「ここにいたか! すぐ来い!」
「ここにいたか! すぐ来い!」
駆けこんできた粕谷さんに従い、あとを追った。
走っている最中、粕谷さんからの説明はなにもなく。
気づけば、屯所の前にきていた。
大福さん、羊羹さん、みたらし団子さんが立っている。
彼らの視線の先には――地面の上に正座してうなだれている、どら焼きさんの姿があった。
……想定どおり。
「局長!」
走りながら、粕谷さんが呼びかけた。
すぐにこちらを見た大福さんがうなずき、改めてどら焼きさんを見下ろした。
「どういうことか説明せいと申しておるのじゃ。弥太郎」
「申し訳、ありませぬ……!」
どら焼きさんが、土下座をした。
「……状況説明を」
「土井の隊の者から、相談があったのだ。最近、職務中にふらっといなくなるときがあって気になっていると」
羊羹さんの話を聞いて、うなずく。
すると、大福さんがどら焼きさんの前にしゃがみ、肩に手を置いて顔を上げさせた。
「おんしがよからぬことを考えておるなど、思っとらんわ。わけを話せと言っておる」
「……それ、は……」
大福さんに間近で見つめられ、諭されるように言われてもなお、どら焼きさんは目を泳がせているだけ。
ちっとも話が進まない。
「……紅翠域ですよね」
どら焼きさんが、その言葉にびくっと体を震わせる。
「先日、粕谷さんと出かけたときにお見かけしました。ある人に会っているのを」
「おい……!」
粕谷さんが、腕を引いてきた。
「だれじゃ?」
大福さんに聞かれ、視線をどら焼きさんにむける。
彼は、滝のように汗をかいていて、口を小刻みに震わせていた。
……ここから先は、自白してもらわないと意味がない。
沈黙が長く続き、全員の視線がどら焼きさんにむく。
視界の端で、粕谷さんがそわそわしているのが見えた。
「……な……ナターシャ・クレム殿、です……!」
僕と粕谷さん以外の三人が、息をのんだ。
多少は予想していた様子だ。
粕谷さんは、片手で目を覆っていた。
そして、どら焼きさんが再び土下座する。
「申し訳ありませぬっ! 病の家族を養うため銭が必要だと言われ、放っておけず……!
何度か援助しているうちに、愛しあう仲になってしまいました!」
「土井殿……! それは規則で固く禁じられております! ご存じのはずでしょう!?」
「もちろんじゃ! わしも最初は、いかんことだと断った!
でも……っそのときの寂しそうな顔が、どうしても忘れられなかったんじゃ……!
気づけば、好いておったのじゃあ!」
土下座したまま泣き叫ぶどら焼きさんを、他の人たちは唖然として見ている。
唇を噛みしめている粕谷さんに近づき、耳元に近づいた。
「規則を破った場合は、どうなるのですか?」
「決まっているだろう……切腹だ」
粕谷さんが、小さな声で答えた。
……まぁ、当然か。
けれど、そうなっては困る。
和菓子の象徴でもあるどら焼きさんがいなくなるなど、ありえない。
警備体制のバランスが崩れる。
どら焼きさんの前、大福さんの横にしゃがんだ。
あんこが、どうしたものかといった具合で、僕の肩の上を行ったり来たりしている。
「どら焼きさん」
呼びかけると、彼が涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を上げた。
そして、力なく笑う。
「お前と輝一に見られたのが運の尽きじゃな……こうなれば、覚悟の上――」
「彼女には他に男がいます」
――瞬間、季節外れの冷たい風が吹きぬけた。
しばらく、沈黙が下りる。
「……は……? な、なにを、言っておるんじゃ……
お、お、お前が、ナターシャ殿のなにを知っておるんじゃ!」
「粕谷さんと大福さん。説明を」
「は?」
蚊帳の外状態の、みたらし団子さんと羊羹さんが困惑して目を細めた。
呼ばれた二人のうち、大福さんは特に目立つ反応はなかったが、粕谷さんは目を泳がせていた。
「なん……じゃ? ど、どういう……?」
「違います!……っおい! ばかなことを申すな! 私にはなにもやましいことはない!」
「……理由は?」
「理由!?」
「なぜ、あんな遠目で、あの女性がナターシャ・クレムさんだとわかったのですか?」
問いかけると、粕谷さんがすぐにはっとして、目をそらした。
「初対面なのに、『違いない』と断言できるほど特徴的でしたか?」
たたみかけると、粕谷さんはぐっと押し黙ったのち――ふっと力を抜いた。
「……一度だけ、会った」
「はっ!?」
「いえ、違います! 想像されているようなことはなにもありません!
ただ、土井殿と同じようなことを言われただけです!」
「同じ、ようなこと……?」
みたらし団子さんが、粕谷さんに一歩近づき、怪しむように目を細めて凝視した。
それに、粕谷さんがたじろいで、すこしだけ身を引いた。
「……っですから。病の家族がいて、薬代を稼ぐのが大変だからすこしでも援助いただけないか、と」
「それで、なんとお答えしたのですか?」
「当然、丁重にお断りしました。当時は、姉が腰を悪くして臥せっていた時期でもあったので。
その件をお話ししたら、すぐに去っていかれて……以来、会っておりません。本当です!」
粕谷さんは、胸元に手を当てて、大福さんを見て訴えた。
その姿を見たみたらし団子さんが、警戒をといて下がり、次に大福さんを見た。
「儂も似たようなもんじゃ。
紅の郷に用事で行った際に声をかけられてのう。家族のために医者に診せる銭が必要じゃと。
断ったが、しつこくすがってきたもんで……ならばヴィクトリウスにでも頼めばよかろうと言ったんじゃ。
そしたら、青い顔をしてさっさと退散していきおった」
「青い顔を? なぜですか?」
「わからんが。もしかしたら、儂らなんかより深い関係にあるのかもしれん」
僕とどら焼きさん以外が、眉をひそめた。
……いや、当然だ。
生クリームは、ショートケーキには欠かせないからな。
相性98%、補完率は95%と出た。さすがだな。
大福さんの返答を聞き、どら焼きさん以外がほっと胸をなでおろしていた。
「ようするに、その女は見境なく人に声をかけては銭をせびっていた、というわけで?」
「そのようじゃ。家族のため、というのも……本当かどうか怪しいところじゃな」
問いかけた羊羹さんが、嘆くように首を横に振った。
――そして、問題のどら焼きさんは、というと。
「はは……なんじゃ……そうじゃったのか……」
力を抜き、腕をだらりと垂らして空を見上げている。
「わしは……わしはいったい、なんのために……」
気まずい沈黙。
悲しげに響く声が、慰めの言葉を封じているようだった。
……頃合いだな。
「お願いします」
振りかえり、声をかけた。
物陰に隠れていた人が飛びでてきて、ずんずんとどら焼きさんの前に移動。
「このばか! 大ばか者だよ、あんたって奴はっ!」
そして、どら焼きさんの頭を容赦なくひっぱたいた。
四人が、目を丸くして固まる。
当のどら焼きさんは、叩かれた頭をおさえてぽかんとしていた。
「……は、え? しょう子、さん? なんでここに?」
「なんでじゃないよ! あんたの一大事だってこの人に聞いて、駆けつけてみたら……っ!
そんなまぬけな話があるか!」
「う、ええ!?」
さらにもう一発叩かれて、どら焼きさんはうろたえながら、僕としょう子さんを交互に見た。
他の人からの視線も感じたが、気にせず成り行きを見守る。
「ナターシャだかなんだか知らないけど、そんなろくでもない女に騙されて! ばかにも程がある!」
「わ……っわしはただ、あの方の助けになればと――」
「その優しさにつけこまれたんだ! わからないのかい!?」
「う……っ」
どら焼きさんが、顔を歪ませて泣きそうになる。
……姿勢を正して正座しなおしたせいか、怒られている子どものようにしか見えない。
こし餡さんは、一旦気持ちを落ちつけるように、腰に手を当てて大きく息を吐いた。
「……寂しかったんだろう?」
「っ!」
「家族がいなくて、家では一人ぼっちだから。なにか、守るべきはっきりとした存在がほしかった。
違うかい?」
先程とは打って変わって、しっとりとした優しい口調で指摘され、どら焼きさんが肩を落とす。
こし餡さんが、そんなどら焼きさんの前――地面に座りこんだ。
「だったら、私にしときな」
「……えっ?」
「だから……私が、あんたの大事な人、守るべき人になってやる。文句あんのかい?」
どら焼きさんが、ぽかんと口を開けて固まる。
……しばらくして、首を横に振った。
「ご、ご、ご冗談を! しょう子さんがわしの!? わしなんかの妻になると!?」
「冗談なもんか。す……っ好いてる人に、これ以上……寂しい思いをさせるわけにはいかないよ」
「す!? 好いて、る!?」
二人は、顔を真っ赤にして、それぞれの顔を見られない状態だった。
「私から言うよ。いいか。言うよ!?
……弥太郎。私と――」
「おおお! お待ちくだされっ! ちょ、そんな……! 本当に!?」
どら焼きさんは、慌ててしょう子さんの口を手でふさいだ。
パニック状態だ。
……もうすこし。
「あなたから言ってください」
口をパクパクさせているどら焼きさんが、僕を見上げる。
「譲らないでください。それを言えるのは……あなたです」
その一言で、次第にどら焼きさんが落ちついていくのがわかった。
ゆっくりと、何度か深呼吸をして、こし餡さんとむき合う。
「……私とじゃ、嫌かい」
「そんなこと……! ありませぬっ!」
どら焼きさんが、がしっとこし餡さんの肩を両手でつかむ。
息を、大きく吸った。
「しょう子さん。どうかわしと、夫婦になってくだされ! そして、わしより長く生きてくだされっ!」
「……っはい!」
返事をした途端、こし餡さんがどら焼きさんに抱きついた。
受けとめたどら焼きさんが、倒れそうになったのを懸命にこらえる。
……こし餡入りどら焼きのできあがりだな。いいものを見た。
「よかったのう。弥太郎にしょう子さん」
抱きあって喜ぶ二人に、大福さんがしみじみと声をかけた。
それにはっとした二人が、彼にむかって土下座をする。
「大丸様。どうか、どうかうちの人にお慈悲を!」
「型にははまります! 他の処罰なら、どんなものでも受けます! しかし、どうか切腹だけは――」
「なんのことだか、わからんのう」
大福さんが、耳に指をつっこんでほじりながら、のっそりと立ちあがる。
型には、はまります?
……規則に従う、か。
「二人がめでたく結ばれたのに、なぜ切腹などという話になるのか……なぁ?」
大福さんが、とぼけた顔で僕たちを見た。
羊羹さんは苦笑し、みたらし団子さんは半ば呆れたように目を細め、粕谷さんはほっとしたような優しい笑顔を浮かべて。
それぞれ、うなずいていた。
どら焼きさんは、目を閉じながらいよいよ涙をこぼしていた。
――温かい雰囲気に包まれる中。
ほほえんでいたはずの粕谷さんの横顔が、なぜだかすこし悲しげに見えた。




