てて、たしなめる。
……串本? 団子の串?
「ほら! もう、やることあるんですから。いつまでも遊んでないで!」
「遊んでないもん!」
「遊んでいるようなものでしょう! まったく……あら、そちらは……」
口ごたえをする桃色さんを叱った串本さんは、こちらに気づいてはっと目を見開いた。
「もしや、軍師様!? ね、甘誠組の軍師様では!?」
「……そうです」
「あらまぁ……! この子たちとはお知り合いなので? それは知らなかった!
なんでもっと早く言わないの!」
理不尽に怒られて、三人が不満そうに目を細める。
……知り合い、と呼べるほどではない。
「あのですね、実はうちの娘が甘誠組の隊士をしておりますの。
月美と申しますけど、もちろんご存じですよねっ?」
「……はい。鍛錬しているところをお見かけしました」
四番隊の道場で、声をかけた覚えがある。
「あらぁ! もしかして、次の双甘大試には娘を出していただけますの!?
うちの子ほどの実力者なら、あちらの長も恐れをなして降参するに決まっていますわ!
どうぞ、よしなに!」
詰めよってきた串本さんは、最後に笑顔で僕の手を両手で握って、軽く上下に振った。
……串本月美さん。もとい、月見団子さん。
彼女はたしかに強いが、そこまでの実力者ではない。
「それじゃ帰りますよ! お母さんも心配されていますからね。軍師様、どうもお邪魔しましたぁ」
「待って! まだ私たち、なんの役にも立ってない!」
「桃香。おばさまを困らせるわけにはいきませんよ」
「でも……!」
帰りたがらない桃色さんの前に、団子を食べたあとの串を突きだす。
「……とてもおいしかったです。あなたたちのおかげで疲れがとれました」
言った途端、桃色さんの顔がぱぁっと明るくなる。
そして、三人は串本さんに連れられて帰っていった。
手を振る白色さんに、あんこが触手を一本上げて、同じように振っていた。
……名前がお菓子になっていない串本さんは気になる。
が、みたらし団子さんのタイムスケジュールも気になる。
警備が疎かになる危険性がないか、無駄がないかチェックが必要だな。
◇◇◇
翌日、乗馬訓練の前に、四番隊の詰所へとやってきた。
「これは、蜜森様。なにかご用でしょうか」
顔を出すと、白いヒゲが特徴の中年男性がすぐに声をかけてきた。
彼の名は、蓬莱段造。よもぎ団子さんだ。
みたらし団子さんに一番近い部下らしい。
「……みたらし団子さんのここ最近のスケジュール――日程を知りたいのですが」
「隊長の日程ですか? なにか問題でも?」
「無理をされているのではないか、と」
「……!」
よもぎ団子さんが、息を飲む。
「承知いたしました。ひとまず、昨日を例に申しあげます。
朝はこの詰所に立ちより当番からの報告を受け、その足で担当区域の見回り。
その後、道場で部下たちの指導にあたり、昼をはさんでまた荷運びの仕事。
夕刻の日の入り前に、また詰所に寄って報告を聞いた後、お帰りになりました」
……想定以上だった。
「……朝の詰所に立ちよる前と、日の入り前に立ちよった後、仕事をしていた可能性は?」
「大いにありえます。以前、お見かけしたことがあります」
……今の日の出と日の入りの時間を考慮して、仮に4時から19時まで仕事をしていたとする。
休憩時間を含めても活動していた時間は――実に15時間。
それを毎日続けているのだとしたら、余裕で過労死ラインを超える。
「蜜森様。私は、隊長のお体が心配です。今はお若いゆえ、多少無理をしても平気かもしれませんが……」
よもぎ団子さんが、ヒゲをなでながら顔をうつむけた。
……若いかどうかは関係ない。
彼女の働き方は、どう考えても非効率だ。
「……局長に相談してみます」
「くれぐれも、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げてきたよもぎ団子さんにうなずき、踵を返した。
次は、大福さんのいる一番隊の道場へ。
予想どおり、彼は鍛錬する部下の指導にあたっていた。
「三葉のことか。儂も気にしてはいるんじゃが……何度伝えても変わらんのじゃ」
大福さんは、腕組みをして竹刀を振っている部下を見ながら、首を横に振った。
「事情が事情じゃ。あまり強く言えない面もあってのう」
「……みたらし団子さんが倒れれば、家族丸ごと生活がままならなくなります」
「わかっておる。じゃから、頼む。おんしからも言ってやってくれ。
儂とおんし、二人から言われれば、さすがの三葉も考えなおすやもしれん」
大福さんから真剣な眼差しをむけられ、うなずいた。
道場をあとにして、馬場にむかいながら考える。
……仕事中毒者を諭すには。
彼女の場合、家族を引きあいに出すのがベストだな。
――しかしその後、みたらし団子さんと会う機会はなかなか訪れなかった。
とある事情で、緊急の会議が開かれるまでは。




