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甘味戦争の軍師 ~擬人化した和菓子と洋菓子の戦いで、相性が見える僕は最強編成で戦況を覆す~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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人には言えない事情があるのは一目瞭然だった。

 人には言えない事情があるのは一目瞭然だった。


 ういろう先生は、鋭い目のまま周囲を気にするそぶりを見せてから、またこちらに視線を戻した。


「……妻でも娘でもない女性を助手にするのは、珍しい話ではないかと思いまして」


 そう言うと、先生は息を吐いてから、「鋭いな」とつぶやいた。


「ケガしてたあいつを助けた縁でな。

 独り身だって言ったら、お礼にっつっていろいろ身の回りの世話をしてくれたんだ。

 それが始まりで、味をなじませてきた」


 ういろう先生が、わずかに表情を緩める。


 味をなじませ……?

 ああ。関係を深めてきた、わけか。


 ……裏には、もっと深い事情がある。

 けど今は、聞いたところで教えてくれる可能性は低い。


「では、ざらめさんの結婚については?」

「ああ。俺が仲人になった」

「……仲人」

「旦那の母親が病になって、それを甲斐甲斐しく世話したのがきっかけでな。

 旦那側が、ざらめをえらく気に入ったらしくてよ」

「その旦那さんには、正妻がいるとか」

「ああ。けど、ざらめがいいって言ったもんでな」

「…………」


 先生が、机に置いた空の湯飲みを見つめて、考える。


 同意が、まったくなかったわけではない。

 妾――愛人。

 自分はその人の一番にはなれない。

 それをわかった上で、夫婦になった。


『調子のいいことばかり言って、姉上を縛りつけている……私にはそう思えてならないのだ』


 ……相手方がどんな人物かを知るまでは、なんとも言いがたい。


 ガタン、と音を立てて、ういろう先生が立ちあがった。


「話ができてよかった。もし今の仕事がクビにでもなったら、うちにこい。直々に鍛えあげてやるよ」

「……ありがとうございます」


 先生は、机の上に団子代を置いて、軽く手を上げ、店を出ていった。

 ……つかみどころがない人だ。


 ゆっくりお茶を飲んでから、僕も店を出た。

 そして、改めて目的だった霞月亭にむかう。


 ……粕谷さんが言っていたとおり、やけに目立つ店構えをしていた。

 周りの店と比べても大きさが違うし、茅葺き屋根が異様に見えた。

 近づくと、ほんのりと香ばしいにおい。

 店員はいるが、小さく「いらっしゃいまし」と言っただけだった。


 飾るように並べてある商品の煎餅をざっと見て、ざらめ付きの数枚セットを購入した。


「若旦那様はご在宅ですか?」


 代金を払って、丁寧に梱包された商品を受けとる際、さりげなく尋ねてみた。


「若様ですか? 本日は買い付けに行かれております。

 帰りがけに奥様の家に顔を出してくるとおっしゃっていたので……お戻りは夕刻頃になるかと。

 ご伝言をお預かりしましょうか?」

「……その奥様というのは、粕谷様の?」

「さようにございます」


 ……いいタイミングだったらしい。

 気前よく教えてくれた店員にお礼を言って、店をあとにした。


 さっそく一枚取りだして、ざらめがたっぷりついたところを割って、あんこに与えた。


 ゴリゴリとすりつぶすような音を立てて食べている。満足げだ。


 ……たしかに、変にべたつかないし、ざらめの甘さと醤油の塩味が互いを引きたてている。美味い。

 もう一枚取りだして、食べながら帰路についた。


「なにしに来られたのですか」


 家に入って廊下を進んでいくと、怒気を含んだ粕谷さんの声が聞こえてきた。

 足音を消し、そっと声のする部屋へと近づく。


「なにって、このとおり妻に会いにだよ」

「あなたには立派な正妻がおられるではないですか」

「でも、ざらめもまちがいなく私の妻で――」

「ろくに顔を見せないくせに。大概にしていただきたい」

「おやめなさい、輝一」


 ……修羅場。

 部屋には入らず、ふすまを隔てた外側のすこし離れた位置に立って、耳をそばだてた。


「悪いとは、思っているよ。

 だから今日は、ざらめや君が喜ぶと思って、仕入れのついでにいろいろ買ってきたんだよ」

「物で釣るおつもりですか。そのような下品な――」

「やめなさいと言っているのです!」


 ひときわ大きなざらめさんの声がして、しずまり返った。


「輝一。これ以上、旦那様をけなすのは私が許しません」

「姉上……! このお方は姉上をもてあそんで――」

「あなたはなんのために、甘誠組(かんせいぐみ)の副長になったのですか!……旦那様に、上からものを言うためですか?」


 語尾が、悲しげに聞こえた。

 しばらく沈黙が続く。


 ……ふと、粕谷さんが拳を強く握って、歯を食いしばっている姿が思いうかぶ。


「……姉上のためです。それから、私たちを助けてくれた、人々をお守りするため」


 消えいりそうな声。

 直後、ふすまが開いた。

 ぼんやりとした目の粕谷さんが、立っている。


「ですがそれは……姉上にとっては迷惑だったのですね」


 遠い目をした粕谷さんは、こちらに目もくれず、ずかずかと廊下を歩いていった。

 やがて、玄関扉が開く音。


 ……やはり、こうなるか。


 直後に追いかけてきたざらめさんと、目が合った。

 違和感がしたので、立ちどまった彼女をよく観察。

 ……後頭部でまとめた髪にさしていた(かんざし)が、なくなっていた。


「今の……お聞きに?」

「はい」

「申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしてしまって」


 ざらめさんが頭を下げた後ろから、風呂敷に包まれたなにかを抱えた男性が出てきた。

 ……(まげ)を結っている。

 そういう文化がないわけではなかったんだな。


「このお方は?」

「蜜森風様。甘誠組の軍師でございます」

「おお……! このお方が。最近の勢いがある様子を見て、父もたいそうお喜びでしたよ。

 お目にかかれて光栄です。私は、ざらめの夫で霞月亭(かげつてい)の主人の長男、千田(せんだ)忠兵衛(ちゅうべえ)と申します」


 にこやかな笑顔を浮かべたその人が、包みをそっと床に下ろして頭を下げた。

 こちらも、頭を下げる。


 ……予想どおり、煎餅さん。


 煎餅とざらめ。

 相性は78%、補完率は64%。

 悪くはないが、好みが分かれる。


 二人を、じっと見つめる。

 目に力を込めて、そのままキープ。

 ――すると。


(私は……お前だけを選ぶことはできない。だが、軽く扱うこともできないんだ)

(かまいません。私は……旦那様にお会いできる日が待ち遠しくて、嬉しいのです)


 二人の声。そして、抱きしめあっている映像が、頭の中に流れこんできた。


 ……視えた。


「あら!」


 現実のざらめさんが、驚いたような声を上げる。

 肩の上であんこが突然墨を吐いたので、それを拭いてくれた。


「……粕谷さんの行き先は、見当がついています」


 ざらめさんの手が、ぴたりと止まる。

 すこし、潤んだ目をしていた。


 ◇◇◇


 日が暮れてきた頃。

 やってきたのは、二番隊道場。

 やけにしずまり返っている。


 扉を開けると、中は薄暗く、人の気配はない。

 ……神棚にむかって、正座をしている粕谷さんが一人だけ。


 道場の中にむけて一礼してから、足を踏みいれた。


「……どうしてここにいるとわかった?」

「他にありません」

「……甘く見られたものだな」


 正座したままの粕谷さんの背後に近づく。

 彼は、顔を上げて神棚のある方向を見つめた。


「甘いのは……私自身か」


 粕谷さんが、膝の上に置いた手を握りしめる。


「……姉上は、私を育てるためにいろいろ犠牲にされてきたはずだ」


 語尾を震わせた粕谷さんは、拳を握ったまま顔を俯けた。


「恩返しがしたい。その一心で、鍛錬を積んできた。今の立場になってからも、欠かさずに。

 だが……それは、独りよがりの行動だったのだな」


 粕谷さんが、肩を落としてため息をついた。


 ……盛大にこじらせている。軌道修正が必須。


「粕谷さん」

「……なんだ」

「ざらめは、ただふりかけるだけじゃ煎餅には残りません。火を通すことで定着します」

「……は?」


 粕谷さんが、振りかえった。

 困惑して、眉を寄せている。


 ――まもなく、目を鋭く光らせ、歯を食いしばった。


「ふざけるな! だれがいつ菓子の話などした!?」

「してません」

「……っなにをわけのわからないことを――」


 そこで、扉がガラッと開いた。

 中にむけて一礼した煎餅さんが入ってきて、僕の横に移動して正座。


 ……僕の役目は、ここまで。

 端によけて、成り行きを見守る。


「私の気持ちを、聞いてほしい」

「……っ」


 粕谷さんは、唇を噛んで目を泳がせた。

 その後、大きく息を吐く。

 煎餅さんの目をじっと見て、言葉を待っていた。


「……ざらめと会ったのは、母の命を救ってくれたときだ。

 弟と二人きりで暮らしていると聞き、苦労が絶えないだろうと思って……援助を申しでた。

 そのために、夫婦になったんだ。

 けれど、このときはただ、恩に報いるためと思っていた。愛があったとは……言えない」


 瞬間、粕谷さんが顔を歪ませて怒り、片足を立てた。


「だが! 今は違う!」


 鋭い口調に、腰の刀に手をかけた粕谷さんの動きが、止まる。

 煎餅さんが、慈しむような優しい目で粕谷さんを見上げた。


「愛しているんだ」

「……嘘です。そんなの嘘に決まっている!」

「本当だ」

「では! のり子様には、愛がないとでも!?」


 優しい目のまま、煎餅さんが首を横に振る。


 のり子。正妻の名。


 ……のりと煎餅。

 相性91%、補完率88%。

 文句なし。安定した組みあわせだ。


 ……煎餅は種類豊富。他にもいろいろありそうだけど。


「のり子は、長年私を支えてくれている、守るべき存在。ざらめは、私の心を救ってくれた存在だ。

 どちらかに決めるべきだとはわかっているけれど……」


 そこで煎餅さんが、土下座をした。


「申し訳ない! すべては、私の煮えきらない態度のせいだ!」


 その姿を見た粕谷さんは、立ちあがって首を横に振り、背をむけた。

 気持ちをむける場を、見失っている状態。


 そこへ、外にいたざらめさんがやってきた。

 一礼し、粕谷さんに近づいていく。


「私は、犠牲になったわけではありません。愛する家族とともに生きていくため、懸命に働いてきただけです」


 振りかえった粕谷さんの目を、しっかりと見据えて言った。

 そして、煎餅さんのそばにしゃがんで、土下座したままの彼の背中に触れる。


「私は……旦那様の愛を、信じたいの」


 優しくほほえむざらめさんを見て、粕谷さんが泣きそうな顔をする。


 しばらくして、彼は二人の前に座った。


「私には、わかりません。一度に二人を愛することなど、本当にできるのか」


 そこで一旦切り、顔をうつむけてしばらく考えこんでいた。

 たっぷり間をおいたのちに上げられた粕谷さんの顔には――曇りはなかった。


「しかし、姉上が幸せだとおっしゃるのなら。もう、なにも申しません」

「……輝一」


 ざらめさんが、座ったまま粕谷さんに近づいて、手をとった。


「あなたの想いは、決して独りよがりではありません。その気持ち……本当に、嬉しく思います」

「……申し訳、ありませんでした。姉上……と……義兄上(あにうえ)、も」

「輝一……!」


 三人は感極まり、円陣を組むような格好になって喜びあった。


 ふう、と息をついた、その瞬間。

 ――道場内に、腹の音が鳴りひびく。


 すぐに三人に加えて、あんこまでも、唖然としてこちらを見た。


「……夕餉の時間がすぎています。帰りましょう」

「お前……!」


 呆れる粕谷さんに対して、ざらめさんと煎餅さんは笑っていた。


 そんな二人を見て……思いだす。

 あのとき見えた、二人の姿。聞こえた言葉。

 ――過去の記憶。


 どう考えても、偶然じゃない。


 ……妙なこともあるもんだな。

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