次の戦いの日が近づいている。
次の戦いの日が近づいている。
縁側で、各隊の鍛錬を見学させてもらったときの様子を書きためた記録書を広げて、庭を眺めている。
……他の平隊員にも、勢いがある人は多い。
今回は、粕谷さんとどら焼きさんを出してだれかと組ませるのもあり。
大福さんと羊羹さんの爆発力を使わない手はない。どちらかは出すべき。
じゃあ、みたらし団子さんは?
「……なんでしょうか」
視界の端に、なにも言わずにこちらを見ているざらめさんが映り、そちらをむいた。
彼女は、なぜか困惑した様子で立ちつくしていた。
「先生が……蜜森さんのことをおっしゃっていました。弟子にしておきたかった、と。何度も」
「……そうですか」
「妙です……! めったにそんなこと、おっしゃらないお方なのに」
ざらめさんが、興奮気味で詰めよってきた。
「町中でも、噂になっているようですよ? いったいなにをなさったのですか?」
「……ケガ人の応急手当をしただけです」
「それはうかがいましたが……!」
信じられない、とばかりに首を振っていたざらめさんは、はっと我に返って離れた。
「失礼いたしました。驚いたもので、つい」
寂しそうに眉を下げて、若干顔をうつむける。
「すばらしい才能をお持ちだったのですね。戦略を立てる才能の他に、医学の知識までなんて」
「……あなたには、あなたの才能と知識があります。それを生かせばいいだけです」
「……はい。そのとおりですね」
ざらめさんは、いつもの柔らかい笑顔を浮かべて、踵を返した。
……噂になっているのか。
好感を持たれているなら、いいことだ。
手を借りたり、情報を集めたりするときに事欠かない。
有事のときは、協力者を見つけやすい。
いい傾向だ。
試しに、エネルギー補給のためと称して甘味通りに赴くと、
「おお、軍師様じゃないですかい? こないだ、足ケガした奴がたいそう感謝してましたよ!」
「軍師様! 次の双甘大試の組は決まったので?」
「いかがですか、軍師殿! つきたての餅で作ったあんころ餅ですよ!」
あちこちから声をかけられた。
「お、軍師の旦那! こないだは大活躍でしたねぇ」
声をかけてきた人に軽く会釈をして通りすぎていた中、近寄ってきた人がいた。
すぐに、あんこが首の後ろの襟の中に隠れる。
その人は、ひょっとこの絵が描かれた手ぬぐいを頭に巻いている、色黒で小柄な男性だった。
……見覚えがある。
応急処置の現場で手を貸してくれた一人だ。
「……その節はどうも」
「いえいえ。お役に立てた気はしねぇんですがね。
あ、俺ぁむこうの通りにある菓聞屋っつうところのもんでして」
「……菓聞屋」
「へえ。瓦版も出してる版元でさぁ。名は、狩山藤太郎と申します」
ヘラヘラと人当たりのよさそうな笑みを浮かべて頭をかいているその人を、じっと見る。
……いわゆる新聞社か。そこの記者……いや、書き手か。
狩山藤太郎――かりんとうが、瓦版屋。関連性はなさそうだけど。
「……なにかご用ですか」
「いえ? 用ってほどのもんじゃねぇんですがね。
お知りになりたいことがありやしたら、いつでもお越しくだせぇ。
商売上、いろんな話を耳にするもんで。お役に立てるかと思いやすよ?
そんで、できたらなんですけどね……耳よりの話があったら、ぜひ」
かりんとうさんは、口元に手を当ててこそっとつぶやいた。
言ったあと、「うひひ」と楽しそうに笑っていた。
……本心はそこだな。
まぁ、いい。うまく利用させてもらおう。
「……そうさせていただきます」
「お! さっすが軍師殿。話が早くて助かりやす。で、さっそくですが。今日はどちらに?」
「甘味を求めにきただけです」
「甘味! じゃあ、あそこのあんころ餅なんてどうですかい?
いつでもつきたての餅を出すって評判なんでさぁ」
かりんとうさんに腕を引っ張られ、看板娘が立って客寄せしている店に連れていかれた。
……いい傾向、と言えない面もあった。
しずかに休憩したいときは、不用意に出歩くべきではない。
購入したあんころ餅――いくつかおまけしてもらえた――を抱え、一人で賑やかなかりんとうさんと別れて、家へとむかう。
ふう、と息をついたとき――荷車を引いた馬が、そばを通っていった。
……そうだ。馬だ。
◇◇◇
後日。
粕谷さんに連れられて、乗馬の技術習得のため、餡月郷のはずれにある馬場にきていた。
そこには、腕組みをした貫禄ある大男が一人。
「こちらは、私の師にあたるお方。萬田十蔵様だ」
「……蜜森風です。よろしくお願いいたします」
刈りあげ頭のその人にむけて名乗り、ゆっくりと最敬礼。
「体格は……悪くない。鍛えがいがあるな」
鋭い目つきの大男、萬田氏もとい饅頭さんは、意外と高めな声でそう言った。
……ここにきて、和菓子の代表格の饅頭が登場か。
「このお方にお任せすれば、すぐ乗れるようになるはずだ。では、萬田様。よろしくお願いたします」
粕谷さんは、饅頭さんに頭を下げ、去っていった。
その背を見送った饅頭さんの視線が、こちらにむく。
「言っておくが、私は甘くないぞ」
「……覚悟しております」
返事をすると、饅頭さんはうなずき、「ついてこい」とばかりにあごを動かした。
すこし歩いた先に、手綱を柱にくくりつけられて待機している馬がいた。
「乗ってみろ」
「……はい」
馬にそっと近づき、触れる。
「待て」
振りかえると、すこし離れた位置にいたはずの彼が、詰めよってきていた。
「その肩のものはなんだ」
「……あんこです」
「捨てろ」
ぴしゃりと言われ、意味がわかっているのか不明だが、あんこがびくっと体を震わせた。
言われたとおり、頭をつまんで捨て――ることはせず、そばの柵の上に置いた。
心なしかしょんぼりとしおれているあんこに背をむけ、再度馬を見る。
鐙に足をかけて、またがる。
……問題なし。
「初めのうちはゆっくりだ」
「……はい」
ふくらはぎに力を入れ、馬の腹を圧迫。
動きだした。
――途端に、ずり落ちた。
「なにをしている」
「……問題ありません」
「あるではないか」
饅頭さんが、ため息をつく。
立ちあがり、ケガがないか確認。
……打撲にはなっていそうだが、動かす分には問題はない。
次に、暴れずにしずかにその場に待機している馬を見る。
……落ちたのは、動きだしてすぐに重心がずれたのと、太ももの使い方が悪かったせい。
体幹を意識しつつ、足にも適度に力を入れる必要があるようだ。
「もう一度」
「……はい」
再度乗って、また歩かせる。
……ものすごくゆっくりな上、短い距離ではあるが、感覚はつかめた。
三時間ほど続けて、今日の練習は終わりとなった。
「得た感覚を忘れないように。落ちついて降りてみろ」
「……はい」
片方の鐙から足を抜いて、もう一方に体重を乗せて――落ちた。
「最後まで気を抜くな!」
「……はい」
すぐに体を起こしたところに、饅頭さんの雷が落ちる。
……感覚はつかんだ。明日はさらにレベルアップできる。
馬を連れて去っていく饅頭さんを見送ったのち、その場にあおむけで寝転んだ。
柵の上から飛びおりたあんこが、こちらにわたわたとやってきて、様子をうかがっている。
……ここまで強い負荷がかかる運動は、久しぶりだ。
帰ったら、筋肉痛予防のケアを念入りにする必要がある。
まずは、ストレッチを……
「大丈夫ですか」
ケアの段取りを考えていると、不意にみたらし団子さんが顔をのぞいてきた。
……ここに彼女がいる理由。
粕谷さんから依頼があった……わけではない。
あの人は、やるなら自分でやる人だ。
ならば、他の人。
「……どうされましたか」
「局長に頼まれて、様子をうかがいにまいりました。
萬田様にご指導を仰いだと聞いて、心配されていたようです」
やはり、大福さんか。
「……有名な方なんですね」
「先代副長です。今は、若手の指導役をされています。
副長時代は、『鬼の十蔵』と呼ばれて恐れられていたと聞きました。
今日のご指導でおわかりかもしれませんが、覚悟したほうがよろしいかと」
淡々としたみたらし団子さんの話を聞いて、違和感。
……鬼、と呼ばれていた割には、そこまで厳しい言葉をかけられなかった気がするが。
しいていうなら、初日でいきなり乗れと言いだした点か。
体を起こすと、みたらし団子さんが「どうぞ」と言って、しゃがんた状態で背中をむけてきた。
ありがたく、その背に身を預けて、家まで送ってもらった。
「では。私は荷運びの仕事があるので、これで」
「……どうもありがとうございました」
こちらが完全にお礼の言葉を言いきる前に、彼女の姿が見えなくなった。
……荷運びの仕事。副業。
隊長を務めつつ、それをしなければならない理由がある。
……妙だな。
「あら、おかえりなさい……どうされたのですか?」
「……なにがですか」
「ずいぶんお疲れの様子ですが」
玄関先で座りこんでいると、ざらめさんが近寄ってきた。
不思議そうに目を丸くして、顔をのぞきこんでいる。
「……乗馬の訓練を始めたので」
「まぁ。大丈夫でしたか? 落ちたりはしませんでしたか?」
「二回ほど」
「……こちらへ。歩けますか?」
途端に神妙な顔をしたざらめさんが、居間をさしてそこに僕を誘導。
敷布団だけを持ってきた彼女に、そこにうつ伏せになるよう指示される。
あんこを枕元に下ろし、言われたとおりにうつ伏せになり、組んだ手の上にあごを乗せた。
「どうですか、痛みますか?」
「……今のところが、すこし」
ざらめさんが、マッサージしながらたしかめている。
肩から始まり、腰付近にさしかかったところで痛みを感じた。
「失礼します……やはり、青くなっていますね。薬を塗っておきます。他も触りますよ」
「……お願いします」
なにかスース―する薬を塗られ、他も入念にチェックされた。
数か所あった打撲を処置。
最後に、体全体をマッサージしてもらった。
……至れり尽くせりだ。
「どうですか?」
「……大丈夫です。ありがとうございました」
起きあがってみると、施術前より体が軽くなったような気がした。
……これも、薬師兼医者の助手の技術の一つか。
「大きなケガがなくてなによりです。
これからしばらく訓練されるのでしょう? よければ毎日按摩してさしあげましょうか」
「……ご面倒では?」
「かまいませんよ。先日の……輝一との件のお礼もしないといけませんし」
「それは、義務ではありません」
「存じております。私の気持ちの問題なので、遠慮は不要です」
手際よく、使った薬などを片づけているざらめさんを、見る。
……断る理由はない。
「では、お手数ですがよろしくお願いいたします」
「ふふ。承知しました。
お疲れでしょう? 夕餉の支度が整いましたらお呼びするので、それまでどうぞお休みください」
ご厚意に感謝しながらうなずき、居間をあとにして自分の部屋へ。
布団を敷いて横になると、すぐにまどろんできた。
眠りに落ちる前、ふと思いうかんだのは――
別れ際に見えた、なぜか焦った様子だったみたらし団子さんの顔だった。




