なぜか和三盆を渡す仕事を頼まれた。
なぜか和三盆を渡す仕事を頼まれた。
「頼む。しょう子さんとの仲を取りもってくれたお前にしてもらいたいんじゃ!」
「私も同じ気持ちだよ。どうか、お願いします」
正座したどら焼きさんとこし餡さんが、頭を下げてきた。
祝言の一幕。
新郎新婦が、それぞれの手で切りわけた和三盆を、食べさせあう。
それを、二人に渡す役。
打ち合わせにきた若抹茶さんが、ほほえみながらこちらを見て言った。
「本来は年長者にお頼みするのが通例ですが……主役のお二人たってのご希望ですし、よろしいかと」
「……では、お受けします」
答えると、二人とも笑顔を浮かべていた。
彼らが結ばれて、重大な部分で僕が関与する機会が生まれた。
悪くない。
――祝言当日。
若抹茶さん主体で、厳粛な雰囲気の中行われた。
与えられた役目も、特に問題なく教わった手順どおりにこなせた。
そして、その後の宴会。
招待された人が、代わるがわる新郎新婦に近寄ってなにか話しているようだが、他は特になにもない。余興が行われる様子もない。
……こういうものなんだな。
「しょう子さん。すまんが、うちのをなだめてやってくれんか」
大福さんが、奥さんのつぶ餡さんを連れて新郎新婦のもとに近づいて話しかけていた。
「なだめて?……って、ちょっとあんた……」
「うう……っしょう子ぉ。きれいだよ。あんた、世界一きれいだよ。
よかったねぇ。いい人と一緒になれて、よがったねぇ……!」
「……ずっとこの調子なんじゃ」
後ろ姿でよく見えないが、つぶ餡さんは着物の袖を上げて、しきりに顔に押しつけている。
声からして、相当ひどく泣いている様子。
「もう……そんなに泣くんじゃないよ」
「だっで……!」
「おりゅうさん。しょう子さんはわしが絶対幸せにしますから」
「絶対だからね! しょう子を傷つけたら、私が許さないよ!」
つぶ餡さんの言葉に、新郎のどら焼きさんは力強くうなずいた。
こし餡さんは穏やかに笑って、未だに泣きつづけるつぶ餡さんの背中をさすっていた。
……やはり、同じ餡子同士。互いを思う気持ちは強い。
「いい式だった」
帰り道で、粕谷さんがしみじみと言った。
……戻ったら、留守番させていたあんこに引き出物のお菓子を食べさせてやらないと。
干からびていないといいけどな。
考えながら歩き、ふと横の粕谷さんを見る。
横顔が、なぜか悲しげだった。
「姉上にも……あんな装束を着ていただきたかった」
ぽつりと呟いた言葉を聞き、立ちどまる。
……姉上、にも。
「ざらめさん、結婚されていたんですか」
「……一応な」
かろうじて聞きとれるほどの小声。
それ以上声をかけずに、若干丸めた背中の彼のあとについていく。
「ある名家の跡取りとだ。だが、そのお方には正妻がいる」
「……妾、ですか」
「そうだ」
「その名菓……いえ、名家とは?」
「霞月亭だ」
店の名前を聞き、粕谷さんと初めて甘味通りに行ったときのことを思いだす。
その店は、甘誠組のスポンサーの一つ。
そんなところの跡取り息子が、一夫多妻制をしいていてもなにも問題はないはずだが。
「あの方は……姉上を妻にしておきながら、なかなかこちらには顔を出さない。
調子のいいことばかり言って、姉上を縛りつけている。
……私にはそう思えてならないのだ」
粕谷さんは、そこで切って立ちどまり、空を見上げた。
トンビが鳴きながら、飛んでいくのを見送る。
……ため息しか出なかった。
曇っているな。目も、心も。
私情で足元がすくわれる、なんて事態はさけるべきだ。
――まもなく、家に到着。
あんこはすっかりへそを曲げていて、じっとりと不満げな目線をむけてきた。
引き出物の紅白すあまをちぎって与えると、その瞬間は喜んでいた。
が、すぐにまた思いだしたかのようにふてくされていた。
「見回りに行ってくる」
「はい……粕谷さん」
「なんだ?」
「霞月亭は、甘味通りにあるんですよね?」
さくっと着替えた粕谷さんが部屋をのぞいてきたので、聞いてみた。
途端に、眉を寄せる彼。
「ああ。奥のほうにある。一目でわかるはずだが……行くのか?」
「どんな店か気になったので」
「……そうか」
粕谷さんは、若干顔をしかめていたが、引きとめてはこなかった。
彼を見送ってから、すあまを食べすぎて腹をぽっこりふくらませたあんこを肩に乗せ、僕も家を出た。
甘味通りは相変わらず賑やか。
客寄せの声をスルーしながら、目的の霞月亭を目指す。
……妙な人だかりができている。
「おい、どうした?」
「落馬だってよ」
「先生は?」
「今呼びにいってるみたいだけど――」
集まっている野次馬の隙間から、様子をうかがう。
倒れている人物。
周辺の地面が、鮮血で濡れていた。
……骨折。
折れた足の骨が皮膚を突きやぶり、露出している。
ただ医者を待つのは、非効率。すぐに応急処置が必要。
あんこが首の後ろの襟の中に入りこんだのには気にせず、周りを見渡す。
……これだけ人がいれば、問題ない。
「布を」
「えっ?」
人をかきわけ、倒れているその人のそばに駆けよった。
近くにいる人に短く指示するも、呆然としていて動こうとしない。
「すぐに処置をする必要があります」
「いや、でも今先生を――」
「その前に死にます」
死、という言葉を口にした途端、周囲がざわついた。
……しかし、「これ、使って!」と、布の束を持った人がやってきてからは、空気が変わった。
「手ぇ貸すぜ。どうすりゃいい?」
「止血します。骨に触れないように全体を圧迫」
「おおう……こんな感じか?」
男の人が、指示どおりに骨に触れないよう注意しながら、布を巻いていく。
その布は、すぐに血で赤く染まった。
「だめだ。あふれ出てくるぞ」
「上から重ねてください」
「ああ――おい! もっと布!」
しみ出てきたら、布を追加。これを何回か繰りかえす。
「い……いてぇよぉ……さみぃよ、おっかぁ……」
「寒いって言ってます!」
「背中をさすって。あと、声がけ。意識を失わないように」
「はい……! お兄さん、しっかり! 大丈夫だからね! すぐ先生くるよ!」
ケガ人は、青白い顔をしながらもまだ意識を保てている状態だった。
やがて、止血が完了。
直後、「先生だ!」と、声がして、集まっていた人が脇へとよけていった。
その通路を抜けて、黒い着物の人物がやってきた。
「……これは?」
患者の脇にしゃがんだその人は、足に何重にもなった布が巻かれているのを見て、そばにいた男性に聞いた。
「そちらのお方のご指示で。すぐに処置しないといけないっておっしゃるもんで」
「……そうか。いい仕事したなぁ」
医者が、僕を見てニヤリと笑った。
そこからは、彼の指示で動き、まもなく患者は担架に乗せられて運ばれていった。
……任務完了。
これで目的の煎餅屋に行ける。
「おう、待て待て」
やっと顔を出したあんこと同時に振りかえると、不敵な笑みを浮かべた医者が、手招きしていた。
「ちょっと付きあえ」
そう言って、彼は「団子屋松月」の看板を掲げている店に入っていった。
……甘じょっぱい香りがする。
あんこもその店に入りたそうに触手を動かしていたので、誘いにのって店に入った。
出てきたのは、みたらし団子。
「ここのは、タレが惜しみなくかかってっからなぁ。一番好きなんだ」
そう言いながら、医者はタレにひたひたになっている団子の串を持ちあげ、食べた。
「遠慮しねぇで食え」と言われたので、僕も一口。
……味は絶妙。甘さと塩味のバランスがいい。
けど、やはりタレが多すぎだ。
あんこも、タレのせいか吸いこむのに苦労していた。
「名は?」
「……蜜森風です」
「やっぱりな。ざらめが言ってた、手伝いがしてぇっつってた奴だろ?」
持った串を軽く振って、余分なタレを払いおとす。
タレの付き具合がちょうどよくなったそれを、口へ。
飲みこんでから、ヘラヘラ笑っている医者をよく見た。
ひげはきれいに剃られていて、髷は結っていない。
肌のツヤもよく、実年齢は予想以上に若い気がする。
「……あなたが、ざらめさんの師匠でしたか」
「師匠ってほどのことはしてねぇがな」
「先程おっしゃってた、『やっぱりな』とは?」
「処置の的確さを見てピンときた。医者の手伝いがしてぇなんて、多少なりとも知識がなけりゃ言えっこねぇ」
医者は、串に残った最後の団子に、皿に残ったタレをつけて食べていた。
……器用だ。
あふれそうなほどあったタレがわずかしか残らなかったのを見たあんこが、驚いたように口をさらにすぼめていた。
「変な奴だな、お前」
医者は、食べおわった串をくわえたまま、あんこを指でつついて遊んでいた。
……あなたも大概だけどな。
嫌がって体をねじっているあんこを持ちあげて、肩の上に戻した。
「……お名前をうかがっても?」
「ん? なんだ、聞いてないのか?」
「先生、とだけしか」
「ああ。そうか」
医者は、串を皿に置き、口元を拭いてから改めて俺をじっと見つめた。
「宇井川正十郎。知ってのとおり、医者をやってる者だ」
……ういろう。
薬と同じ名前をつけられた、あのお菓子。
「お会いできて嬉しいです。ういろう先生」
「ういろう?……ああ、なるほどな。小僧どもにそう呼ばせるか」
彼はケラケラ笑いながら、出されたばかりのお茶を飲み、「あつっ」と言って湯飲みを落としそうになっていた。
大福さんと同じタイプの、ノリがいい人だ。
「改めて言うが、さっきは見事な処置だった」
「……いえ」
お茶を飲み、小さな声で返事をした。
止血をしただけだ。特別なことはしていない。
「弟子にしてやってもいいと思ってるんだが、どうだ?」
ういろう先生が、腕を机に置いてすこしだけこちらに身を乗りだしてきた。
……弟子?
なぜ今さら?
「……その話は、流れたのでは?」
「最初はな。どんな仕事でもいいってんなら……医者じゃなきゃいけねぇ理由がないんなら、長続きするはずがねぇからなぁ」
先生は、吹いて冷ましたお茶を一気にあおった。
「……けどお前は、あれだけの血を見ておきながら、平気で手を出した。その上、人をさばく力もある。
大した奴だよ。おそれいった。
ってなわけで……今からでも、どうだ?」
再び、先生が身を乗りだして、顔を近づけてきた。
……医者本人にここまで言ってもらえるのは、文字どおり「有り難い」こと。
だけど、まちがいなく片手間でできる仕事じゃない。
「……辞退させてください」
「ほお。理由は」
ういろう先生の目が、途端に鋭くなる。
「別の仕事が見つかったので」
「それは、医者の手伝いより待遇がいいってことか」
「そうです」
「……選んだ理由は、それだけか?」
「今のところは」
「……今のところ?」
「はい」
うなずいて言ったあとは、口を閉じた。
軍師とは、精度を上げる必要を求められる役職。
その果てになにがあるかは、今はまだわからない。
「……いい目をしてる。さすがは、甘誠組の軍師だな」
先生が表情をゆるめて、息をゆっくり吐いた。
……やはり、その件を知ったうえで持ちかけてきたんだな。
ならば、次はこちらから。
「ざらめさんを助手にしたのは、なにか深い理由があるのですか?」
「……なんでそんなことを聞く?」
瞬間、ういろう先生が笑っていない目を僕にむけてきた。
読んでくださり、ありがとうございました。
これで20話過ぎました。都合により21話目で報告させていただきます。
面白いと思っていただけたら、ぜひ感想や評価等、お願いします。
これからも、主人公とお菓子な、もといおかしな仲間たちとの物語は続きます。
明日以降も是非お読みください。




