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甘味戦争の軍師 ~社畜の僕、相性が見えるだけで最強編成を作れるけど、この戦争ちょっとおかしくないか?~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第二章 和菓子

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20/21

「ここにいたか! すぐ来い!」

「ここにいたか! すぐ来い!」


 駆けこんできた粕谷さんに従い、あとを追った。

 走っている最中、粕谷さんからの説明はなにもなく。


 気づけば、屯所の前にきていた。

 大福さん、羊羹さん、みたらし団子さんが立っている。

 彼らの視線の先には――地面の上に正座してうなだれている、どら焼きさんの姿があった。


 ……想定どおり。


「局長!」


 走りながら、粕谷さんが呼びかけた。

 すぐにこちらを見た大福さんがうなずき、改めてどら焼きさんを見下ろした。


「どういうことか説明せいと申しておるのじゃ。弥太郎」

「申し訳、ありませぬ……!」


 どら焼きさんが、土下座をした。


「……状況説明を」

「土井の隊の者から、相談があったのだ。最近、職務中にふらっといなくなるときがあって気になっていると」


 羊羹さんの話を聞いて、うなずく。


 すると、大福さんがどら焼きさんの前にしゃがみ、肩に手を置いて顔を上げさせた。


「おんしがよからぬことを考えておるなど、思っとらんわ。わけを話せと言っておる」

「……それ、は……」


 大福さんに間近で見つめられ、諭されるように言われてもなお、どら焼きさんは目を泳がせているだけ。

 ちっとも話が進まない。


「……紅翠域(こうすいいき)ですよね」


 どら焼きさんが、その言葉にびくっと体を震わせる。


「先日、粕谷さんと出かけたときにお見かけしました。ある人に会っているのを」

「おい……!」


 粕谷さんが、腕を引いてきた。


「だれじゃ?」


 大福さんに聞かれ、視線をどら焼きさんにむける。

 彼は、滝のように汗をかいていて、口を小刻みに震わせていた。


 ……ここから先は、自白してもらわないと意味がない。


 沈黙が長く続き、全員の視線がどら焼きさんにむく。

 視界の端で、粕谷さんがそわそわしているのが見えた。


「……な……ナターシャ・クレム殿、です……!」


 僕と粕谷さん以外の三人が、息をのんだ。

 多少は予想していた様子だ。


 粕谷さんは、片手で目を覆っていた。


 そして、どら焼きさんが再び土下座する。


「申し訳ありませぬっ! 病の家族を養うため銭が必要だと言われ、放っておけず……!

 何度か援助しているうちに、愛しあう仲になってしまいました!」

「土井殿……! それは規則で固く禁じられております! ご存じのはずでしょう!?」

「もちろんじゃ! わしも最初は、いかんことだと断った!

 でも……っそのときの寂しそうな顔が、どうしても忘れられなかったんじゃ……!

 気づけば、好いておったのじゃあ!」


 土下座したまま泣き叫ぶどら焼きさんを、他の人たちは唖然として見ている。


 唇を噛みしめている粕谷さんに近づき、耳元に近づいた。


「規則を破った場合は、どうなるのですか?」

「決まっているだろう……切腹だ」


 粕谷さんが、小さな声で答えた。


 ……まぁ、当然か。


 けれど、そうなっては困る。

 和菓子の象徴でもあるどら焼きさんがいなくなるなど、ありえない。

 警備体制のバランスが崩れる。


 どら焼きさんの前、大福さんの横にしゃがんだ。

 あんこが、どうしたものかといった具合で、僕の肩の上を行ったり来たりしている。


「どら焼きさん」


 呼びかけると、彼が涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を上げた。

 そして、力なく笑う。


「お前と輝一に見られたのが運の尽きじゃな……こうなれば、覚悟の上――」

「彼女には他に男がいます」


 ――瞬間、季節外れの冷たい風が吹きぬけた。


 しばらく、沈黙が下りる。


「……は……? な、なにを、言っておるんじゃ……

 お、お、お前が、ナターシャ殿のなにを知っておるんじゃ!」

「粕谷さんと大福さん。説明を」

「は?」


 蚊帳の外状態の、みたらし団子さんと羊羹さんが困惑して目を細めた。


 呼ばれた二人のうち、大福さんは特に目立つ反応はなかったが、粕谷さんは目を泳がせていた。


「なん……じゃ? ど、どういう……?」

「違います!……っおい! ばかなことを申すな! 私にはなにもやましいことはない!」

「……理由は?」

「理由!?」

「なぜ、あんな遠目で、あの女性がナターシャ・クレムさんだとわかったのですか?」


 問いかけると、粕谷さんがすぐにはっとして、目をそらした。


「初対面なのに、『違いない』と断言できるほど特徴的でしたか?」


 たたみかけると、粕谷さんはぐっと押し黙ったのち――ふっと力を抜いた。


「……一度だけ、会った」

「はっ!?」

「いえ、違います! 想像されているようなことはなにもありません!

 ただ、土井殿と同じようなことを言われただけです!」

「同じ、ようなこと……?」


 みたらし団子さんが、粕谷さんに一歩近づき、怪しむように目を細めて凝視した。

 それに、粕谷さんがたじろいで、すこしだけ身を引いた。


「……っですから。病の家族がいて、薬代を稼ぐのが大変だからすこしでも援助いただけないか、と」

「それで、なんとお答えしたのですか?」

「当然、丁重にお断りしました。当時は、姉が腰を悪くして臥せっていた時期でもあったので。

 その件をお話ししたら、すぐに去っていかれて……以来、会っておりません。本当です!」


 粕谷さんは、胸元に手を当てて、大福さんを見て訴えた。

 その姿を見たみたらし団子さんが、警戒をといて下がり、次に大福さんを見た。


「儂も似たようなもんじゃ。

 (べに)(さと)に用事で行った際に声をかけられてのう。家族のために医者に診せる銭が必要じゃと。

 断ったが、しつこくすがってきたもんで……ならばヴィクトリウスにでも頼めばよかろうと言ったんじゃ。

 そしたら、青い顔をしてさっさと退散していきおった」

「青い顔を? なぜですか?」

「わからんが。もしかしたら、儂らなんかより深い関係にあるのかもしれん」


 僕とどら焼きさん以外が、眉をひそめた。


 ……いや、当然だ。

 生クリームは、ショートケーキには欠かせないからな。

 相性98%、補完率は95%と出た。さすがだな。


 大福さんの返答を聞き、どら焼きさん以外がほっと胸をなでおろしていた。


「ようするに、その女は見境なく人に声をかけては銭をせびっていた、というわけで?」

「そのようじゃ。家族のため、というのも……本当かどうか怪しいところじゃな」


 問いかけた羊羹さんが、嘆くように首を横に振った。


 ――そして、問題のどら焼きさんは、というと。


「はは……なんじゃ……そうじゃったのか……」


 力を抜き、腕をだらりと垂らして空を見上げている。


「わしは……わしはいったい、なんのために……」


 気まずい沈黙。

 悲しげに響く声が、慰めの言葉を封じているようだった。


 ……頃合いだな。


「お願いします」


 振りかえり、声をかけた。

 物陰に隠れていた人が飛びでてきて、ずんずんとどら焼きさんの前に移動。


「このばか! 大ばか者だよ、あんたって奴はっ!」


 そして、どら焼きさんの頭を容赦なくひっぱたいた。


 四人が、目を丸くして固まる。

 当のどら焼きさんは、叩かれた頭をおさえてぽかんとしていた。


「……は、え? しょう子、さん? なんでここに?」

「なんでじゃないよ! あんたの一大事だってこの人に聞いて、駆けつけてみたら……っ!

 そんなまぬけな話があるか!」

「う、ええ!?」


 さらにもう一発叩かれて、どら焼きさんはうろたえながら、僕としょう子さんを交互に見た。


 他の人からの視線も感じたが、気にせず成り行きを見守る。


「ナターシャだかなんだか知らないけど、そんなろくでもない女に騙されて! ばかにも程がある!」

「わ……っわしはただ、あの方の助けになればと――」

「その優しさにつけこまれたんだ! わからないのかい!?」

「う……っ」


 どら焼きさんが、顔を歪ませて泣きそうになる。

 ……姿勢を正して正座しなおしたせいか、怒られている子どものようにしか見えない。


 こし餡さんは、一旦気持ちを落ちつけるように、腰に手を当てて大きく息を吐いた。


「……寂しかったんだろう?」

「っ!」

「家族がいなくて、家では一人ぼっちだから。なにか、守るべきはっきりとした存在がほしかった。

 違うかい?」


 先程とは打って変わって、しっとりとした優しい口調で指摘され、どら焼きさんが肩を落とす。

 こし餡さんが、そんなどら焼きさんの前――地面に座りこんだ。


「だったら、私にしときな」

「……えっ?」

「だから……私が、あんたの大事な人、守るべき人になってやる。文句あんのかい?」


 どら焼きさんが、ぽかんと口を開けて固まる。

 ……しばらくして、首を横に振った。


「ご、ご、ご冗談を! しょう子さんがわしの!? わしなんかの妻になると!?」

「冗談なもんか。す……っ好いてる人に、これ以上……寂しい思いをさせるわけにはいかないよ」

「す!? 好いて、る!?」


 二人は、顔を真っ赤にして、それぞれの顔を見られない状態だった。


「私から言うよ。いいか。言うよ!?

 ……弥太郎。私と――」

「おおお! お待ちくだされっ! ちょ、そんな……! 本当に!?」


 どら焼きさんは、慌ててしょう子さんの口を手でふさいだ。

 パニック状態だ。


 ……もうすこし。


「あなたから言ってください」


 口をパクパクさせているどら焼きさんが、僕を見上げる。


「譲らないでください。それを言えるのは……あなたです」


 その一言で、次第にどら焼きさんが落ちついていくのがわかった。

 ゆっくりと、何度か深呼吸をして、こし餡さんとむき合う。


「……私とじゃ、嫌かい」

「そんなこと……! ありませぬっ!」


 どら焼きさんが、がしっとこし餡さんの肩を両手でつかむ。

 息を、大きく吸った。


「しょう子さん。どうかわしと、夫婦になってくだされ! そして、わしより長く生きてくだされっ!」

「……っはい!」


 返事をした途端、こし餡さんがどら焼きさんに抱きついた。

 受けとめたどら焼きさんが、倒れそうになったのを懸命にこらえる。


 ……こし餡入りどら焼きのできあがりだな。いいものを見た。


「よかったのう。弥太郎にしょう子さん」


 抱きあって喜ぶ二人に、大福さんがしみじみと声をかけた。

 それにはっとした二人が、彼にむかって土下座をする。


「大丸様。どうか、どうかうちの人にお慈悲を!」

「型にははまります! 他の処罰なら、どんなものでも受けます! しかし、どうか切腹だけは――」

「なんのことだか、わからんのう」


 大福さんが、耳に指をつっこんでほじりながら、のっそりと立ちあがる。


 型には、はまります?

 ……規則に従う、か。


「二人がめでたく結ばれたのに、なぜ切腹などという話になるのか……なぁ?」


 大福さんが、とぼけた顔で僕たちを見た。

 羊羹さんは苦笑し、みたらし団子さんは半ば呆れたように目を細め、粕谷さんはほっとしたような優しい笑顔を浮かべて。

 それぞれ、うなずいていた。


 どら焼きさんは、目を閉じながらいよいよ涙をこぼしていた。


 ――温かい雰囲気に包まれる中。

 ほほえんでいたはずの粕谷さんの横顔が、なぜだかすこし悲しげに見えた。

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